621 / 788
番外編
なごり雪 17
レジナスさんの胸元で暖まりながらいつの間にか眠り込み、ふと目が覚めればそこはダーヴィゼルドでお世話になっている寝室のベッドの上だった。
着ているものが夜着に変わっているあたり、きっとシンシアさんが着替えさせてくれたに違いない。
「・・・そういえば夕食も食べずに寝ちゃいましたね」
毎日ご馳走になっているダーヴィゼルド産の乳牛から採れる、濃厚な牛乳を利用したチーズやバターをふんだんに使った料理はすごくおいしいのに。
一食だけでも食べ損ねたのが残念・・・と思いながら起き上がって、まだ薄暗い室内を窓辺へと歩み寄って外を確かめる。
濃紺の天上にはまだ星がいくつも輝いているけど、その空の端が僅かに明るい青色に変わりかけているのを見ると真夜中と言うよりは夜明け前だろうか?
そんな事を考えていたら寝室の扉が静かに開いた。
「おや、起きられていましたか」
「シェラさん!」
いつものかっちりした隊服ではなくくつろいだシャツ姿のシェラさんがその手に毛布のようなものを携え、その顔に密やかな笑みを浮かべて入って来た。
「よくお眠りのようでしたが今朝はいくぶん冷えそうでしたので、寒さでお休みを邪魔しないように薄手の毛布を一枚追加しようと思っていたのですが・・・」
その前にお目覚めになられてしまったようですね。そう言いながら手にしていた毛布で立ったまま頭からすっぽりとくるまれてしまった。
「今は夜明け前ですか?変な時間に寝ちゃったんで早起きし過ぎたみたいです。ていうか、シェラさんはなんでこんな時間に起きてるんですか?」
「ユーリ様がお休みになるとオレもすることがないもので。ですから昨夜はオレもすぐに休ませてもらったんですよ。その分今朝は早めに起きてユーリ様のご様子を見てから早朝訓練でもしようかと思っておりました。」
私の様子を見るってことは、また人の寝顔を勝手に見ていこうとしていたってことだ。
頭から被せられた毛布の間からじろりと見れば、素知らぬ顔で「ところでお腹は空いておりませんか?」と聞かれる。
ご飯で話を逸らそうって魂胆だな?と分かりつつ、空腹には勝てない。実際、昨日の夜から一食抜いている状態だし。
「お腹は空いてますけど・・・」
食い意地に負けて渋々そう言えば嬉しそうな物凄く良い笑顔を見せられた。
「では前回と同じように、朝焼けの景色を見ながら朝食にいたしましょう。前のように冬の冴え冴えと澄んだ空気の中で景色を眺めながら温かい飲み物を飲むのも良いですが、初夏の爽やかな朝に外で食べる朝食も格別ですよ。」
「シェラさんて本当に私の食欲をそそるのが上手ですよね・・・。そんな誘われ方をされたら行かないわけにいかないじゃないですか。」
「お褒めに預かり光栄です。何しろオレはユーリ様を誘惑するのに全力を傾けておりますからね、努力が報われたようで何よりです。」
いや、それは誘惑っていうより餌付けでは・・・?と疑問に思っている私に、シェラさんは大袈裟なほど丁寧に手を取ってその甲に口付ける。
「朝食用のドレスと暖かい上着を出しておきますので、恐れ入りますがご自身での着替えをお願いしてもよろしいですか?その間に厨房へ行って朝食を準備させてまいりますので。」
また私と朝焼けを見ると決めたシェラさんはうきうきとドレスを出し、私の顔を拭き簡単に髪を整えながらそんな事を言う。
そうやって薄暗い中でも手際良くあっという間に音も立てずに世話をされながら、
「そうだ、ついでにレジナスさんも呼んできますか?レジナスさんも早朝訓練でそろそろ起きてくるかも・・・」
レジナスさんにもダーヴィゼルドのあの綺麗な朝日を見せてあげたいと自分の思いつきを話せば
「ではあの男が起きてきた時に、オレ達は塔の屋上にいると伝えてもらえるようエルに頼んでおきましょう。」
髪を櫛削る鏡越しに目を合わせられてそうにっこり微笑まれた。
「え?いや、起こしてこないんですか?」
「レジナスも昨夜はユーリ様がお眠りになるまで側にいて、その後にダーヴィゼルドの騎士団の指導をして遅くに休んだようですので。ゆっくり休ませてやりましょう。それに爽やかな初夏の早朝と朝日の輝きにも勝るユーリ様の美しさを堪能するのにあの男の恐ろしく無愛想な顔の似合わないことと言ったら・・・ああ、失礼。」
「いやホント失礼ですよ⁉︎」
わざとらしく言葉尻を切ったシェラさんを注意する。つまりは私と二人だけで昇る朝日を眺めたいというわけだ。
「まあレジナスのことです、どうせすぐにオレ達の気配が近くにないことに気付いて起きて来ますから気にすることはありません。」
注意されてもちょっと肩をすくめただけで「あの男の獣じみた野生の勘を舐めてはいけません」なんてシェラさんは言ってるけど、褒めてるんだかけなしてるんだかよく分からない。
「ですからさあ、早く屋上へ行って二人だけで先に景色を楽しみましょう」
挙げ句の果てにそんな本音を漏らしたシェラさんに急かされて、結局レジナスさんには声をかけずに二人だけで前回も朝焼けを見た場所へと向かった。
するとそこにはすでにレース編みのテーブルクロスがかかった小さなテーブルと椅子が「二人分だけ」準備されていて、ランプに照らさられているそのテーブルの上には所狭しとおいしそうな料理が乗っていた。
「まだ少し冷えますが、用意した料理がすぐに冷めてしまうほどの寒さではないのでおいしく召し上がれるはずですよ。」
そう促されて座ればまだゆっくりと湯気の立ち上るふわふわのオムレツや焼きたてのいい匂いのするパンを目の前に勧めてくる。
「おいしそう・・・!」
一食抜きの空腹感に耐えられず、さっそく一口食べたオムレツからは途端に濃厚な卵の風味にバターの芳醇な香りとクリーミーな味が口の中いっぱいに広がった。それに溶けたチーズの味も。ふわふわで温かいチーズ入りオムレツ、最高。
「やっぱりダーヴィゼルドの乳製品はおいしいですね!」
その美味しさを噛み締めるように言えば、正面に座っているシェラさんは目を細めて嬉しそうにしている。
「トランタニア領に整備したユーリ様の牧場でも早くこのレベルの乳製品が安定して取れるようになれば良いのですが。そうすれば毎日ユーリ様のこのような笑顔を朝から堪能できるというのに・・・。さあ、こちらのパイ包みもどうぞ。バターをたっぷりと使って折り込んだ生地はさっくりと軽やかで、かつ濃厚なバターのコクも感じられて美味しいですよ。」
話しながらまた別の料理を勧められ、更には昨日私が加護を付けて実らせたばかりのイチゴを使ったイチゴ牛乳まで出して来た。
「え?昨日の今日で?一体いつの間に・・・」
ダーヴィゼルドの牛さんの、ジャージー牛みたいに濃厚で甘いミルクにあの大粒で甘い果汁たっぷりのイチゴはすごく合っていて美味しいけども。
聞けば山を降りる前にニーヴェ様に話してヒルダ様への献上用にあのイチゴを分けてもらっていたらしい。
その時、私の朝食に出すために献上用に採ったイチゴとは別に更に取り分けておいたとか。
「じゃあすでに結構な数のイチゴを採ったんですね?」
「ですが採取し終えて見た時には、すでにまた小さなイチゴが実り始めていましたので、あの分では今日にでもまた新しいイチゴが熟していそうでしたよ。」
そんなに早いんだ?マールの町で作った果物よりも成長が早い気がする。
「元の姿を取り戻した私にエリス様から返してもらったイリューディアさんの力がきちんと循環して働いた結果なのかな?それとも治癒能力がついていない、ただ美味しさにだけ注力した加護を付けた結果成長が早まるようになったのかな・・・?」
謎である。こういうのを調べるのはシグウェルさんの領分だけど、調査のためにあのイチゴを口にするシグウェルさんの姿を想像すると・・・。
あの大きくて甘い真っ赤なイチゴを食べる氷の美貌で無表情なシグウェルさんってもの凄く変な感じがする。全然似合わない。
いっそ似合わないついでにイチゴそのものだけでなくこのイチゴ牛乳やイチゴのショートケーキにムース、イチゴジャムをたっぷり乗せたスコーンなんかの甘味尽くしの女子会みたいなテーブルを目の前にしているシグウェルさんをちょっと見てみたい気がした。
本人には何の嫌がらせだ?って嫌そうな顔をされそうだけど王都に帰ったらやってみようかな。
そんな事を考えていたら、目の前のシェラさんに
「・・・ああ、見てくださいユーリ様。見事な朝焼けですよ。」
そう声をかけられた。
いつの間にか、薄暗い中でその明るさを主張していたランプの灯りは明るくなり始めた早朝の中でその存在感を無くしていてランプなしでも手元の朝食はよく見えている。
眩しげにあの金色の瞳を細めて横を見つめているシェラさんにつられてその視線の先を追えば、なるほど確かにゆっくりと太陽が昇り始めていた。
空の色も濃紺から薄水色に変わり淡いピンク色やオレンジ色もそこに入り混じり始めている。
手元にも日の光が差し込んでくるとほのかな暖かさに包まれる。思わず、
「綺麗ですねぇ・・・」
そうぽつりと漏らせば
「その朝日に照らされて黒絹のように美しく輝く髪の毛に縁取られたお顔の中で一段と増した煌めきを見せるユーリ様の瞳ほど、この世の何よりも綺麗なものはありませんけどね。」
こちらに向き直ったシェラさんににっこり微笑まれてそう言われた。
「い、いや私なんかよりもシェラさんの方こそ金色の目が朝日に反射してキラキラ輝いているのが綺麗だと思いますけど?」
また誉め殺しにあってしまったので、お返しにこちらからも反撃してみた。シェラさんに比べて語彙力に乏しいのが悲しいところだけども。
するとその金色の瞳をパチパチと瞬いたシェラさんは
「・・・まさかユーリ様にそのようなお言葉をいただけるとは。前回ダーヴィゼルドを訪れて同じような景色を見たのはそう昔のことではありませんのに、あの頃の関係に比べると随分と遠いところまで辿り着いたような気になります。」
なぜか爽やかな朝には不釣り合いなあの色気ダダ漏れの艶やかな笑顔を見せられた。
いやこれくらいの褒め言葉、前の私でも言うと思うけど・・・?
不思議そうにした私の言いたいことが分かったのか、
「おや、ご自分が今どんなお顔でオレを褒められたのかお分かりになっていないようですね?」
と返された。え?
「ほのかに照れたようにはにかみながら上目遣いで仰られたその有り様は、以前なら屈託なく無邪気な笑顔を浮かべながら同じ事を言われていたことでしょう。その態度の違いこそが、前と今とでオレに対するユーリ様のお気持ちが変わっていることの証明ですよ。」
「私、そんな顔して今話してました⁉︎」
ちょっと恥ずかしいとは思ったけどそんな顔してたつもりは全くないんですけど。
シェラさんの気持ちを受け入れて自分も好意を持ったからこそ、前との違いが態度に出ていると当の本人に指摘されるとは。
自覚がないだけに恥ずかしいことこの上ない。
「は、恥ずかし・・・絶対そんな事ないと思うんだけどなあ・・・」
思わず両手を頬に当て、ぐにぐにとマッサージするように揉んでいればシェラさんにその手を取られた。
「お顔を痛めますからおやめ下さい。」
と、そのまま重ねられた手で顔を固定されると口付けられた。
「⁉︎」
呆気に取られて唇が重なったまま見つめれば、面白そうに・・・そして愛しげにあの金色の瞳が至近距離で細められている。
「オレのことをお褒めいただいたお礼です」
両手で頬を挟まれたまま、ゆっくりと離された唇で息がかかるほど近い距離で密やかに内緒話をするように甘い声でそう囁かれる。
「な、な・・・!」
今度こそ顔が赤くなった気がする。だけどびっくりし過ぎて言葉の出てこない私にお構いなしのシェラさんは平然と
「一度ではこの嬉しい気持ちは到底伝えきれないのでもう一度してもよろしいですか?」
そう言ってまだ私の頬を捉えたまま離さない。と、突然背後でバタン、と大きく扉の開いた音がした。
シェラさんに固定されたままなので実際は身動きできないし振り向けなかったけど、その音に飛び上がるほど驚く。何ごと⁉︎
するとシェラさんの、「せっかくいい雰囲気でしたのに・・・」という残念そうな呟きに被せて
「朝焼けを楽しみながら朝食を食べるとエルから聞いていたのは俺の聞き間違いだったか?」
と咎めるように言うレジナスさんの声がした。
着ているものが夜着に変わっているあたり、きっとシンシアさんが着替えさせてくれたに違いない。
「・・・そういえば夕食も食べずに寝ちゃいましたね」
毎日ご馳走になっているダーヴィゼルド産の乳牛から採れる、濃厚な牛乳を利用したチーズやバターをふんだんに使った料理はすごくおいしいのに。
一食だけでも食べ損ねたのが残念・・・と思いながら起き上がって、まだ薄暗い室内を窓辺へと歩み寄って外を確かめる。
濃紺の天上にはまだ星がいくつも輝いているけど、その空の端が僅かに明るい青色に変わりかけているのを見ると真夜中と言うよりは夜明け前だろうか?
そんな事を考えていたら寝室の扉が静かに開いた。
「おや、起きられていましたか」
「シェラさん!」
いつものかっちりした隊服ではなくくつろいだシャツ姿のシェラさんがその手に毛布のようなものを携え、その顔に密やかな笑みを浮かべて入って来た。
「よくお眠りのようでしたが今朝はいくぶん冷えそうでしたので、寒さでお休みを邪魔しないように薄手の毛布を一枚追加しようと思っていたのですが・・・」
その前にお目覚めになられてしまったようですね。そう言いながら手にしていた毛布で立ったまま頭からすっぽりとくるまれてしまった。
「今は夜明け前ですか?変な時間に寝ちゃったんで早起きし過ぎたみたいです。ていうか、シェラさんはなんでこんな時間に起きてるんですか?」
「ユーリ様がお休みになるとオレもすることがないもので。ですから昨夜はオレもすぐに休ませてもらったんですよ。その分今朝は早めに起きてユーリ様のご様子を見てから早朝訓練でもしようかと思っておりました。」
私の様子を見るってことは、また人の寝顔を勝手に見ていこうとしていたってことだ。
頭から被せられた毛布の間からじろりと見れば、素知らぬ顔で「ところでお腹は空いておりませんか?」と聞かれる。
ご飯で話を逸らそうって魂胆だな?と分かりつつ、空腹には勝てない。実際、昨日の夜から一食抜いている状態だし。
「お腹は空いてますけど・・・」
食い意地に負けて渋々そう言えば嬉しそうな物凄く良い笑顔を見せられた。
「では前回と同じように、朝焼けの景色を見ながら朝食にいたしましょう。前のように冬の冴え冴えと澄んだ空気の中で景色を眺めながら温かい飲み物を飲むのも良いですが、初夏の爽やかな朝に外で食べる朝食も格別ですよ。」
「シェラさんて本当に私の食欲をそそるのが上手ですよね・・・。そんな誘われ方をされたら行かないわけにいかないじゃないですか。」
「お褒めに預かり光栄です。何しろオレはユーリ様を誘惑するのに全力を傾けておりますからね、努力が報われたようで何よりです。」
いや、それは誘惑っていうより餌付けでは・・・?と疑問に思っている私に、シェラさんは大袈裟なほど丁寧に手を取ってその甲に口付ける。
「朝食用のドレスと暖かい上着を出しておきますので、恐れ入りますがご自身での着替えをお願いしてもよろしいですか?その間に厨房へ行って朝食を準備させてまいりますので。」
また私と朝焼けを見ると決めたシェラさんはうきうきとドレスを出し、私の顔を拭き簡単に髪を整えながらそんな事を言う。
そうやって薄暗い中でも手際良くあっという間に音も立てずに世話をされながら、
「そうだ、ついでにレジナスさんも呼んできますか?レジナスさんも早朝訓練でそろそろ起きてくるかも・・・」
レジナスさんにもダーヴィゼルドのあの綺麗な朝日を見せてあげたいと自分の思いつきを話せば
「ではあの男が起きてきた時に、オレ達は塔の屋上にいると伝えてもらえるようエルに頼んでおきましょう。」
髪を櫛削る鏡越しに目を合わせられてそうにっこり微笑まれた。
「え?いや、起こしてこないんですか?」
「レジナスも昨夜はユーリ様がお眠りになるまで側にいて、その後にダーヴィゼルドの騎士団の指導をして遅くに休んだようですので。ゆっくり休ませてやりましょう。それに爽やかな初夏の早朝と朝日の輝きにも勝るユーリ様の美しさを堪能するのにあの男の恐ろしく無愛想な顔の似合わないことと言ったら・・・ああ、失礼。」
「いやホント失礼ですよ⁉︎」
わざとらしく言葉尻を切ったシェラさんを注意する。つまりは私と二人だけで昇る朝日を眺めたいというわけだ。
「まあレジナスのことです、どうせすぐにオレ達の気配が近くにないことに気付いて起きて来ますから気にすることはありません。」
注意されてもちょっと肩をすくめただけで「あの男の獣じみた野生の勘を舐めてはいけません」なんてシェラさんは言ってるけど、褒めてるんだかけなしてるんだかよく分からない。
「ですからさあ、早く屋上へ行って二人だけで先に景色を楽しみましょう」
挙げ句の果てにそんな本音を漏らしたシェラさんに急かされて、結局レジナスさんには声をかけずに二人だけで前回も朝焼けを見た場所へと向かった。
するとそこにはすでにレース編みのテーブルクロスがかかった小さなテーブルと椅子が「二人分だけ」準備されていて、ランプに照らさられているそのテーブルの上には所狭しとおいしそうな料理が乗っていた。
「まだ少し冷えますが、用意した料理がすぐに冷めてしまうほどの寒さではないのでおいしく召し上がれるはずですよ。」
そう促されて座ればまだゆっくりと湯気の立ち上るふわふわのオムレツや焼きたてのいい匂いのするパンを目の前に勧めてくる。
「おいしそう・・・!」
一食抜きの空腹感に耐えられず、さっそく一口食べたオムレツからは途端に濃厚な卵の風味にバターの芳醇な香りとクリーミーな味が口の中いっぱいに広がった。それに溶けたチーズの味も。ふわふわで温かいチーズ入りオムレツ、最高。
「やっぱりダーヴィゼルドの乳製品はおいしいですね!」
その美味しさを噛み締めるように言えば、正面に座っているシェラさんは目を細めて嬉しそうにしている。
「トランタニア領に整備したユーリ様の牧場でも早くこのレベルの乳製品が安定して取れるようになれば良いのですが。そうすれば毎日ユーリ様のこのような笑顔を朝から堪能できるというのに・・・。さあ、こちらのパイ包みもどうぞ。バターをたっぷりと使って折り込んだ生地はさっくりと軽やかで、かつ濃厚なバターのコクも感じられて美味しいですよ。」
話しながらまた別の料理を勧められ、更には昨日私が加護を付けて実らせたばかりのイチゴを使ったイチゴ牛乳まで出して来た。
「え?昨日の今日で?一体いつの間に・・・」
ダーヴィゼルドの牛さんの、ジャージー牛みたいに濃厚で甘いミルクにあの大粒で甘い果汁たっぷりのイチゴはすごく合っていて美味しいけども。
聞けば山を降りる前にニーヴェ様に話してヒルダ様への献上用にあのイチゴを分けてもらっていたらしい。
その時、私の朝食に出すために献上用に採ったイチゴとは別に更に取り分けておいたとか。
「じゃあすでに結構な数のイチゴを採ったんですね?」
「ですが採取し終えて見た時には、すでにまた小さなイチゴが実り始めていましたので、あの分では今日にでもまた新しいイチゴが熟していそうでしたよ。」
そんなに早いんだ?マールの町で作った果物よりも成長が早い気がする。
「元の姿を取り戻した私にエリス様から返してもらったイリューディアさんの力がきちんと循環して働いた結果なのかな?それとも治癒能力がついていない、ただ美味しさにだけ注力した加護を付けた結果成長が早まるようになったのかな・・・?」
謎である。こういうのを調べるのはシグウェルさんの領分だけど、調査のためにあのイチゴを口にするシグウェルさんの姿を想像すると・・・。
あの大きくて甘い真っ赤なイチゴを食べる氷の美貌で無表情なシグウェルさんってもの凄く変な感じがする。全然似合わない。
いっそ似合わないついでにイチゴそのものだけでなくこのイチゴ牛乳やイチゴのショートケーキにムース、イチゴジャムをたっぷり乗せたスコーンなんかの甘味尽くしの女子会みたいなテーブルを目の前にしているシグウェルさんをちょっと見てみたい気がした。
本人には何の嫌がらせだ?って嫌そうな顔をされそうだけど王都に帰ったらやってみようかな。
そんな事を考えていたら、目の前のシェラさんに
「・・・ああ、見てくださいユーリ様。見事な朝焼けですよ。」
そう声をかけられた。
いつの間にか、薄暗い中でその明るさを主張していたランプの灯りは明るくなり始めた早朝の中でその存在感を無くしていてランプなしでも手元の朝食はよく見えている。
眩しげにあの金色の瞳を細めて横を見つめているシェラさんにつられてその視線の先を追えば、なるほど確かにゆっくりと太陽が昇り始めていた。
空の色も濃紺から薄水色に変わり淡いピンク色やオレンジ色もそこに入り混じり始めている。
手元にも日の光が差し込んでくるとほのかな暖かさに包まれる。思わず、
「綺麗ですねぇ・・・」
そうぽつりと漏らせば
「その朝日に照らされて黒絹のように美しく輝く髪の毛に縁取られたお顔の中で一段と増した煌めきを見せるユーリ様の瞳ほど、この世の何よりも綺麗なものはありませんけどね。」
こちらに向き直ったシェラさんににっこり微笑まれてそう言われた。
「い、いや私なんかよりもシェラさんの方こそ金色の目が朝日に反射してキラキラ輝いているのが綺麗だと思いますけど?」
また誉め殺しにあってしまったので、お返しにこちらからも反撃してみた。シェラさんに比べて語彙力に乏しいのが悲しいところだけども。
するとその金色の瞳をパチパチと瞬いたシェラさんは
「・・・まさかユーリ様にそのようなお言葉をいただけるとは。前回ダーヴィゼルドを訪れて同じような景色を見たのはそう昔のことではありませんのに、あの頃の関係に比べると随分と遠いところまで辿り着いたような気になります。」
なぜか爽やかな朝には不釣り合いなあの色気ダダ漏れの艶やかな笑顔を見せられた。
いやこれくらいの褒め言葉、前の私でも言うと思うけど・・・?
不思議そうにした私の言いたいことが分かったのか、
「おや、ご自分が今どんなお顔でオレを褒められたのかお分かりになっていないようですね?」
と返された。え?
「ほのかに照れたようにはにかみながら上目遣いで仰られたその有り様は、以前なら屈託なく無邪気な笑顔を浮かべながら同じ事を言われていたことでしょう。その態度の違いこそが、前と今とでオレに対するユーリ様のお気持ちが変わっていることの証明ですよ。」
「私、そんな顔して今話してました⁉︎」
ちょっと恥ずかしいとは思ったけどそんな顔してたつもりは全くないんですけど。
シェラさんの気持ちを受け入れて自分も好意を持ったからこそ、前との違いが態度に出ていると当の本人に指摘されるとは。
自覚がないだけに恥ずかしいことこの上ない。
「は、恥ずかし・・・絶対そんな事ないと思うんだけどなあ・・・」
思わず両手を頬に当て、ぐにぐにとマッサージするように揉んでいればシェラさんにその手を取られた。
「お顔を痛めますからおやめ下さい。」
と、そのまま重ねられた手で顔を固定されると口付けられた。
「⁉︎」
呆気に取られて唇が重なったまま見つめれば、面白そうに・・・そして愛しげにあの金色の瞳が至近距離で細められている。
「オレのことをお褒めいただいたお礼です」
両手で頬を挟まれたまま、ゆっくりと離された唇で息がかかるほど近い距離で密やかに内緒話をするように甘い声でそう囁かれる。
「な、な・・・!」
今度こそ顔が赤くなった気がする。だけどびっくりし過ぎて言葉の出てこない私にお構いなしのシェラさんは平然と
「一度ではこの嬉しい気持ちは到底伝えきれないのでもう一度してもよろしいですか?」
そう言ってまだ私の頬を捉えたまま離さない。と、突然背後でバタン、と大きく扉の開いた音がした。
シェラさんに固定されたままなので実際は身動きできないし振り向けなかったけど、その音に飛び上がるほど驚く。何ごと⁉︎
するとシェラさんの、「せっかくいい雰囲気でしたのに・・・」という残念そうな呟きに被せて
「朝焼けを楽しみながら朝食を食べるとエルから聞いていたのは俺の聞き間違いだったか?」
と咎めるように言うレジナスさんの声がした。
あなたにおすすめの小説
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました【完結】
iru
恋愛
第19回 恋愛小説大賞エントリーしています。ぜひ1票お願いします。
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
最弱白竜ですが、なぜか学園最強の銀竜に番認定されました
斉藤めめめ
恋愛
竜の血を引く者だけが貴族になれるこの世界で、白竜は最も格の低い竜の証。
白竜の男爵令嬢リーゼロッテは、特待生として国内最高峰の王立竜騎学園に入学する。待っていたのは上位貴族からの蔑みと、学園を支配する四人の御曹司「四竜」。
その筆頭、銀竜公爵家の嫡男ルシアンに初日から啖呵を切ったリーゼは、いじめと嫉妬の嵐に巻き込まれていく。
それでも彼女は媚びない、逃げない、折れない。
やがてルシアンはリーゼから目が離せなくなり――
白竜の少女が、学園と王国の運命を変える。
身分差×竜×学園ラブファンタジー、開幕。
王宮地味女官、只者じゃねぇ
宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。
しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!?
王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。
訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ――
さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。
「おら、案内させてもらいますけんの」
その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。
王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」
副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」
ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」
そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」
けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。
王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。
訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る――
これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。
★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。
【完結】竜人が番と出会ったのに、誰も幸せにならなかった
凛蓮月@騎士の夫〜発売中です
恋愛
【感想をお寄せ頂きありがとうございました(*^^*)】
竜人のスオウと、酒場の看板娘のリーゼは仲睦まじい恋人同士だった。
竜人には一生かけて出会えるか分からないとされる番がいるが、二人は番では無かった。
だがそんな事関係無いくらいに誰から見ても愛し合う二人だったのだ。
──ある日、スオウに番が現れるまでは。
全8話。
※他サイトで同時公開しています。
※カクヨム版より若干加筆修正し、ラストを変更しています。
契約結婚から始まる公爵家改造計画 ~魔力ゴミ令嬢は最強魔術師の胃袋をつかみました~
夢喰るか
恋愛
貧乏男爵令嬢エマは、破格の報酬に惹かれて「人食い公爵」と恐れられるヴォルガード公爵邸の乳母に応募する。そこで出会ったのは、魔力過多症で衰弱する三歳のレオと、冷酷な氷の魔術師ジークフリート。前世の保育士経験を持つエマは、自身の「浄化魔力」で作った料理でレオを救い、契約結婚を結ぶことに。エマの温かさに触れ、ジークフリートの凍りついた心は次第に溶けていく。
【完結】能力が無くても聖女ですか?
天冨 七緒
恋愛
孤児院で育ったケイトリーン。
十二歳になった時特殊な能力が開花し、体調を崩していた王妃を治療する事に…
無事に王妃を完治させ、聖女と呼ばれるようになっていたが王妃の治癒と引き換えに能力を使い果たしてしまった。能力を失ったにも関わらず国王はケイトリーンを王子の婚約者に決定した。
周囲は国王の命令だと我慢する日々。
だが国王が崩御したことで、王子は周囲の「能力の無くなった聖女との婚約を今すぐにでも解消すべき」と押され婚約を解消に…
行く宛もないが婚約解消されたのでケイトリーンは王宮を去る事に…門を抜け歩いて城を後にすると突然足元に魔方陣が現れ光に包まれる…
「おぉー聖女様ぁ」
眩い光が落ち着くと歓声と共に周囲に沢山の人に迎えられていた。ケイトリーンは見知らぬ国の聖女として召喚されてしまっていた…
タイトル変更しました
召喚されましたが聖女様ではありません…私は聖女様の世話係です
【完結】転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
気がつけば異世界
蝋梅
恋愛
芹沢 ゆら(27)は、いつものように事務仕事を終え帰宅してみれば、母に小さい段ボールの箱を渡される。
それは、つい最近亡くなった骨董屋を営んでいた叔父からの品だった。
その段ボールから最後に取り出した小さなオルゴールの箱の中には指輪が1つ。やっと合う小指にはめてみたら、部屋にいたはずが円柱のてっぺんにいた。
これは現実なのだろうか?
私は、まだ事の重大さに気づいていなかった。