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第十三章 好きこそものの上手なれ

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本物の『強欲の目』から出てきた黒い霧みたいな物は
寄り集まって、何かの形を作ろうとしている。

「シグウェルさん!それ、黒い魔力の集まりです‼︎
今すぐ浄化が必要です‼︎」

慌ててそう言えば、舌打ちをしたシグウェルさんが
ドラグウェル様とセディさんに向き直った。

「父上、セディ。今すぐこの部屋の者を皆俺の屋敷の
温室へ転移させて下さい!」

「全員か?」

ドラグウェル様の言葉にシグウェルさんは頷き、
上着を脱ぐとそれで魔石の嵌まった杖を覆って持つ。

「人を選んでいるヒマはなさそうです、とにかく
急ぎ全員を。ユリウス、お前は転移したらすぐに
温室全体に結界を張れ。俺は浄化のために魔力を
温存する。」

シグウェルさんが指示をしている間に、セディさんと
ドラグウェル様は床に両手を付いていた。

部屋の中全体が明るく輝き、部屋の床いっぱいに
大きな魔法陣が現れる。

「転移魔法陣か。この人数を一気に運ぶつもりか⁉︎」

レジナスさんが驚きながらも私を抱きかかえた。

エル君はシンシアさんと手を繋いでいる。

部屋全体が更に眩しく輝いて、目の前が白い光に
包まれた。次の瞬間、一瞬だけ奇妙な浮遊感に
襲われたかと思うと光は消え失せていて、気付けば
郊外にあるシグウェルさんのお屋敷のドーム型の
建物の中にいる。

シグウェルさんが温室、と呼んでいる私と二人で
星の砂に加護を付けた実験場みたいな場所だ。

貴族街の中心にあるユールヴァルト家のタウンハウス
の部屋の中から一瞬で私達8人全員が移動していた。

「えっ、すごい・・・魔法ってこんな事も出来る
んですね⁉︎」

初めての経験に、レジナスさんに抱かれたまま
その服を思わず握りしめる。

「最初から転移魔法陣を設定してあれば可能だが
急な出来事に下準備もなく一度に8人は滅多にない
がな・・・」

さすがはユールヴァルト家当主とその家令だ。

そうレジナスさんは言った。

その時背後でユリウスさんの、

「いいっすよ団長、結界張りました!」

という声がしたのでハッとしてそっちを見る。

セディさんも、わたくしも補助結界で場を支えます、
と言っていた。

よし、と頷いたシグウェルさんは杖から自分の上着を
取り払う。

途端にぶわっとあの黒い霧みたいなのが溢れ出した。

キリウさんがグノーデルさんにお願いしていた、
本物の『強欲の目』に集まっていた悪い魔力の集まり
を発現させたものだ。それは魔石の中から次々に出て
くる。

え、グノーデルさんが100年近く持っていて浄化を
手伝ったはずなのにこれなの?

「これは並の浄化で間に合うか?」

ドラグウェル様もそんな疑問を口にした。

そしてそのままかざした手から黒い霧に向けて浄化の
青い炎を放つ。

だけど霧はその炎の熱が放つ空気の揺らめきに
押されるようにひらりと左右に分かれてしまった。

暖簾に腕押しとか柳に風、ということわざがなぜか
思い浮かぶ光景だ。

シグウェルさんが風で霧を絡め取ろうとすると
少しだけ纏まりかける。だけど全ては捉え切れない。

「厄介だな」

忌々しげにドラグウェル様は呟き、シグウェルさんは
霧をじっと見つめて思案顔だ。

「なんだか少し、気分が悪くなってきました・・・」

シンシアさんが口元をおさえてよろめいた。
エル君がそれを支えてあげている。

「魔力の悪意にあてられたんすね、大丈夫っすよ」

ユリウスさんがシンシアさんを座らせて回復魔法を
かけてあげた。

本当は外に出してあげたいけど、扉を開けると
結界が綻びてしまい霧が外へ漏れ出してしまうのだ。

だからこれを浄化し終わるまで誰もここから
出られない。

「レジナスさんは大丈夫ですか⁉︎」

腕の中から見上げれば、

「俺はこの手の物には慣れているから平気だ。ただ、
魔力もないし、魔法の補助具も今は持っていないから
シグウェル達の手助けも出来ないがな。」

ちょっと悔しそうにそう言った。

「ユリウスさん!シグウェルさんだけで浄化できそう
ですか⁉︎」

シンシアさんを診ているユリウスさんに声を掛ければ

「さすがの団長も、こんなおっかない魔力の浄化は
したことはないはずだからちょっとどうなるか
分からないっす、ドラグウェル様もいるんでどうにか
なると思いたいっすけど・・・」

自信なさげにそう言われた。だけどドラグウェル様は
今、私やシンシアさんにエル君、レジナスさんという
面々に黒い霧の影響が及ばないように薄い結界の
ような加護を付けてくれていた。

その状態で更に浄化は難しいんじゃないだろうか。

さっき頭の中に流れ込んで来た光景でキリウさんは
浄化をする時は万が一に備えてグノーデルさんの力も
借りられると助かる、みたいな事を話していた。

グノーデルさん本人は図々しいぞ!と言ってたけど、
優しいところがあるからきっとその力を貸して
くれるようにしてあるはず。

さっき私の中に吸収されてしまったあのニセモノの
魔石。

金色の粒子になって私の中に入ってしまったけど、
もしかしてあれがグノーデルさんの力ってことは
ないのかな。

あれをなんとかシグウェルさんに移して、浄化に
使えれば・・・。

そう思って考えるけど何も浮かばない。どうしよう。

その時だった。

「・・・ああ、分かった。そういう事か。」

それまでずっと黙り込んで何か考えながら、黒い霧が
四散しないように風魔法で絡め取り続けていた
シグウェルさんが唐突に声を上げた。

「何か思い付いたっすか⁉︎」

期待を込めてユリウスさんがそう聞くと、

「この黒い霧状の魔力はこの場から逃げようと
するよりもさっきから俺達の方に向かってこようと
している。だから父上がレジナスやエル達に加護を
付けて取り憑かれないように防いでいるわけだが。」

「そうっすね、それで⁉︎」

早く結論を言えとばかりにユリウスさんが急かす。

「それも魔力の強い俺や父上、ユーリに向かう量が
多い。このままでは恐らく取り憑いた者の魔力と
その悪意ある魔力の両方を膨張させ、増幅させながら
災いの規模を拡大させて周囲にそれを撒き散らす
のだろう。」

「団長、こういう時でも分析をかかさないのは
偉いっすけどつまりどうすればいいんすかね⁉︎」

するとシグウェルさんは、黒い霧を絡め取りながら
ちらりと私を見て

「ユーリ、浄化は君にまかせる」

今まで黒い霧を分析していた説明から唐突に結論に
話が飛んだ。

いや、そこはもうちょっと詳しい説明が欲しい
んですけど⁉︎

「ええっ、今の説明からどうして私が浄化する流れに
なるんですか⁉︎シグウェルさんの方が私よりも上手に
浄化が出来るんじゃ⁉︎」

「君、毎晩あの魔石を磨いていたと言ったな。
であればあの魔石にグノーデル神様の次に親和性が
高いのは君だ。それに君の中にはグノーデル神様の
加護の力もあるだろう。それを使え。」

そんな無茶苦茶な。私はただ、綺麗な魔石だなー、
もっと綺麗になーれ、位の軽い気持ちで磨いていた
だけだ。

それにグノーデルさんの力はコントロール出来た事が
ない。

「ええ・・・」

まだ戸惑う私にシグウェルさんは続けてとんでもない
ことを言った。

「それに俺は今からこの体を黒い霧に明け渡す。
霧をひと纏めに絡め取るにはそれが一番だ。だから
俺は浄化魔法を使えない状態になるためユーリの
力が必要なんだ。」

「何言ってんすか団長‼︎」

「そうですよ坊ちゃま‼︎」

ユリウスさんとセディさんが青くなる。さすがに
ドラグウェル様も息子の信じられない提案に目を
見張った。
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