6 / 6
6.幸せの行方
しおりを挟む――ザワッ
パーティー会場に、大きなざわめきが起こった。
『ふう。このように表に出るのは久しぶりじゃ』
そこには、一人の女性がいた。
いや、確かに形状は女性だ。
長い髪。
丸みを帯びた体つき。
長いスカートのようなものが、裾まで広がっている。
だが、その体はどこまでも暗い。私の目と、同じ色。
そして、その足は、地についてはいなかった。
「初めまして、でよろしいでしょうか」
そんな彼女を、私は見上げて挨拶する。
ずっと私の中にいた、彼女。
でも、こうして会うのは初めてだ。
『ふむ。確かに顔を合わすのは初めてであろうが、妾はずっとそなたを見ておった。あまり初めましてという気分ではないな』
「では改めまして、よろしくお願い申し上げます、という所で」
『うむ、良かろう』
鷹揚な返事をもらい、そして国王陛下やクアントリル殿下を見れば、愕然とした顔をしていた。
「これが、婚約の理由ですよ。バレー伯爵家には、水の加護が宿っているんです。そして、その加護の証として、時折水の精霊王をその身に宿す者も現れる。目は、その証です」
暗い目。灰色にも、紺にも見える目。
深い深い海を写し取った目の色。
水の精霊王が住処とする場所に、最も近いと言われる、深い海の色だ。
「かつて、この地は不毛の砂漠でした。それを、バレー伯爵家が水の精霊王と契約し、その力でこの地を緑にした。王家がその力を宿す者を取り入れるのは、その水の力が、国全体に行き渡るように」
私は目を瞑る。
そして、と続けた。
「精霊王にとって、その身に宿った人間は、何よりも大切なんです。だから、国を挙げて、その人間を大切に愛おしむんです。国全体で大切にすることで、精霊の恩恵が国全体に行き渡るように」
国が、その人間を大切にすることで、大切な人間を大切にする国を、精霊王自身が守りたいと思えるように。
「残念でしたね。もう遅いみたいです。私ももう無理だと諦めました。この地から、精霊王の力が離れます」
私がそう宣言した瞬間、空気が変わった。
カラッとした風が吹いた。
『何、心配するでない。長く妾の加護があったのじゃ。今すぐ不毛の地に戻りはせぬ。数ヶ月程度は、猶予があるだろうて』
「数ヶ月っ!?」
誰かが叫び、叫んだことで、その場は阿鼻叫喚の場となった。
数ヶ月なんて、猶予であって猶予じゃない。
わずか数ヶ月で、この地から水の力がなくなるのだ。
それを泰然と構えて受け止めるなんて、不可能だろう。
「ま、待てっ、マイヤ! 俺の間違いだ! 婚約の破棄など、するはずなかろう!」
「そうじゃ、儂も間違っておった! そなた以上にクアントリルに相応しい婚約者などおらぬ!」
慌てて叫ぶクアントリル殿下と国王陛下に、私は笑みを向けた。
「もう遅いです、と言ったじゃないですか」
真っ青な顔になったお二人をそれ以上見ることなく、私は踵を返す。
そのままパーティー会場を出ると、誰かが後を付いてきていた。
「オスリック殿下、イアン……」
「これからどうするんだ、マイヤ」
最初にコソッと声を掛けてくれて以降も、何かと私を気にしてくれていたオスリック殿下だ。
イアンもだけど、私の目の色の秘密を知っていた二人は、何も態度が変わらない。
「オスリック殿下は、なぜ国王陛下方に私の目について説明されなかったんですか?」
「あの人たちが、僕の言う事を聞くと思うかい?」
黙って苦笑した。
そうだろうな。
母君の身分が低いからってだけで、ずいぶん馬鹿にされていたみたいだから。
「イアンは、どうしたい?」
今も昔も懐いてくれる弟に聞く。
この弟がいたから、私は救われていた。
「領地に行きたいです。姉上が育った地に」
「そっか。じゃ、行こうか」
幸せだった幼少期が、思い浮かぶ。
「僕も一緒に行っていいかな、マイヤ」
「構いませんが……」
「ええー、殿下も来るんですか!?」
オスリック殿下の申し出を受ければ、イアンが不満を表した。
「イアンは、嫌なの?」
「嫌です」
首を傾げて問えば、ズバッと返事が返ってくる。
仲悪いのかな、と思えば、オスリック殿下が笑っている。
「マイヤ、イアン殿が僕を嫌いな理由はね、僕がマイヤを好きだからだよ」
「あっ、ちょっと!」
オスリック殿下の言葉に、イアンが慌てたように言葉を被せる。
――好き?
「マイヤ嬢、あなたを愛しています。僕と結婚して下さい」
「お断りしますっ!」
――ええっと……?
「イアン殿、君には言ってないんだけど?」
「姉上の内心を、代弁しているだけです!」
――ええー……。
『おやおや、これは面白そうであるな。良い、妾は何でも構わぬ。そなたが、大切にされるのであればな』
内側から聞こえた水の精霊王の声に、私はゲンナリした。
私は、何も面白くない。
でも、悪くない。
そう思えた。
*****
その年から、雨が降らなくなった。
川も湖も干上がった。
作物は育たず、枯れていった。
草原が砂地になり、森も消えた。
真っ先に国を逃げようとした王家の人間は、捕らえられた。
そして、民衆の手によって、その命を落とした。
たった一つ、バレー伯爵家の領地だけは、緑が生い茂っていた。
その地を求め、人が集まり、領地は栄えた。
だが不思議なことに、その地に悪さをもたらそうとする者は、決して中に入れなかったという。
それは、バレー伯爵夫妻も同様だった。
領地に入れず、乾きの中で命を落とした。
一方、その後のマイヤはというと。
「ねぇマイヤ。そろそろ僕との結婚、頷いてくれない?」
「姉上。こんな勘違い男、ズバッとフッちゃって下さいよ!」
相変わらず、オスリックとイアンの言い争いの間に挟まっていた。
いつもであれば疲れた笑いを見せるのだが、この時のマイヤは少し笑って覚悟を決めた目をしていた。
「ごめんね、イアン」
「え?」
「オスリック様。結婚の申し出、有り難く受けさせて頂きます」
「……え?」
「ええっ!?」
ポカンとしたオスリックと、抗議するように叫ぶ弟に、マイヤは自らの気持ちを口にした。
「初めてオスリック様にお会いしたときから、境遇が似ているなって勝手に思っていました。それからも何かと気にかけて下さることが、とても嬉しかった。私、オスリック様の事が好きなんです」
「マイヤっ!」
最後、言い終わるか終わらないかでオスリックはマイヤを抱きしめた。
そんな二人を見るイアンは、諦めるようにため息をついたのだった。
それからのマイヤやオスリック、イアンがどうなったのかは伝わっていない。
ただ一つ確かなことは、バレー伯爵領以外が完全に不毛の地となったとき、水の力が再び国に向けられた、と言うことだ。
そして、暗い目の色を持つ人は、国を支える神聖な存在として、長く大切にされたという。
58
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
「婚約破棄された聖女ですが、実は最強の『呪い解き』能力者でした〜追放された先で王太子が土下座してきました〜
鷹 綾
恋愛
公爵令嬢アリシア・ルナミアは、幼い頃から「癒しの聖女」として育てられ、オルティア王国の王太子ヴァレンティンの婚約者でした。
しかし、王太子は平民出身の才女フィオナを「真の聖女」と勘違いし、アリシアを「偽りの聖女」「無能」と罵倒して公衆の面前で婚約破棄。
王命により、彼女は辺境の荒廃したルミナス領へ追放されてしまいます。
絶望の淵で、アリシアは静かに真実を思い出す。
彼女の本当の能力は「呪い解き」——呪いを吸い取り、無効化する最強の力だったのです。
誰も信じてくれなかったその力を、追放された土地で発揮し始めます。
荒廃した領地を次々と浄化し、領民から「本物の聖女」として慕われるようになるアリシア。
一方、王都ではフィオナの「癒し」が効かず、魔物被害が急増。
王太子ヴァレンティンは、ついに自分の誤りを悟り、土下座して助けを求めにやってきます。
しかし、アリシアは冷たく拒否。
「私はもう、あなたの聖女ではありません」
そんな中、隣国レイヴン帝国の冷徹皇太子シルヴァン・レイヴンが現れ、幼馴染としてアリシアを激しく溺愛。
「俺がお前を守る。永遠に離さない」
勘違い王子の土下座、偽聖女の末路、国民の暴動……
追放された聖女が逆転し、究極の溺愛を得る、痛快スカッと恋愛ファンタジー!
辺境の侯爵令嬢、婚約破棄された夜に最強薬師スキルでざまぁします。
コテット
恋愛
侯爵令嬢リーナは、王子からの婚約破棄と義妹の策略により、社交界での地位も誇りも奪われた。
だが、彼女には誰も知らない“前世の記憶”がある。現代薬剤師として培った知識と、辺境で拾った“魔草”の力。
それらを駆使して、貴族社会の裏を暴き、裏切った者たちに“真実の薬”を処方する。
ざまぁの宴の先に待つのは、異国の王子との出会い、平穏な薬草庵の日々、そして新たな愛。
これは、捨てられた令嬢が世界を変える、痛快で甘くてスカッとする逆転恋愛譚。
悪役令嬢ベアトリスの仁義なき恩返し~悪女の役目は終えましたのであとは好きにやらせていただきます~
糸烏 四季乃
恋愛
「ベアトリス・ガルブレイス公爵令嬢との婚約を破棄する!」
「殿下、その言葉、七年お待ちしておりました」
第二皇子の婚約者であるベアトリスは、皇子の本気の恋を邪魔する悪女として日々蔑ろにされている。しかし皇子の護衛であるナイジェルだけは、いつもベアトリスの味方をしてくれていた。
皇子との婚約が解消され自由を手に入れたベアトリスは、いつも救いの手を差し伸べてくれたナイジェルに恩返しを始める! ただ、長年悪女を演じてきたベアトリスの物事の判断基準は、一般の令嬢のそれとかなりズレている為になかなかナイジェルに恩返しを受け入れてもらえない。それでもどうしてもナイジェルに恩返しがしたい。このドッキンコドッキンコと高鳴る胸の鼓動を必死に抑え、ベアトリスは今日もナイジェルへの恩返しの為奮闘する!
規格外で少々常識外れの令嬢と、一途な騎士との溺愛ラブコメディ(!?)
『生きた骨董品』と婚約破棄されたので、世界最高の魔導ドレスでざまぁします。私を捨てた元婚約者が後悔しても、隣には天才公爵様がいますので!
aozora
恋愛
『時代遅れの飾り人形』――。
そう罵られ、公衆の面前でエリート婚約者に婚約を破棄された子爵令嬢セラフィナ。家からも見放され、全てを失った彼女には、しかし誰にも知られていない秘密の顔があった。
それは、世界の常識すら書き換える、禁断の魔導技術《エーテル織演算》を操る天才技術者としての顔。
淑女の仮面を捨て、一人の職人として再起を誓った彼女の前に現れたのは、革新派を率いる『冷徹公爵』セバスチャン。彼は、誰もが気づかなかった彼女の才能にいち早く価値を見出し、その最大の理解者となる。
古いしがらみが支配する王都で、二人は小さなアトリエから、やがて王国の流行と常識を覆す壮大な革命を巻き起こしていく。
知性と技術だけを武器に、彼女を奈落に突き落とした者たちへ、最も華麗で痛快な復讐を果たすことはできるのか。
これは、絶望の淵から這い上がった天才令嬢が、運命のパートナーと共に自らの手で輝かしい未来を掴む、愛と革命の物語。
ざまあみろ! 悪役令嬢、婚約破棄されたけど、最強の男たちに溺愛されています!
しおしお
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢、イザベラとして転生した私、アレクサンドラ。破滅エンドを回避するため、ゲームの知識を駆使して奮闘するも、冷酷な婚約者である第一王子アルフレッドからは冷遇され、ついに濡れ衣を着せられ、婚約破棄を言い渡される!
「ざまあみろ! これからは、自分のために生きていくわ!」
絶望の淵から這い上がり、アストリアという辺境の領地で、領主として独立した私。持ち前の才能と、転生前の知識を活かし、領地を豊かにしていくうちに、様々なイケメンたちが現れ始める!
冷徹だけど、実は私に弱い第二王子
強くて頼れる騎士団長
私を支えたいと願う、有能な貴族
未来を見据え、外交を求めてくる他国の王子
彼らは、なぜか私に夢中で、次々とアプローチしてくるけれど… 私は、過去の自分とは違う。愛する人を失い、それでも強く生きることを決意した私には、守りたいものがある。
婚約破棄で始まった、悪役令嬢の逆転劇! ざまあ展開はもちろん、個性豊かなイケメンたちとの甘く、そして、切ない恋の行方は? 自分らしい生き方を見つけ、真実の愛を掴むために、私は、未来を切り開く!
婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。
國樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。
声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。
愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。
古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。
よくある感じのざまぁ物語です。
ふんわり設定。ゆるーくお読みください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる