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第十九章 聖女が街にやって来た
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「なんだか話の流れから湖畔に出掛けることになってしまったけど・・・ユーリ、本当にいいの?」
晩餐会が終わり、部屋に戻って来てから改めてリオン様にそう聞かれてしまった。
「私は構いませんよ。レジナスさんも一緒に来てくれるっていうし、エリス様とも謁見や晩餐会みたいな改まった場じゃなくてもっと話しやすい雰囲気の中で交流してみれば、また何か違った面が見えるかも知れないし」
「でも晩餐会であからさまに無視されてたよね」
「ウッ・・・」
やっぱりバレバレだった?
「ま、まああれはホラ、私の周りがリオン様だけでなくシグウェルさん達にも囲まれてたからなんかちょっとイラッとしたんじゃないですかね・・・?」
「聖女様なのにそんな嫉妬をするなんて未熟じゃない?」
リオン様の指摘もごもっともだけど。
「もし本当にエリス様が私の力を吸収したいと思っているなら一緒にいる方が何かそういうスキでも見せるかなって思うんです。」
そう言ったら、囮になるつもりなの?と眉を顰められてしまった。
「囮っていうほど大したものではないですけど・・・。でも周りに護衛のエル君がいて、更にリオン様やレジナスさんまでいたらそうおかしな事も起こらないんじゃないですか?」
エリス様が自分から湖に行きたいと言い出したのはなんだかアレだけど、とりあえずその様子を見てみたいとお願いをする。
そうすれば渋々ながらもリオン様は王都郊外の湖畔への狩り兼ピクニックの許可を出してくれた。
・・・そうして晩餐会から2日後、あの時の話通りに私達は王都郊外の大きな湖のほとりにいた。
少し離れた所にはゆるい傾斜の小高い丘とそこに立つ王家の別邸が見えている。
基本の荷物はそこに置いて、私達は丘を下った湖畔の近くへ休憩用のテントやテーブルをセッティングしてある。
そこを起点にリオン様はアラム陛下と一緒に湖畔に広がる森林での鹿狩りや湖に来る水鳥の狩りへと出掛けた。
私はエリス様と一緒にお茶を飲みながらおしゃべりをしてリオン様達の帰りを待つことになっている。
私の数歩後ろにはレジナスさんがいてエル君はもっと離れた所の、より広範囲から何もないか見守ってくれていた。
このピクニック的なお出掛けには私やリオン様の他にもヘイデス国の一行や、それを接待するためのルーシャ国側からの貴族も数人が招待されていた。
そしてお茶を飲みながら待っている中には、そんな貴族の奥様や娘さんなどの女性陣も数人残っている。
私以外にもこれだけ何人もの人がいればおいそれとおかしな事も起きないんじゃないかな?
そう思いながらお菓子を手に、同じテーブルについているエリス様に話しかける。
「エリス様も私と同じように各地からの要望に応える形で普段は国内のあちこちを巡られたりするんですか?」
「そうですね・・・。病を癒して欲しいという要望がやはり一番多いので、そのような地域に主に出向いております。ユーリ様はイリューディア神様の加護の力が強く、病の癒しだけでなく土地にも加護を付けられると聞いておりますが」
ティーカップを両手で包み込むように持つエリス様はそう言うとチラリと私を見て来た。
それくらいの情報なら誰でも知っていることだから話しても問題はないだろう。
「あ、そうなんです。おかげさまで、おいしい果物や綺麗な花を咲かせることも出来るのでありがたいです。ただ、加減が難しくてまだなかなか自分の思ったようには使いこなせていませんけど・・・」
「羨ましい」
ぽつりとエリス様が呟いたけど、私には何て言ったのかよく聞こえなかった。
「え?」
「いえ、素晴らしいですね。そんなにか細い体のどこにそれほど魔力がみなぎっているのかとても不思議です。・・・少しお手を拝借しても?」
赤い瞳を笑ませてエリス様は小首を傾げてにっこり笑うと手を差し出してきた。
まさかいきなり私の力に触れようとするとは思わなかった。
「ユーリ」
後ろに立つレジナスさんが僅かに身じろいだようだった。
一歩前に踏み出した気配がして、エリス様はすいと私の後ろに目を向けた。
「ご心配には及びません。どうぞそのままで。」
赤い瞳がゆらゆらとルビーのように輝いてレジナスさんを見つめている。
「・・・っ‼︎」
くっと息を呑んだような音がして、レジナスさんは腰にある双剣を握り締めたのかカチャリと硬質な音も鳴った。
エリス様がレジナスさんにも何か力を使おうとしたんだろうか。
レジナスさんは双剣の鞘に私のあげた下緒を付けているから、それももしかしたら反応したのかも知れない。
でもまだ私は何もされていない。
「大丈夫ですよレジナスさん!」
後ろを振り向いて笑顔を見せてからエリス様の差し出した手に自分の手を重ねる。
「ちょっとだけ力を使ってみますね」
お疲れならその疲れが取れるように。いつも他の人達に使っているのと同じようなやり方で力を使う。
重ねた私の手がほんのりと金色に光り、それはそのままエリス様に伝わった。
うん、いつもと同じだ。特に変な感じはしない。
物凄く力を吸い取られる感じがするとか体に力が入らないとかいうこともない。
そんな事を考えていたら目の前のエリス様の声が嬉しそうに
「素敵ですね」
そう言ったのにハッとしてその目を見た。
天上の世界で見た時と同じような深い赤に輝くヨナスのような瞳の色。
「やっぱりユーリ様のお力は私などよりももっとずっと強くイリューディア神様のご加護を受けているようです。私にもそのお力の一端をお恵みいただければ幸いですが」
重ねた手をぎゅっと握られそうになり、慌てて引き抜く。
あ、危なかったのかな⁉︎
ドキドキしながら手を引き抜いたことを誤魔化すようにカップを持ってお茶を飲む。
ティーカップの陰からこっそりエリス様を見れば、エリス様は自分の手をじっと見ながら
「ユーリ様と同じように、人を癒す力を私も持っておりますがまだまだです。信心が足りないのでしょうか?どれだけ願っても私の求める領域にはいまだ及ばず、どうすればいいのか試行錯誤をする日々なんですよ。」
と話していた。それは私に語りかけているようでもあり、自分自身に問いかけているようでもあった。
ていうか、よく見れば私と重ねていたエリス様の手がうっすらと赤い。
癒しの力はきちんと伝わったはずなのに、どうしてそんなまるで反発されたみたいな跡が?
不思議に思っていたらエリス様の後ろにローブ姿の魔導士さんがいつの間にか立っていた。
「エリス様、お薬湯の時間です」
・・・薬湯?
「エリス様、どこか体調でも悪いんですか?」
不思議に思って聞いたらいいえ、と控えめに微笑まれた。
魔導士さんは水差しのようなものの中身をエリス様の目の前の盃に注ぐ。
「栄養剤というか、魔力の増幅剤のようなものとでもいいましょうか・・・。飲むと自分の魔力を増強してくれる薬のようなものですよ。常用することで自分の魔力の容量を少しずつ増やすことが出来るのです。」
「そうなんですか?」
そんな便利な栄養ドリンクみたいなのがあるんだ。
そういえば私もシグウェルさんの作った薬で大きい姿になれたしそんな感じの物なのかな。
目の前で注がれるその液体は濃いとろりとした紫色。
それを見たらなぜかファレルの神殿騒ぎの時にヨナスの古神殿にあった欠けた魔石を思い出した。
反射的に思わず立ち上がる。
椅子がガタンと音を立てて倒れたけど気にしている場合じゃない。
なぜか液体だけど、これはあの魔石の欠けた部分だ。
本能的にそう感じた。
「エリス様、それ・・・っ!」
「どうかしましたか?」
エリス様は面白いものでも見るように目を細めて私を見ると、平然とそれを飲み下した。
晩餐会が終わり、部屋に戻って来てから改めてリオン様にそう聞かれてしまった。
「私は構いませんよ。レジナスさんも一緒に来てくれるっていうし、エリス様とも謁見や晩餐会みたいな改まった場じゃなくてもっと話しやすい雰囲気の中で交流してみれば、また何か違った面が見えるかも知れないし」
「でも晩餐会であからさまに無視されてたよね」
「ウッ・・・」
やっぱりバレバレだった?
「ま、まああれはホラ、私の周りがリオン様だけでなくシグウェルさん達にも囲まれてたからなんかちょっとイラッとしたんじゃないですかね・・・?」
「聖女様なのにそんな嫉妬をするなんて未熟じゃない?」
リオン様の指摘もごもっともだけど。
「もし本当にエリス様が私の力を吸収したいと思っているなら一緒にいる方が何かそういうスキでも見せるかなって思うんです。」
そう言ったら、囮になるつもりなの?と眉を顰められてしまった。
「囮っていうほど大したものではないですけど・・・。でも周りに護衛のエル君がいて、更にリオン様やレジナスさんまでいたらそうおかしな事も起こらないんじゃないですか?」
エリス様が自分から湖に行きたいと言い出したのはなんだかアレだけど、とりあえずその様子を見てみたいとお願いをする。
そうすれば渋々ながらもリオン様は王都郊外の湖畔への狩り兼ピクニックの許可を出してくれた。
・・・そうして晩餐会から2日後、あの時の話通りに私達は王都郊外の大きな湖のほとりにいた。
少し離れた所にはゆるい傾斜の小高い丘とそこに立つ王家の別邸が見えている。
基本の荷物はそこに置いて、私達は丘を下った湖畔の近くへ休憩用のテントやテーブルをセッティングしてある。
そこを起点にリオン様はアラム陛下と一緒に湖畔に広がる森林での鹿狩りや湖に来る水鳥の狩りへと出掛けた。
私はエリス様と一緒にお茶を飲みながらおしゃべりをしてリオン様達の帰りを待つことになっている。
私の数歩後ろにはレジナスさんがいてエル君はもっと離れた所の、より広範囲から何もないか見守ってくれていた。
このピクニック的なお出掛けには私やリオン様の他にもヘイデス国の一行や、それを接待するためのルーシャ国側からの貴族も数人が招待されていた。
そしてお茶を飲みながら待っている中には、そんな貴族の奥様や娘さんなどの女性陣も数人残っている。
私以外にもこれだけ何人もの人がいればおいそれとおかしな事も起きないんじゃないかな?
そう思いながらお菓子を手に、同じテーブルについているエリス様に話しかける。
「エリス様も私と同じように各地からの要望に応える形で普段は国内のあちこちを巡られたりするんですか?」
「そうですね・・・。病を癒して欲しいという要望がやはり一番多いので、そのような地域に主に出向いております。ユーリ様はイリューディア神様の加護の力が強く、病の癒しだけでなく土地にも加護を付けられると聞いておりますが」
ティーカップを両手で包み込むように持つエリス様はそう言うとチラリと私を見て来た。
それくらいの情報なら誰でも知っていることだから話しても問題はないだろう。
「あ、そうなんです。おかげさまで、おいしい果物や綺麗な花を咲かせることも出来るのでありがたいです。ただ、加減が難しくてまだなかなか自分の思ったようには使いこなせていませんけど・・・」
「羨ましい」
ぽつりとエリス様が呟いたけど、私には何て言ったのかよく聞こえなかった。
「え?」
「いえ、素晴らしいですね。そんなにか細い体のどこにそれほど魔力がみなぎっているのかとても不思議です。・・・少しお手を拝借しても?」
赤い瞳を笑ませてエリス様は小首を傾げてにっこり笑うと手を差し出してきた。
まさかいきなり私の力に触れようとするとは思わなかった。
「ユーリ」
後ろに立つレジナスさんが僅かに身じろいだようだった。
一歩前に踏み出した気配がして、エリス様はすいと私の後ろに目を向けた。
「ご心配には及びません。どうぞそのままで。」
赤い瞳がゆらゆらとルビーのように輝いてレジナスさんを見つめている。
「・・・っ‼︎」
くっと息を呑んだような音がして、レジナスさんは腰にある双剣を握り締めたのかカチャリと硬質な音も鳴った。
エリス様がレジナスさんにも何か力を使おうとしたんだろうか。
レジナスさんは双剣の鞘に私のあげた下緒を付けているから、それももしかしたら反応したのかも知れない。
でもまだ私は何もされていない。
「大丈夫ですよレジナスさん!」
後ろを振り向いて笑顔を見せてからエリス様の差し出した手に自分の手を重ねる。
「ちょっとだけ力を使ってみますね」
お疲れならその疲れが取れるように。いつも他の人達に使っているのと同じようなやり方で力を使う。
重ねた私の手がほんのりと金色に光り、それはそのままエリス様に伝わった。
うん、いつもと同じだ。特に変な感じはしない。
物凄く力を吸い取られる感じがするとか体に力が入らないとかいうこともない。
そんな事を考えていたら目の前のエリス様の声が嬉しそうに
「素敵ですね」
そう言ったのにハッとしてその目を見た。
天上の世界で見た時と同じような深い赤に輝くヨナスのような瞳の色。
「やっぱりユーリ様のお力は私などよりももっとずっと強くイリューディア神様のご加護を受けているようです。私にもそのお力の一端をお恵みいただければ幸いですが」
重ねた手をぎゅっと握られそうになり、慌てて引き抜く。
あ、危なかったのかな⁉︎
ドキドキしながら手を引き抜いたことを誤魔化すようにカップを持ってお茶を飲む。
ティーカップの陰からこっそりエリス様を見れば、エリス様は自分の手をじっと見ながら
「ユーリ様と同じように、人を癒す力を私も持っておりますがまだまだです。信心が足りないのでしょうか?どれだけ願っても私の求める領域にはいまだ及ばず、どうすればいいのか試行錯誤をする日々なんですよ。」
と話していた。それは私に語りかけているようでもあり、自分自身に問いかけているようでもあった。
ていうか、よく見れば私と重ねていたエリス様の手がうっすらと赤い。
癒しの力はきちんと伝わったはずなのに、どうしてそんなまるで反発されたみたいな跡が?
不思議に思っていたらエリス様の後ろにローブ姿の魔導士さんがいつの間にか立っていた。
「エリス様、お薬湯の時間です」
・・・薬湯?
「エリス様、どこか体調でも悪いんですか?」
不思議に思って聞いたらいいえ、と控えめに微笑まれた。
魔導士さんは水差しのようなものの中身をエリス様の目の前の盃に注ぐ。
「栄養剤というか、魔力の増幅剤のようなものとでもいいましょうか・・・。飲むと自分の魔力を増強してくれる薬のようなものですよ。常用することで自分の魔力の容量を少しずつ増やすことが出来るのです。」
「そうなんですか?」
そんな便利な栄養ドリンクみたいなのがあるんだ。
そういえば私もシグウェルさんの作った薬で大きい姿になれたしそんな感じの物なのかな。
目の前で注がれるその液体は濃いとろりとした紫色。
それを見たらなぜかファレルの神殿騒ぎの時にヨナスの古神殿にあった欠けた魔石を思い出した。
反射的に思わず立ち上がる。
椅子がガタンと音を立てて倒れたけど気にしている場合じゃない。
なぜか液体だけど、これはあの魔石の欠けた部分だ。
本能的にそう感じた。
「エリス様、それ・・・っ!」
「どうかしましたか?」
エリス様は面白いものでも見るように目を細めて私を見ると、平然とそれを飲み下した。
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