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山月 春舞《やまづき はるま》

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【PW】AD199907 《新しい道》

見えない動き

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   最近、公安の方の調査力が上がったらしい。
   そう話を振ってきたのは、坊主頭の物静かな青年秘書の門脇 徹(かどわき とおる)からだった。

   彼は、本当に年齢の割に仕事が早い。
   その報告を聞きながら徹の仕事には本当に感嘆とさせられていた。
   出会った時の彼はまだ小学生でどこかいつも寂しがっていた印象しか無かったが今年に入ってからその印象はガラリと変化した。
   洗練された大人の様な雰囲気、貫禄がついたというのか、色んな物事に動じなくなった。

   その先にある真実を聞いた時は信じられなかったがその後の周りの変化と殺されかけた事実からその事実を信じざるおえなかった。

「何がどうしてそうなったのか…」

「恐らく、新しく大浦様が管理者として就任したからと思われます」

   稗田の漏れた一言に徹が空かさず応えた。
   本当はその事を漏らしたつもりはなかったのだが徹が気づいてないのなら態々訂正する事も無いと思い、話を続けた。

「大浦って確か、この前の1件で巻き込まれた埼玉県警の刑事だったかな?」

「正確には、志木署の刑事部の班長でした」

「彼がまた何故、警察庁に?」

「そこまでは、ですが恐らく元公安の捜査官だった事もあってスカウトがあったのでは、ないかと」

   元公安か…それなら有り得るか。
   稗田は、ゆっくりと背もたれに体を預けると部屋を見渡した。
   文部省の事務次官という仕事を拝命してから早2年は、経とうといる。
   この部屋にも幾分か慣れてきたつもりでは、あるが報告される内容は明らかに今まで知っていた事よりも濃厚で重苦しく稗田の気分を陰鬱とさせるものばかりだった。

   しかし、それ以外にも私的な秘書として守りそして育てていた子供がここまでのフォローをしてくれるのは、何処かで寂しくそして何よりも心強く頼もしく嬉しい事でもあった。

「公安は、接続者達を監視、掌握すると豪語しているが出来ると思うか?」

   稗田が率直に聞くと徹は、静かに首を横に振った。

「無理です、出なければ我々はこの時代に来ていない…」

   徹の表情は苦々しく歪んでいる。
   彼は、一体どんなものを見てここに来たのだろうか…
   そう思えば思う程に稗田の心もまた苦しくなった。

「そんな表情をしないでください、お義父さん」

   お義父さん、徹にそう呼ばれて稗田は目を丸々とした。

「なんか、久し振りにそう呼ばれたな」

   稗田がそう応えると徹は、ハッとして片手で口を塞いだ。

「気にするな、どうせ、ここにはお前と私しか居ないんだ」

「ですが、ここは職場ですので」

「良いんだよ…」

   それでも躊躇い恥じる徹に対して稗田は、ゆっくりと諭し、最後は徹もゆっくりと頷いた。

「そういえば、ハルは何をしている?」

「隊長なら恐らく、家で木刀を作っていると思います」

「木刀?また何故?買えばいいだろ?」

   稗田がそう言うと徹は、少しだけ困った様に笑った。

「あの人の作る木刀は、特別製なんです。お義父さんの分も作ると言っていたのでその時にまた詳しく話させてもらいますね」

   自分に木刀とは、また何故だろうか?
   稗田は、徹の言葉の真意を読めないまま少し肩を竦めた。
   時刻は、間もなく21時を差そうとしてい。

「そろそろ」

   帰ろうかっと徹に言うおうとするのを電話のサイレン音が遮った。

   嫌な予感がする、稗田と徹はお互いの顔を見合うと稗田はゆっくりと受話器を取った。

「はい、稗田です」

『夜分遅くに失礼します、事務次官、若狭です』

   電話の主は、総務部の若狭だった。

「どうした?」

『特殊風土調査室の室長から至急に電話を繋いで欲しいとの事なんですがいかが致しましょうか?』

   特殊風土調査室という名前を聞いて稗田は、小さな溜息を漏らした。

「繋いでくれ」

『はい、では少々お待ちください』

   軽やかな保留音が鳴り、自分の心情とは裏腹のその音に稗田は小さく不快な気持ちになった。

『夜分遅くに失礼、泰野です』

   泰野の爽やかな声が聞こえ、稗田はより気が重くなりそうだった。

「泰野さん、どうかなさいましたか?」

『実は、稗田さんにお願いがありまして』

「お願い、何でしょうか?」

『才田晴人を動かして欲しいんです』

   その内容に稗田の表情が険しくなった。

「ハルを?またどうして?」

『稗田さんがご存知かどうかは知りませんがアイツは非常に優秀な能力者です。その能力を借りたいんです』

「だが、私の一存で彼を動かすとかと言う事は、出来ません。彼から聞いてみない事には」

『なら聞いてみてください、私は彼の連絡先を知らないので』

「わかりました。聞いみるだけ聞いてみますが彼が拒否をした場合は諦めて貰えますか?」

   稗田の返しが意外だったのか泰野は、その問から暫くの無言の後に『わかりました』っと応えて電話は、切れた。

「どうなさいました?」

   受話器を置くと徹が聞いて来たので稗田は、今泰野に言われた通りに全て説明すると徹の表情が少しだけ暗くなった。

「恐らく隊長は、動くと思います、彼はそういう人ですから…」

   何処か申し訳なさそうに徹は応え、その応えに稗田は、どうしようもない憤りを感じていた。

   何故だ、何故この子が申し訳なさそうにしないといけない…
   悪いのは我々大人だろう…

   稗田の脳裏に出会った時のハルの顔が横切った。
   小雨が降る、真冬の夜。
   急に苦しくなり蹲り、路上に倒れた。
   行き交う人達に助けを求めたが誰も稗田に見向きもせずに通り過ぎていく、あの時の孤独で苦しい絶望感は、今思い出しても恐怖で足が震える。
   そんな稗田を助けたのが絶望の奥底にいる様な目をした青年だった。

   彼は、ゆっくりと稗田の背中に手を当てると何かを抜く様な素振りを見せ、直ぐに胸の苦しみが取れていくのがわかった。

「何があったか知らないが、気をつけな、アンタ厄介なのに命狙われてるぜ」

   そう告げると彼は、ゆっくりとその場を去っていった。

   それがハルとの出会いだった。
   彼は、何者でどうして自分を救えたのかそれを知ったのは、彼を見つけてから暫く過ぎた頃だった。

   しかし、何よりも稗田の印象に残っていたのは絶望の底にいたあの目だった。

   まだ齢14、15歳にしては、余りにも深く重いその眼差しが何時までも忘れられずにいた。

   最近ではその目は、なりを潜めているが時折、その光の残滓を見る事がある。
   ハスミ、恐らく女性の名前だろうか、その名前を聞いた時に彼の目に一瞬だけ暗い絶望が映る。

「とりあえず、この話は明日私がハルに直接聞いてみる、それまでは他言無用で」

   稗田は、徹にそう告げると今度こそ帰る為にゆっくりと立ち上がった。
    
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