13 / 20
序章
第十二話「異端」
しおりを挟む
「先攻はお譲りします。痛め付けるのが目的ではありませんので……どうぞ? どこからでも」
訓練場で突如始まった、シロエの能力を測定するための模擬戦。白線の向こう側、悠然と構えたライナが言う。
本人のその言葉通り、すぐに仕掛けてくる様子は無い。それどころか、こちらの出方を予想し楽しむ余裕さえあるらしく、にまにま、と何やら楽しげな笑みまで浮かべている。……随分とまあ、甘く見られたものだ。
「それじゃあ、遠慮なく……」
シロエは精神を集中させ、“体内の魔力の巡り”を思い描く。ゆっくりと、深く深く吸い込んだ息が気道、肺、そして心臓――本来であればグリモワの存在によって鼓動する臓器――まで到達すると、その“想像”は“現実”のものとなる。
そこに無いはずの鼓動が高鳴る。熱い。一か八か、見様見真似の初実戦――魔力を込めた彼の右手には確かに炎属性の魔力が宿り、小さな火球が灯されていた。
◆
「えっ? 魔法……ですか……?」
「うん。本で読むだけじゃよく分からないから、実際に見てみたいなって」
「あー……、私のは魔術ではなく妖術というものですが、それでも良ければ……!」
――脳裏に浮かんだのは、今から数時間前のセントーレア学園内、図書室。
校内案内の真っ只中、カガリに教わった“魔術について”と、“その発動方法”――精神を統一させること。それから、体内の魔力の巡りを想像した後、その想像の解像度を落とさぬまま、“それ”を放つこと。
この内容は魔術訓練の初歩、基礎中の基礎とはいえ、よほどの天才でもなければ、すぐに魔力を発現させるのは困難だという。今ではすっかり魔術に熟達した者達も、最初は等しく見習いだったのだろう。
しかし、どの分野にも必ず“異分子”は存在するものである。
◆
言わずもがな、シロエには魔術訓練の経験はおろか、戦闘経験すらも存在しない。当然、そんな事は対戦相手であるライナにとっては百も承知の揺るがぬ事実であり、つい先ほどまで余裕の笑みを浮かべていた彼も、これにはさすがに一瞬で表情を強張らせた。
魔術練度の未熟な者は、仮に魔力による何らかを発現させられたとしても、自在に操るには至らず、すぐに消失――その場に留まれない魔力が霧散してしまうことも決して珍しくはない。むしろ、見習いであればそれが普通なはずだった。
……ところが、シロエの灯した火球はというと、多少の魔力の揺らぎはあるにせよ、消失することなく、その形を保ち続けている。それどころか、その不定形な輪郭線を少し、また少しと広げてゆく。
更に魔力を注いでいるのだろうか――彼の額には暑さによるものとは異なる苦しげな汗が滲み、それが揺らめく炎の光によって、反射と共に存在感を放つ。
「――――はああッ!」
渾身の叫びと共に、ついに火球が勢い良く放たれる。今、持てる力の全てを注いだであろうそれは威力も速度も落とさず、正面の雷天狐めがけて迷わずに飛んでゆく。
ライナは片足に重心を乗せて身体を傾け、向かってくる火球を最小限の動作で躱す。避けられた炎の弾丸はそんな彼を追尾はせず、そのまま直線を描きながら虚空を貫くと、その斜め後方――石垣に衝突した後に小さな爆発を起こし、ようやく消失した。
攻撃こそ難なく回避したものの、ライナの反応や顔色からは確かな動揺が窺える。放たれた魔術の威力など、もはや些細なことだ。
問題は、“魔術の概念を知って数時間の者が、既にそれを扱えている”という事実。そんな事はあり得ない――否、“あり得ない”はずのことが、今まさに、自身の目の前で起こっている。学園長はこれを分かっていて何も教えなかったのか? それとも、あの人もここまでは知らなかった……? 様々な思惑が、忙しなく頭の中を駆け巡った。
シロエの行動に驚愕したのは、なにもライナだけではない。観客席で祈るように見守っていたカガリやユキネ、そしてナギサも、前代未聞の事態に言葉を失っている。
「う……そ…………?」
「あ……あり得ませんわ……! こんな、こと……」
聞かれるままに教えた魔術を、これほどの短時間で彼が使いこなすなんて――人間離れといっても過言ではない目前の状況に、最も驚きを露わにするカガリ。別段、誰だからという話ではない。これは誰もが等しく、成し得ないとされる芸当なのだ。
ふと、まだ朦朧とする感覚で再び試合へと視線を移す。そうだ、まだ決着はついていない――そんな事を考えながら見つめた先、不意に飛び込んできた光景に、今度は別の衝撃が走った。
「――っ!? シロエさん!!」
慣れない魔力を扱った反動か、カガリの視線の先では地に両膝と手のひらを付き、苦しそうに息を切らすシロエの姿があった。
そして、すぐ側にはそんな彼を見下ろすように佇むライナ。一体何をどうしたのか、音も無く目と鼻の先まで距離を詰め、動けずに蹲るシロエを静かに見つめていた。
「…………貴方のことは、もう十分に分かりました。ご協力に感謝します」
彼の淡い金色の尾がたなびく硝煙のように揺れる。息も絶え絶えになっていたシロエは、ライナの意外なその言葉にハッと目を見張り、ぽたぽたと地面へと流れ落ちる自身の汗を眺めていた顔をゆっくりと上げた。
「――――とどめ、は、」
「……はい?」
「ささない、の…………?」
「…………」
二者の間には圧倒的な、埋まることのない力の差が存在しているであろうことは、周囲の者達だけでなく、彼自身が何よりも分かっているはずだ。
記憶喪失でありながら、何も分からないなりに知識を蓄え、そして、自らを知るためとはいえ、こちらの要求も嫌な顔ひとつせずに飲み込む――そんな彼を勝手に弱者と決め付け、求められてもいない“慈悲”を与えるなど、あまりにも傲慢で、敬意に欠けた振る舞いであったと、ライナは腹の中で己を恥じた。
「――もちろん、刺しますよ。そういうルール……ですからね」
とどめを刺す、とは言うものの、なにも殺してしまうわけではない。シロエに軽い一撃を入れ、彼が再び立ち上がれなければそこで勝負は終わり、決着となる。
至って単純な、それだけの話だ。
「じゃあ…………お願い」
模擬戦である以上、仕方の無いことではあるが、無抵抗の相手に攻撃を浴びせるのはどうにも憚られる。しかし、彼の意思を尊重する以上は躊躇ってもいられない。きっと、中途半端にやられる方が一思いにやるより苦痛を伴ってしまうはずだ。
「……丁度良いですし、このまま保健室でしばらく眠っていてください」
ライナがシロエの首筋へと手を伸ばし、そっと触れる。とても攻撃の動作には思えないそれに、ぽかんとするシロエだったが、次の瞬間、眩い光と共に、首に何らかの衝撃が走ったような気がした。
「えっと……終わり…………ですか?」
「…………な、」
「な、なななな!? 何なんですか!? さっきから貴方はーーー!?」
「っ、え……? ライナ……さん……?」
どうやら彼の中で、何かしらの許容値を超えたのだろう。半ば発狂のような形で、ライナが叫ぶ。普段、いかに平静な振る舞いを崩さないのか、観客席の三人はシロエの身に起きた事よりも、珍しく取り乱すライナの様子に驚いているようだった。
「あのねえ! それ! 普通は食らったら即気絶するんスよ!? 終わりですか~で済むもんじゃないの!!」
「……そうなの?」
「だー! もう……! どうなってんのこの子は……!」
前髪をかき上げるように自身の頭を押さえていたライナは一呼吸を置き、ちらと観客席の方を見やる。それから、両手のひらを見せるように振り、三人へ“もう来ても大丈夫”という合図を出した。戦闘とは別の部分で疲弊しきっているようで、細められた目の奥からも疲れが滲んでいる。
「――と、まあ、見てもらった通りッス…………」
「これは……今回ばかりは、お疲れ様と言わざるを得ませんわね……」
「もっと言ってくれても良いんスよ……はあ……」
「ち、調子に乗らないでくださいまし!」
普段通りの軽口を叩き合うライナとナギサの横では、カガリとユキネが地面に座り込むシロエに駆け寄る。放った魔法の衝撃や、身体に負荷がかかったことによる汗などで衣類には土が付着し、一見、一方的な暴力を受けて泥だらけになったように見えなくもない。
「だ、だだだ大丈夫でしたか……!? 大丈夫じゃないですよね!?」
「カガリちゃん、落ち着いて……」
最初にシロエさんと出会った時みたいになってるよ――そうユキネが言うと、カガリはハッとして口をつぐむ。何か別の言葉を探すも、上手く見つからないといった様子だ。そんな二人に、シロエはぎこちない笑みを浮かべて言う。
「あはは……おかげさまで……?」
出会った頃よりもかなり言葉が流暢になった彼に戸惑い、思わず二人は顔を見合わせる。そして、三人で笑い合った。
「……それ、全然大丈夫って言えないですよ~! も~!」
「すごい泥だらけ……。動けるようになったら、寮でシャワーとか借りないとね」
「あっ、そうだね!? 予備のジャージもあるかな――」
先ほどまでの緊迫感から一変、場の空気が和気あいあいとした雰囲気に包まれた、丁度その時。
「こらーー! 君達! 寄ってたかってシロエ君に一体何をしているんだね!?」
訓練場の入り口、開け放たれたままの扉の陰から、学園長――ノエルが慌てた様子で顔を出す。本来であれば防音設備は万全なはずだが、扉を閉め忘れるという不手際により、どうやら外まで騒ぎが聞こえてしまっていたらしい。
「はー……ややこしい人が余計に状況をややこしくしにきたッスねえ……」
「聞こえているぞ霹靂君!?」
ライナがぼそりと呟くと、それにすかさずノエルが反応する。学園長と生徒という関係でありながら、どこか対等なように見受けられる間柄は周知の事実なのか、特に誰も咎めはしない。
「す、すみません~! これはシロエさんをいじめていたとか、そういうのではなくて~!」
「それより学園長? 私からもシロエさんについて、お話ししたいことが山ほどあるのですが?」
「え、ええ? 今かい? 悪いが、長い職員会議の後なものでな、少し休憩を……」
「学園長の方からこちらにいらしたんではありませんか!」
「ひいい~! 助けてくれ、埋火君~!」
泥だらけのシロエを差し置いて、一気に騒がしさの増す訓練場。嵐の前の静けさとでも言うべきだろうか――この後に巻き起こる大規模な騒動の事など、学園長のノエルも含め、まだ、誰も知る由もない。
訓練場で突如始まった、シロエの能力を測定するための模擬戦。白線の向こう側、悠然と構えたライナが言う。
本人のその言葉通り、すぐに仕掛けてくる様子は無い。それどころか、こちらの出方を予想し楽しむ余裕さえあるらしく、にまにま、と何やら楽しげな笑みまで浮かべている。……随分とまあ、甘く見られたものだ。
「それじゃあ、遠慮なく……」
シロエは精神を集中させ、“体内の魔力の巡り”を思い描く。ゆっくりと、深く深く吸い込んだ息が気道、肺、そして心臓――本来であればグリモワの存在によって鼓動する臓器――まで到達すると、その“想像”は“現実”のものとなる。
そこに無いはずの鼓動が高鳴る。熱い。一か八か、見様見真似の初実戦――魔力を込めた彼の右手には確かに炎属性の魔力が宿り、小さな火球が灯されていた。
◆
「えっ? 魔法……ですか……?」
「うん。本で読むだけじゃよく分からないから、実際に見てみたいなって」
「あー……、私のは魔術ではなく妖術というものですが、それでも良ければ……!」
――脳裏に浮かんだのは、今から数時間前のセントーレア学園内、図書室。
校内案内の真っ只中、カガリに教わった“魔術について”と、“その発動方法”――精神を統一させること。それから、体内の魔力の巡りを想像した後、その想像の解像度を落とさぬまま、“それ”を放つこと。
この内容は魔術訓練の初歩、基礎中の基礎とはいえ、よほどの天才でもなければ、すぐに魔力を発現させるのは困難だという。今ではすっかり魔術に熟達した者達も、最初は等しく見習いだったのだろう。
しかし、どの分野にも必ず“異分子”は存在するものである。
◆
言わずもがな、シロエには魔術訓練の経験はおろか、戦闘経験すらも存在しない。当然、そんな事は対戦相手であるライナにとっては百も承知の揺るがぬ事実であり、つい先ほどまで余裕の笑みを浮かべていた彼も、これにはさすがに一瞬で表情を強張らせた。
魔術練度の未熟な者は、仮に魔力による何らかを発現させられたとしても、自在に操るには至らず、すぐに消失――その場に留まれない魔力が霧散してしまうことも決して珍しくはない。むしろ、見習いであればそれが普通なはずだった。
……ところが、シロエの灯した火球はというと、多少の魔力の揺らぎはあるにせよ、消失することなく、その形を保ち続けている。それどころか、その不定形な輪郭線を少し、また少しと広げてゆく。
更に魔力を注いでいるのだろうか――彼の額には暑さによるものとは異なる苦しげな汗が滲み、それが揺らめく炎の光によって、反射と共に存在感を放つ。
「――――はああッ!」
渾身の叫びと共に、ついに火球が勢い良く放たれる。今、持てる力の全てを注いだであろうそれは威力も速度も落とさず、正面の雷天狐めがけて迷わずに飛んでゆく。
ライナは片足に重心を乗せて身体を傾け、向かってくる火球を最小限の動作で躱す。避けられた炎の弾丸はそんな彼を追尾はせず、そのまま直線を描きながら虚空を貫くと、その斜め後方――石垣に衝突した後に小さな爆発を起こし、ようやく消失した。
攻撃こそ難なく回避したものの、ライナの反応や顔色からは確かな動揺が窺える。放たれた魔術の威力など、もはや些細なことだ。
問題は、“魔術の概念を知って数時間の者が、既にそれを扱えている”という事実。そんな事はあり得ない――否、“あり得ない”はずのことが、今まさに、自身の目の前で起こっている。学園長はこれを分かっていて何も教えなかったのか? それとも、あの人もここまでは知らなかった……? 様々な思惑が、忙しなく頭の中を駆け巡った。
シロエの行動に驚愕したのは、なにもライナだけではない。観客席で祈るように見守っていたカガリやユキネ、そしてナギサも、前代未聞の事態に言葉を失っている。
「う……そ…………?」
「あ……あり得ませんわ……! こんな、こと……」
聞かれるままに教えた魔術を、これほどの短時間で彼が使いこなすなんて――人間離れといっても過言ではない目前の状況に、最も驚きを露わにするカガリ。別段、誰だからという話ではない。これは誰もが等しく、成し得ないとされる芸当なのだ。
ふと、まだ朦朧とする感覚で再び試合へと視線を移す。そうだ、まだ決着はついていない――そんな事を考えながら見つめた先、不意に飛び込んできた光景に、今度は別の衝撃が走った。
「――っ!? シロエさん!!」
慣れない魔力を扱った反動か、カガリの視線の先では地に両膝と手のひらを付き、苦しそうに息を切らすシロエの姿があった。
そして、すぐ側にはそんな彼を見下ろすように佇むライナ。一体何をどうしたのか、音も無く目と鼻の先まで距離を詰め、動けずに蹲るシロエを静かに見つめていた。
「…………貴方のことは、もう十分に分かりました。ご協力に感謝します」
彼の淡い金色の尾がたなびく硝煙のように揺れる。息も絶え絶えになっていたシロエは、ライナの意外なその言葉にハッと目を見張り、ぽたぽたと地面へと流れ落ちる自身の汗を眺めていた顔をゆっくりと上げた。
「――――とどめ、は、」
「……はい?」
「ささない、の…………?」
「…………」
二者の間には圧倒的な、埋まることのない力の差が存在しているであろうことは、周囲の者達だけでなく、彼自身が何よりも分かっているはずだ。
記憶喪失でありながら、何も分からないなりに知識を蓄え、そして、自らを知るためとはいえ、こちらの要求も嫌な顔ひとつせずに飲み込む――そんな彼を勝手に弱者と決め付け、求められてもいない“慈悲”を与えるなど、あまりにも傲慢で、敬意に欠けた振る舞いであったと、ライナは腹の中で己を恥じた。
「――もちろん、刺しますよ。そういうルール……ですからね」
とどめを刺す、とは言うものの、なにも殺してしまうわけではない。シロエに軽い一撃を入れ、彼が再び立ち上がれなければそこで勝負は終わり、決着となる。
至って単純な、それだけの話だ。
「じゃあ…………お願い」
模擬戦である以上、仕方の無いことではあるが、無抵抗の相手に攻撃を浴びせるのはどうにも憚られる。しかし、彼の意思を尊重する以上は躊躇ってもいられない。きっと、中途半端にやられる方が一思いにやるより苦痛を伴ってしまうはずだ。
「……丁度良いですし、このまま保健室でしばらく眠っていてください」
ライナがシロエの首筋へと手を伸ばし、そっと触れる。とても攻撃の動作には思えないそれに、ぽかんとするシロエだったが、次の瞬間、眩い光と共に、首に何らかの衝撃が走ったような気がした。
「えっと……終わり…………ですか?」
「…………な、」
「な、なななな!? 何なんですか!? さっきから貴方はーーー!?」
「っ、え……? ライナ……さん……?」
どうやら彼の中で、何かしらの許容値を超えたのだろう。半ば発狂のような形で、ライナが叫ぶ。普段、いかに平静な振る舞いを崩さないのか、観客席の三人はシロエの身に起きた事よりも、珍しく取り乱すライナの様子に驚いているようだった。
「あのねえ! それ! 普通は食らったら即気絶するんスよ!? 終わりですか~で済むもんじゃないの!!」
「……そうなの?」
「だー! もう……! どうなってんのこの子は……!」
前髪をかき上げるように自身の頭を押さえていたライナは一呼吸を置き、ちらと観客席の方を見やる。それから、両手のひらを見せるように振り、三人へ“もう来ても大丈夫”という合図を出した。戦闘とは別の部分で疲弊しきっているようで、細められた目の奥からも疲れが滲んでいる。
「――と、まあ、見てもらった通りッス…………」
「これは……今回ばかりは、お疲れ様と言わざるを得ませんわね……」
「もっと言ってくれても良いんスよ……はあ……」
「ち、調子に乗らないでくださいまし!」
普段通りの軽口を叩き合うライナとナギサの横では、カガリとユキネが地面に座り込むシロエに駆け寄る。放った魔法の衝撃や、身体に負荷がかかったことによる汗などで衣類には土が付着し、一見、一方的な暴力を受けて泥だらけになったように見えなくもない。
「だ、だだだ大丈夫でしたか……!? 大丈夫じゃないですよね!?」
「カガリちゃん、落ち着いて……」
最初にシロエさんと出会った時みたいになってるよ――そうユキネが言うと、カガリはハッとして口をつぐむ。何か別の言葉を探すも、上手く見つからないといった様子だ。そんな二人に、シロエはぎこちない笑みを浮かべて言う。
「あはは……おかげさまで……?」
出会った頃よりもかなり言葉が流暢になった彼に戸惑い、思わず二人は顔を見合わせる。そして、三人で笑い合った。
「……それ、全然大丈夫って言えないですよ~! も~!」
「すごい泥だらけ……。動けるようになったら、寮でシャワーとか借りないとね」
「あっ、そうだね!? 予備のジャージもあるかな――」
先ほどまでの緊迫感から一変、場の空気が和気あいあいとした雰囲気に包まれた、丁度その時。
「こらーー! 君達! 寄ってたかってシロエ君に一体何をしているんだね!?」
訓練場の入り口、開け放たれたままの扉の陰から、学園長――ノエルが慌てた様子で顔を出す。本来であれば防音設備は万全なはずだが、扉を閉め忘れるという不手際により、どうやら外まで騒ぎが聞こえてしまっていたらしい。
「はー……ややこしい人が余計に状況をややこしくしにきたッスねえ……」
「聞こえているぞ霹靂君!?」
ライナがぼそりと呟くと、それにすかさずノエルが反応する。学園長と生徒という関係でありながら、どこか対等なように見受けられる間柄は周知の事実なのか、特に誰も咎めはしない。
「す、すみません~! これはシロエさんをいじめていたとか、そういうのではなくて~!」
「それより学園長? 私からもシロエさんについて、お話ししたいことが山ほどあるのですが?」
「え、ええ? 今かい? 悪いが、長い職員会議の後なものでな、少し休憩を……」
「学園長の方からこちらにいらしたんではありませんか!」
「ひいい~! 助けてくれ、埋火君~!」
泥だらけのシロエを差し置いて、一気に騒がしさの増す訓練場。嵐の前の静けさとでも言うべきだろうか――この後に巻き起こる大規模な騒動の事など、学園長のノエルも含め、まだ、誰も知る由もない。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
転生先はご近所さん?
フロイライン
ファンタジー
大学受験に失敗し、カノジョにフラれた俺は、ある事故に巻き込まれて死んでしまうが…
そんな俺に同情した神様が俺を転生させ、やり直すチャンスをくれた。
でも、並行世界で人々を救うつもりだった俺が転生した先は、近所に住む新婚の伊藤さんだった。
【完結】剣の世界に憧れて上京した村人だけど兵士にも冒険者にもなれませんでした。
もる
ファンタジー
剣を扱う職に就こうと田舎から出て来た14歳の少年ユカタは兵役に志願するも断られ、冒険者になろうとするも、15歳の成人になるまでとお預けを食らってしまう。路頭に迷うユカタは生きる為に知恵を絞る。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
少し冷めた村人少年の冒険記 2
mizuno sei
ファンタジー
地球からの転生者である主人公トーマは、「はずれギフト」と言われた「ナビゲーションシステム」を持って新しい人生を歩み始めた。
不幸だった前世の記憶から、少し冷めた目で世の中を見つめ、誰にも邪魔されない力を身に着けて第二の人生を楽しもうと考えている。
旅の中でいろいろな人と出会い、成長していく少年の物語。
チート魔力はお金のために使うもの~守銭奴転移を果たした俺にはチートな仲間が集まるらしい~
桜桃-サクランボ-
ファンタジー
金さえあれば人生はどうにでもなる――そう信じている二十八歳の守銭奴、鏡谷知里。
交通事故で意識が朦朧とする中、目を覚ますと見知らぬ異世界で、目の前には見たことがないドラゴン。
そして、なぜか“チート魔力持ち”になっていた。
その莫大な魔力は、もともと自分が持っていた付与魔力に、封印されていた冒険者の魔力が重なってしまった結果らしい。
だが、それが不幸の始まりだった。
世界を恐怖で支配する集団――「世界を束ねる管理者」。
彼らに目をつけられてしまった知里は、巻き込まれたくないのに狙われる羽目になってしまう。
さらに、人を疑うことを知らない純粋すぎる二人と行動を共にすることになり、望んでもいないのに“冒険者”として動くことになってしまった。
金を稼ごうとすれば邪魔が入り、巻き込まれたくないのに事件に引きずられる。
面倒ごとから逃げたい守銭奴と、世界の頂点に立つ管理者。
本来交わらないはずの二つが、過去の冒険者の残した魔力によってぶつかり合う、異世界ファンタジー。
※小説家になろう・カクヨムでも更新中
※表紙:あニキさん
※ ※がタイトルにある話に挿絵アリ
※月、水、金、更新予定!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる