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第七章 ユーリと氷の女王

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朝食後、魔物や魔物祓いについての
あれこれをシェラさんと話していると
デレクさんが顔を見せた。
ヒルダ様との面会のために迎えに
来てくれたらしい。

デレクさんの案内でシェラさんを伴い
ヒルダ様の執務室へと向かう。
大きくて立派な扉の前を護る騎士さんに
面会の約束がある事をデレクさんが告げれば、
すぐに中へ通してくれた。

「ユーリ様‼︎」

立ち上がってわざわざこちらまで
歩いて出迎えてくれたのはヒルダ様だ。

昨日同様、胸元にフリルのついた上品な
白いブラウスに黒いパンツ姿だけど
その髪の毛は綺麗に整えられていた。

「昨日はお騒がせして申し訳ありません、
もっときちんと歓待したかったのですが。
それに、リンゴも。おかげさまでフレイヤは
この通りすっかり良くなりました。
なんとお礼を言って良いか・・・」

そう言ったヒルダ様は自分の後ろを
ちらりと見やった。

日当たりの良く広い執務室の一角には
ゆったりとした応接セットも
備え付けられていて、
そこにはバルドル様が小さな女の子を
抱き抱えていた。
女の子はバルドル様にしっかりと
しがみついていてその顔は見えない。
人見知りかな?
ふわふわした、春先の若芽の柔らかい
新緑みたいな淡い緑色の髪の毛しか
こちらからは窺い知れない。

「マールの金のリンゴの話は遠く離れた
このダーヴィゼルドの地でも有名です。
まさかそのように貴重な物をフレイヤのために
分けて下さるとは思いもよりませんでした。
本当に、ありがとうございます。」

がっしりした体格に品の良い顔が印象的な、
いかにも美丈夫と言った感じのバルドル様も
フレイヤちゃんを抱いたままそう言って
頭を下げる。

2人の娘のフレイヤちゃんは、
魔物に襲われたのがよほどショックで
怖かったのか、助けられたカイゼル様と
一緒に城へ戻って来てからは
ずっと熱を出して寝込んでいたらしい。

私が持って来たリンゴは少し鮮度は
落ちていたけれど、まだ充分食べられたので
昨日のうちに分けてあげていた。

どうやらヒルダ様はさっそくそれを
煮リンゴにして食べさせてあげたようだった。

「フレイヤ、きちんと礼を言いなさい。
そなたはそれでもこのヒルデガルドの娘ですか。」

ヒルダ様は幼い我が子にも容赦なく厳しい。
フレイヤちゃんは確かまだ3歳だと聞いている。

「いえ、全然いいんです!
むしろリンゴが悪くなる前に
食べていただけて良かったです‼︎」

慌ててそう言ったけど、ヒルダ様に注意された
フレイヤちゃんは渋々と言った感じで
バルドル様に掴まったまま、
こちらに少しだけ顔を向けてぺこりと
小さく頭を下げた。

「・・・ごはいりょ、ありがとうございましゅ。」

か、噛んだ!かわいい‼︎ 
はわわ、と思わず私の方が狼狽えた。

小さいのにきちんとお礼を言えてえらいなあ。
撫でてあげたい!

そう思ってきらきらした目で見つめて気付いた。
フレイヤちゃんの目元が赤くてなんだか
腫れぼったい。泣いてたのかな?

よく言えたね、とバルドル様に頭を
撫でられているフレイヤちゃんを見ながら

「ヒルダ様、フレイヤ様は泣いてたんですか?」

そう聞いてみれば、ヒルダ様の顔も
苦しげに歪んだ。

「お見苦しい顔を晒して申し訳ありません。
目の前でカイが自分を庇い襲われたのを
見た上に、昨日の騒ぎでカイがいなくなったのにも
気付いてしまったようでして。」

その話が聞こえたのか、フレイヤちゃんが
バルドル様の服を掴む小さな手に力を込めた。

「・・・カイとうさまは、まだ
かえってこないですか?わたし、とうさまに
めいわくかけてごめんなさいって
はやく言いたいです。」

ヒルダ様そっくりの青い瞳が潤んでいる。
こんなに小さいのに泣き腫らした顔が
痛々しくてかわいそうだ。
せめて綺麗にしてあげたい。

「ヒルダ様、フレイヤ様のお顔に
触れてもいいですか?」

「それは構いませんが・・・何故です?」

見てもらえば分かってくれるかな?
そう思って、ヒルダ様ににっこり笑いかけて
悪意はないことをアピールしてから、
そっとフレイヤちゃんに近付いて目線を合わせた。

「フレイヤ様、少しお顔に触らせて下さい。
お目目の腫れをなくしましょうね。」

言いながら、静かにその小さな顔を
撫でてあげる。腫れてしまった目元、
赤くなってしまっている鼻先。
ほっぺもこすったのか赤くなっていた。

私がこの世界に来たばかりの頃に、
顔からスライディングして
擦りむいたのを治したのと同じだ。

撫でたところから綺麗なもちもちした肌に治り、
フレイヤちゃんは何が起きたのか
分からずにきょとんとしている。

「こんな事でユーリ様のお手を煩わせて
申し訳ございません。
しかも私が助けを請うたとは言え、
かような速さで来ていただけるとは
本当にいくら感謝してもしきれません。」

またヒルダ様に頭を下げさせてしまった。
その時だ。部屋の中にダーヴィゼルドの騎士さんが
慌ただしく入ってきてヒルダ様に耳打ちをした。

ヒルダ様がフレイヤちゃんに聞こえないように
そっと私やシェラさんに教えてくれる。

「・・・カイが見つかりました。
ユーリ様に浄化をお願いしたく思っていた
魔物の湧いてくる泉のようなもの、
そこにいるとのことです。」

魔物の影響を受けたから無意識の内に、
魔物と同じようにそこを守ろうとして
行ってしまったのだろうか。

「泉の浄化とカイゼル殿の救済、
一度に両方出来ると思えば手間は省けますが、
少し厄介でもありますね。」

シェラさんは考え込んでいる。
その間に、ヒルダ様に目配せされた
バルドル様はフレイヤちゃんを
侍女へ預けて出立の準備を始めていた。

手袋をはめてその上から手甲をし、
毛皮のついた外套をはおった
バルドル様が私達に頭を下げる。

「泉の場所まで案内します。
カイゼルが発見されたのは、
ここから北へ山を一つ越えた所です。
・・・そこは先日、彼がフレイヤと一緒に
魔物に襲われたのに近い場所です。
もしかすると何か関係があるのかも
知れません。」

それを聞いている間に、いつの間にか
シェラさんは私の後ろに回って
流していた後ろの髪の毛をちょいちょいと
いじって三つ編みにすると一つに纏めて
くるりと首に巻いてしまった。

「お外に出ますので、寒くないように
なさって下さい。ユーリ様用の外套は
昨日のうちに準備してありますので」

そう言うと侍女さんに目配せをして
子ども用の毛皮付きの足首まで長い
ケープを出してきてもらう。
どこまでも手際がいい。

ヒルダ様も腰に剣を差して頷く。

「山の方はすでに雪が積もり始めております。
途中の魔物は私とバルドルが一掃しますので、
後ろをついて来てください。
カイの居場所が近付いてくれば
魔物の数も増えてくるでしょうから、
その時はシェラザード殿のお手を借ります。」

ヒルダ様がシェラさんと交わす視線が
何となく悲壮な色をしていて、
意味深な感じがした。
なんだろう。

「ユーリ様はまたオレの馬に同乗して下さい。
デレク、弓を飛ばせる距離は?」

私をひょいと抱き上げて歩きながら、
ついて来たデレクさんに話しかける。

「目視さえ出来ればどんなに遠くても
必ず当てます。遠距離射撃での援護を
すればよろしいですか?
カイゼル様本人を直接狙うんですか?」

「動きを止めるために、四肢の関節は
狙って構いません。
ただし、今のカイゼル殿はヒルダ様の魔法でも
止めるのが難しい手強い相手ですから
油断しないように。気を付けなさい」

準備された馬に乗って行く先を見れば、
重い灰色に雲が垂れ込めている。
なるほど、山は雪が降っていそうだった。

カイゼル様はろくに上着も着ないまま、
隔離されていた公爵城の別館から
いなくなってしまったという。
この寒さで体調を悪くしていなければ
いいのだけれど。

カイゼル様の豹変を、魔物から自分を
庇ったせいだと泣きそうになっていた
小さなフレイヤちゃんの事を思うと、
カイゼル様を無事な姿で早く連れて
帰って来てあげたいと思った。
















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