私は死んだ

鶴野オト

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私は死んだ

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私は死んだ。
自殺だ。
人に迷惑をかけないように細心の注意を払って死のうと前までは思っていた。
でも、死ぬときはそんなことを考えられる余裕なんてなくて、通過電車がホームに入ってくるその瞬間、「チャンスだ」と思い、そのまま…
そんなに嫌なことが直前にあったわけではない。
祖父母の家へ行ったその帰り道だった。
祖父がある日倒れた、そののち大腸癌と聞かされた。
母と私で会いに行ったが、もう年齢的にも処置のしようがなく、家に帰された。
寝たきりになっている祖父を介抱するため、母は祖父母の家に残って、翌日学校のある私だけが帰っていた。
それが私の自殺の原因かというとそうではないのだろう。
自分の行動に「だろう」などと使うのが不自然なことはわかっているのだが、私自身なぜ自殺したのか分かっていないのである。
学校?課題?バイト?人間関係?将来への不安?
いくらでも理由付けはできそうだがどうもしっくり来ていない。
まあそんなことはどうでもいい、とにかく私は死んだのである。

死後の世界などというものを安直に信じていたわけではないが、私はいわゆる『成仏』できずにいる。
私は今全裸で、育った街を歩いている。
幽霊というやつなのであろう、まあ足はあるし体もバラバラになんてなっていない。
三年ほど経過すればいずれ消滅するのだろうと漠然と考えている。
そうしなければこの世は幽霊でぎゅうぎゅう詰めになってしまうであろう。
私は見慣れた家に帰る。
扉は開けられないけれどまるで開いているように通り抜けられる。
私の仏壇に手を合わせる母の姿が目に入る。
私が死んで最もびっくりしたことは、私の死を悲しむ人の人数である。
両親、姉、祖父母はわかるが友達もたくさん私の葬式に来ていた。
皆泣きそうな顔をしていた。
私はこの人たちが亡くなった時に同じように悲しめただろうか。
多分無理だろう、大叔母さんが亡くなった時も曾祖母が亡くなった時も祖父が亡くなった時でさえ涙は一滴も出なかった。
なんでこの人たちは私なんかの死をこんなに深く考えてくれるのだろうと思いながら私は私の葬式を眺めていた。
母がまた泣いている、泣いたって何も解決しない、そう私は諭しただろう。
でも…
しかし、私はもうほんの一言だって母にかけることができない。
私は母から視線をそらした。
死ぬ前の私は不安でいっぱいだった。
死んでからの私は後悔で埋め尽くされている。

「ミク?」

母の声に思わず振り向く。
ミクは私の名前だ。

「ミクなのよね?」

母は私のほうを真っすぐ見つめて言う。
そんなわけない、私を見ることができないのは十分いろんな人で試し…
母は私を抱きしめた。
実体のない私が消えないように優しく、優しく。
後ろから別の人の声が聞こえてきた。

「お母さん…」

いつ帰ってきていたのか、そこにいたのは弟だった。

「お母さん、カウンセリングに行かない?
お父さんとずっと話してたんだ、お母さん、姉ちゃんが死んでからずっと泣いてばっかでさ」

母は弟をキッと睨みつける。

「ミクが死んだ?何不謹慎なこと言ってるのよ!
ここに今もいるでしょ!!!」

そう言って私のほうを指さす母のことを、弟は悲しげな顔で見つめた。
死んでいる私はどうすることもできなかった。
母が無理やりにカウンセリングに連れていかれることを止めることができなかった。
おかしくなってしまった母を思って弟が一人泣いていても何も声を掛けられなかった。
私の起こした電車事故の賠償金のため寝る間も惜しんで働く父に謝罪することもできなかった。
母の近くにいると母はおかしい人として扱われてしまうから、私は家族の元から離れた。

気が付けば私はこの世から消えていた。
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