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第十一章 働かざる者食うべからず

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ニックさん達の質問をなんとかかわしつつ働いて、
やっとお昼の営業時間が終わった。

急いで連れて来られた時に案内された部屋へ戻り、
自分の服に着替える。他の人達に見つからないように
建物の裏口にコソコソ移動して外へ出てみれば、
植込みの陰にシェラさんのローブが見えた。

ホッとして駆け寄ろうとした時に背後から声を
掛けられる。

「あれ、リリちゃん?どこか出掛けるの?」

ニックさんだ。どうやらちょうどお酒の入った木箱を
片付けに裏口に来たところだったらしい。

「あ、えーと・・・」

そうだ、私がいなくなるということは人違いで
本当はここで働くはずだった人を誰かにちゃんと
預けないといけない。

「ニックさん、今少し時間ありますか?大事な話が
あるんですけど・・・」

「え、なっ、何⁉︎そんな改まって。時間なら
いくらでも作るけど」

ガタガタッ、と木箱にぶつかりながらこちらに
来てくれようとした。

何をそんなに慌ててるんだろうかと不思議に思った時

「リリ様・・・あまり男を誤解させるような物言いは
しないで下さい。あなたの可愛らしさ美しさには
人を惑わす罪深さがあるのですから。」

私の上に影が落ちた。

振り向けばローブ姿のシェラさんがいつの間にか
私のすぐ後ろに立っていた。

フードは脱いでいるので、あの色気のある顔を
晒し、紫色の髪の間からのぞく金色の瞳はじいっと
ニックさんを見つめている。

その色気を含んだ視線にあてられて、こちらに
歩み寄ろうとしていたニックさんは赤くなり
そのまま動けなくなっていた。

うーん、男の人まで赤くさせた上に見つめただけで
足止めになるなんて、シェラさんにしかできない。

私なんかよりもシェラさんの方がよっぽど人を惑わす
罪深さがあると思う。

「ニックさんを誤解させるも何も、まだなんにも
話してないですけど・・・。それよりも、本当は
ここで働くはずだった人は一緒ですか?」

「ええ、ここに。」

シェラさんの差し示す先に、エル君と一緒に一人の
女の子が立っていた。

私よりも背が高く年上に見える。明るい色の赤毛を
三つ編みに、茶色い肩掛け鞄を肩から斜めに下げて
こちらを戸惑いがちに見つめている顔には今の私の
ようにソバカスが浮いている。

ウィルさんが待ち合わせしていた本来の人だ。

ほっとしてニックさんに向き直ればシェラさんに
見つめられてまだなんだかぼうっとしていた。

「ニックさん、ごめんなさい!実は私、人違いで
ウィルさんにここに連れて来られたんです。」

その言葉にやっとニックさんが我に返った。

「・・・えっ、人違い⁉︎」

「はい。カフェで偶然、ここに勤めるために待って
いた人と間違われてしまって。その人は私と一緒に
いた人が探して、今ここに連れて来てくれてます!」

「彼女はきちんと紹介状の控えを持っていますから、
それを確かめればリリ様の言うことが本当だと分かる
と思いますよ。さあ、どうぞ。」

シェラさんが私の説明を補足して、エル君と一緒に
いた人をこちらへと促した。

そしてそれと交換するように、私の肩へ手を置くと

「さ、それでは行きましょうか。突然いなくなって
あの二人も心配しておりましたよ。」

ニックさんの返事も待たずにさっさと歩き出そうと
した。慌てたのはニックさんだ。

「ちょっと待って!じゃあリリちゃんはここでもう
働かないってこと⁉︎」

その言葉にピタリと歩みをとめたシェラさんが
振り返り、ふむ?と首を傾げた。

「人違いですから当然です。ましてや尊いお方である
リリ様が働く理由がありません。なぜここで働き
続けなければならないのでしょう?」

「ちょっとシェラさん‼︎」

尊いお方とか大袈裟な。それにそんなに尊い人が
ゴミ扱いのタラコをなぜあんなに喜んで食べたのかと
聞かれても答えようがない。

「私だっていつ働く必要にせまられるか分からない
ですよ⁉︎ある日突然今の力がなくなったりしたら
路頭に迷うんですから‼︎働くことは大事です、
尊いから働かなくて当然とか、働かないのが偉いとか
思っちゃダメです!」

なんだかここで働く人を下に見たような物言いに
失礼過ぎると慌てて注意をする。

それなのに、シェラさんはまったくこたえた様子が
ないどころか説教をした私に、叱られたことが
嬉しくてたまらないとでも言うようになぜかあの
滴るような色気の滲んだ笑顔を見せた。

「大丈夫ですよ、ご安心ください。もし万が一にも
そのお力を無くして困った時にはオレが養います。
むしろ誰に気兼ねするでもなく養えるなら、その
お力をいっそのこと無くしても返ってそれはオレの
望むところです。」

な、なんだそれ。全然ご安心しない。むしろここまで
嬉々として養うとか言われると不安しかない。

「お、重っ・・・。気遣いは嬉しいですけど、
なんだかすごく重いですね⁉︎」

「重いですか。まあそれくらい重くなければこの
地上にリリ様を縫い止めておくための重石にも
ならないので、オレとしてはそう思っていただけると
好都合ですね。」

「意味が分からないです。」

シェラさんの言ってることがさっぱり分からない。
癒し子原理主義者にしか通じない専門用語かな。

突っ込んだら負けな気がしたので何も聞けないし。

そう思っていたら、ふと気付けば肩を抱かれたまま
どんどんシェラさんは歩いていた。

慌てて振り返りニックさんに頭を下げる。

「短い間でしたけどお世話になりました!
ありがとうございます‼︎今度はお客さんで食べに
来ますね‼︎あっ、あと私が今日貰ったチップは
皆さんで分けて下さい!皆さんにもよろしく・・!」

話す間もシェラさんの歩みは止まらないので、
全部きちんと言い切る前に建物の角を曲がってしまい
ニックさんの姿が見えなくなった。

「心配しました。何事もなくて良かったです。」

いつの間にかエル君も側にいた。珍しくいつもより
近いところにいるので本当に心配していたらしい。

「レジナスさんは?」

エル君と一緒にいないので辺りを見回す。

「レジナス様は目立ちますのでほら、あそこに。」

エル君の視線の先に、建物の壁に沿うように
目立たなく立っているレジナスさんがいた。

あんなに大きい人なのに街並みや人に溶け込み
気配を消していられるのがすごい。

やっぱり一流の騎士って違うんだなあと駆け寄れば

「ユーリにあんな格好をさせるなんて申し訳ない、
リオン様にどう説明すれば・・・」

独り言を呟きながらなんだか気落ちしていた。
気配を消してたっていうか落ち込んでいたのか。

「え?そんなに落ち込むようなことありました?」

心当たりがないなあ。そう言った私に、

「いくら人違いをされたからと言ってあんな短い
スカートで歩き回る姿を大勢の目に晒した上に
働かせてしまうなんて・・・すまない、俺がもっと
早くあの窃盗犯を捕まえて戻れば良かったんだ。」

レジナスさんに謝られた。

「あ、そういう事ですか!最初は恥ずかしかったけど
忙しかったのですぐ気にならなくなりましたから
大丈夫ですよ!それに働くのもとても楽しかったので
気にしないで下さい‼︎」

慰めるようにポンポンとその腕に触れたけど、

「いや、リリが気にしなくても見ていた俺が
気が気じゃなかったんだが・・・。それに、今日
街であった出来事は全てリオン様に報告することに
なっているからなんと言われるか。」

そんな事を言われて青くなる。えっ、そんな事
言ったらリオン様のことだから絶対にあの姿を
見てみたいって言う。

その流れでまたあの特殊プレイみたいな侍女ごっこを
させられたらどうしよう。

なんとかリオン様に穏便に伝える方法か、うまい
言い訳は・・・と考えていたら

「いた!リリちゃん‼︎」

ニックさんが走って来た。あれ?何か忘れ物でも
してたっけ。

「ニックさん、どうしました?」

声を掛ければ、私の周りに立つ背の高いシェラさんや
レジナスさんにちょっと怯んだようだったけど、
ずいと袋を突き出して来た。

「これ!今日リリちゃんが稼いだ分のチップ‼︎」

「えっ⁉︎」

「初日からあんなに一生懸命働いてくれた上に
見たことも聞いたこともない料理まで考えて
くれたんだ、リリちゃんには感謝しかないよ!」

だから受け取って!そう言われて押し付けられた
袋を受け取る。

案外ずしりと重いそれは、私がこの世界に来て初めて
自分で稼いだお金だ。

その重さに初めてそれを実感する。嬉しくなって
自然と笑顔になった。

「わあ・・・みんなで分けてくれても良かったのに。
でもありがとうございます、ありがたく受け取り
ますね。タラコスパゲティ、また食べに行きます!」

袋を握りしめて笑った私にニックさんは固まって
しまった。あれ?守銭奴っぽい笑顔にでもなってて
引かれたかな。

「あ・・・うん、その、絶対また来て。その時は
俺がご馳走するから」

「さあ、挨拶はそれくらいで。行きますよリリ様。」

まだニックさんが話してる最中なのにシェラさんが
またさっさと切り上げてしまう。

レジナスさんとエル君はニックさんに一礼をして
くれたけど、なぜか私の視界からニックさんを
隠してしまったのでそれ以上話は続けられなかった。

必死で手を振ったけど、ニックさんにはちゃんと
見えたかな?
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