454 / 777
閑話休題 ジュースがなければお酒を飲めばいい
5
しおりを挟む
騎士団の演習場の一角で、ガチャンと何かが割れたような音がした。
と同時に普段滅多に聞くことのない、レジナスその人が焦ったように上げた声と慌てた様子に騎士達は目と耳を疑った。
その声は癒し子の名を呼んでいる。
誰もがその声の主であるレジナスの方を見れば、騎士服の上着を脱ぎながらある場所へと走って行くその姿が目に入った。
そしてその横をシェラザードも並走しているが、その顔からはいつものあの無駄な色気を乗せた笑顔は消えている。
必死の形相のレジナスに真剣な顔のシェラザード。
まるで魔物が出たか敵襲でもあったのかと思うその姿に騎士達は何事かと固まってその行方を見守った。
そんな騎士達の間をあっという間に駆け抜けた二人が向かった先は騎士達の荷物置き場だ。
「頭から酒を被ったのか」
「とりあえず着替え用に予備の隊服を準備します。
ユーリ様には大きすぎるでしょうが小さくキツイ服を身に付けているよりはいいでしょう。すぐに取って来ます」
「着替えるのは・・・救護室でいいか。
ユーリ、一人で着替えられるか?」
脱いだ自分の上着で癒し子様を包み込みながらその様子を確かめるレジナスと、その彼に話し掛けながらてきぱきと周りを片付けるシェラザード。
いつもの諍いがウソのように息のあったやり取りをしている二人を皆がぽかんと見つめる。
二人の会話の合間にはユーリのあの可愛らしい声でケホコホとむせている咳声やヒック、という小さなしゃっくりが聞こえてきた。
「・・・おい、あそこに置いてたのってリーモの発酵酒の原液だよな?なんであそこに?」
「多分王宮からハチミツを分けてもらったらすぐにハチミツ割りを作れるようにってのと、おばちゃんにまた片付けられないように念の為・・・?」
「あの強い酒を頭から被ったら心配するのは分かるけど、それにしてもなんであんなに二人とも必死になっているんだ?」
初めは固まってことの成り行きを見守っていた騎士達が、やがてざわざわと騒めき始めた。
それと同時にあの強い酒を頭から被ってしまったらしいユーリの具合がそんなに悪いのかと心配して他の者達まで集まり始めてしまう。
「まずいな」
上着に包み込んだユーリが騎士達の目に触れないように気をつけながら抱き込んで、レジナスはガバッと立ち上がった。
「レジナス様、大丈夫ですか?」
騎士の一人に遠慮がちに声を掛けられ、問題ないとレジナスが頷いた時だ。
「あっ、おい見ろ!レジナス様の抱えている上着から光が漏れて来てるぞ!」
騎士達の集団の中からそんな声が聞こえて来た。
「なんだ?」
「ユーリ様が何か力を使っているのか?」
「よく見えないな」
そんな騒めきにチッと小さく舌打ちをしたレジナスは大股で演習場を後にする。
演習場の扉を足で蹴飛ばして乱暴に開ければあまりの勢いにその扉は歪んで外側へと外れてしまった。
だけどそれを気にする余裕もなく救護室へと彼は急ぐ。
「待てユーリ、まだ大きくなるんじゃない!力を抑えられないか?我慢してくれ」
自分の抱える上着の中へ語りかけているその内容は心配してその後を追っていく騎士達には聞こえていない。
だけどこのまま後をついてこられるとユーリの姿が変わるところを見られてしまう。
「お前達は訓練に戻れ!」
振り向いてそう言うレジナスに騎士達は口々に
「オレ達にもユーリ様の無事を確認させて下さい!」
「心配です‼︎」
とレジナスが足早に歩けば歩くほど騎士達もそれにつられて駆け寄って来た。
だけどそんな彼らに構っているヒマはない。
早くしないとユーリはその姿を変えて服が破け、肌も露わにあの豊かな肢体を皆の目に晒すことになってしまうのだ。
「レジナス、こちらです!」
騎士団の建物の廊下の先でシェラザードが手を上げている。
急いでその部屋へ体を滑り込ませたレジナスに
「着替え用に隊服と、下着になりそうな薄手の衣類も適当に見繕っておきました。後はユーリ様がご自分で着替えられればよいのですが難しそうならばオレが」
と話すシェラザードに、
「それくらいなら俺が手伝う!」
と声を上げて扉を閉めると内鍵を掛けてしまった。
「・・・仕方ありませんね」
譲ってあげますよ、とため息をついたシェラザードは扉の前でレジナスの後を追って来た騎士達を押し留める役割に回った。
「それで?一体どこの誰がどういう理由で演習場に
酒など持ち込んだというのでしょうね?」
にっこりと微笑むその顔はいつもの色気に恐ろしい圧が加わっている。
「香りからしてあれはリーモの発酵酒。あんなにも強い酒を頭から被ってしまって、かわいそうにユーリ様は顔を真っ赤にしてひどく咳き込んでいましたよ。」
「「「申し訳ありませんでしたッ‼︎」」」
後を追って来た騎士達は皆一斉にシェラザードの前で土下座をした。
圧のある笑顔で詰められるまでもない。
大変なことになってしまったのはさっきまでのレジナスの様子を見れば分かる。
あの何事にも動じない冷静沈着な彼が抱えたユーリにずっと声を掛けながら余裕のない様子で救護室に駆け込んだのだ。
「あ、その・・・ユーリ様は大丈夫なんでしょうか」
「オレ達、ユーリ様がリーモの発酵酒をハチミツで割ったのがお好きだと聞いたので、最後にそれを作って差し上げるつもりで・・・」
騎士達の話した事情と心底申し訳ないと思っているその態度にシェラザードは深いため息をついて目を閉じた。
そうして気分を切り替えるように顔を上げると騎士達を見つめた。
これ以上彼らを責めても仕方ない。
故意ではないのだ、見ていたからよく分かる。あれは事故だった。
だからそんな彼らを叱責するのはあの優しいユーリその人が何よりも嫌がるだろう。
となればここから先、出来ることは口止めなのだが・・・。
さっと辺りを見回せば、廊下は騎士達で溢れんばかりにひしめきあっている。
今の騒ぎで、駆けつけられる騎士という騎士達が皆ここに集まって来てしまったらしい。
これはここにいる騎士達だけへの口止めに留めるのは難しそうだ。
いっそのこと騎士団全体でユーリ様の事情を把握して守る方がいいだろうか。
シェラザードが珍しく判断に迷っていた時だ。
背後の救護室から明るい光が廊下にまで漏れ溢れ出して来た。
「うわっ、何だ⁉︎」
「ユーリ様か⁉︎」
「だ、大丈夫なのか・・・⁉︎」
一体何が、と廊下が騒然とする。
目にもまばゆい光は一際強くその光を放つと、徐々にその明るさを失っていく。
一体何事かと騒めきが収まらない廊下と騎士達の耳にその時、凛としたシェラザードのよく通る声が響いた。
「皆よく聞きなさい!」
反射的に騎士達がそちらに注目する。
「何があっても今からここで見聞きすることは他言無用です。あなた達が目にしたものは全てこの騎士団内部に留めておき、時期が来るまで文書はおろか絵にも残してはいけません。」
やけに真剣なその様子と話す内容に、聞いている騎士達はこれは癒し子様によほど深刻な事態が起きているに違いないと確信した。
さっきまでのざわついた雰囲気は消え、廊下にただよう空気はピンと張り詰めている。
シェラザードの話す言葉を一言も聞き漏らすまいと続く言葉にも注目していれば
「・・・もし今から目にするだろうユーリ様のことについて他から何か少しでも話が聞こえてくるようであれば、問答無用であなた達の首を全て貰います。」
ぐるりと顔を巡らせて、お前達の顔は全て覚えたからなと脅しをかけられた。
いや、脅しじゃない。
本気だ。
このクソ隊長はユーリ様のことになるといつだって本気でコトに当たるのだ。
「シ、シェラザード隊長。そこまで真剣に隊長が気にするなんてユーリ様に一体何が・・・?」
勇敢な一人の騎士が思い切って聞いた。
馬鹿、上官の命令には黙って従えよ、ましてや相手はあのクソ隊長だぞ!
と周囲の騎士達がヒヤリとする。
しかしシェラザードはそれに気分を害することなく
「・・・これはリオン殿下や陛下、騎士団長などごく一部の方達のみが把握している召喚者ユーリ様の事情です。恐らくそれを今からあなた達も目にすることになるでしょう。」
そう言った。国王陛下や国の上層部しか知らない召喚者の事情で他言無用・・・?
「な、何ですか?まさかユーリ様、オレ達が知らない何か重大な病でも抱えてるとか・・・?」
「だから酒を頭から被ってこんなにもレジナス様が慌てたのか?」
「召喚者が実は病弱だと他国に知られたら侮られるとか?」
シェラザードの言葉にまた周囲がざわつき始めた。
と。救護室の中からガタンと言う音と
「待てユーリ!外に出ないで酒が抜けるまで黙って寝ていろ‼︎あと服もちゃんと着ろ‼︎」
というレジナスの大きな声が聞こえてきた。
それに対して
「えー、だいじょぶですよ、心配性ですねぇ。それよりも、外でシェラさんの声がしました!」
と少し呂律の回らない明るい声と、鈴を転がしたような笑い声がした。
ユーリ様の声だ。騎士達がハッとして救護室の扉を見つめた。
会話のやり取りが出来ているという事は元気になったんだろうか。
カチャッ、という内鍵の開く音と共に開いた扉を騎士達は固唾を飲んで見守った。
「あ~、やっぱりシェラさんだ!」
半開きの扉からひょっこりと斜めに小首を傾げてシェラザードを見上げる笑顔の美女。
・・・え?誰?
ユーリが顔を見せると思っていた騎士達は事態が飲み込めずに一瞬ぽかんとした。
その美しい人は両手で扉をちょこんと掴み、さらさら流れる長く豊かな黒髪を揺らしている。
ほんのりと上気した頬と潤んだ瞳はしっとりと濡れたような色気をまとい、シェラザードをいつまでもニコニコと見上げていた。
色っぽいのにその顔に浮かべる笑顔は無邪気で、何とも言えない独特の不思議な雰囲気だ。
皆がそれに目を奪われて見つめたまま動けなくなり、ぽうっとなる。
「ユーリ様・・・」
やっぱり大きくなってしまったんですね。
その美女にクソ隊長が諦めたように呟いた。
え?誰がユーリ様?
呟かれた言葉に騎士達は耳を疑った。
聞き間違いかな?でも言われてみれば、クソ隊長に話しかけている涼やかな声は間違いなくユーリ様だ。
よくよく見ればその顔立ちにもユーリ様の面影がある。
なるほど、ユーリ様が成長すればこんな美人になるに違いない。納得した。
「・・・ってええ⁉︎ユーリ様⁉︎」
驚きの声を上げた騎士達に、そこでやっとその黒髪美人はふっとこちらを見た。
「なんで騎士さん達もこんなにいっぱいなんです?」
・・・上気した顔で色っぽい微笑みを向けてくる美女に騎士達はひとたまりもなかった。
と同時に普段滅多に聞くことのない、レジナスその人が焦ったように上げた声と慌てた様子に騎士達は目と耳を疑った。
その声は癒し子の名を呼んでいる。
誰もがその声の主であるレジナスの方を見れば、騎士服の上着を脱ぎながらある場所へと走って行くその姿が目に入った。
そしてその横をシェラザードも並走しているが、その顔からはいつものあの無駄な色気を乗せた笑顔は消えている。
必死の形相のレジナスに真剣な顔のシェラザード。
まるで魔物が出たか敵襲でもあったのかと思うその姿に騎士達は何事かと固まってその行方を見守った。
そんな騎士達の間をあっという間に駆け抜けた二人が向かった先は騎士達の荷物置き場だ。
「頭から酒を被ったのか」
「とりあえず着替え用に予備の隊服を準備します。
ユーリ様には大きすぎるでしょうが小さくキツイ服を身に付けているよりはいいでしょう。すぐに取って来ます」
「着替えるのは・・・救護室でいいか。
ユーリ、一人で着替えられるか?」
脱いだ自分の上着で癒し子様を包み込みながらその様子を確かめるレジナスと、その彼に話し掛けながらてきぱきと周りを片付けるシェラザード。
いつもの諍いがウソのように息のあったやり取りをしている二人を皆がぽかんと見つめる。
二人の会話の合間にはユーリのあの可愛らしい声でケホコホとむせている咳声やヒック、という小さなしゃっくりが聞こえてきた。
「・・・おい、あそこに置いてたのってリーモの発酵酒の原液だよな?なんであそこに?」
「多分王宮からハチミツを分けてもらったらすぐにハチミツ割りを作れるようにってのと、おばちゃんにまた片付けられないように念の為・・・?」
「あの強い酒を頭から被ったら心配するのは分かるけど、それにしてもなんであんなに二人とも必死になっているんだ?」
初めは固まってことの成り行きを見守っていた騎士達が、やがてざわざわと騒めき始めた。
それと同時にあの強い酒を頭から被ってしまったらしいユーリの具合がそんなに悪いのかと心配して他の者達まで集まり始めてしまう。
「まずいな」
上着に包み込んだユーリが騎士達の目に触れないように気をつけながら抱き込んで、レジナスはガバッと立ち上がった。
「レジナス様、大丈夫ですか?」
騎士の一人に遠慮がちに声を掛けられ、問題ないとレジナスが頷いた時だ。
「あっ、おい見ろ!レジナス様の抱えている上着から光が漏れて来てるぞ!」
騎士達の集団の中からそんな声が聞こえて来た。
「なんだ?」
「ユーリ様が何か力を使っているのか?」
「よく見えないな」
そんな騒めきにチッと小さく舌打ちをしたレジナスは大股で演習場を後にする。
演習場の扉を足で蹴飛ばして乱暴に開ければあまりの勢いにその扉は歪んで外側へと外れてしまった。
だけどそれを気にする余裕もなく救護室へと彼は急ぐ。
「待てユーリ、まだ大きくなるんじゃない!力を抑えられないか?我慢してくれ」
自分の抱える上着の中へ語りかけているその内容は心配してその後を追っていく騎士達には聞こえていない。
だけどこのまま後をついてこられるとユーリの姿が変わるところを見られてしまう。
「お前達は訓練に戻れ!」
振り向いてそう言うレジナスに騎士達は口々に
「オレ達にもユーリ様の無事を確認させて下さい!」
「心配です‼︎」
とレジナスが足早に歩けば歩くほど騎士達もそれにつられて駆け寄って来た。
だけどそんな彼らに構っているヒマはない。
早くしないとユーリはその姿を変えて服が破け、肌も露わにあの豊かな肢体を皆の目に晒すことになってしまうのだ。
「レジナス、こちらです!」
騎士団の建物の廊下の先でシェラザードが手を上げている。
急いでその部屋へ体を滑り込ませたレジナスに
「着替え用に隊服と、下着になりそうな薄手の衣類も適当に見繕っておきました。後はユーリ様がご自分で着替えられればよいのですが難しそうならばオレが」
と話すシェラザードに、
「それくらいなら俺が手伝う!」
と声を上げて扉を閉めると内鍵を掛けてしまった。
「・・・仕方ありませんね」
譲ってあげますよ、とため息をついたシェラザードは扉の前でレジナスの後を追って来た騎士達を押し留める役割に回った。
「それで?一体どこの誰がどういう理由で演習場に
酒など持ち込んだというのでしょうね?」
にっこりと微笑むその顔はいつもの色気に恐ろしい圧が加わっている。
「香りからしてあれはリーモの発酵酒。あんなにも強い酒を頭から被ってしまって、かわいそうにユーリ様は顔を真っ赤にしてひどく咳き込んでいましたよ。」
「「「申し訳ありませんでしたッ‼︎」」」
後を追って来た騎士達は皆一斉にシェラザードの前で土下座をした。
圧のある笑顔で詰められるまでもない。
大変なことになってしまったのはさっきまでのレジナスの様子を見れば分かる。
あの何事にも動じない冷静沈着な彼が抱えたユーリにずっと声を掛けながら余裕のない様子で救護室に駆け込んだのだ。
「あ、その・・・ユーリ様は大丈夫なんでしょうか」
「オレ達、ユーリ様がリーモの発酵酒をハチミツで割ったのがお好きだと聞いたので、最後にそれを作って差し上げるつもりで・・・」
騎士達の話した事情と心底申し訳ないと思っているその態度にシェラザードは深いため息をついて目を閉じた。
そうして気分を切り替えるように顔を上げると騎士達を見つめた。
これ以上彼らを責めても仕方ない。
故意ではないのだ、見ていたからよく分かる。あれは事故だった。
だからそんな彼らを叱責するのはあの優しいユーリその人が何よりも嫌がるだろう。
となればここから先、出来ることは口止めなのだが・・・。
さっと辺りを見回せば、廊下は騎士達で溢れんばかりにひしめきあっている。
今の騒ぎで、駆けつけられる騎士という騎士達が皆ここに集まって来てしまったらしい。
これはここにいる騎士達だけへの口止めに留めるのは難しそうだ。
いっそのこと騎士団全体でユーリ様の事情を把握して守る方がいいだろうか。
シェラザードが珍しく判断に迷っていた時だ。
背後の救護室から明るい光が廊下にまで漏れ溢れ出して来た。
「うわっ、何だ⁉︎」
「ユーリ様か⁉︎」
「だ、大丈夫なのか・・・⁉︎」
一体何が、と廊下が騒然とする。
目にもまばゆい光は一際強くその光を放つと、徐々にその明るさを失っていく。
一体何事かと騒めきが収まらない廊下と騎士達の耳にその時、凛としたシェラザードのよく通る声が響いた。
「皆よく聞きなさい!」
反射的に騎士達がそちらに注目する。
「何があっても今からここで見聞きすることは他言無用です。あなた達が目にしたものは全てこの騎士団内部に留めておき、時期が来るまで文書はおろか絵にも残してはいけません。」
やけに真剣なその様子と話す内容に、聞いている騎士達はこれは癒し子様によほど深刻な事態が起きているに違いないと確信した。
さっきまでのざわついた雰囲気は消え、廊下にただよう空気はピンと張り詰めている。
シェラザードの話す言葉を一言も聞き漏らすまいと続く言葉にも注目していれば
「・・・もし今から目にするだろうユーリ様のことについて他から何か少しでも話が聞こえてくるようであれば、問答無用であなた達の首を全て貰います。」
ぐるりと顔を巡らせて、お前達の顔は全て覚えたからなと脅しをかけられた。
いや、脅しじゃない。
本気だ。
このクソ隊長はユーリ様のことになるといつだって本気でコトに当たるのだ。
「シ、シェラザード隊長。そこまで真剣に隊長が気にするなんてユーリ様に一体何が・・・?」
勇敢な一人の騎士が思い切って聞いた。
馬鹿、上官の命令には黙って従えよ、ましてや相手はあのクソ隊長だぞ!
と周囲の騎士達がヒヤリとする。
しかしシェラザードはそれに気分を害することなく
「・・・これはリオン殿下や陛下、騎士団長などごく一部の方達のみが把握している召喚者ユーリ様の事情です。恐らくそれを今からあなた達も目にすることになるでしょう。」
そう言った。国王陛下や国の上層部しか知らない召喚者の事情で他言無用・・・?
「な、何ですか?まさかユーリ様、オレ達が知らない何か重大な病でも抱えてるとか・・・?」
「だから酒を頭から被ってこんなにもレジナス様が慌てたのか?」
「召喚者が実は病弱だと他国に知られたら侮られるとか?」
シェラザードの言葉にまた周囲がざわつき始めた。
と。救護室の中からガタンと言う音と
「待てユーリ!外に出ないで酒が抜けるまで黙って寝ていろ‼︎あと服もちゃんと着ろ‼︎」
というレジナスの大きな声が聞こえてきた。
それに対して
「えー、だいじょぶですよ、心配性ですねぇ。それよりも、外でシェラさんの声がしました!」
と少し呂律の回らない明るい声と、鈴を転がしたような笑い声がした。
ユーリ様の声だ。騎士達がハッとして救護室の扉を見つめた。
会話のやり取りが出来ているという事は元気になったんだろうか。
カチャッ、という内鍵の開く音と共に開いた扉を騎士達は固唾を飲んで見守った。
「あ~、やっぱりシェラさんだ!」
半開きの扉からひょっこりと斜めに小首を傾げてシェラザードを見上げる笑顔の美女。
・・・え?誰?
ユーリが顔を見せると思っていた騎士達は事態が飲み込めずに一瞬ぽかんとした。
その美しい人は両手で扉をちょこんと掴み、さらさら流れる長く豊かな黒髪を揺らしている。
ほんのりと上気した頬と潤んだ瞳はしっとりと濡れたような色気をまとい、シェラザードをいつまでもニコニコと見上げていた。
色っぽいのにその顔に浮かべる笑顔は無邪気で、何とも言えない独特の不思議な雰囲気だ。
皆がそれに目を奪われて見つめたまま動けなくなり、ぽうっとなる。
「ユーリ様・・・」
やっぱり大きくなってしまったんですね。
その美女にクソ隊長が諦めたように呟いた。
え?誰がユーリ様?
呟かれた言葉に騎士達は耳を疑った。
聞き間違いかな?でも言われてみれば、クソ隊長に話しかけている涼やかな声は間違いなくユーリ様だ。
よくよく見ればその顔立ちにもユーリ様の面影がある。
なるほど、ユーリ様が成長すればこんな美人になるに違いない。納得した。
「・・・ってええ⁉︎ユーリ様⁉︎」
驚きの声を上げた騎士達に、そこでやっとその黒髪美人はふっとこちらを見た。
「なんで騎士さん達もこんなにいっぱいなんです?」
・・・上気した顔で色っぽい微笑みを向けてくる美女に騎士達はひとたまりもなかった。
83
あなたにおすすめの小説
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。
前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。
ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。
「この家は、もうすぐ潰れます」
家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。
手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。
わたしの正体不明の甘党文通相手が、全員溺愛王子様だった件
あきのみどり
恋愛
【まじめ侍女と、小悪魔系王子、無自覚系ツンデレ王子、寡黙ぼんやり系王子、三人の甘党王子様たちによるラブコメ】
王宮侍女ロアナは、あるとき思いがけない断罪にみまわれた。
彼女がつくった菓子が原因で、美貌の第五王子が害されたという。
しかしロアナには、顔も知らない王子様に、自分の菓子が渡った理由がわからない。
けれども敬愛する主には迷惑がかけられず…
処罰を受けいれるしかないと覚悟したとき。そんな彼女を救ったのは、面識がないはずの美貌の王子様で…?
王宮が舞台の身分差恋物語。
勘違いと嫉妬をふりまく、のんきなラブコメ(にしていきたい)です。
残念不憫な王子様発生中。
※他サイトさんにも投稿予定
転生皇女セラフィナ
秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。
目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。
赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。
皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。
前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。
しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。
一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。
「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」
そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。
言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。
それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。
転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。
※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。
【完結】お見合いに現れたのは、昨日一緒に食事をした上司でした
楠結衣
恋愛
王立医務局の調剤師として働くローズ。自分の仕事にやりがいを持っているが、行き遅れになることを家族から心配されて休日はお見合いする日々を過ごしている。
仕事量が多い連休明けは、なぜか上司のレオナルド様と二人きりで仕事をすることを不思議に思ったローズはレオナルドに質問しようとするとはぐらかされてしまう。さらに夕食を一緒にしようと誘われて……。
◇表紙のイラストは、ありま氷炎さまに描いていただきました♪
◇全三話予約投稿済みです
聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい
金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。
私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。
勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。
なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。
※小説家になろうさんにも投稿しています。
「結婚しよう」
まひる
恋愛
私はメルシャ。16歳。黒茶髪、赤茶の瞳。153㎝。マヌサワの貧乏農村出身。朝から夜まで食事処で働いていた特別特徴も特長もない女の子です。でもある日、無駄に見目の良い男性に求婚されました。何でしょうか、これ。
一人の男性との出会いを切っ掛けに、彼女を取り巻く世界が動き出します。様々な体験を経て、彼女達は何処へ辿り着くのでしょうか。
【完結】聖女召喚に巻き込まれたバリキャリですが、追い出されそうになったのでお金と魔獣をもらって出て行きます!
チャらら森山
恋愛
二十七歳バリバリキャリアウーマンの鎌本博美(かまもとひろみ)が、交差点で後ろから背中を押された。死んだと思った博美だが、突如、異世界へ召喚される。召喚された博美が発した言葉を誤解したハロルド王子の前に、もうひとりの女性が現れた。博美の方が、聖女召喚に巻き込まれた一般人だと決めつけ、追い出されそうになる。しかし、バリキャリの博美は、そのまま追い出されることを拒否し、彼らに慰謝料を要求する。
お金を受け取るまで、博美は屋敷で暮らすことになり、数々の騒動に巻き込まれながら地下で暮らす魔獣と交流を深めていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる