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第十一章 働かざる者食うべからず

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マルクさんの話す癒し子の噂話に呆気に取られる。

歩いたら緑が生えたって言うのは王宮で最初の頃に
あちこち歩き回って加護の力の練習をしたせい?

笑ったら花が降ったのはリオン様の目を治した時の
ことから来てるみたいだけど、パンは見ただけじゃ
増やせない。

ましてや不妊治療なんてしたことがない。
そんな事が出来ると下手な期待をさせた上に、
ただの噂話だったと分かってがっかりさせるのは
申し訳なさ過ぎる。

「誤解です!そんな事できませんよ⁉︎」

思わず声を上げてしまい、

「リリ!」

レジナスさんに止められた。あ、そうだった。
今の私はリリだった、いつもの姿じゃない。

マルクさんも不思議そうに私を見ている。
こほんと咳払いをして説明をする。

「いえ、その・・・団長さんから癒し子様の
話は色々と聞いているので。癒し子様の噂は
やっぱり色々と間違ってますね。後で訂正して
もらうように団長さんに伝えます!レジナスさんも
リオン様を通してお話して下さいね?」

分かっている、とレジナスさんも同意してくれた。
まさか街でそんな噂になっているなんて全然
知らなかった。幻影魔法で来て良かった。
不妊治療をして欲しい人達に悩み相談をされても
困るところだった。

ふうと息をついて、そこでやっと私も聞きたかった
ブローチのことをマルクさんに尋ねる。

「あの、この辺りにブローチを作ってくれるところは
ありませんか?お揃いのブローチをいくつか注文
したいんですが、良いお店を知らなくて。」

「特注ですか?それだと作りたい数にもよりますが、
いくら市民街にある店でも値が張るかもしれない
ですよ?さて、どこがいいか。意匠はもう決めて
あります?あまり複雑なものだと貴族街にある店に
頼んだ方がいいかもしれません。けどそうなると
子供の小遣いでは難しいか・・・」

「意匠は、さっき刺繍をお願いした金の矢とリンゴの
ものを考えてるんですが・・・お金、これ位なら
足りますか?20個位作りたいです。」

ちゃら、とリオン様が前にポシェットに入れて
くれていた金貨を2、3枚出す。

貨幣価値はいまだに良く分かってないけど、
マルクさんの話ぶりだと今こそ金貨の使いどころ
なんだろう。

奥の院で私の身の回りの世話をしてくれている
人達の顔を思い浮かべれば、20個は必要な気も
するし、これくらいの額で間に合ってくれれば
いいんだけど。

金貨を見たマルクさんは驚いている。

「いや、これなら充分良いものが作れますよ。
それにしても、お嬢さんは随分とお金持ちだなあ。
いくら騎士団長の姪でも、わざわざ殿下の護衛騎士の
レジナス様がついていたり、実はものすごいお嬢様
だったりするとか・・・?」

ちょっと私を見る目が訝しげになった。これ以上は
ここに長居をしない方が良さそうだ。

ブローチを作ってくれそうなお店を紹介して
もらったらそろそろおいとましよう。

そう思っていたらレジナスさんが口を開いた。

「リリ、俺の知っている店で良ければ市民街に
腕の良い職人がいるからそこを教えよう。
その店ならこれだけ金貨があれば良い品を作って
くれるはずだ。」

なんだ。それなら最初からレジナスさんに相談すれば
良かった。ほっとして、結局マルクさんのお店には
ハンカチの注文だけして店を後にした。

マルクさんはあの金の矢とリンゴのデザイン画を
一枚くれて、ブローチを注文する時の参考に
使ってもいいと言ってくれた。いい人だ。

「思いがけず良いお買い物が出来ました!少し
喉が渇いたのでどこかカフェのようなお店に
寄ってもいいですか?」

それなら、とレジナスさんは地元の人達で賑わって
いるカフェへと案内してくれた。

テラス席があったので、そこに座って注文した
ジュースを飲みながらケーキを食べる私にうまいか?
とレジナスさんが穏やかに見つめてくる。

いや、見てなくていいから自分の飲み物を飲んで。

自分の頼んだものには全然手を付けないでこちらを
飽きもせずに見つめてくるレジナスさんにそわそわと
こっちが落ち着かない気分になる。

すごく・・・デートっぽい。それも彼氏の方が
彼女のことを好きでたまらないって周りにも
伝わってしまうやつだ。

元の世界でもこういう見つめあって二人だけの
世界を作っているカップルはカフェやバーで
何度も見かけた。

その度に、そういうのは家でやって欲しいと思って
いたけどまさか自分がそっち側の人間になるとは。

そう思ったらレジナスさんの方を見てられなくて、
その背後に視線を移した。

と、視界に入ってきたのは手を繋ぎ仲良さげな
母親と少女、その母親の持つ買い物カゴから
財布らしきものを今まさに抜き取り素知らぬ顔で
通り過ぎた男の姿だった。

スリの現行犯を目撃してしまった。

「どっ、泥棒‼︎」

思わず声を上げて立ち上がると、その声に驚いた
男は一瞬こちらを見て立ち止まったけど、すぐに
逃げ出した。

「あっ‼︎」

「リリはここから動くな!」

どうしよう、と思った瞬間には私に忠告をした
レジナスさんがもう走り出していた。

その姿はあっという間に街角を曲がって見えなく
なってしまう。あの速さならきっとすぐにでも
男を捕まえて戻ってくるだろう。

スリの現行犯なんて初めて見た。

まだちょっとドキドキしながら落ち着こうと
座り直してジュースを飲む。

突然一人になってしまったけど、どこか離れた所から
エル君も見守ってくれているはずだから、大人しく
このまま待っていようと通りを歩く人達を眺める。

すると、

「ああっ!いた‼︎こんな所でのんきに茶なんか
飲んでるし‼︎いくら迎えを待つにしても待ち合わせ
時間が過ぎてておかしいと思わなかったのかよ、
落ち着き過ぎでしょ⁉︎大物かよ‼︎」

突然近くで大きな声が上がり、ぐいと立ち上がらせ
られた。・・・え?

訳も分からず相手を見れば、息を切らせた小綺麗な
身なりの若い男の人だった。

走って来たのだろうか、身なりと同じく綺麗に
整えられていたらしいオレンジ色の髪の毛が乱れて
汗をかいている。

「あんたが来ないせいで危うく人手不足になる
ところだった!いくら田舎から出てきたばかりでも、
待ち合わせ場所くらいは事前に確かめといてくれよ!
まさか一本隣の通りにいるとは思わなかった‼︎」

さあ早く!とぐいぐい押される。

「事前の紹介状で聞いてたよりも随分と小さいな⁉︎
まあでも、いないよりマシだ。こっちは今いくらでも
人材が欲しいからな‼︎」

一方的に話されて、それを聞いていたらいつの間にか
手を引かれてカフェを出ていた。

・・・あれ?これ絶対人違いだよね⁉︎

「ちょ、ちょっと待って下さい!私、あそこで
人を待ってるんです‼︎人違いですよ、あそこから
動いちゃダメ・・・‼︎」

「だからそれ、俺だから‼︎ちゃんと迎えに来た
でしょ⁉︎カフェのテラス席にいて、赤毛、茶色い
肩掛けバッグ、ソバカス顔!ほら合ってる‼︎さあ
早く、もう少しで開店時間だから!あ~もう、
時間がないから仕事の説明も歩きながらでいい
よね⁉︎」

微妙に噛み合わない会話をしながら、手を引いて
どんどん男の人は歩いて行く。

エル君はどこかで見ているはずだけど、さすがに
この人通りの多いところでこの人から私を取り返せば
騒ぎになってしまうと見えてまだ姿を見せない。

最悪どこに連れていかれるかまで見守ってから
レジナスさんに伝えてくれるのかも。

「・・・で、客は2時を過ぎればすいてくるから
その時に交代で適当に休憩に入って。店は一応
午後3時までで、制服を着るのもその時間までな。
夕方はまた5時から開けるんだけど、その時はまた
別の服に着替えてもらうから。昼は大衆食堂だから
それほどガラの悪い客は来ないけど、夕方からは
居酒屋ってこともあって酒が入ると面倒な奴も
いて昼間の服装だと絡まれやすいから、絶対昼の
服は着ないこと。それでも絡まれた時は俺に
言って。」

なんだなんだ、飲食店のバイトか従業員に間違われて
連れて行かれてるんだろうか。

ていうか、こんなあからさまに子供なのに夜も
働かせるつもりなんだ。一体どれだけ人手不足
なんだろう?

勢いのまま通りをどんどん進んで、土地勘のない
私にはもはやどこをどう歩いているのか、あの
カフェからどれくらい離れたのかも分からない。

エル君、ちゃんとついて来てくれてるよね⁉︎

不安に思いながら、やがて船のいかりマークが看板に
ついた一軒の食堂に辿り着いた。

テラス席の日傘も青と白のビーチパラソルみたいな
爽やかなもので、海水浴場を連想させる。

「はいこれ、制服‼︎うちの店、これを着たくて
ここで働きたいって子も多いんだからね!
早く着替えて、しっかり働いてくれよ‼︎あっ、
そうだチップ!チップは貰ったらその日の全額の
一割だけ店に入れてくれれば後は全部自分が
受け取っていいから。うちのモットーは『パンを
得たければ自ら歩け』だからな。働けば働いた
分だけ稼げるから頑張って!じゃ、俺忙しいし
もう行くわ‼︎」

自分の言いたいことだけ一方的に話すとその人は
制服だと言う服一式を私に押し付けていなくなった。

・・・パンを得たければ自ら歩け?こっちの世界の
ことわざかな。
働かざる者食うべからず、みたいな?

呆然としたまま、とりあえず押し付けられたその服を
広げてみる。白いブラウスに、少し濃いめの青い
スカート。ビーチパラソルと同じく海を連想させる
爽やかさだ。

でもその服の全体像は、見れば見るほど侍女服
もどきだった。・・・なんで??
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