元高校球児の僕だけど、異世界転生したら称号が球界のプリンスだった

かわなお

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王女ソフィア視点――私の宝物――

 そう、あれは忘れもしない夏の暑く、寝苦しい夜のこと。

 私は夢を見た。

 あれを夢と言っていいものか悩むところだけど、私と夫、二人でそう決めた。



 あの日、私は五番目の子となるマルクスの出産を控え、早めに休んでいた。
 けれど、暑さのためかなかなか寝付けず、寝返りを繰り返すばかり。
 身重な私にとって軽い身動きさえも難しく、辛い夜だったと記憶している。

 王族の寝所は王宮内でも高い所にあって、夏でも涼しく過ごすことができるもの。

 でも、流石にこんな日は我慢するしかなく、「侍女に大きなうちわで扇いでもらおうかしら?」などと考えるも「暑いのはみんなおんなじね」と思い、再び眠るための努力をした。

 けど……、眠れない。
 むしろ、目はリンリンと冴えわたるばかり。

「どうしよう」

 そう思い悩んだ末、私は起きていることにした。

 

 そろりとベッドから抜け出し、部屋の明かりをつける。
 そうすることで、私が起きたと気づいた侍女が様子を見に来るはずだったのだけど……。

 一瞬で視界は切り替わり、私は真っ白な大理石でできた廊下に立っていた。

 それほど広くもなく、でも先の見えない真っすぐな通路。
 わかるのは十数メートル間隔で並ぶ、大きな扉だけ。

「ここは……」

 あまりのことで、私はただ驚いた。

 現実離れした景色(全面大理石)に、見覚えのない廊下。
 私はすぐに『これは夢だわ』と悟り、試しに頬をつねってみる。

「痛くない……。私はもう眠っていたのね。だったら、ここを探検してみようかしら。見たこともない場所だから、きっと楽しいはずだわ」

 ここを夢の中と決めつけた私は、今の姿が寝着のままだと気づいていても、お構いなしに先へ進んで行った。

 どういうわけか身重であった身体もスッキリし、足取りも軽い。

「ここって、どこかしら? 神殿の中? でも、こんな通路は見たことがないし」

 たとえ夢の中であったとしても、夢に見る景色は記憶にあるもの。そう考えていたのだけれど、どういうわけかこの場所には全く覚えがない。

 とりあえず大理石の通路を進んで行き、目についた扉を片っ端から開けてみる。
 どの部屋も整然と並べられたテーブルとイスがあるだけで、珍しいものは何もない。

「変ね、私の夢だったら、もっと楽しいことがあってもいいはずなのに」

 普段見る私の夢は、展開が目まぐるしく変わる忙しいものばかり。なのに、今回の夢は何も起こらず、静かなものだった。

 けれど、ようやく変化は訪れた。

「あれは祭壇かしら? 立派なものね」

 何個目かの扉を開け、私の入った部屋は大聖堂。他に人の姿はなく、ラミルス神様を祀る大きな祭壇があるだけだった。

 私はラミルス神様の描かれた肖像画の前で膝を折り、瞼を閉じる。そうすることで神聖な空気を肌で感じ、またラミルス神様を身近に感じられるはずなのだけど……。

 私が感じ取ったのは、全くの別の気配。それは私の良く知る、大切な人。

「ソフィア、お前も来ていたのか」

「あなた……」

 聞きなれた声に目を開き、振り向いた私の瞳に映るのは、私と同じように寝着姿のままの夫だった。

 もちろん私の夢なのだから、夫が出てきても不思議でないのだけれど、彼の言ったという言葉に違和感を覚える。

 ここは私の夢なのだから、主語は私であるべきなのに、あの言葉は明らかに夫からのものだった。

「変ね……」

「何がだ」

「いえ、ここは私の夢なのよね。だったら……」

 そう私が言いかけたところを、夫が遮る。

「待つのだ。先ほどまではわしもそう思っておった。けど、実際のところは、どうであろうな」

「えっ? それって……」

 夫の言葉の意味がわからず、私は首を傾げる。

 身重な私のお腹がスッキリしているのだから、現実だけは有り得ないと思っていたのだけれど、状況は目まぐるしく変化する。

「どうやら、二人とも来たようじゃな」

 不意に祭壇が煌々と輝きだしたかと思うと、目の前の肖像画からラミルス神様が抜け出してきた。

 あまりのことに言葉を失う私と、腰を抜かしたかのように仰け反る夫。

 神様の御前で不敬かもしれないけど、それも仕方のないことだと思う。

 神様が降臨なされるなんて突拍子もない事態に、冷静でいられるほどの胆力は持ち合わせていないし、まさかご尊顔を拝謁できるなんて……。

 そんな支離滅裂なことを考えていると、ラミルス神様は朗らかな笑みをみせた。

「そう驚くでない。この姿はちょっとばかり拝借したものじゃ。私の姿は人には人の、動物にはその動物の姿に見えるからのう。そなたたちのようにこの絵を崇めている者には、この姿で丁度よいのじゃよ」

 そう優しく諭すラミルス神様に、私と夫も少し気が抜ける。
 神様の御前であるのはわかっているけど、その優し気な瞳に自然と体の力が抜けたようだ。

 けど、ラミルス神様が私たちを呼んだとしたら、何か意味があるはず。

 そう思い直して、私が尋ねようとしたものの、もう手遅れだった。

「それでラミルス神様は、わしらに何をお望みなのですかな?」

 そんな気やすい感じで話しかける夫に、私は天を仰ぐ。

 この国の王であり、その上に立つ者がいない定めか、神様に対してさえこれでは、先が思いやられる。

 けれど、ラミルス神様は全く気にした御様子もなく、ニコニコと笑いながら、こうおっしゃられた。

「そのことなのじゃが、これから産まれてくるであろうその方たちの子に、少しばかりお願いをしたんじゃ」

 それが何を意味しているかはまだ分からないが、大変なことであることは予想できる。
 私が気を引き締めて続きを待っていると、先に夫が尋ねた。

「お願い、でございますか?」

「そうじゃ。まあ、これといって難しいことではないのだがの、お前たちにはこの者の健やかな成長を見守って欲しいのじゃよ」

 そう言葉にしたラミルス神様の右手には、いつの間にか淡い光を放つ球体があり、それを見ていると私にはどうにも愛おしく感じられた。

「もちろんでございます。愛しい我が子を大切にしないなど、考えられませぬ」

 そう答える夫に、ラミルス神様が、優しく微笑みかける。

「うむ、良い返事じゃ。間違っても、くだらぬ世継ぎ争いなどに巻き込み、我が願いを妨げるような事があってはならぬぞ」

「はい、肝に銘じます」

「うむ、期待しておる。では、これはそなたに返しておこう」

  夫の返事に頷いたラミルス神様は、手に持った光る球体を私に差し出すと、そう言った。

 それを私が手を伸ばして受け取ると、瞬く間に視界は入れ替わり、元のベッドで横になっていることに気付く。

「今のは……」

 夢と呼ぶにはあまりにも鮮明な記憶。
 それでいてどこか夢であるかのように感じられる不思議な出来事。

 でも、数分後、部屋へ入ってきた夫の様子で、私は確信する。

「やはり、お前もか……」

「ええ、あなたもなのね」

 そう、お互いに確認し合い、全てを受け入れた。

 私たちが訪れたあの地。あれはまさしく神界だったのだろう。そして、今度生まれてくる私たちの子に、あの方の希望を託された。

 であれば、私たちにできることは間違ってもその妨げにならぬこと。

 神託を受けた子と知られてしまえば、担ぎ上げようとする者も出てくるでしょう。
 このことは一切公表せず、私たちだけの夢として胸にしまっておこう。

 そう決めたのでした。

 


 それから一週間後、マルクスは生まれた。

 夫は生まれたばかりの赤子の王位継承権剥奪を宣言し、臣下の者たちを驚かせましたが、五人目の子供ということもあり、それほど騒ぎにはならなかったようです。

 でも、私はこの子が、今後どのような成長を遂げるのか、楽しみでなりません。
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