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第八章 新しい日常

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「それじゃ、このワインの瓶に加護を付ければ
いいんですね?数はここにあるもの全部ですか?」

今日の見学について団長さんに聞きながら
確認をする。私達の目の前のテーブルに副団長の
トレヴェさんがワインの瓶を10本ほど並べた。

「ええ、ぜひお願いします。いつもは成績上位者に
長めの休暇をやるのを褒美にしておるんですが、
今回はせっかくユーリ様が来ておりますからな。
どうせなら休暇に追加してユーリ様ならではの
褒美を付けてやりたいと思いまして。」

団長さんがよろしくお願いしますと頭を下げた。

「全然大丈夫ですよ!ぜひやらせて下さい!」

シグウェルさんのスパルタのおかげで、瓶10本に
豊穣の加護を付けるくらいは今の私なら一瞬で
終わってしまう。

私が豊穣の加護を付けたワインは、個人と
グループ単位での訓練、それぞれの上位5位までの
演習の成績優秀者に渡すらしい。

「いくら飲んでも中身がなくならないっていう、
いつもの加護の付け方でいいんですよね?
どうせなら少しくらいの体の疲れなら回復できる
効果も一緒に付けましょうか?」

未開封の綺麗な瓶を撫でてそう言えば、ぜひ
お願いしたいと喜ばれた。

いつも大変な訓練をこなして有事に備えてくれている
人達だから、私が少しでも役に立てるのは嬉しい。

「そうだ、グループ単位での優秀者に渡すのは
1グループにつきワイン一本だけですか?
例えばそれが4人グループだったら4人全員に
一本ずつワインをあげることは出来ますか?」

「酒は多めに持ってきているのでそれは構いません。
しかし編成は1グループ6人ですよ?全部で
30本もお願いすることになってしまいますが。」

団長さんが目を丸くしている。
てことは個人の分も合わせれば全部で35本か。

マールの町のために加護をつけたリンゴの数と
そう変わらない。全然余裕だ。

「問題ないです!おいしいご飯をご馳走になる
お礼ですから、ぜひやらせて下さい!」

そう言えば、恐縮しながらもとても喜んでくれた。
副団長のトレヴェさんが立ち上がり、

「ではこの後は訓練開始前の挨拶が団長から皆に
ありますので、ユーリ様にはそれに立ち会ってもらい
昼食までは騎士達の野営訓練の様子を自由に
見てもらいましょうか。そろそろあいつらも
準備が整った頃でしょうし。」

そう言って、私とシェラさんを外へと促してくれた。

シェラさんがまたすぐに私を抱き上げようとしたので

「だから抱っこが早いんですってば!」

捕まえられる前にシェラさんを注意しながら
天幕の入り口に駆け寄ってカーテンに手を掛ける。

ちょっとくらい歩かせて欲しい。
縦抱きされながら天幕から登場するなんて、
あまりにも過保護なお姫様過ぎて恥ずかしい。

「ユーリ様、慌てると転びますよ。」

「そんなうっかりしませんよ!」

レジナスさん並の過保護っぷりで私のことを
心配するシェラさんが後からついてくる。

まったく、幼児じゃあるまいし。

そう思いながら、言葉を交わしたシェラさんの
方を見ながら外へ出ようとカーテンを開けたら、
どよめく騎士さん達の声が聞こえた。

うん?と思って外を見れば、私達のいた天幕の
周りはいつの間にか黒山の人だかりになっている。

四方八方を囲まれて、大きな騎士さん達に
覗きこまれるように見られていてびっくりだ。

まだまだ小柄な私から見れば、大きくて体格のいい
騎士さん達に囲まれると怖くはなくてもかなりの
圧迫感がある。
 
「ひゃっ‼︎」

思わず声が出て、後ろからついてきていた
シェラさんの影につい反射的に隠れてしまってから、
しまったと思う。これじゃまるで騎士さん達を
怖がったみたいだ。

「おやおや」

シェラさんの声が弾んでいるように聞こえた。
どうやら頼られたのが嬉しかったらしい。
心配はいらないと言ったくせに頼ってしまった
私もバツの悪い思いだ。

改めて、そっとシェラさんの後ろから顔を
覗かせれば副団長さんが騎士のみんなに向かって
お前ら野営準備はどうしたと怒っていた。

でも怒られてるみんなの視線はこちらを見ている。

思わずまたシェラさんの影に隠れてしまいそうに
なるのを堪えてパチパチ瞬きをする。

何度見てもやっぱりみんなこっちを見ている。

いや、説教をしている副団長さんの方を見ようよ。

その時、私の後ろからのっそりと団長さんが
天幕から顔を覗かせると、シェラさんに

「悪いがちょっとユーリ様を借りるぞ」

そう断りを入れて私をひょいと自分の肩の上に
座らせた。た、高い‼︎思わず団長さんの頭に
手を回して必死で掴まってしまう。

ただでさえ背の高い団長さんの肩に座ると、
さすがに騎士さん達を見降ろす格好になった。

「お前ら、ユーリ様がせっかく来てくれて
俺たちの野営料理を楽しみにしてくれてるのに
いつまでそうやっているつもりだ?
早く準備をしてユーリ様のためにメシを作れ。
この三日間の野営訓練を終えた時に優秀だった
上位の奴にはいつもの休暇に加えてユーリ様からも
酒が出るからな。遊んだり気を緩めてる暇はねぇぞ。
分かったらさっさと動け!」

大きな声で号令を掛けられて、さすがに騎士さん達の
雰囲気もビシッとした。

「あ、あの!今日は大事な野営訓練なのに、
お邪魔させてもらってありがとうございます。
短い間ですけどよろしくお願いします!
ご飯、楽しみにしてます‼︎」

騎士さん達が散開する前に、慌てて私も声を
上げればみんなの動きが一瞬止まった。

そしてほのぼのと暖かい視線をくれてお辞儀を
してくれる人もいれば手を振って行く人、
期待してて下さいね!と言ってくれたり、
何が食べたいですか⁉︎と聞いてくれる人など
様々だった。・・・まあ、団長さんの肩に乗る私に
好きな食べ物を聞こうとせまる人達は団長さんと
副団長さんが容赦なく散らしていたけど。

そんな中、ふと気付くと騎士さん達の中に
一際大きい人影が見えた。あれはレジナスさんだ。

「レジナスさん!」

大きく手を振れば、それまで遠慮していたのか
私を遠巻きに見ていたらしいレジナスさんが
やって来た。なぜか胸元には綺麗な白い花を
一輪挿している。珍しい。レジナスさんが
花を持っているところは初めて見る。

「おはようございますレジナスさん!
そのお花、どうしたんですか?珍しいですね。」

ああ、とレジナスさんは花に手をやるとふっと
目元を優しげに細めてそれを抜き取った。

「見回り中に咲いているのを見つけた。
ユーリにやろう。」

そう言って私の猫耳の根本にそっと挿してくれる。

「いいんですか?ありがとうございます!」

「それよりも、その首の鈴はどうしたんだ?
結界石ではないようだが、またシグウェルか?」

気付かれてしまった。まあ、目立つもんね・・・。

「いえ、これはシンシアさんが付けた私の
迷子防止で、本当に純粋にただの鈴です・・・。」

説明したら、一瞬目を丸くしたレジナスさんに
クッ、と声を出して笑われてしまった。

「わ、笑い事じゃないですよ⁉︎これじゃ本当に
猫みたいじゃないですか‼︎」

レジナスさんが声を出して笑うと言う珍しさに
よほど今の私の鈴付きの姿は変なんだろうと
恥ずかしくなる。赤くなった頬を膨らませ、
口を尖らせてつい文句を言う。

「そんなに笑うことないじゃないですか。
シンシアさんが心配して付けてくれたから
外すことも出来ないんですよ?似合ってないなと
思っても笑っちゃダメです!それはシンシアさんの
善意を笑うことになりますからね?
そしたらレジナスさんには帰ってからシンシアさんに
笑ってごめんなさいって謝ってもらいます‼︎」

「悪かった、似合ってないとは思っていない。
むしろあまりにもよく似合っている。ただ、まさか
迷子防止だとは思わなかったからつい」

「今回は前みたいに一人で行動しませんから!
ちゃんとシェラさんと一緒にいますよ?」

むくれた私を団長さんが俺もきちんと見てますぞ、と
笑う。レジナスさんも、まだ僅かに笑いながら
むに、と私の頬を軽く掴むとそのまま無骨な
その指でそっと優しく唇を撫でて来た。

「分かったからそんなにむくれるな。ほら、
口も尖っているぞ。まるでリオン様に説教を
していたあの時の絡み酒のようだ。」

あやすようなその手付きの優しさに、絡み酒じゃ
ないもん!と思ったけどなんとなく何も言えない。

それよりも待って。唇を撫でられるとか、
そんな仕草をみんなの前でされると恥ずかしい。

世界で一番愛しい、大切な人。

その手付きに、ふと王都のあの夜のレジナスさんの
言葉を思い出してしまった。

気恥ずかしさにぷいと横を向いて団長さんの頭に
抱きつくと誤魔化すように声を上げる。

「団長さん、ワインの瓶は準備出来ましたか?
もし出来てたらさっそく加護を付けたいので
お願いします!」

団長さんも笑いながら頷く。

「こちらはいつでもよろしいですぞ。
トレヴェの所へ行きましょうか。シェラもあなたを
抱きかかえたくてずっと待ち構えておりますからな。
レジナス、お前もあまりユーリ様をからかうな。
見ろ、ユーリ様が恥ずかしがっておられる。」

「いや、そんなつもりはなかったのですが。
悪かったなユーリ。俺は揶揄ったのではなく
本当にユーリのその騎士服姿も、首元の鈴も
よく似合っていると思う。今日のその可愛らしい
姿のユーリをシェラに預けなければいけないのが
つくづく残念だ。」

「そっ・・・‼︎」

そういうとこですよ!と言いたくなったけど
言えない。可愛いとか預けるのが残念だとか、
真面目な顔で何を言うのか。

レジナスさんはたまにそういうこっちがむず痒く
なるような事を思いもしないタイミングで
不意打ちをするように真顔で平然と言ってくるから
びっくりする。

無意識なのか天然なのか・・・。

自覚がないから、王都でのあの夜みたいに
こっちが狼狽えているのにも気付かずに平気で
どうした、ユーリ?なんて聞いてくるのだ。

「・・・?どうした、ユーリ。
何か俺に言いたい事でもあるのか?」

ほら、今もだ。

「腹が減ってるならあともう少しだけ待て」

違う、そうじゃない。無自覚に私を恥ずかしい目に
合わせるのをやめて欲しいのだ。

でも本人は無意識に口に出してたり、さっきみたいに
唇を撫でてきたりしてるみたいだから言いにくい。

「レジナスさんは何にも分かってないですね・・・」

とりあえず私に言えるのはそれだけだった。


















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