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第十四章 追録:黒豹は闇夜に歩く

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オレが全ての作業をし終えてモリー公国へ戻る頃には
すでに空は白み始めていた。

そろそろバロイの王宮では下働きの者達が働き始める
頃合いだ。

今頃はあの薬花が収められている倉庫からも火の手が
上がり騒ぎになっているだろう。

皇太子殿下はしっかりと自らも毒に侵されたような
演技をしてくれただろうか?

来た時と同じように帰りも魔道具を使って公国へ
戻ればエルに出迎えられた。

何でも、夜中にリオン殿下の部屋から淡い金色の光が
立ち昇ったのが何人にも目撃されたという。

早朝、それを確かめようと殿下に声をかけたところ
まだ眠っているユーリ様の姿がいつもの大きさに
戻っていると言われたそうだ。

夜中に見えた光はユーリ様がいつもの姿に戻るため
のものだったらしい。

ちょうど良いのでそれはユーリ様がまた転移魔法で
ルーシャ国へ戻ったのだという噂を広めようとなった
ようで、その拡散を頼まれた。

「ということは、ユーリ様は帰りの船に乗るまでは
また商人お気に入りの珍獣少女としてオレと同行する
ことになるんでしょうか?」

「はい、そうですね。仕方ないので僕はまた殿下の
気に入りの侍女のふりで殿下のお側に控えます。」

こくりと頷いたエルに思わず笑みがもれる。

リオン殿下が合流された今、もはやオレがユーリ様と
二人で過ごす事もないと思っていたのになんという
嬉しい誤算だ。

これはバロイ国で朝方までかかってユーリ様へ危害が
及ばないように工作してきたオレへのイリューディア
神様の慈悲と褒美に違いない。

「ではさっそく動きましょうかね。ああ、それと
・・・」

オレがバロイ国で何をしてきたかをエルに伝える。

後でオレの口からも直接リオン殿下に話すが、先に
状況だけでも知らせておく方がいいだろう。

「本当にシェラザード様ときたら・・・癒し子はもう
ルーシャ国へ戻った事にするのですから、帰りに
襲われる心配など杞憂に終わると思います。」

エルが呆れたようにかぶりを振った。

「それはその通りですが念のためですよ。これで
帰りの船着き場までの移動の際に崖崩れが起きたり
襲撃を受けたりだとか、馬車に細工をされる危険性は
なくなりましたからね。勿論、出発前にはもう一度
馬車や馬に細工はないか確かめます。」

それからバロイ国へ噂を流すのも忘れてはならない。

バロイの王宮全体に広がった今回の騒ぎは、どうやら
第二殿下がモリー公国に現れた癒し子を害そうとした
計画が漏れた事による、ルーシャ国からの警告だった
らしいという話が第二殿下の周辺だけでいいので
伝わるようにしなければ。

モリー公国に入り込んでいる間者は、第二殿下へ報告
をしていたあの者一人だけではない。

公子殿下が二人も立て続けに殺されるなど、間者は
複数人この宮殿に入り込んでいるはずだと滞在中は
それとなく様子を探っていた。

そして目星を付けていた者達が昨日ユーリ様が癒し子
としてその姿を現した時に動揺をし、不審な動きを
見せたのだ。

その中の一人はモリー公国の重臣だったので、バロイ
は思ったよりも深くモリー公国の中心部に巣食って
いるらしい。

その間者たちについてはしっかりとエーリク様達に
報告済みなので、そのうちその者達は公国から追放
されるだろう。

だから追放される前に彼ら間者を少し利用させて
もらう。

バロイの間者達には癒し子はもうルーシャ国へ戻った
という噂と共に、オレのした事がルーシャ国からの
警告らしいという話も織り交ぜよう。

そこにルーシャ国が関わったという確たる証拠は
ない。

あくまでも噂だけが残り第二殿下は自分の計画が
ルーシャ国へ漏れたことからバロイ国内にルーシャの
間者がいるのではと疑い神経をすり減らすだろう。

そんな事を考えながらユーリ様への伝言を頼んだ。

「ユーリ様がお目覚めになりましたらまたオレがあの
猫耳の髪型を作りますのでそう伝えて下さいね。」

エルがこくりと頷きオレはその場を後にする。

朝食までにもう一働きだ。それが済めば朝日の輝き
よりも麗しい笑顔のユーリ様にお会い出来る。

そうして足取りも軽く噂を振り撒き終えてユーリ様に
お会いすればなぜか顔色がすぐれない。

どうやらそれは無理やり大きい姿になったことによる
副作用のようなものらしかった。

「モリー公国での最後の朝ごはんをあんまり食べられ
ないなんて悔しいです・・・」

オレに髪型を作ってもらいながら本当に残念そうに
果物を絞ったジュースをちびちびと飲んでいる
ユーリ様はそのコップを恨めしげに見つめている。

オレも楽しげに食事をして目を輝かせるユーリ様を
見られなくて残念だ。

気分転換に何か楽しい話題や良い話でも、と考えて
ふと思い当たる。

「そういえばリオン殿下の合流や癒し子の降臨騒ぎで
すっかりご報告が遅れましたが、ユーリ様に朗報が
ありますよ。」

「なんですか?」

鏡越しにあの美しい瞳がオレを見つめた。

「ユーリ様に薬花を増やすために加護をつけて
いただいたあの3つの山のことです。あの中の一つに
間違いなく薬花の群生地がありました。」

オレの言葉にその瞳が生き生きと輝いた。

良かった、と嬉しそうに微笑む姿はまさに女神だ。

「3つのうちオレ達から一番離れていた山です。
この宮殿から日帰りで狩りに行ける距離としては
ぎりぎり外れた場所にある山でしたので、ユーリ様
の加護の候補に入れるか最後まで悩んだ山でした。」

「シェラさんの予想よりも遠くまで行ってたってこと
ですか?それはフィー殿下のお兄様の遠乗りの腕前が
想像以上に良かったってことですね!」

フィー殿下も乗馬を覚えたらきっと上手くなるに
違いありません、と喜んでいる。

「しかもユーリ様の加護がついた薬花は根が深く
丈夫で、引き抜いた時に根が切れて地中に残ると
そこからまた新しい薬花が生えてきたそうです。」

成長速度も今までの薬花よりは早い上に、その
効能も今までのものよりも強いようだと薬花を研究
している公国の者が教えてくれた。

あとは乱獲や密売に気を付ければ、これから先
薬花の心配をすることはなくなるだろう。

・・・もっとも、その乱獲の元凶である第二殿下は
当分の間おとなしくしていなければならなくなる
だろうから安心だ。

オレが水源に放り込んだ毒虫の捕獲器から、それが
第二殿下の指示で森林に設置されていた物である事や
その管理の甘さから騒ぎになったことで責任を追及
されるだろう。

燃やした倉庫は中身の調査が入るだろうからそこから
薬花の密売の件が露見するかも知れない。

もしくは、それを公にしないかわりに皇太子殿下と
何らかの取引をしなければならなくなるかも知れない
しいずれにせよ第二殿下の不利に働くことばかりだ。

リオン殿下の言いつけ通り、血を見ない方法を取った
のだから文句はないはず。

「シェラさん、何だか上機嫌ですね?」

支度が終わり、移動のために抱き上げたユーリ様に
不思議そうに見られた。

「今回の視察を思い返しておりました。可愛らしい
ユーリ様や美しく艶やかなお姿のユーリ様をたくさん
見る事が出来て幸せでしたよ。ですが、毎晩その寝顔
見つめてから眠りにつける幸せも終わりだと思うと
いささか名残惜しいですね。」

「やっぱり人の寝顔を観察してたんですね⁉︎それの
何が楽しいのか私にはさっぱり分かりません!」

頬をうっすらと染めてぷいと向こうをむいてしまった
ユーリ様だが、具合の悪さからいつもよりもオレに
その身を預けたままだ。

むくれたその表情とは裏腹の、オレを頼り信頼して
いる態度にまた愛おしさが込み上げる。

その愛おしさのままに

「お慕いしておりますよ、オレの女神。」

そう微笑めば、

「何ですか突然⁉︎脈絡がなくて意味不明です!」

やはりオレの言葉に喜ぶでもなく不思議そうに
された。

そんなところさえも愛しくて、ユーリ様を抱く手に
力がこもる。

「オレの心のままに感じた気持ちを告げているだけ
です。しかし言葉を尽くしてもこの真心がユーリ様
に伝わらないとなると困りましたね・・・。
態度で示した方が良いのでしょうか。」

そう尋ねれば

「不穏です、何をするつもりですか⁉︎」

と声を上げられた。

「ユーリ様を想う気持ちが伝わり、ご理解して
いただけるまで色々と・・・」

その思考がどろどろに溶けてオレの事しか考えられ
なくなるほどの事を。

と、そこまで言おうかどうしようか考えていたら

「やっぱり言わなくていいです、聞かない方が精神的
に良い気がします!」

何かを察したのかユーリ様に止められた。

「おや、残念。」

「シェラさんやリオン様は私の言葉の揚げ足を取って
きますからね、最近は気を付けているんです!」

得意げにそんな事を言う。気を付けているわりに
毎回簡単に騙されてくれるのだが。

オレの策にあっさりとはまった大きい姿のユーリ様が
きわどい格好の下着や薄いドレスを身に纏い、二人で
一緒に馬へ乗ったことを思い出す。

「その純粋で素直なところが本当に愛らしいです。
いつまでもそのままのユーリ様でいて下さいね。」

「気のせいか私のことを単純で騙されやすいままで
いて下さいって言ってるように聞こえるんですけど」

おや、勘がいい。それなのにすぐに騙されてオレの
望むがままのことをしてくれるのだからそんなところ
がたまらない。

「まあまあ、そう疑わないで下さい。ほら、馬車に
乗りますよ。まだ具合が悪いようでしたら酔い止めは
飲みますか?そのままもう一度ひと眠りされる方が
馬車の揺れも気にならなくて楽だと思いますよ。」

そう話を変えて薬を手にすれば素直にその酔い止めに
手を伸ばす。

ありがとうございますと喜んで、走り出した馬車の
中であの長いまつ毛を閉じて目を瞑った姿を見る。

あんなに寝顔を見られることを恥ずかしがっていた
のにオレの目の前であっさりと寝顔を晒すその無防備
で迂闊なところが面白い。

「ゆっくりお休み下さいね、船着き場に到着する頃に
お声を掛けますから。」

それまではまたその愛らしい寝顔を堪能させて
もらおう。

二人だけの時間を過ごせる幸せを噛み締めつつ、
いつかこの気持ちが伝わるようにと願いながら
目を閉じたユーリ様を起こさないように

「・・・本当に、心から愛しているんですよ。
唯一無二のオレの女神。」

そっと呟いた。
















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