ベンとテラの大冒険

田尾風香

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6.水の精霊 ジール

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「あれ、なに?」
『湖よ』

 ベンの質問にリンは簡潔に答えます。そして、一人でスーッと飛んでいきました。

『ジール、ねぇジールいるわよね?』

 湖に向かって、何か声を掛けています。
 ベンとテラが湖の畔に着くと、巻き付いていた木の枝が離れて、地面に足をつきました。ベンはちょっとホッとして、テラは少し残念そうにして、湖をのぞき込みます。

『なんじゃ、こんな時間に』
「えっ!?」
「えぇっ!?」

 何もなかった湖の上に突然誰かの姿が現れて、さすがのテラも驚いています。体の色は青っぽく、口の下に髭のような形のものもあり、リンよりもお年寄りに見えます。

 驚いた子供たちの声に、湖の上に現れた誰かは、ギロッとそちらを見たあと、呆れたようにリンに言いました。

『その子らはどうした。攫ってきたのか?』
『そんなわけないでしょ、よく見てよ。テラ……女の子が怪我しちゃってるの。治してあげて』
『ほっ!?』

 リンに言われて、意外そうに目を見張り、湖の上を滑るようにしてテラに近づきます。そして、その膝を見て「おやおや」と言って笑うと、その手が膝を覆いました。

『ほれ、これで良いぞ』
「――すごい! いたくない! おじいちゃん、ありがとう!」

 そう。手が膝から離れると、もう傷はなくなっていました。テラが満面の笑みでお礼を言います。ベンもそんなテラの様子を見て、ホッとした顔をしました。

「えっと、いもうとを治してくれて、ありがとうございました。あ、えっと、僕、ベンと言います」
『なんの、気にするでない。儂はジールじゃ。妹思いの、いい兄じゃの』
「え? えへへ……」
「ちがうもん! お兄ちゃんじゃなくて、テラの方がいい子なのっ!」
「なんでだよ」

 テラがかみつき、ベンがムッとなると、リンもジールも微笑ましそうに笑いました。リンが二人の頭に手を置きます。

『二人ともいい子なのだから、怒らないの』

 そのまま頭をなでると、ベンもテラも若干納得いかなそうながらも、嬉しそうな顔をします。リンはクスクス笑いました。

『ねぇジール。この子たち、魔法の力を探しに森に入ったそうよ。せっかくだから、何かあげられないかしら』
「「えっ!?」」
『ほう、魔法の力か。とは言うても、子ども等には過ぎた力じゃぞ』
『何もそんな強いものをあげて、なんて言ってないわ』
『ほっほっほっ、それもそうじゃ。ちょいと待っておれ』

 ジールがそう言った瞬間、湖の上から姿が消えました。それを見て驚く……よりも先に、その話の内容の方が、兄妹にとっては重要でした。

「魔法の力、知ってるの!?」
「リンちゃんも、魔法の力、見て分かるの!?」

 ベンは魔法の力がどんなものかを知らず、テラはベンが口から出任せで言ったことを信じているが故に、同じようなことを聞きつつも、微妙に違っています。

 その微妙な違いに兄妹は気付かず、リンも気にせず、答えを口にします。

『ええ、もちろん知ってるわよ。待ってなさい、すぐに……ほら、来たわ』

 リンが視線を湖の上に向けると、そこにはジールの姿がありました。

『ほれ、持ってきたぞい。すまんが、子ども等に渡せそうなものは、一個だけじゃ』

 差し出されたものを、テラが受け取ります。目をキラキラさせながら手に取りましたが、すぐに首を傾げました。

「おじいちゃん、これに、まほうのちからがあるの?」
『そうじゃぞ。綺麗な青い石じゃろ? それにはな、水の魔法の力が宿っておるんじゃ。普通の石ころよりヒンヤリ冷たいじゃろう?』

 ジールの説明に、テラはうーんと首を傾げています。
 ベンは、テラの手の平にあるその石を、自分も見てみたくてたまりませんが、自分は兄だからと言い聞かせて、必死に我慢しています。

「……なんか、まほうのちからがあるって、分かんない」
『ん?』

 テラの言葉に、ベンは血の気が引いた気がしました。テラに「見れば分かる」と言ったのはベンなのです。このままでは嘘つきになってしまいますが、どうしていいか分かりません。

 アワアワしているベンを見て、ジールは何かを悟ったようです。

『その石にある魔法の力はほんの少しじゃから、子どものうちに分かるのは難しいかもしれんな。大人になれば、分かるようになるかもしれんぞ?』
「そうなんだー」

 特に疑った様子もなく、ジールの言葉をテラは信じたようです。ホッとしたベンに、ジールはいたずらっぽく笑いかけ、ベンは首をすくめました。

「――あっ!」

 ふと、テラが何かに気付いたかのように大声を出しました。

「どうした、テラ」
「お兄ちゃん! おうち、かえんなきゃ!」
「……あ」

 そうだった。そうでした。家に帰らなければなりません。きっと、母親が心配しているでしょう。もう真っ暗で……。

「あれ? そういえば、明るい……」

 森でリンに会ったとき、確かにもう真っ暗でした。暗くて足元が見えなくて、テラが転んでしまったのですから。
 けれど、今は周囲は明るくなっています。さっきから見るのに何も苦労していないのは、明るかったからです。

「もう、あさになったの?」
「いや、いくらなんでも、そんなには……」

 テラの言葉に、ベンは首を傾げます。いつも寝て起きると明るくなっているので、どのくらいの時間暗いのか、ベンにも分かりませんが、それにしても早すぎると思ったのです。

 不思議そうにしているベンとテラに、リンとジールはいたずらっぽく笑っていますが、何かを教えてあげる様子はありません。代わりに、二人が安心するだろう言葉を、言ってあげました。

『なに、心配するな。リンが森の出口まで連れてってやるぞ』
『ええ、安心なさいな』

 ベンとテラが、パッと顔を輝かせました。「ほんと!?」「おうちかえれるの!?」と口々に言う子供たちに、リンが頷こうとしたときです。

 ――ドシンドシン

 何やら、大きな足音が聞こえてきました。
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