赤の魔剣士と銀の雪姫

田尾風香

文字の大きさ
2 / 35

重なる交流

しおりを挟む
 二度目の出会いも、雪の降る日だった。


*****


 俺の母親は奴隷の身分だった。そんな母が国王である父の子を宿し、俺が生まれた。
 王子として役に立てと言われている俺は、雨だろうと雪だろうと、剣を振ることを止められない。止めることを許されていない。

 そんな俺は軍に所属している。今のところただの一兵士だけど、一応王子であるからか、軍のトップである将軍に目をつけられている。とは言っても、あまりいい意味じゃない。

「一般街の巡回に行ってこい」

 呼び出されて何の説明もなく告げられた命令に、俺はただ頭を下げて受けた。別に初めてじゃない。こういう寒い日になると、将軍は俺に街の巡回を命じてくる。ニヤニヤ笑っているからただの嫌がらせだろうけれど、それを拒む権利は俺にはない。

 それでも、王子の俺を一般街の巡回という仕事に出すからには、一応の体裁が必要らしい。

 街は貴族街と一般街に別れていて、貴族街は高級街で綺麗に整えられていて、治安もいい。将軍が直に率いる精鋭部隊は、この高級街の巡回しかしない。

 それ以外の兵士が一般街を巡回するわけだけど、それだと信頼できないから王子の俺が見回っている、ということになっているらしい。つまり名目上は、俺自身の意思で行っていることになっている。

「まあ別に構わないんだけどね」

 つぶやきながら、一般街を歩く。精鋭部隊より普通の兵士たちの方がよほど信頼できる、なんてわざわざ言うことじゃない。それに、街中を歩くのも嫌いじゃない。俺のような赤髪は目立つけれど、貴族街の人たちよりは嫌悪の視線を向けられることはない。

 巡回というよりはただの散歩をしながら、一般街の中でも貧しい人たちが暮らす地域に差し掛かったときだった。子供たちの楽しそうな声が聞こえて、何となくそっちに足を向けた。

 すると、そこにいた一人の女の子と、正面からばっちり目があった。目立たない服装で、頭からローブを被っていたけど、すぐに分かった。

「……何やってんの」
「なんであんたがここにいるのよ!」

 俺のつぶやきとその子の大音量が被った。その子は、王太子の婚約者になったはずの女の子、エイシアだった。なぜか子供たちと一緒に雪だるま作りをしている。

「息抜きよ!」

 聞いてもいないことを彼女は言い張って、そして子供たちに手を引っ張られて、雪だるま作りを始めた。小さい子供たちと同じような笑顔を浮かべているのを、何となく眺めていたら、俺の手が引かれた。

「おにーちゃんもいっしょにあそぶ?」

 一応仕事中だけど、と思ったけど、小さい子の無邪気な笑顔を見ると断りにくい。結局、これも仕事の一種だと割り切って、一緒に遊ぶことにした。初めての経験ですごく新鮮に思いながら、彼女に問いかけた。

「で、何してるの?」
「いいじゃない、別に」

 フイッとそっぽを向いた彼女は、両手を上に掲げた。すると、雪の降り方が強くなった。

「うわぁっ!」

 俺の方は見ず、歓声を上げる子供たちを見ながら、彼女は言った。

「あんたが、氷じゃなくて雪が好きって言ったから!」
「え?」
「そうしたら、みんなが雪が降ると嬉しそうにしてるのに気付いたの! だから私は決めたのよ! 氷じゃなくて雪の魔女になるって! どうせ見るなら、喜ぶ顔を見たいじゃないっ!」

 そう言う彼女の声は自信に満ちていた。子供たちの笑顔を嬉しそうに見ていた。それが、俺にはとても眩しく感じられたのだ。


*****


 それからしばらくして、俺は兵士から隊長に昇格していた。単に"王子だから"というのが理由だと、はっきり言われた。そして、隊長になったのだから、隊を率いて魔物の討伐をしてこい、と国境への遠征へ行くようになった。

 戦いは基本的には男の仕事だ。けれど、国境の森や荒野などに出る魔物の中には、武器が通じにくい相手もいる。そのため、"魔女"の同行を求めることも多い。そんなとき、エイシアが一緒に来てくれるようになった。

 魔法を使うための魔力を持って生まれるのは、女性のみだと言われている。なぜなのかは分かっていない。男性にも持つ者が出るという話もあるが、噂の域を出ていない。

 魔法には様々な属性が存在している。生まれの場所とか季節とか、そういったもので扱える属性が変わってくるらしい。エイシアの持つ属性は氷だから"氷の魔女"と呼ばれる。雪の多いこの国では、比較的生まれやすい属性だ。

「よろしくっ!」

 俺の顔を見て、彼女は自信満々に笑った。こうして、俺がエイシアと顔を合わせる機会が一気に増えた。


*****


 エイシアは優秀な魔女だった。幼い頃から将来を期待されていたけれど、その期待のままに順調に強くなったと言っていい。

 "雪の魔女になる"と語ったエイシアだけど、魔物を相手にするときに使うのは氷だった。その方が威力もあるし、攻撃手段も多いから。皆の喜ぶ顔を見たいなら、まずは生き残らなければならないから。

 けれど、俺たちを相手にするときは、いつも"雪の魔女"だった。これは、野営したある日のこと。

「戦ってばかりじゃ、あんたたちダメ人間になりそうだからね! 私から特別サービス! 雪まつりをしてあげるわ!」

 腰に手を当てて、自信満々に言い放ったエイシアだけど、俺たちは目の前の光景に呆然とするしかなかった。声も出ない俺たちに、エイシアはさらに言った。

「なぁに、感動して声も出ないわけ? いいわよ、存分に心の中で私に感謝しなさい!」

 俺は大きくため息をついた。他の皆が恐慌状態に陥る前に、俺は告げなければならなかった。

「エイシア、魔物の像は怖いから止めて」

 そう。目の前にあったのは、戦ったばかりの魔物と同じ姿をした雪像……がたくさん。大きさもそのままである。まだ日が暮れる前で良かった。夜にこんなものを見たら、阿鼻叫喚になる。

「雪なんだからいいじゃないの!」
「雪でも怖いものもあるんだよ」
「……しょうがないわねっ!」

 非常に不満そうに言って、魔物の像は崩れた。それを見て、あちこちで大きく息が吐かれるのが聞こえた。やはり相当緊張していた兵士がいたみたいだ。

「全く、軟弱なんだから!」
「俺たちを楽しませてくれるつもりがあるなら、もうちょっと考えてくれ」
「そんなこと言ったって! 想像だけで作れるほど、私は器用じゃないわよ!」
「……うん、それは知ってる」

 実に器用な魔法の使い方をするエイシアだけど、魔法ほど本人は器用じゃない。彼女がお手本なしに作れる雪像は、雪だるまと雪うさぎだけだ。それ以外のものを作って、子どもたちにガン泣きされたのはつい最近である。

 だからといって、魔物をお手本にしないでほしかった。

「じゃあ、せっかくだから、皆で遊ぼうか」

 元魔物姿の雪像である雪山の近くに寄って、雪球を作る。それをエイシアめがけて投げた。

「いきなり何するのよっ!」
「さすが、避けた」
「女性に対しての礼儀がなってないわよ!」
「女性って誰だっけ」

 言い合いながら、雪球を作っては投げる。それを見て兵士たちも参戦しだした。みんなが笑って、次々に雪球が投げられる。――が。

「待てっ、なんでみんなエイシアの味方するんだっ!」
「女性にいきなり雪球を投げた隊長へのお仕置きです!」
「うわっ、まてまてっ!」

 俺の副官をやっている奴がビシッと俺を指さして、雪球が一斉に投げられた。多勢に無勢。俺が雪まみれになって倒れるまで、そう時間は掛からない。

「悪は倒れたわ!」

 エイシアの意気揚々とした声が響き、兵士どもが唱和するのが聞こえた。誰が悪だ、とツッコみたくても、口の中に入った雪がそれを許してくれない。
 俺がまみれている雪に苦戦している間に、エイシアは俺を無視して次のステージに突入させていた。

「今度は二チームに分かれて雪合戦よ!」
「「おおーっ!」」

 ノリの良すぎる兵士たちに、誰か俺の心配をしろよと思う。誰も助けてくれない中、何とか雪の中から抜け出して雪合戦を眺める。

 チーム分けは適当なんだろうが、その割にはしっかり連携を取っている。
 投げられる雪球を躱して、あるいは受け止めながら、相手チームの動きを予測して隙を探し、時にはフェイントをかけながら、当てられるように工夫している。

「案外これ、訓練になるんじゃないかな」

 魔物との戦いは集団戦である。兵士たちの連携がモノを言うのだ。ただ個々人で武器の扱いを練習しているだけでは、魔物とは戦えない。……と言うと、説得力がないといつも言われてしまうけど。

「問題は、遊んでいるようにしか見えないってことだよな」

 まあ、実際に遊んでいるんだが。少なくとも城内の練習場でこれをやるのは駄目だろう。

 ちなみに、「じゃあ外に行きましょう」という副官の提案で、わざわざ街の外へ行って雪合戦をするようになった。「何やってんだろうなぁ」という俺のつぶやきに、「隊長が言い出しっぺです」と副官にツッコまれたのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

エリクサーは不老不死の薬ではありません。~完成したエリクサーのせいで追放されましたが、隣国で色々助けてたら聖人に……ただの草使いですよ~

シロ鼬
ファンタジー
エリクサー……それは生命あるものすべてを癒し、治す薬――そう、それだけだ。 主人公、リッツはスキル『草』と持ち前の知識でついにエリクサーを完成させるが、なぜか王様に偽物と判断されてしまう。 追放され行く当てもなくなったリッツは、とりあえず大好きな草を集めていると怪我をした神獣の子に出会う。 さらには倒れた少女と出会い、疫病が発生したという隣国へ向かった。 疫病? これ飲めば治りますよ? これは自前の薬とエリクサーを使い、聖人と呼ばれてしまった男の物語。

処理中です...