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第七章:追録 ヨナスの夢は夜開く

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・・・誰かに横抱きで抱えられている夢見心地の
私の体がゆらゆらと揺れている。

静かにベッドの上に置かれて髪を整えてくれる
その優しい手付きから、どうやらシェラさんが
私を運んでくれたらしい。

「ん、ん~・・・」

「お疲れ様です、ユーリ様。後はゆっくりと
お休み下さい」

はい。シェラさんもお疲れ様でした。

そう言いたいのに、酔っ払ったまま鏡の間で
リオン様に言いたい放題文句を言ったら、
ものすごく眠くて喋れないし、瞼も重くて
目が開かない。そのままゆっくりと私は
睡魔に身を預ける。
酔っ払ったふわふわした頭のまま意識を
手放す寸前、紫色の霧が私の瞼の裏を
掠めたような気がした。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「ーいいな、気に入った。イリューディア神の
気配より強く君の匂いがする」

そう言ったシグウェルさんは、ブレスレットを
持ったままの私の手首に顔を寄せて微笑むと
そのままそこに口付けた。

「ひあ⁉︎」

びっくりして変な声が出る。ひんやりと冷たい唇の
妙な柔らかさだけがやけに印象的だ。

「おっ、女の子に匂いがどうとか言うのは
失礼ですよっ⁉︎」

精一杯の抗議をするけど、シグウェルさんは
不思議そうに首を傾げている。

「何故だ?君の匂いは蜂蜜か果物のように
甘くて良い匂いだが。全く不快ではない。」

何を言ってるんだろう⁉︎あわあわしながら
あれ、と既視感を覚える。このやり取りには
覚えがある。でも、あれ?ユリウスさんは?
ユリウスさんもいたはずだ。

「他に意識を向けていられるとは余裕だな。」

俺を見ていろ。そう言ったシグウェルさんは、
口付けた私の手首に顔を寄せたまま今度は
私の手の平に口付けた。くすぐったい。

思わずブレスレットを取り落としてしまい、
それに嵌っている結界石がかちゃんと
小さな音を立てた。
一瞬視界に紫色の霧が滲んでゆらめく。
それは一体何だろう?
気になったけど次の瞬間、

「シ、シグウェルさん⁉︎」

口付けられた右の手の平はいつの間にか
恋人繋ぎで絡め取られていて、
そのままひょいと抱き上げられれば
さっきまでシグウェルさんが報告書を
書いていた大きな机の上に座らされていた。

ばさばさっ、と音を立てて書類が床に落ちる。

ちょ、ちょっと待って。これは一体何ごとか。

繋がれていない方の左手でシグウェルさんの
胸元を押し返そうとしたけれど、10歳女児の
力などシグウェルさんにとっては何もされて
いないも同然だ。

そのまま私の上に覆い被さるようにぐいと
せまられると、首筋にも口付けを落とされて
背中がぞくっとする。

ふぁ、と気の抜けたような変な声が出てしまった。

「・・・へぇ、甘い匂いが濃くなった」

シグウェルさんが面白いな、と首筋に顔を
寄せたまま笑いを漏らした。
その吐息がくすぐったくて、妙な気分だ。

「そ、そんなところで話さないで
下さい・・・っ!」

「君の魔力がオレの行為に反応しているのか?」

もう少し試してみよう。そう言って、今度は
左の耳たぶをやんわりと唇で挟まれ、
くいと引っ張られた。

「あぁっ・・・⁉︎」

くすぐったいだけじゃない何かが背中を
ぞくぞくと駆け上る。何これ、変だよ。

「また甘い匂いが濃くなった。そんなに強く
したつもりはないが・・・君、耳が弱いのか?」

パッと耳たぶから唇を離したシグウェルさんの
声がもの凄く近くでしたので反射的に
そっちを見た。

アメジストみたいにきれいな紫色をした
シグウェルさんの瞳と目が合う。

その瞳はいつもの冷たさが影を潜めている。
とろりと甘い艶めいた色を浮かべて
私を捉えて離さないようにシグウェルさんが
じっと見つめていた。

「ユーリ、君の瞳の金色も濃くなっている。
・・・ああ、その色を見て君の魔力の匂いを
嗅いでいると酔ってしまいそうだな。」

ただでさえ至近距離にあった白皙の美貌が、
そう言うと更にぐいと近付き次の瞬間、
私の唇が塞がれた。
手に口付けられた時はひんやり冷たいと
思っていたその唇がやけに熱く感じる。

それはシグウェルさんの温度なのか、それとも
私が熱をもっているのか。
一体どちらの体温なのか分からない。

シグウェルさんの胸元に置いた私の左手も
いつの間にか掴まれていて机の上にしっかりと
縫い止められていた。

何度か角度を変えて優しく口付けられ、
驚きのあまり頭が真っ白になって
なすがままになってしまう。

ふっ、と一瞬シグウェルさんの顔が離れると
私の反応をうかがうようにまた見つめられ

「もう少し加減をしなくても大丈夫そうだな」

そう言われてまた唇を塞がれる。

加減?何が、と言いかけた私の薄く開いた口の中に
無遠慮にシグウェルさんの舌が差し込まれた。

あまりに突然の出来事に目を瞑るのも忘れて
驚きのあまりぱちぱちと瞬きを繰り返していたら、
そんな私に口付けながらシグウェルさんも
じっと見つめている。

口の中に与えられる刺激に思わずピクリと
身じろげば、私のその反応に目を細めた
シグウェルさんに更に刺激を与えられた。

くちゅ、と言うひそやかな水音が部屋に響いて
それが妙に耳について変な気分になったのと
口付けへの私の反応を見つめられている
その恥ずかしさに、そこでやっとぎゅっと
目を瞑った。いや、ホント何これ⁉︎
なんでこんなことに。

しかも目を瞑ったら逆に口付けているその
水音がやけに耳に響いてますます恥ずかしい。

口腔内を蹂躙するシグウェルさんの舌を
押し返そうとすれば逆に私の小さな舌は簡単に
絡め取られて、最初は控えめだったはずの
水音がいつの間にか大きくなっていた。

背中のぞくぞくする何だかむず痒い感触も
強くなっているし、机の上に座っていても
落ち着かない。

我慢するように握りしめた手に重ねられた
シグウェルさんの手の親指が、私の手の甲を
円を描くように優しく撫でている。

でも今の私にはそれすら過剰な刺激に感じられて
背中に感じているむず痒いような感触が
どんどん這い上ってくる。

「っは、・・・ま、待って・・・」

酸欠になる・・・‼︎瞼の裏がチカチカする。
やっと解放されて、はぁはぁと息をついた私に

「息継ぎが下手だな」

そう言って薄く微笑むシグウェルさんは
どちらのものとも言えない唾液に濡れた
自分の唇をペロリと舐めた。
その仕草がもの凄く色っぽい。

「そのうち慣れるか」

ふむ、と1人で納得しないで欲しい。
そのうち⁉︎そのうちってどういう意味⁉︎
そう言いたかったけど、頭がぼんやりする。
何でこんな事を?と思って、話そうとしたら

「な・・なんれ・・・」

舌が痺れたみたいになっててうまく喋れない。
いきなり過剰に舌に刺激を与えられて、それに
意図せず応えた結果だ。
それだけでも恥ずかしくて火を吹きそうに
顔が熱いのに、

「ああ、その顔もいいな。たまらない」

そんな事まで言われて、私の息が整ったのを
見計らうとすかさずまた唇を塞がれた。

しかも当たり前のように舌が入ってきて、
一度私がその刺激に反応した箇所へ的確に
さっきよりも強い刺激を与えてくる。

・・・そんな恥ずかしいこと言わないで!
と抗議しようとしたのに無駄に終わった。

「っは・・ふぁ、ちょっ・・・‼︎」

シグウェルさんの舌が差し込まれていれば、
私の言葉は飲み込まざるを得ない。

すり、と口の中で私の舌に擦り合わされる
シグウェルさんの舌のひどく優しく柔らかい
刺激にくらくらする。

息がうまく出来なくて溺れそうだ。
じゅる、と言うお互いの舌が絡まる音だけが
やけに耳につく。

本当に何も考えられなくなってしまって
気を失いそうになったその瞬間、微かに私の
耳に聞こえてきたのは甲高く勝ち誇ったような
女の人の笑い声だった。




















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