赤の魔剣士と銀の雪姫

田尾風香

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張り出した雪

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 青空が広がっていたのは、短い時間だった。空が怪しいと思ったら、あっという間に吹雪いてきた。

「エイシア、これ以上はやめよう。無理だ」

 それでもなお、先に進もうとするエイシアの腕を掴む。碌に前が見えない。どこまでも続く氷原……かもしれないけど、絶対に何もないとは言えない。この状況で前に進むのは、危険だ。

 ようやくエイシアの足が止まった。ハッとした顔で俺を見て、少しうつむく。

「確かにそうね……。あと少し、のような気がして……」
「そっか」

 迷わず前に進んでいたから、きっとエイシアには何となくでも目的地を感じているんだろう。だから余計に、先に進もうとした。

「慌てなくても大丈夫だよ。他に人なんていないんだから」

 別に競争しているわけじゃない。休んだからといって、先に取られてしまうなんてこともない。だから無理をすることじゃない。
 俺が笑えば、エイシアも釣られたように笑みを見せた。

「そうね」

 頷いて、周囲を見回す。俺も一緒になって見回すけど、ただ吹雪いているだけ。雪を避けられそうな場所は、全く見えない。

「どうしようかな……」

 風が強すぎるから、テントは立てられないし、立てたとしてもすぐ壊れてしまう。雪が積もっているなら、掘って雪穴にこもる手もあるけど、地面は雪というよりは氷だ。掘るのはさすがに無理か。

「魔法で穴を掘る?」
「できるの?」

 無理と思っていた提案がエイシアからあって、俺は反問する。エイシアは、得意げに笑った。

「当たり前でしょ! 氷に干渉して穴を開けるくらい、朝飯前よ!」

 吹雪の中にあっても、エイシアらしい表情がしっかり見えて、俺は肩の力を抜いた。自信満々なエイシアは、とても頼もしい。

「じゃあ、お願い」
「任せなさい!」

 言うやいなや、地面に穴ができはじめる。

 氷の巨人と戦った街で初めて知ったけど、魔法を使うとき、ほとんどの魔女は手を使うらしい。国にいたフォティも、必ず手に火が浮かんでから使っていたなと思う。
 だからエイシアのように、手も使わずに思っただけで魔法が使えるのはすごいらしい。

 そういう説明をされて俺が感心している横で、エイシアは得意満面な顔をしていた。

『だから、あんたはもっと私を敬いなさい!』
『言われなくても、尊敬してるよ』
『あ、そ、そうっ……! ならいいわっ!』

 あの時、エイシアは妙に動揺してたっけ。説明してくれた年配の魔女は笑いを堪えてたけど、何が面白かったのかは聞いても教えてくれなかった。

 そんなことを思い出しながら、開いていく穴を見る。すごいなと思いつつ見ていると、ふと吹雪く風の音の中に、違う音が聞こえた気がした。ズッという、重いものが落ちるような音。それと同時に……。

「エイシア、ストップ!」
「分かってるわよっ!」

 言うより早く、エイシアは魔法を止めていた。俺は、エイシアの手を掴んで走り始める。

 エイシアが開けた穴から、氷に亀裂が走っていた。そしてそれは、どんどん伸びて広がっていく。視界が悪くて気付かなかった。あるいは、ずっと氷原が続いていると、油断してしまったか。

 ここはおそらく"雪の屋根"の上だ。家の屋根に積もった雪が風に押し出されて、地上に向かって垂れ下がっている雪の塊を、"雪の屋根"と呼んでいる。けれどそれは、街中だけではなくて山や崖なんかでも見られる。

 街中では、上から雪の塊が落ちてこないかの注意が必要だ。
 逆に山や崖なんかでは、その上に乗ってしまうことに注意しなければならない。"地面"という支えがない雪の塊は、その重みや何か衝撃を与えてしまうと落下する。だというのに、俺たちは気付かずに穴を開けてしまった。

 登っている感じはなかったから、ここはきっと、崖から張り出した雪の塊の上だ。果たして崖の高さはどのくらいあるんだろうか。

 こうして走るのも衝撃を与えてしまうことになるけれど、そんなことを言っている場合じゃない。落ちる前に、地面のある場所にたどり着かないといけない。

 問題は、地面のある場所までどのくらいの距離なのか。そして、こうして走っている方向が、本当に地面のある場所なのか。視界が悪すぎて、そこまで見えない。

 それでも走るしかない。

「……………っ……!」

 亀裂が、俺たちの前を横切るかのように走った。足元がグラッと揺れる。駄目だ、と思った瞬間、俺は掴んでいた手を引き寄せて、その体を抱きしめた。

「セルウス!?」

 エイシアが叫んだ。地面が崩れ去って、落ちていく。俺はエイシアを抱きしめた腕に、さらに力を込めた。


*****


 どこまでも落ちていく。強い風切り音が聞こえる。
 背中を下に落ちていっているから、地面までどのくらいなのか、全く分からない。

「エイシア! 風を!」

 落下スピードはどんどん上がっていく。このままじゃ地面に叩き付けられる。

 エイシアは絶対に守ると思いながら、叫ぶ。その表情を見る余裕はないけど、何かが背中から俺を支えた。それが、エイシアが魔法で起こした吹雪だと、直感で分かる。
 若干、落下スピードが落ちた、ように感じたけど。

「…………っ……」

 それだけだ。勢いよく落下していく。

「セルウス!」

 悲鳴のようなエイシアの、俺を呼ぶ声が聞こえる。エイシアは下を向いているから、地面が見えるのか。ということは、もしかして地面が近いんだろうか。
 このスピードで激突したら、痛いどころじゃないな、とどこか冷静に考えている自分に笑えてくる。

「雪だるま!」

 俺がそう叫んだ一瞬か二瞬後、背中に強烈な衝撃が走った。

「ぐっ……」

 息が詰まる。全身に振動が走る。痛い、けれど覚悟したほどじゃない。
 ――でも。

「セルウス! セルウス!?」

 エイシアが必死に俺の名前を呼んでいる。無事だったのかな、と思う。答えなきゃと、大丈夫だと、言わなければと思うのに、体が動かない。

「セルウ……セル……」

 エイシアの声がだんだん遠くなっていく。何とか口を動かそうと思って……覚えているのは、ここまでだった。

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