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番外編
議論は会議室ではなく寝室で起きている 2
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今度はまた一体何を言い出すつもりなんだと問いただすような僕とレジナスの視線を受けたシェラは、
「とりあえず何か食べませんか?オレも今日は今まであちこちを巡り色々と資料を集めていたのでまともな食事はしておりませんし。」
と微笑んだ。
・・・あちこち回って集めた資料って何。
ものすごく気になったけど、今それを聞いたら食事どころじゃなくなるかも知れない。
持ち込んだ物を置いて、眠るユーリの顔を見にベッドの近くへ寄ったシェラはその枕元にある小さな香炉の中身を入れ替えている。
ユーリの好きな香りがいつも近くでしていれば、目覚めるきっかけの一つになりはしないかとシェラはこうして色々な香りをまめにその枕元へ置いては眠り続けるユーリが心地よくいられるようにといつも心を砕いているのだ。
それだけ見ていればただ相手に献身的なだけの伴侶なんだけど、それだけで済まないのがシェラだから困ったものだ。
そう思いながら、テーブルに着いた僕達四人の食事は表面上はとても和やかに進んでいった。
僕やレジナスの次の視察先についてだったりシグウェルの最近の魔法実験の話だったり、シェラが市井から聞いて来た街の人々の間で今話されている噂話だったり。
そうしてひと心地ついてあの氷瀑竜のグラスでお酒を傾ける頃になってようやくシェラはさてそれでは、とさっき持ち込んだ紙の束を僕達に渡し始めた。
「・・・なんだいこれ。まさかまたどこかの島や土地を買ったなんて言い出さないだろうね」
そう言った僕に、
「いえ、これはユーリ様とオレ達の結婚式に向けての衣装や装飾品、式場の飾り付けについての資料です」
とにこやかにシェラは言った。
「結婚式⁉︎」
僕とレジナスはギョッとして目を見開き、シグウェルは面白そうにほう、と呟くといつものように目を細めた。
「ユーリはまだ眠り続けているっていうのに君は何を言ってるの?本人の承諾もなしに勝手に進めていい話じゃないでしょう⁉︎」
「おや、リオン殿下はユーリ様の花嫁姿を見たくありませんか?きっとどんな御衣装をその身に纏われても、誰よりも華やかで美しくて愛らしいと思いますよ。」
シェラはユーリのその姿を思い浮かべているのか、まるで目の前にユーリがいるかのようにうっとりとしているけれど。
「一体全体、どこからそんな発想が出て来たのさ・・・」
「先日、養父と話した際に目先の問題に目を向けるのも大事だがもっと先を見て明るい事を考えるのも大切だと言われまして。」
「ベルゲン殿が?」
「ええ。お前はユーリ様が目覚めた時にもそんなに酷い顔を見せるつもりなのかと叱咤されました。」
ベルゲン・ザハリはシェラの養父で僕や兄上、レジナスの剣の師だ。
そして僕の父上とは同じ師匠に剣の指導を仰いだ兄弟弟子同士でもあり、古くからの友人にもあたる。
なんていうか父上にとっては僕にとってのレジナスみたいな存在とでも言おうか。
そのベルゲン殿は、昔兄上と行った遠征先でシェラを拾って来て養子にして以来、シェラのことを実子以上に目にかけている。
今は引退して田舎でのんびりと暮らしているけれど、ユーリが倒れてからずっと気を塞いでいたシェラのために兄上の戴冠式に来る予定を前倒しにしてやって来て、その後もつい最近まで王都に滞在してくれていた。
・・・その時に色々と話をしたんだろうか。確かに、ベルゲン殿がいる間にシェラも段々と元の元気を取り戻して来ていたけど。
だからってまさか僕達とユーリの結婚式がどうとかって話まで考えていたとは思わなかったけどさあ・・・!
「先を見て明るいことって、他にも色々とあるでしょう?一緒に出掛ける先ややりたい事を考えるとか。」
僕の言葉にレジナスもそうだと頷く。
「お前は師匠の言葉を極端に捉え過ぎだ。今からそんな事を考えていて見ろ、ユーリが起きた時にそれを聞いたらびっくりして布団をかぶって出てこなくなるぞ」
「ああ、いいですねぇ。お布団にくるまったまま出てこないユーリ様の隣に座って日がな一日そのお顔を見せてもらうおうと話し続けるのも、おやつをちらつかせてそれに手を伸ばしたところを捕まえてそのお顔を見るのも楽しそうです。」
ダメだレジナスの言葉もいい方にしかとらえていない。
どうしてこうシェラはベルゲン殿の言葉となると素直に聞き過ぎるくらい聞くんだろうか。おかげでこっちがとばっちりを受ける。
「なるほど、それで君は日がな一日かけてユーリの花嫁衣装についてのあれこれを集めて来たというわけか。」
シグウェルは普通に納得してさっそく紙の束に目を通しているけど、こっちはこっちで相変わらずシェラの思い付きをすんなりと受け入れ過ぎだ。
「ええ、ユーリ様がいつお目覚めになるかは分かりませんが今の流行りや変わらないものなど調べておくに越したことはありませんからね。幸いにも今のオレはとてもヒマですし。」
「ヒマなら騎士団に来て隊員の指導をしろ!」
レジナスの顔が怖くなったけどシェラは全然気にしていない。
それどころか、
「街に降りてみて良かったですよ。新しい染料が開発されたとかで今まで以上に鮮やかな染め物の生地見本も手に入りましたし、東国でも反物の革新的な織り方を開発してそれにより今までよりも薄く軽い布地を織れるようになったとか。ユーリ様のドレスにそれを使えれば、生地の軽さの分だけ装飾品を豪華にしてもそれほどユーリ様の負担にはならないでしょう。」
と生地の見本と染料で染められた布地の端切れも出して来た。
仕方ないから手に取って見てみれば、確かにそれらでドレスを仕上げればどれも上等な一級品になりそうだったけど・・・。
「ドレスのレースには宝石も縫い込んだ刺繍をほどこして、ユーリ様が動かれるたびにまるで星が輝いているかのように華やかな煌めきを振りまくようにしたいですね。」
そんなシェラの話を聞きながら資料を見ていればおかしな事に気付く。
「え?ちょっと待って、この推定予算額は何?ドレスと装飾品の購入だけにしては額が大きすぎない⁉︎」
それはユーリがルーシャ国に現れてから今までの間に使われた服飾費の軽く三倍以上の額だ。
今まで王宮の予備費から出していた服飾費の他にシェラが個人的にユーリへ使っただろう私費を足してもここまでの額にはならない。
しかもシェラが出してきた資料の額のそれは、式そのものやその後のパレードや披露宴にかかる金額は含まれておらず、あくまでも衣装と装飾品にかかる分だけの経費なのだ。
「あ、こちらはご衣装を作る工房の建設費や織り機の輸入費、職人の雇用費用も含んでおりますので。」
「結婚式のためにドレス工房を建てて東国から織り機と職人を輸入しろっていうの⁉︎」
なんて事を言い出すんだ。
「いくら何でもそのための予算までは降りないよ⁉︎」
「何を仰いますか、ユーリ様の伴侶である我々四人のうち財政担当は殿下ですよ?国家予算で決済されて式のために足りない部分は殿下に出していただきます。この中で一番の稼ぎ頭ではありませんか。一応オレ達三人も微力ながら不足分については出させていただきますが・・・」
人の財布を勝手にあてにしないで欲しい。
そりゃあ、出せと言うならこの程度の額なら出せなくはないけども。
だけど僕のポケットマネーで問題なく出せるだけの金額を見込んで予算を出してくるのはどうにも怪しい。
まさかシェラ、王族の個人的な資産額までこっそり調べて把握してるんじゃないよね?
じろりと疑いの目を向ければ、まるでそれ以上の追求を避けたいかのようにシェラは話を変えてきた。
「工房や職人の件についてはまた後で詳しく詰めることにして、ユーリ様のドレスの形をどんなものにするかだけでも大まかに決めましょうか。資料の30ページ目をご覧ください。」
紙の束が厚いとは思ったけど、30ページ目以降もまだまだ紙は重なっている。
花嫁衣装は結婚式の華の最たる物だというのに、この資料の最後のページじゃないなんてどうなってるんだ。
「ユーリ様の清楚さを表すように首元まで薄いレース地で覆いつつも足元は歩きやすいよう大胆なスリットの入ったものや、鎖骨の儚さを見せてその繊細な美しさを表現した肩を出すタイプ、それにもっと大胆に胸元を開けその柔らかさと豊潤さを強調しつつ、背中もざっくりと見せて胸の豊かさと背中の華奢さの対比が美しいものなど様々な物を準備しました。」
・・・本当に、ユーリの身につける物の話になるとシェラの話ぶりにはより一層熱がこもる。
そこでふと、前回の集まりの時は夜着がどうのという話にまで話題が及んだことを思い出した。
ユーリの花嫁衣装についてここまで熱弁を奮っているのに、まだまだ資料には続きがある。
ということはまさか、この資料の後半って・・・。
そう思い、先を見ようとした僕の資料の上にシェラはぱしっ、と手を置いてその先をめくるのを止めた。
「殿下、順を追ってお話いたしますのでその先についてはもう少しお待ちくださいね。」
ニヤリと笑うその瞳は碌なことを考えていないのが丸わかりの怪しい金色に光っていた。
「とりあえず何か食べませんか?オレも今日は今まであちこちを巡り色々と資料を集めていたのでまともな食事はしておりませんし。」
と微笑んだ。
・・・あちこち回って集めた資料って何。
ものすごく気になったけど、今それを聞いたら食事どころじゃなくなるかも知れない。
持ち込んだ物を置いて、眠るユーリの顔を見にベッドの近くへ寄ったシェラはその枕元にある小さな香炉の中身を入れ替えている。
ユーリの好きな香りがいつも近くでしていれば、目覚めるきっかけの一つになりはしないかとシェラはこうして色々な香りをまめにその枕元へ置いては眠り続けるユーリが心地よくいられるようにといつも心を砕いているのだ。
それだけ見ていればただ相手に献身的なだけの伴侶なんだけど、それだけで済まないのがシェラだから困ったものだ。
そう思いながら、テーブルに着いた僕達四人の食事は表面上はとても和やかに進んでいった。
僕やレジナスの次の視察先についてだったりシグウェルの最近の魔法実験の話だったり、シェラが市井から聞いて来た街の人々の間で今話されている噂話だったり。
そうしてひと心地ついてあの氷瀑竜のグラスでお酒を傾ける頃になってようやくシェラはさてそれでは、とさっき持ち込んだ紙の束を僕達に渡し始めた。
「・・・なんだいこれ。まさかまたどこかの島や土地を買ったなんて言い出さないだろうね」
そう言った僕に、
「いえ、これはユーリ様とオレ達の結婚式に向けての衣装や装飾品、式場の飾り付けについての資料です」
とにこやかにシェラは言った。
「結婚式⁉︎」
僕とレジナスはギョッとして目を見開き、シグウェルは面白そうにほう、と呟くといつものように目を細めた。
「ユーリはまだ眠り続けているっていうのに君は何を言ってるの?本人の承諾もなしに勝手に進めていい話じゃないでしょう⁉︎」
「おや、リオン殿下はユーリ様の花嫁姿を見たくありませんか?きっとどんな御衣装をその身に纏われても、誰よりも華やかで美しくて愛らしいと思いますよ。」
シェラはユーリのその姿を思い浮かべているのか、まるで目の前にユーリがいるかのようにうっとりとしているけれど。
「一体全体、どこからそんな発想が出て来たのさ・・・」
「先日、養父と話した際に目先の問題に目を向けるのも大事だがもっと先を見て明るい事を考えるのも大切だと言われまして。」
「ベルゲン殿が?」
「ええ。お前はユーリ様が目覚めた時にもそんなに酷い顔を見せるつもりなのかと叱咤されました。」
ベルゲン・ザハリはシェラの養父で僕や兄上、レジナスの剣の師だ。
そして僕の父上とは同じ師匠に剣の指導を仰いだ兄弟弟子同士でもあり、古くからの友人にもあたる。
なんていうか父上にとっては僕にとってのレジナスみたいな存在とでも言おうか。
そのベルゲン殿は、昔兄上と行った遠征先でシェラを拾って来て養子にして以来、シェラのことを実子以上に目にかけている。
今は引退して田舎でのんびりと暮らしているけれど、ユーリが倒れてからずっと気を塞いでいたシェラのために兄上の戴冠式に来る予定を前倒しにしてやって来て、その後もつい最近まで王都に滞在してくれていた。
・・・その時に色々と話をしたんだろうか。確かに、ベルゲン殿がいる間にシェラも段々と元の元気を取り戻して来ていたけど。
だからってまさか僕達とユーリの結婚式がどうとかって話まで考えていたとは思わなかったけどさあ・・・!
「先を見て明るいことって、他にも色々とあるでしょう?一緒に出掛ける先ややりたい事を考えるとか。」
僕の言葉にレジナスもそうだと頷く。
「お前は師匠の言葉を極端に捉え過ぎだ。今からそんな事を考えていて見ろ、ユーリが起きた時にそれを聞いたらびっくりして布団をかぶって出てこなくなるぞ」
「ああ、いいですねぇ。お布団にくるまったまま出てこないユーリ様の隣に座って日がな一日そのお顔を見せてもらうおうと話し続けるのも、おやつをちらつかせてそれに手を伸ばしたところを捕まえてそのお顔を見るのも楽しそうです。」
ダメだレジナスの言葉もいい方にしかとらえていない。
どうしてこうシェラはベルゲン殿の言葉となると素直に聞き過ぎるくらい聞くんだろうか。おかげでこっちがとばっちりを受ける。
「なるほど、それで君は日がな一日かけてユーリの花嫁衣装についてのあれこれを集めて来たというわけか。」
シグウェルは普通に納得してさっそく紙の束に目を通しているけど、こっちはこっちで相変わらずシェラの思い付きをすんなりと受け入れ過ぎだ。
「ええ、ユーリ様がいつお目覚めになるかは分かりませんが今の流行りや変わらないものなど調べておくに越したことはありませんからね。幸いにも今のオレはとてもヒマですし。」
「ヒマなら騎士団に来て隊員の指導をしろ!」
レジナスの顔が怖くなったけどシェラは全然気にしていない。
それどころか、
「街に降りてみて良かったですよ。新しい染料が開発されたとかで今まで以上に鮮やかな染め物の生地見本も手に入りましたし、東国でも反物の革新的な織り方を開発してそれにより今までよりも薄く軽い布地を織れるようになったとか。ユーリ様のドレスにそれを使えれば、生地の軽さの分だけ装飾品を豪華にしてもそれほどユーリ様の負担にはならないでしょう。」
と生地の見本と染料で染められた布地の端切れも出して来た。
仕方ないから手に取って見てみれば、確かにそれらでドレスを仕上げればどれも上等な一級品になりそうだったけど・・・。
「ドレスのレースには宝石も縫い込んだ刺繍をほどこして、ユーリ様が動かれるたびにまるで星が輝いているかのように華やかな煌めきを振りまくようにしたいですね。」
そんなシェラの話を聞きながら資料を見ていればおかしな事に気付く。
「え?ちょっと待って、この推定予算額は何?ドレスと装飾品の購入だけにしては額が大きすぎない⁉︎」
それはユーリがルーシャ国に現れてから今までの間に使われた服飾費の軽く三倍以上の額だ。
今まで王宮の予備費から出していた服飾費の他にシェラが個人的にユーリへ使っただろう私費を足してもここまでの額にはならない。
しかもシェラが出してきた資料の額のそれは、式そのものやその後のパレードや披露宴にかかる金額は含まれておらず、あくまでも衣装と装飾品にかかる分だけの経費なのだ。
「あ、こちらはご衣装を作る工房の建設費や織り機の輸入費、職人の雇用費用も含んでおりますので。」
「結婚式のためにドレス工房を建てて東国から織り機と職人を輸入しろっていうの⁉︎」
なんて事を言い出すんだ。
「いくら何でもそのための予算までは降りないよ⁉︎」
「何を仰いますか、ユーリ様の伴侶である我々四人のうち財政担当は殿下ですよ?国家予算で決済されて式のために足りない部分は殿下に出していただきます。この中で一番の稼ぎ頭ではありませんか。一応オレ達三人も微力ながら不足分については出させていただきますが・・・」
人の財布を勝手にあてにしないで欲しい。
そりゃあ、出せと言うならこの程度の額なら出せなくはないけども。
だけど僕のポケットマネーで問題なく出せるだけの金額を見込んで予算を出してくるのはどうにも怪しい。
まさかシェラ、王族の個人的な資産額までこっそり調べて把握してるんじゃないよね?
じろりと疑いの目を向ければ、まるでそれ以上の追求を避けたいかのようにシェラは話を変えてきた。
「工房や職人の件についてはまた後で詳しく詰めることにして、ユーリ様のドレスの形をどんなものにするかだけでも大まかに決めましょうか。資料の30ページ目をご覧ください。」
紙の束が厚いとは思ったけど、30ページ目以降もまだまだ紙は重なっている。
花嫁衣装は結婚式の華の最たる物だというのに、この資料の最後のページじゃないなんてどうなってるんだ。
「ユーリ様の清楚さを表すように首元まで薄いレース地で覆いつつも足元は歩きやすいよう大胆なスリットの入ったものや、鎖骨の儚さを見せてその繊細な美しさを表現した肩を出すタイプ、それにもっと大胆に胸元を開けその柔らかさと豊潤さを強調しつつ、背中もざっくりと見せて胸の豊かさと背中の華奢さの対比が美しいものなど様々な物を準備しました。」
・・・本当に、ユーリの身につける物の話になるとシェラの話ぶりにはより一層熱がこもる。
そこでふと、前回の集まりの時は夜着がどうのという話にまで話題が及んだことを思い出した。
ユーリの花嫁衣装についてここまで熱弁を奮っているのに、まだまだ資料には続きがある。
ということはまさか、この資料の後半って・・・。
そう思い、先を見ようとした僕の資料の上にシェラはぱしっ、と手を置いてその先をめくるのを止めた。
「殿下、順を追ってお話いたしますのでその先についてはもう少しお待ちくださいね。」
ニヤリと笑うその瞳は碌なことを考えていないのが丸わかりの怪しい金色に光っていた。
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