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山月 春舞《やまづき はるま》

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【PW】AD199905《氷の刃》

向く先

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   どこまでも穏やか空に少しだけ湿気の混ざった風が通り過ぎる。
   ベランダ席から外の風景を眺めながら恵未は、静かに出された紅茶を口にした。
   志木市内の広い民家をリノベーションしたカフェに呼ばれたのはつい先程の事。
   頭の怪我の通院の為に訪れた病院で恵未は、使いの者だと言う青年の男性に呼び止められた。
   坊主頭の彼は、どこか歳不相応な雰囲気で若さゆえの無礼さはなく、どこか洗練された雰囲気を醸し出していた。
   そんな彼に案内されたのは、近所に住んでいる恵未ですら知らなかったこのカフェだった。
   恵未をここに案内してから「しばらくお待ちください」と姿を消してから10分が経過しようとしていた。

「お待たせして申し訳ない」

   少ししてから何処か厳しそうな顔立ちの中年の男性が青年に連れられてベランダ席に現れた。
   恵未は、無言で立ち上がりゆっくりと頭を下げ、中年の男性は、そんな恵未に対して座る様に促し、座るのを確認すると自分もまた目の前の席にゆっくりと座った。

「こんな形で呼び出してしまって申し訳ない。私は文部省で事務次官をしている稗田と言うものです」

   中年の男性、稗田はそう言うと恵未に名刺を差し出した。
   文部省、文部事務次官、稗田 阿徒と書かれている。

「これは、アトと読めば良いんでしょうか?」

   名刺の名前が気になり恵未が聞くと稗田は、ゆっくりと頷いた。

「それで今日はどの様なご要件でしょうか?」

   恵未がそう聞くと稗田は、ゆっくりと息を整えた。

「報告によると貴方は、見識者の様ですが、この見識者という言葉の意味は知らされておりますでしょうか?」

「厳密にはちゃんとした事は知りません。ですが自分の立場と状況鑑みるにどんな人物を指すか分かるので概ね理解していると思って貰って大丈夫だと思います」

「その名前に何か感想ありますか?」

「皮肉ですね、的を得てるから、本当にそう思いますよ」

   恵未がそう応えると稗田は、苦笑いを零した。

「概ねと言うより、しっかりと理解されている様ですね、ならいきなり本題から入らせて頂きますね」

   稗田は、ゆっくりと背筋を伸ばすと静かな眼を恵未に向けた。

「貴方はこれから我々の保護下に入ります。ですが貴方にも多少の仕事はして頂きたいとも思っています」

「仕事と言うには、給料出るでしょうか?」

「勿論、ですが高校生に出すには少し高額になってしまいますので分割の後、貴方が成人したらしっかりと払わせて頂く形になります」

   しっかりと応える稗田に恵未は、苦笑い零してしまった。

「すいません、嫌味のつもりで聞いたのですがそこまでしっかりと応えられると思いませんでした」

   恵未がそう素直に応えると稗田は、目を丸々と広げてから顔をクシャりとさせながら笑った。

「申し訳ない、緊張していて分かってませんでした」

   恵未は、そんな稗田の素直さに何処か安堵し、そして少しだけ気が緩むのがわかった。

「仕事とは、どのような事をすればいいんでしょうか?」

   恵未は、静かにそう聞くと稗田は、ゆっくりと後ろに立つ青年に目を向けた。

「主に彼の様に私の秘書や補佐などをして貰うのですが、先程も言った通り、多少です。どちらかと言えば回せる仕事は少ない。保護下というのはあくまで建前です。貴方が我々に属している、その名分があれば他に同じ様な者達と問題が起きた場合に我々が対処出来る名目がつくというだけの理由なんですよ」

   稗田は、そう言いながら何処か悲しそうに笑った。

「それでは、そちらに何の得も無いと思いますが?」

「いいえ、それで未来は守られます。我々の目的はこの国をこの世界のあり方を出来るだけ守る事だと私は思っています。その為には貴方のような方を1人でも多く守り、そして繋げていく、それが私の出来る事だと思っています」

「もし、私がその先で貴方の思う様な存在にならなかったら?」

「それはそれです。仕方の無い事です」

   何の淀みの無い稗田の応えに恵未は、静かに頷いた。

「出来るだけ、ご期待に添える様に努力します」

   そう言いながらゆっくりと恵未は、深々と稗田に向かい頭を下げると稗田もゆっくりと深々と恵未に向かい頭を下げた。

「こちらこそ、不束な上司になると思いますが宜しく御願いいたします」

   恵未は、そんな稗田の行動に少し感嘆としながら出来るだけそれを表に出さない様に務めた。

「まぁ、自由にしていてください。仕事も都合によっては断って貰っても大丈夫ですから」

   稗田がなおも続けると後ろで青年が咳払いをひとつした。
   稗田は、少し肩を竦め、苦笑しながら恵未を見た。

「私自身この様に秘書によく窘められるので」

   そんな一言に恵未は、堪えきれずにクスリと笑ってしまった。

「余程信頼されてるんですね」

   恵未の素直な感想に稗田は、少しだけ頬を掻きながら青年の方をむくと「そう?」っと聞くかのように首を横に傾けた。その行動に青年からは盛大な溜息が返ってきた。

「どうやら違うみたいです」

   稗田が苦笑いのまま恵未の方に向き直して応えると青年はまた溜息を漏らした。

「そういう意味ではなく。そういうのをわざわざ確認しないでくださいって意味です」

   堪らず応えた青年の苦言が聞こえ、その言葉に稗田も恵未もそして気づけば青年も声を出して笑ってしまった。

   暫くして稗田は、立ち上がり次の仕事があると言って青年と共にカフェを後にした。
   その時、「彼と話したいならここにかけてください」っと言いながら1枚の携帯番号が書かれた紙と1台の携帯電話を置いていった。

   携帯電話は、稗田と連絡する為の道具で番号は恵未が話したい人物の番号が書かれていた。

   稗田が店を出るのを確認すると恵未は、迷うこと無く携帯電話を使いその番号にコールした。

『はい』

   数回のコール音の後に気軽な様子で男性の声が聞こえた。

「私が誰だかわかる?」

『新人さんだろ?』

「まぁそうね、あんたに聞きたいことがあるだけど?」

   恵未がそう言うと受話器の向こうで「あぁ~」っと言う返事と共に何処かに移動する音が聞こえた。

『蓮海(はすみ)の事だろ?』

   その名前に恵未の心がざわついた。

「何で貴方が蓮海さんの事知ってるの?」

   その問いに向こうは少し無言の後にゆっくりと呟いた。

『一応、元旦那だからな、アイツの…』

「なら…貴方が…ハルさん…」

『あぁ…アンタの事は前から蓮海に頼まれてたからな、良い子なんだけど1人でも色々抱えちゃうから出来るなら助けて上げて欲しいって』

   その内容に恵未の喉がキュッと閉まるのを感じた。

「だから岩倉を殺すのを止めたの?」

『あぁ、あの岩倉は殺しても何の意味が無いからな、今の蓮海とも関係無いし』

「なんで?アイツはあの後病院に入院してた、もしかしたら私達と同じ様に…」

『いんや、アイツの魂は死んだよ』

「なんでそんなこと分かるのよ?」

『俺が殺したからだよ』

「でも、病院に入院してたじゃない」

『肉体は生きてたからな、だがアイツの魂は確実に死んだ。あの病院がどんな病院か知ってるか?』

「いいえ、ただ【陽烏(ひからす)】の管轄としか」

『あそこはもぬけの殻となった、肉体を保護する施設だ。事と次第じゃ上位の住人の受け皿としても使われるからな、あそこはそれを確保しておく為の施設だったんだよ』

   なら、私の復讐は……無駄だった…
   恵未の肩から力が抜けていく、結局私は何も出来ないんだ。

『それに岩倉は蓮海を殺してない、正確には殺したと思い込んでただけだからな』

「どういう意味?」
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