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山月 春舞《やまづき はるま》

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【PW】AD199905《氷の刃》

凍てつく心臓 3

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   先程までの淡々とした手つきと違い、心臓を両手で持つと測りに乗せ、重さを測り、次に心臓を切開すると梨花の表情は明らかに違和感と疑問に寄って曇っていた。

「何かあったのか?」

   暁がそう聞くと、梨花はゆっくりと頷いた。

「心臓の右心房と左心房の血液の色がね、鮮やかなのとそうじゃないのよ、それに少し凝固もしてる」

「どういう意味だ?」

「簡単言えば、心臓だけが凍死状態って事よ」

   その応えに暁は、言葉を失い。本郷もよくわからないのだろう、明らかに戸惑った表情をしていた。

   多分それは梨花も同じなのだろう、その目には、明らかな動揺が映っていた。

「この時期に凍死なんて有り得るのか?」

  暁がそう聞くと梨花は、微かに頷いた。

「気温と状態にもよるけど0ではない。0に近い可能性だけどね。でも他の部位に凍傷とかの後がないことを考えると、心臓から凍死しているのよ」

「そんな事有り得るのか?」

   その問いにゆっくりと梨花は、首を横に振った振った。

「少なくとも私はそれを知らない」

   思い沈黙が解剖室を包む。
   少しして梨花も元の調子を取り戻し、再度解剖を進め、全てが終わった時には時計の針は10時半を差していた。

   解剖医の医局で改めて暁と本郷は、柿原の解剖結果を聞かされた。

   死因は凍死による心不全との事だった。

   そこで改めて暁と本郷は凍死に対する説明を梨花から受けた。
   本来、凍死とは、体内温度が30度以下にたったした時に起きるもので外から内へと広がっていくものだと言う事、しかし柿原の遺体は内から外へ。つまり心臓が先ず凍死状態になり次に体の機能が停止し死に至ったという事らしい。

   その説明に暁も本郷も言葉を失いただ梨花を見ている事しか出来なかった。
   視線が集まる梨花もまた自分の言葉に信じられないのかその表情は曇っている。

「薬物の使用は?」

   暁がそう聞くと梨花は、曇った表情のまま首を横に振った。

「血液検査で何も異常は見られなかったし、それに注射痕もなかった。そもそも使用していたとしても数時間で効く即効性の高いのならなんらかの異常が血管や他の臓器に見られる筈、なのに一切そんな痕跡が見当たらないからそれは考えにくいかな」

   初めて対面する遺体に梨花もまた戸惑い何がなんだが分からないという様子で、腕を組み小さなため息を漏らすと暁に近づき手を差し出した。

   長年の付き合いからか、梨花の気持ちを察した暁は胸ポケットからタバコを取り出すとライターごと梨花に渡した。

「これを自然死と言えるかわからない、でも殺人として捉えるには方法がわからない、正直今私から言えるのはこれぐらいよ」

   タバコに火をつけ紫煙を吐きながら梨花は、死体検案書を忌々しそうに眺めていた。

   これを自然死と言えるのか?
   梨花のその言葉が頭の中で反芻する、この状況でこれを自然死とは、言えないだけど、殺人と証明できなければ自然とそうなってしまう。

   そう考えた時にフト暁の中にひとつの疑問が浮かんだ。

「もし、これと同じ遺体がもう一体いて、それが岩倉と繋がってたらどうなる?」

   暁の言葉に梨花がいの一番に反応した。

「まさか、竹田もこれと同じ死に方していると?」

「特徴的には同じだ、可能性は0じゃない」

「でも、向こうは事件性無しっと判断されたんでしょ?遺族だって病理解剖を断った、手の出しようがない」

   梨花がそう言うと次に本郷の目が光った。

「だから岩倉との繋がりか!」

   暁はその言葉にゆっくりと頷いた。
   もし、竹田に岩倉との繋がりがあれば同じ様な遺体が発見された事である程度の事件性の証明が出来る事になる、決定打にはまだ弱いが今よりはまだましだと言えた。

「梨花、竹田の遺体は今どこに?」

   暁がそう聞くと梨花は溜息と共に煙を吐いた。

「まだ霊安室、葬儀屋さんとかと連絡取れてない見たいだけど、明日には引取りに来るって話しよ」

   つまり、今日中に岩倉との繋がりを見つけないといけない。

   説得材料はないが…
   暁は、少し思案した後に本郷を一瞥した。

「なんだ?」

   本郷はその視線が何を意味しているのか直ぐに察したのだろう暁を見るその目が一瞬鋭くなった。

「札も許可もない、そして時間も無い、俺がこれからやる手段は結構ヤバいです、だから…」

「単独行動するとか言うつもり無いよな?」

   暁の言葉を遮り、本郷が口元を緩めながら続けた。

   やはり見透かされていた。
   暁は、肩を竦めると梨花に目を向けた。

「竹田の両親の番号教えてくれるか、一応電話しておきたい」

   梨花も暁のその言葉に何かを察したのか小さな溜息を漏らすとデスクに戻り、1枚の紙を取り出すとそっとテーブルに置いた。

   遺体取引の記録書類だ。

「無茶をするのは良いけど、生きていてよね。あと刑務所は勘弁。最低でも懲戒免職ね」

「善処します」

   暁は、直ぐに竹田の母親の携帯番号を打ち込むと本郷に頷き、病院の出入口へ向かった。
   携帯電話のデジタル時計は午前10時が間も無く終わることを告げようとしていた。

   病院の中には、多くの人が行き交っていた。
   暁の視線と足が止まったのは、出入口を出た時だった。

   人混みの中に制服姿の女子高生とスーツ姿の男に目が止まったのだ。
   場所が場所なだけに親子かと思うところだが女子高生は、礼儀正しくスーツ姿の男に頭を下げていた。

   暁が気になったのは、女子高生ではなく、スーツ姿の男の方だった。

   短髪の黒髪に目元に細かい皺。黒縁メガネに愛想のいい笑顔。
   暁は、その男の顔をよく覚えていた。

「どうした?」

   暁の様子が変なのに気づいた本郷は自然とその視線の先を追った。

「知り合いか?」

「警視庁の公安課の男です、確か名前は林(はやし)」

「隣の女子高生は?」

「知りません、でもあの制服…多分白硝子高校のもですね」

   暁達の視線に気づいたのかスーツ姿の男、林の目線が自然とこちらに向いた。
   一瞬見せる本心、暁はその一瞬を見逃さなかった。
   林は、暁に柔和な笑顔を見せてゆっくりと会釈をし、その林の行動に隣に立つ女子高生もまたこちらを見た。

   茶色い髪にクリっとし目、幼い顔立ちなのに何処か大人びた雰囲気に暁は、微妙に違和感を感じた。

   女子高生は、こちらに向かい林に習い会釈をしたかと思うと眉間に皺を寄せて微かに俯くと次は、刺す様な視線で暁を見た。

   女子高生の唇が微かに動き、何かを言っている。

「ダメ…カワスナ…ウケテ」

   気づくと暁は、女子高生の唇の動きを読み反芻していた。

「唇読めるのか?」

「多少ですけど…」

   本郷の言葉に微かに反応出来た暁は、ただ黙ってその女子高生を捉え続けていた。
   何故だろうか、今の言葉は自分に向けられているそんな風に感じてしょうが無いのだ。

   でも何故?そんな疑問から暁は、彼女から目を離せずにいた。

   しかし、女子高生と林は、そんな暁の視線になどお構い無しに病院の中へと消えていった。

「それにしても、警視庁の公安がなんだってこんな病院にそれも女子高生連れ、援交か?」

「それにしては、かなり余所余所しいというか初対面じゃないかってぐらいの距離感でしたけどね」

   本郷の言葉に暁が間も無く応えると本郷は苦笑しながら肩を竦めた。

「お前、冗談通じないってたまに言われない?」

   凄く痛い所を突かれた暁は、口を真一文字に閉じながら少しだけ頷いた。

「たまに言われます…」

   そう応えると本郷は、高笑いしながら暁の背中を叩いた。

「いいね、俺はハムの奴らは嫌いだがお前の事、そんなに嫌いじゃないわ」

   そう言うと本郷は背中を向けて歩き出し、暁はその後に続いた。
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