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第十四章 手のひらを太陽に

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「何言ってんだフィー。群生地?そんなものはない。
あれは険しい崖や荒れた山の隙間に縫うようにして
咲く花だろ。群生地だなんて、そんなもの今まで誰も
見た事も聞いた事もない。」

「そうですよ殿下。もしそんな場所があったら今頃は
大公閣下の名の下に厳重に保護されております。」

そう言われてフィー殿下も逆にびっくりしている。

「えっ?どうして知らないんですか?もしかして
兄様、僕だけに教えてくれたのかな?」

「兄様ってフィー、どっちの兄貴のことだ?」

「ミミ兄様と仲の良かった二番目の兄様です。
ロイス兄様。いつだったか、僕が熱を出して
うなされていた時に教えてくれました。目の前
いっぱいに薬花が咲き乱れていたって。あれを
全部持って来たら僕はきっと治るだろうにって。」

「それ、いつの話だ?」

「えっと、確か兄様達が病気になる少し前です。」

「場所は聞いてるか⁉︎」

「大河がモリー公国に流れ込む支流の近くって言って
たような・・・。狩りで青鹿(アオジカ)を追って
崖を登った先に花畑が広がっていてすごかったぞ、
って言ってました。今度みんなでそこに行って薬花を
たくさん持って来てやるからな、とも言ってました
けど・・・」

ミリアム殿下の問いかけに答えていたフィー殿下が
そこで少し悲しそうな顔をした。

その事を他の人達に教える前に病に倒れてしまった
お兄様のことを思って悲しくなってしまったらしい。

ミオ宰相さんもそれに思い至ったのか、それまで私と
フィー殿下を見守っていたその微笑みが僅かに苦しげ
なものになった。

でもこれは思いがけない朗報だ。

絶滅寸前の薬花に群生地があったなら、そこにはまだ
他の場所よりたくさんの薬花が咲いている可能性が
ある。

そこに私が加護を付けることが出来れば薬花は絶滅
しないですむだろう。

「元気になりましょうね、フィー殿下!そうしたら
お兄様の言っていたその群生地を自分の目で見ること
が出来ますよ!」

ぎゅっとその手を強く握る。黄金色の光が更にその
輝きを増した。

「わ、さっきよりももっと暖かくなりました!」

フィー殿下が驚いて自分の体をあちこち眺める。
光は殿下の両手だけでなくその全身を包み込んで
一際明るく輝くと、静かに色を失くして消えていって
しまった。

「はい、終わりました!多分これで殿下は治ったはず
ですよ。今日はたくさん休んで、明日起きたら調子を
確かめてみて下さいね。」

「えっ?お姉様、手を握って温めてくれただけです
よね?それだけでもう治ってるんですか?」

フィー殿下に驚かれてしまった。ミリアム殿下も

「いや・・・普通、病を治す治癒魔法って数日に
分けて何回もやるよな?それもフィーみたいに
生まれつきの体の弱さだと負担がかかるから、
今までも様子を見ながら何回にも分けてやってた
んだけど。本当にこれで治ってるのか?確かに
さっきよりは顔色が良い気もするけど・・・」

疑わしい、とでも言うように首をひねっている。

「治ったかどうかは本人しか分からない感覚なので
こればっかりは何とも言えないですけど・・・。
あ、そうだミオ宰相さん!」

私の手応え的にはいつもと同じく治った感じがする。
きっと大丈夫だ。

ただそれとは別に、ミオ宰相さんにお願いしたいこと
を思い出した。

「何でしょうかユーリ様。」

「フィー殿下のお部屋の周りの庭園、少し樹木を
間引いてもらってもいいですか?」

「え?」

「これでは暗過ぎて、気持ちが沈んでしまいます!
適度にお日様の光が入るようにして、風通しをもう
少し良くしてもらえますか?フィー殿下も直接
お日様に当たらなくても少しは部屋の中が暖まって
体にいいはずです!」

本当は適度な日光浴もして欲しいけど。なんだっけ、
陽光に当たるとビタミンDが作られるんだっけ?

ユーリ様がそこまでおっしゃるなら、とミオ宰相さん
は庭師の人にお願いしてくれることになり、その日は
フィー殿下の宮殿を後にした。

翌日の午後、昨日私の使った癒しの力がきちんと
効いているかを確かめるためにもう一度フィー殿下
の元を訪問した。

だけど前の日と同じように迎えに来てくれた
ミオ宰相さんの、私達に挨拶をしてくれるその
態度がすでに昨日と違っていた。

ものすごくお礼を言われて感謝されたその様子から、
間違いなく私の力は効いたのだと分かる。

そしてそれは当たっていた。

「ユーリお姉様!」

部屋の中を小走りで走って出迎えてくれたのは昨日
までベッドの上にいたフィー殿下だ。

しろい頬はうっすらと薔薇色で、昨日より格段に血色
が良くなっている。

というか、走って来た。昨日までとえらい違いだ。

さすがに少し息切れをしているけどまるで別人の
ように生き生きとしている。

「見て下さい、こんなに元気になりました!今朝は
お父様にも朝のご挨拶に伺えて、朝食も一緒に取る
ことが出来ました!」

あんなにたくさん朝食を食べられたのは初めてです、
と嬉しそうに笑っている。

ミオ宰相さんも、

「今朝お会いした殿下が、お腹がすいたと言うのに
驚きました。そんな言葉は初めて聞いたので私も
大公閣下も嬉しくて嬉しくて・・・。ユーリ様、本当
にありがとうございます。」

お腹がすいたと言って周りの人が嬉しがるなんて
羨ましい。

私なんてそう言おうものならユリウスさんには
呆れられ、エル君には冷たい視線を浴びせられる。

でもまあ、今までは病気のためにそんな食欲すら
なかったと言うことなんだろう。

「そうだお姉様、見て下さい!」

フィー殿下が私の手を引いて部屋の奥へ案内して
くれた。その先は私達がお世話になっている部屋の
ように庭園へと続くバルコニーだ。

「昨日お姉様が言ったように、ミオ宰相がさっそく
樹木をいくつか切ってくれました!」

そこには小さいけど噴水のあるちょっとした池と
石畳、そこから続くこじんまりとしていながらも
居心地の良さそうな東屋まで出来上がっていた。

「えっ、たった半日くらいでこんなにも作っちゃった
んですか⁉︎」

モリー公国の人達は殿下が元気になったのが相当
嬉しかったらしい。

「僕もびっくりしました。この東屋、風が通って
とても気持ちが良いし日光もちょうど良く入ってくる
ので僕、朝食後はここで初めて外での昼寝までして
しまったんですよ。」

にこにことそう言う殿下は私にあのほっそりとした
白い腕を見せてくれる。

「日光を浴びながらうたた寝をしたのに、肌も全然
痛くありません。お姉様はすごいです!」

明るい日差しにフィー殿下の青紫色の瞳が綺麗に
輝いている。

生気に満ち溢れたその表情に、こちらまで嬉しく
なった。治すことができて本当に良かった。

と、そこへ庭園の木々をかき分けてミリアム殿下が
現れた。

「フィー、間食用の果物を持って来た。・・・って
お前か。今日もベールは付けてないんだな。」

人の顔をじろじろ見てそう言うと、籠に入ったあの
黄色い果実をフィー殿下に手渡した。

「あれ、それって」

「これですか?僕の大好きな果物です!熱があったり
咳が出ている時もこれだけは食べられたのでミミ兄様
はいつもこれを僕の枕元に置いてくれるんですよ。」

籠を手に嬉しそうに笑うフィー殿下と対照的に、
ミリアム殿下はちっと舌打ちをして都合悪そうに
頬を染めた。

ああ、だから毎日のように私達の部屋の庭園に侵入
して来たんだ。あそこになる実がここで一番甘いって
言ってた。

多分これも今、私達の部屋に繋がっているあの庭園
からまた採ってきたんだろう。

「じゃあこの実がなる木がここの庭園にあれば、
ミリアム殿下はわざわざ他の所へこれを採りに
行かなくてすみますね!」

マールの町のリンゴのように、これもここに木を
生やそう。

そう思ってキョロキョロすれば、ちょうど噴水の側に
レンガの囲いを作っただけでこれから花を植える
らしい、作りかけの花壇があった。

「もしかして例の金のリンゴと同じようなものを
作るおつもりで?」

私のしたい事に気付いたシェラさんが聞いてきた。

「はい。これからタネは取り出せますか?」

果実を一つ手に取って聞けば、シェラさんは綺麗に
それを二つに割りタネを私にくれた。

「フィー殿下がいつでも好きな時にこのおいしい果実
を食べられるようにしますね。」

私が何をするのかと興味深そうに覗き込んでいる
フィー殿下に話しながら、そのタネを地中に埋めた。

あの金のリンゴと同じように、多少の病気やケガなら
治る効果をつけよう。

いつもリンゴの砂糖漬けだけじゃ飽きるもんね。

そう思いながら目の前の花壇に両手をついて意識を
集中させれば、地面についた手は暖かくなり

「お姉様、体が昨日みたいに金色に光っていてとても
綺麗です!」

フィー殿下の驚いたような声がして、私のついた手の
下の土がかすかに盛り上がるのを感じた。



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