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第十二章 癒し子来たりて虎を呼ぶ

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「どうしたんですかシェラさん、何だか元気が
ないですね?」

こんなシェラさんは珍しい。

「ユーリ様は数日後、アドニスに向けて出発すると
聞きました。」

「そうです!シェラさんも一緒に来るんですよね?」

何しろ先日の街歩きの時には私の揚げ足を取ってまで
外出時の同行許可をもぎ取ったくらいなのだ。

すると、私のその言葉にシェラさんは、はぁと
悩ましげなため息をついて首を横に振った。

「リオン殿下のご命令で悲しいことにオレは王都を
離れられません。」

「ええ⁉︎」

「レジナスと中央騎士団の団員が王都を離れると、
王宮のイリヤ殿下を始め王族方や王都の護りが
手薄になりますので。キリウ小隊は全員、
リオン殿下やユーリ様が視察から戻られるまでの
間は王都の警護を命じられました。」

そういえば私がダーヴィゼルドに行った時も大声殿下
が視察でいないからリオン様とレジナスさんは王都
から離れられなかったんだっけ。

あの時もキリウ小隊の人はシェラさんとデレクさん、
後からダーヴィゼルドに来たもう一人を除いてみんな
王都にいた。

「それはちょっと残念ですね・・・」

道中、シェラさんにはまたきのこ狩りのコツを
教えてもらおうと思っていたのに。

シェラさんは顔を上げて

「ちょっとどころではありません。せっかくまた
朝からユーリ様のお世話が出来ると思い楽しみに
していたというのに。」

「いやシェラさん、私の侍従じゃないんですから
護衛はともかく朝からお世話をしなくても・・・」

「また二人で一緒に朝を迎えたいですね。」

にこりと色っぽく微笑んだシェラさんの後ろで
マリーさんともう一人お茶の準備をしてくれていた
侍女さんが小さな悲鳴を上げてガチャンと茶器を
鳴らした。

「ユ、ユーリ様・・・」

マリーさんの顔が赤い。シェラさんの顔は見てない
はずなのにあの色気に当てられたのかな?

「はい、どうしました?」

「シェラザード様と朝を迎えたんですか⁉︎
リオン殿下よりもお先に⁉︎」

一体いつの間に⁉︎朝からお世話って、一緒に寝起きを
したからですか⁉︎と言われて気付く。

「誤解です‼︎これは早起きした私を朝焼けを見に
お城の高台に連れて行ってくれたことをそう言ってる
だけで・・・シェラさん、言い方‼︎」

「朝をご一緒したのは事実ですが・・・?」

可愛らしく小首を傾げて何か悪いことを言いましたか
とシェラさんは微笑んでいる。

わざとか!周りの人達に誤解されるような物の言い方
をなぜするのか。そう思った私の心の中をまるで
読み取ったかのように、

「王都に置いていかれるのですからせめてこれ位は
殿下に牽制しておきたいですからね。」

そんなことを言う。リオン様の機嫌を損ねるような
事をわざわざ言うなんてどういうつもりなんだろう。

「ユーリ様が初めて一緒に美しい朝を迎えた相手は
殿下ではなくこのオレだと言うことを忘れないで
下さいね。視察先で美しい朝焼けを見た時は、ぜひ
オレのことを思い出してください。」

オレの女神。またそう言って取られた手の甲へ
口付けられる。と、思ったらその唇と私の手の甲の
間にケーキを切り分ける為のナイフが差し込まれた。

「そこまでです。」

エル君だ。危ない、シェラさんが唇を切ったら
どうするんだろうか。

「おや」

「ユーリ様に失礼なことをしないで下さい。」

「失礼などと、オレはただユーリ様に尊崇と敬意を
捧げているだけだというのにそう取られるのは
心外ですね。」

「ダメです。」

シェラさんに向かってピシャリと言ったエル君は、
その手に持っていたナイフを私の手に握らせた。
え?何これ?

「ユーリ様、あちらにケーキを準備しました。
召し上がってください。」

あ、そういうこと。びっくりした、てっきり
シェラさんを牽制させるつもりかと。

「なんでしたらシェラザード隊長に触られそう
でしたらそれで刺してもよろしいですが。」

本気で牽制のためだった。エル君、ちょっと過激
過ぎないかな?

「人なんか刺せませんよ・・・それにこれはケーキを
おいしく食べるためのものじゃないですか。」

エル君に促されて座るとシェラさんは側に立って
ケーキを食べる私を目を細めて見つめながら

「ユーリ様がいらっしゃらない間はここでオレが
あの二人をしっかり教育しておきますよ。」

そんな事を言った。

「あの二人?」

「ユーリ様がトランタニア領から連れ帰った二人の
少年のことです。」

リース君とアンリ君のことか。

「二人ともそろそろ王宮勤めの侍従としての基礎の
叩き込みを終えて奥の院に使わされてくるはず
ですから。」

そういえば、王宮勤めと普通の貴族だと同じ侍従や
侍女の仕事でも細々した礼儀や作法が違うから、
まずはその基本を覚えてからじゃないとリース君達は
ここには来れないってシンシアさんが言ってたなあ。

「え?それをなんでシェラさんが監督するんですか?
それこそルルーさんがいるのに?」

今回の視察にはノイエ領の時と同じように、
マリーさんとシンシアさんが私に同行する。
ルルーさんは奥の院でお留守番だ。

「ダーヴィゼルドでのオレのお世話をお忘れですか?
二人にはあれに近いレベルになってもらわないと
安心してユーリ様を任せられません。」

エルは護衛を兼ねていますからそこまで求めませんが
とシェラさんはチラッとエル君を見た。

「シェラさんの求めるレベルって物凄く理想が
高くないですか?あんまりリース君達に厳しく
しないで下さいね。」

アドニスから戻って来た時にあまりの厳しさに二人が
奥の院を辞めてたりしたら悲しい。

「ご安心下さい。まずはあの二人にはユーリ様の
美しさ、素晴らしさをとくと言い含めていついかなる
時も心からお仕えするように躾けます。」

「えっ、それって洗脳・・・」

リース君達に一体何を教え込もうとしているのか。

ただでさえリース君もアンリ君も、私を見る目が
若干シェラさんのような癒し子原理主義者めいて
いたのに、それに拍車をかけるつもりだろうか。

「心がけが変われば接する相手への対応の仕方も
またそれに沿ったものに変わりますから。二人の
成長を楽しみにしていて下さいね。」

シェラさんはにこにこしているけど不安しかない。

「あんまり変なこと教えないで下さいね・・・?」

念を押したけど頷くシェラさんが本当に理解して
いるかは怪しい。

不安に思いながらシェラさんを見送ると、その日の
夜にもう一つ不安になることをリオン様から聞いた。

「えっ、見つからない⁉︎」

ベッドの上で陛下の羊さんを抱き締める。

同じくベッドに座りながらリオン様は頷いた。

「そうなんだ。グノーデル神様のおっしゃっていた
勇者様の遺物についてアドニスの神殿へ問い合わせた
結果が届いたんだけど、それらしいものはないという
話なんだよ。念のため隣町にある神殿にも聞いて
くれたらしいんだけど。」

そんなバカな。グノーデルさんがウソをつくはずも
ない。何かの間違いか、見落としでもしてるんじゃ。

「僕らが出発するまであと何日かあるからそれまでに
もう一度探すようには言っておいてあるけど・・・」

「勇者様の形見みたいなものなのに神殿に祀られて
ないとかあるんですか?」

「そんなはずはないんだけどねぇ・・・」

そういえば勇者様の小刀はどう巡り巡ったのか
分からないけど、なぜかアドニスにあるって
グノーデルさんは言っていた。

何かのゴタゴタでそこに偶然持ち込まれたのなら、
それがそんなに大事なものとは気付かれないまま
放置されていたりして・・・?

「祀られていないなら、木材を彫刻する作業場とか
刃物を扱う調理場とか、そんなところに間違って
紛れてるってことはないですか?一応そういう所も
見てもらった方が・・・」

「ええ?まさか、勇者様の遺物だよ?そんなに粗末な
扱いをされるかなあ。」

リオン様はそう言って笑っていたけど、一応調べる
ことを約束してくれた。

そして二日後、アドニスの神殿から連絡が来た。

なんと神殿の調理場の、普段は使わない刃物を
しまって置いてある場所からそれらしいものが
見つかったという。

・・・勇者様の遺物の扱いがぞんざい過ぎる。
一体どんな町なのか、アドニスに行くのがちょっと
心配になる出来事だった。
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