553 / 634
番外編
医者でも湯でも治せぬ病 5
しおりを挟む
姿は見えないけど他の男の人に迫られていたらタイミング良く助けてくれたのはきっとレジナスさんに違いない。
花女神をやると言った私の側にいると、あの大きな体では普通の田舎町の人達には圧があり過ぎると思ったのか、どこかに姿を消したままだけど。
でもまあ、どこかで見ていてくれるならレジナスさんも楽しんでくれるようにせめて笑顔だけは振りまいて楽しい雰囲気作りに努めようかな?
さっきのハンスさんとやらには驚いたけど、気を取り直して子供たちに手を振る。
そうしていたら私たちが泊まっている宿の女将さんがまたやって来た。
「いやごめんねユーリちゃん。ハンスは悪い奴じゃないんだけど街の若者たちの間の中心みたいな奴で、ちょっと調子に乗りやすいのがねぇ・・・。一応ユーリちゃんには旦那がいるって言ったけど聞いてるんだかいないんだか」
呆れたようにしながらもさっきの出来事を謝ってくれた。
「いえ、大丈夫ですよ!それより手に持っているのは何ですか?」
やって来た女将さんの持っている籠が気になると指摘すれば、これ?とにっこり笑顔を見せる。
「ユーリちゃんの昼食だよ。狩りが終わるのを待つ間に一緒に食べちゃおう、時間はたっぷりあるからね!」
やった。どうやら宿の食堂の料理らしいけど昨日もすごくおいしかった。
嬉々として食べていれば女将さんに「すごくおいしそうに食べるね」と喜ばれ、どうやら狩りの競い合いで森へ入るところだったらしいハンスさんにも
「いい食べっぷりだなあ、そういう女は好きだぜ!見てな、大物を獲ってきてアンタに捧げて最後の弓矢勝負を待たずにダントツで優勝してやるよ!」
とウインクされた。あれ?私にはレジナスさんがいるって聞いたはずなのにやっぱり女将さんの話は耳に届いていなかったらしい。
女将さんも肩を落としてため息をついている。
「ホントごめんユーリちゃん。あいつ、あんなだけど狩りは上手くて獲物が少ない時期には他の町に傭兵で行ったりもするくらい腕は確かだから、今年も楽に次の競技まで進むと思うけど・・・」
なるほど、こんな田舎町で腕のいい猟師な上に傭兵までこなすなら確かに実力はあり稼ぎもいいだろう。
そりゃモテるし人気者になるし本人も調子に乗るよね、と納得した。すると女将さんが
「でも毎年ハンスだけがダントツで優勝してもつまらないからね、今年はその辺もちゃんと考えてるから!」
と謎の気合いを入れている。そんな女将さんと一緒にご飯やおやつを食べたり、子供たちの相手をしたりしていると町の神殿に備え付けの鐘が鳴った。
狩りの競技終了の合図らしく、続々と参加者達が戻ってくる。
例のハンスさんも自分の取り巻きらしき三人と一緒に戻って来たけど、悔しそうに
「くっそー!おかしいなぁ、なんで今日に限ってイノシシやクマみたいな大物がいないんだ?」
「だよな、この間下見に来た時はイノシシがいたんだけど・・・おかしいなあ」
「なんとかシカだけでも獲れて良かったな!」
なんて言っていて、ハンスさんはシカを一頭にウサギを二羽、他の三人もそれぞれウサギや鳥を数羽ずつ携えている。
それを見た女将さんは
「おや、ハンスにしては珍しく不猟だわ。これじゃダントツで優勝どころか最後の弓矢勝負まで勝敗は分からないね。面白くなって来た!」
とほくそ笑んでいる。猟果が大体同じくらいだったらやっぱり最後の弓矢競争まで勝負はもつれ込むらしい。
「今年の花女神様はずいぶん美人だしね。なぜか大物の獲物がいなかったせいもあるけどみんな張り切って狩りに精を出したから、ここで脱落する人はいつもより少ないみたいだよ」
さっきから視線を感じるのは気のせいじゃなかったらしく、森から戻ってくる腕自慢大会の参加者はみんな私の方をちらちら見たり獲ってきた獲物を掲げてアピールしたりしている。
・・・どうみてもみんな私から花冠を貰うだけじゃなくてそれ以上の何か・・・それこそ祝福のキスみたいなものを期待していそうな眼差しなんだけど。
そんなことになったらそれ見たことかとレジナスさんに言われてしまう。ていうか、レジナスさんはそれを黙って見ているだろうか。
私に獲物をアピールする人達に作り笑顔で手を振りながらそんなことを考えていたら、女将さんが
「そんなに困った顔しなくても大丈夫!今年の腕自慢大会は最後の弓矢勝負に花女神様に強力な守り神役を用意したからねぇ‼︎」
うふふとまた含み笑いをされた。
「花女神の守り神ですか?」
護衛みたいなものだろうか。
「うん、そう!毎年ハンスがあっさりと優勝をさらっていくばっかりじゃつまらないしね。勝ち抜いた奴らで花女神様の守り神に弓矢勝負を挑んで、それに勝った人が優勝だよ。」
「それ、守り神役の人がみんなに勝ったらどうなるんですか?」
「そりゃあその守り神役の人の優勝よ。見事女神様を守りきったってことでユーリちゃんはその人に花冠をあげて祝福してね!」
「はぁ・・・」
どうやら女将さんを始めとした町の人達はお祭りを盛り上げるために、例年通りハンスさんが簡単に優勝しないよう対抗馬を用意したらしい。
なるほど考えたなあと感心していたら壇上の椅子に座る私の左手前に、お祭りの進行役らしい人に促されてハンスさんを始めとした七人ほどの若い人達がずらりと並んだ。
おそらく狩りの結果、最後の弓矢勝負まで勝ち進んだ人達だろう。
みんなこれからの勝負に備えて弓矢用の革手袋や小手、胸当てなどをつけている。
「こんなに勝ち残ってちゃオレが目立たねぇよ」
なんてハンスさんが愚痴っているので、やっぱり今年の狩りは大物が獲れなかったせいで接戦だったらしい。
そして最後の弓矢勝負は単純だ。
各々に三本ずつ与えられる矢を順番に射っていき、その的も段々と遠い距離のものになっていく中で、一番正確に的を射抜いた人が優勝だという説明を進行役の人がしている。
「ー・・・さらに今年は、例年以上に見目麗しい花女神様を守るために、その守り神が若者達の前に立ちはだかる!美しい女神様の祝福の口付けを見事勝ち取るには恐ろしい守り神を倒さないといけないって寸法だ‼︎」
進行役の人の口上に集まっている町の人達がわああ、と盛り上がってるけど。
いやちょっと待って!今あの人、口付けって言ったよね?
やっぱり花冠だけじゃないんだ⁉︎
ぽかんとしている私の前ではハンスさん達参加者が
「守り神役って誰か他の町の奴を雇ったのか?この町じゃハンス以上の腕前の奴はいないよな?」
「だれが来ても絶対勝つ!」
なんて気合いを入れている。そこで進行役の人が
「さあ、女神様を守り若者たちの前に立ちはだかる守り神の登場だ!」
とさっと手を差し示して合図をした。みんながその手の先を注目する。
それは私の座る先の右斜め前・・・ちょうどハンスさん達が立っている場所の対面に当たるところで、いつの間にか簡易カーテンが設置されている場所だった。
さっきからなんだろうって気になってたんだよね。まさか守り神役の人の登場のために作った演出用のカーテンだとは思わなかった。
進行役の人の合図でカーテンの両脇に立つ町の人がロープを引けば、カーテンはスルスル上がって・・・そこに立っていたのはどう見てもレジナスさんだった。
「え?なんで?」
今日二度目のぽかんとした顔でまじまじと見つめる。
何を考えているのか謎な無表情でいつもの騎士らしい周りを警戒する威圧的な気配も消している。
剣は持っていないし肩に無造作に弓矢を担いでいるだけのその姿は二の腕をまくり上げた薄手のシャツに黒いズボン、ブーツというまるでその辺を散歩していたついでに立ち寄ったかのような出立ちで女神様の守り神というにはかなり地味だ。
だからなのかハンスさん達が
「なんだ、図体がデカいだけで陰気な奴だな。」
「指が太すぎて弓矢をうまくつがえないんじゃないか?」
「体の大きさだけで選ばれて近くの村か町から賑やかしに連れて来ただけの奴か?見ろ、弓をあんなに適当に担いでいるなんて素人に違いない」
「おいおい、革手袋も防具も胸当ても付けてないぞ?弓を射ったことはないのか。大丈夫か?」
なんて好き放題言っているけど。
いやいや、あなた達の目の前にいるのは国一番の騎士で高い空を飛ぶ鴨も一瞬で正確に射落とす人ですよ?
知らないって怖い・・・。レジナスさんとハンスさん達の間でどうしようと私はうろうろと視線を彷徨わせる。
だけど宿屋の女将さんと司会役の人はそんな人の気も知らずに、サプライズが成功してこれで祭りが盛り上がるとばかりに喜んでハイタッチをしているのだった。
花女神をやると言った私の側にいると、あの大きな体では普通の田舎町の人達には圧があり過ぎると思ったのか、どこかに姿を消したままだけど。
でもまあ、どこかで見ていてくれるならレジナスさんも楽しんでくれるようにせめて笑顔だけは振りまいて楽しい雰囲気作りに努めようかな?
さっきのハンスさんとやらには驚いたけど、気を取り直して子供たちに手を振る。
そうしていたら私たちが泊まっている宿の女将さんがまたやって来た。
「いやごめんねユーリちゃん。ハンスは悪い奴じゃないんだけど街の若者たちの間の中心みたいな奴で、ちょっと調子に乗りやすいのがねぇ・・・。一応ユーリちゃんには旦那がいるって言ったけど聞いてるんだかいないんだか」
呆れたようにしながらもさっきの出来事を謝ってくれた。
「いえ、大丈夫ですよ!それより手に持っているのは何ですか?」
やって来た女将さんの持っている籠が気になると指摘すれば、これ?とにっこり笑顔を見せる。
「ユーリちゃんの昼食だよ。狩りが終わるのを待つ間に一緒に食べちゃおう、時間はたっぷりあるからね!」
やった。どうやら宿の食堂の料理らしいけど昨日もすごくおいしかった。
嬉々として食べていれば女将さんに「すごくおいしそうに食べるね」と喜ばれ、どうやら狩りの競い合いで森へ入るところだったらしいハンスさんにも
「いい食べっぷりだなあ、そういう女は好きだぜ!見てな、大物を獲ってきてアンタに捧げて最後の弓矢勝負を待たずにダントツで優勝してやるよ!」
とウインクされた。あれ?私にはレジナスさんがいるって聞いたはずなのにやっぱり女将さんの話は耳に届いていなかったらしい。
女将さんも肩を落としてため息をついている。
「ホントごめんユーリちゃん。あいつ、あんなだけど狩りは上手くて獲物が少ない時期には他の町に傭兵で行ったりもするくらい腕は確かだから、今年も楽に次の競技まで進むと思うけど・・・」
なるほど、こんな田舎町で腕のいい猟師な上に傭兵までこなすなら確かに実力はあり稼ぎもいいだろう。
そりゃモテるし人気者になるし本人も調子に乗るよね、と納得した。すると女将さんが
「でも毎年ハンスだけがダントツで優勝してもつまらないからね、今年はその辺もちゃんと考えてるから!」
と謎の気合いを入れている。そんな女将さんと一緒にご飯やおやつを食べたり、子供たちの相手をしたりしていると町の神殿に備え付けの鐘が鳴った。
狩りの競技終了の合図らしく、続々と参加者達が戻ってくる。
例のハンスさんも自分の取り巻きらしき三人と一緒に戻って来たけど、悔しそうに
「くっそー!おかしいなぁ、なんで今日に限ってイノシシやクマみたいな大物がいないんだ?」
「だよな、この間下見に来た時はイノシシがいたんだけど・・・おかしいなあ」
「なんとかシカだけでも獲れて良かったな!」
なんて言っていて、ハンスさんはシカを一頭にウサギを二羽、他の三人もそれぞれウサギや鳥を数羽ずつ携えている。
それを見た女将さんは
「おや、ハンスにしては珍しく不猟だわ。これじゃダントツで優勝どころか最後の弓矢勝負まで勝敗は分からないね。面白くなって来た!」
とほくそ笑んでいる。猟果が大体同じくらいだったらやっぱり最後の弓矢競争まで勝負はもつれ込むらしい。
「今年の花女神様はずいぶん美人だしね。なぜか大物の獲物がいなかったせいもあるけどみんな張り切って狩りに精を出したから、ここで脱落する人はいつもより少ないみたいだよ」
さっきから視線を感じるのは気のせいじゃなかったらしく、森から戻ってくる腕自慢大会の参加者はみんな私の方をちらちら見たり獲ってきた獲物を掲げてアピールしたりしている。
・・・どうみてもみんな私から花冠を貰うだけじゃなくてそれ以上の何か・・・それこそ祝福のキスみたいなものを期待していそうな眼差しなんだけど。
そんなことになったらそれ見たことかとレジナスさんに言われてしまう。ていうか、レジナスさんはそれを黙って見ているだろうか。
私に獲物をアピールする人達に作り笑顔で手を振りながらそんなことを考えていたら、女将さんが
「そんなに困った顔しなくても大丈夫!今年の腕自慢大会は最後の弓矢勝負に花女神様に強力な守り神役を用意したからねぇ‼︎」
うふふとまた含み笑いをされた。
「花女神の守り神ですか?」
護衛みたいなものだろうか。
「うん、そう!毎年ハンスがあっさりと優勝をさらっていくばっかりじゃつまらないしね。勝ち抜いた奴らで花女神様の守り神に弓矢勝負を挑んで、それに勝った人が優勝だよ。」
「それ、守り神役の人がみんなに勝ったらどうなるんですか?」
「そりゃあその守り神役の人の優勝よ。見事女神様を守りきったってことでユーリちゃんはその人に花冠をあげて祝福してね!」
「はぁ・・・」
どうやら女将さんを始めとした町の人達はお祭りを盛り上げるために、例年通りハンスさんが簡単に優勝しないよう対抗馬を用意したらしい。
なるほど考えたなあと感心していたら壇上の椅子に座る私の左手前に、お祭りの進行役らしい人に促されてハンスさんを始めとした七人ほどの若い人達がずらりと並んだ。
おそらく狩りの結果、最後の弓矢勝負まで勝ち進んだ人達だろう。
みんなこれからの勝負に備えて弓矢用の革手袋や小手、胸当てなどをつけている。
「こんなに勝ち残ってちゃオレが目立たねぇよ」
なんてハンスさんが愚痴っているので、やっぱり今年の狩りは大物が獲れなかったせいで接戦だったらしい。
そして最後の弓矢勝負は単純だ。
各々に三本ずつ与えられる矢を順番に射っていき、その的も段々と遠い距離のものになっていく中で、一番正確に的を射抜いた人が優勝だという説明を進行役の人がしている。
「ー・・・さらに今年は、例年以上に見目麗しい花女神様を守るために、その守り神が若者達の前に立ちはだかる!美しい女神様の祝福の口付けを見事勝ち取るには恐ろしい守り神を倒さないといけないって寸法だ‼︎」
進行役の人の口上に集まっている町の人達がわああ、と盛り上がってるけど。
いやちょっと待って!今あの人、口付けって言ったよね?
やっぱり花冠だけじゃないんだ⁉︎
ぽかんとしている私の前ではハンスさん達参加者が
「守り神役って誰か他の町の奴を雇ったのか?この町じゃハンス以上の腕前の奴はいないよな?」
「だれが来ても絶対勝つ!」
なんて気合いを入れている。そこで進行役の人が
「さあ、女神様を守り若者たちの前に立ちはだかる守り神の登場だ!」
とさっと手を差し示して合図をした。みんながその手の先を注目する。
それは私の座る先の右斜め前・・・ちょうどハンスさん達が立っている場所の対面に当たるところで、いつの間にか簡易カーテンが設置されている場所だった。
さっきからなんだろうって気になってたんだよね。まさか守り神役の人の登場のために作った演出用のカーテンだとは思わなかった。
進行役の人の合図でカーテンの両脇に立つ町の人がロープを引けば、カーテンはスルスル上がって・・・そこに立っていたのはどう見てもレジナスさんだった。
「え?なんで?」
今日二度目のぽかんとした顔でまじまじと見つめる。
何を考えているのか謎な無表情でいつもの騎士らしい周りを警戒する威圧的な気配も消している。
剣は持っていないし肩に無造作に弓矢を担いでいるだけのその姿は二の腕をまくり上げた薄手のシャツに黒いズボン、ブーツというまるでその辺を散歩していたついでに立ち寄ったかのような出立ちで女神様の守り神というにはかなり地味だ。
だからなのかハンスさん達が
「なんだ、図体がデカいだけで陰気な奴だな。」
「指が太すぎて弓矢をうまくつがえないんじゃないか?」
「体の大きさだけで選ばれて近くの村か町から賑やかしに連れて来ただけの奴か?見ろ、弓をあんなに適当に担いでいるなんて素人に違いない」
「おいおい、革手袋も防具も胸当ても付けてないぞ?弓を射ったことはないのか。大丈夫か?」
なんて好き放題言っているけど。
いやいや、あなた達の目の前にいるのは国一番の騎士で高い空を飛ぶ鴨も一瞬で正確に射落とす人ですよ?
知らないって怖い・・・。レジナスさんとハンスさん達の間でどうしようと私はうろうろと視線を彷徨わせる。
だけど宿屋の女将さんと司会役の人はそんな人の気も知らずに、サプライズが成功してこれで祭りが盛り上がるとばかりに喜んでハイタッチをしているのだった。
応援ありがとうございます!
1
お気に入りに追加
1,840
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる