懐かれ気質の精霊どうぶつアドバイザー

希結

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第5章 死神は十字架を背負うべきか【case4:精霊栗鼠】

ep.41 貴方にあげられるものは

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 私が日記の最後のページを読み終える頃……ステラ家の人々は、静かに涙していた。

 副団長は泣いていなかったけれど、その瞳の中に、もう先ほどまでの昏い怒りや悲しみの感情はないように見えた。

「リゲルの死を……認めたくなかった。息子は自分より先に天国に行ってしまう、そういう運命だとわかっていても、どうしても愛する息子の死は心がついていかなくて、受け入れられなくて……こんなの、当主として失格だ。何か理由をつけなければすぐに立ち直れなかった。そして気づかぬうちに、お前にずっと必要のない責任を擦りつけてしまっていたのだな……親としても失格だ。本当に、本当にすまなかった」

 副団長のお父様は、そう言って涙ながらに副団長へ頭を下げた。

「産後の体調もよくなくて、あの頃は自分の心と体を守ることで精いっぱいだったの……そんなの言い訳にしかならないって分かってる。だけど、赤ちゃんだった貴方の無邪気に笑う顔がリゲルにそっくりで……胸が苦しくなったの。リゲルをもっと健康に産んであげれたら、貴方と出会わせてあげられたのにって……貴方を見るたびに後悔に苛まれる自分が嫌で、貴方ときちんと向き合わずに逃げた私を許してなんて言わないわ……だけど、貴方の事も心から愛しているのよ……!」

 そう叫んだ副団長のお母様はこちらへ駆け寄ってきて、ボロボロと零れる涙もそのままに、副団長を抱きしめる。副団長はそんなお母様の小さくて華奢な肩に触れ、戸惑いながらも支えていた。

「母上……」

「シルヴァ、信じてもらえるなんて思っていないけれど、聞いてくれるか?」

「……兄上?」

「……僕がお前と距離を取ったのは、いっそうちの事なんて、酷く憎んで忘れてもらってもいいと思っていたからだ。ステラ家が、才能を発揮して飛び立とうとするお前の足枷になるのならと。だけど……違ったんだな。お前は僕達が思う以上に強くて優しくて……どんなに傷ついても、ステラ家の事を捨てないでくれていた……本当にごめん」

 副団長の事を真っすぐに見つめて、それから頭を深く下げた副団長のお兄様からは、言葉や態度に誠意を感じた。

「……ステラ家は長い間、本音で話せてなかったのね。もっと早く家族の思いが通じ合っていたら……って思っちゃったわ」

 ニアのポツリとこぼした呟きに、私は小さく頷いた。

「うん……でも、私が感じていたよりもずっと……副団長は愛されていたみたい……」

 ご家族からの反応に困惑した様子の副団長だったけれど、真正面から受け止めたご家族の正直な思いは、副団長の心を少し溶かしたのかもしれない。

 だってもう、副団長の瞳はいつものように透き通って、キラキラと輝きを取り戻していたから。

「あれ……?」

 そういえば手に持ったままだったと気が付いて、日記を閉じようとした時。日記の最後のページによれた文字で小さく文章が書かれているのを発見した。

 恐らく、病床に伏せていたリゲル様の手書きの文字だろう。

「――生まれてくる君は、誰が何と言おうとステラ家の【天使】だよ。心優しい君に寄り添ってくれる仲間は沢山いるから信じていて。シルヴァ。誕生日おめでとう、愛してる――リゲル」

「驚いた……シルヴァの名前まで書いてある……リゲルは本当に未来を見ていたのね」

 私の手元を覗き込んだニアは、目をまんまるくしながらそう言った。

「うん。寄り添ってくれる仲間……副団長には騎士団っていう居場所と、ニアがいるもんね」

 ふふ、と笑った私の頬を、いつの間にかよじ登って来ていたロノスが小さな手で突いた。

「もー! メルもでしょう? それから僕と、ステラ家の皆と、リゲルも!」

 ワイワイしていた私の手元から、すいと日記が離れる。あれ、と思って見上げれば、副団長が日記を手にしていた。

「日記は元の位置に戻しましょう。……兄上の物だから、兄上の部屋にあった方がいいと思うので。なのでロノス、もう鳩時計にはどんぐりを詰め込まないでください」

「わ、分かった……気をつけるよぅ……」

 言質は取ったと言わんばかりに頷いた副団長は、日記を入れてから鳩時計の扉を丁寧に閉めた。それからステラ家の皆さんへ、視線を向けた。

「今日はもう騎士団に戻ります。でも……また、兄上の日記が読みたくなったら……ここに来ます」

「……っ! ああ、いつでも待っている」

「前触れもいらないのよ。貴方の家ですもの」

「僕は今度騎士団にお邪魔しようかな」

「……兄上、侯爵家の人間でも、用がないのに来たら騎士団の玄関先で門前払いですから」

 そんな会話のやり取りから、まだどこかぎこちないけれど、ステラ家の止まっていた時は確かに動き出したのだと感じられた。

 私がホッとした気持ちで眺めていると、副団長のお父様と目が合い、そのまま私の元へとやって来た。

「アシュレー嬢、といったかな? 君にもお礼を言わせてくれ。真っすぐな言葉で我々の目を覚ましてくれて本当に感謝している」

「い、いえ! 私は何もしておりませんし、むしろ不敬な言動をしてしまい申し訳ございません……!」

 私にまで頭を下げようとする侯爵様を慌てて止めた。

「いや。君のような子がシルヴァの側にいてくれて、本当によかったと思っているんだ。困った事があったら、遠慮なく頼ってくれ。ステラ家は全力で君の力になろう」

「ひぇ」

 助けを求めようとご家族の方へ目線を向けても、うんうんと強く頷かれてしまったのだった。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 ステラ家を出ると、門を出てすぐの所に侯爵家の馬車が用意されていた。きっと有能な執事さんの手腕だろう。

 精霊状態に戻ったニアとロノスも一緒に馬車へ乗り込み、私が副団長の向かい側に座ると、馬車はゆっくりと動き出した。

「あの、副団長……」

「どうしました?」

「……お誕生日、おめでとうございます。当日に知ってしまったので、何もご用意できず申し訳ないのですが……」

 もにょもにょと言いかけた私の頭を、副団長は手を伸ばしてくしゃりと撫でた。

「……抱えきれないくらいの、大きな贈り物を貰った気分ですよ」

「え?」

 私、何も渡してないけどな……?

「あの! でもっ、何か私でもできる事とかがあれば全然言っていただいて……!」

 書類の整理ですとか、使いパシリでも全然!と私が続けると、副団長は少し考え込んでからこう告げた。

「そうですね……なら、これからはメルと呼んでも?」

「えっ、た、誕生日プレゼントがそんな事でいいんですか……? 私は全く構いませんけど……」

「──メル」

「っ、はい!」

 早速呼ばれた名前に、私は思わず過剰に反応してしまった。

「君に救われた。私もステラ家も。ありがとう」

「いえ、そんな……!」

 副団長から向けられた表情は、すごく温かくて幸せそうで。そんな柔らかな微笑みを初めて見た私は、なぜか胸がきゅんと苦しくなった。

「……?」

 ――この気持ちは、なんだろう?


『あ! ねぇねぇ、メル!』

『……ロノス、アンタ……空気くらい読みなさいよ』

『えっ? ニア、何が? あのさっ、メルはパートナーがいないんでしょ? それなら僕と契約する?』

「あー……ええと、気持ちはすごく嬉しいんだけどね……」

 私が自分に精霊適性がない事を告げると、ロノスは心底不思議そうに小首を傾げた。

『でもメルってさ、全ての精霊動物が見えるし、話せるんだよね? それってなんかさぁ……』

 ごにょごにょと何かを言いかけて口を紡いだロノスは『ちょっと確認してくる~!』と言って姿を消してしまった。一連の流れを見ていたニアは、全くといった様子で溜め息をついている。

「な、なんだったんだろう……?」

『ロノスは気になる事があるとそれに一直線だから、ほっといていいわよ。またひょっこり顔を出すだろうし』

 ニアは呆れ顔でそう言うと、副団長の隣でくるりと丸まって目を閉じてしまった。

 気持ちよさそうに眠っているニアを見ていると、馬車の心地よい揺れも相まって、私も自然と瞼が重たくなる。なんだかんだで緊張してたのかな……

「すぐに着くと思いますが、騎士団に着いたら起こしてあげますよ」

 だから、眠っていて構いません。

 眠りに落ちる直前、そんな優しい声とともに、機械仕掛けの鳩時計の音色が聴こえた気がした。
 
 
 ──第5章・終──
 
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