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「キース様ぁぁぁ♡ お久しぶりですわ! 会いたくて国境を越えてきましたのよ!」
グランディール公爵邸の玄関ホール。
台風のように突っ込んできた派手な美女――隣国レムリアの王女、エレオノーラ様は、キース公爵の首にガシッと抱きついていた。
その勢いは凄まじい。
タックルを受けたキースが、一歩たたらを踏んだほどだ。
「……離せ、エレオノーラ。首が締まる」
「いやですわ! 三年ぶりですもの! 補充が必要です、キース様成分の!」
「俺は栄養ドリンクか」
キースはげんなりとした顔で、彼女を引き剥がそうとするが、王女の腕力は意外に強いらしい。
私はその光景を、一歩引いた場所から冷静に観察していた。
そして、即座に電卓を弾き始めた。
(……ドレスは最高級のシルク。首元のネックレスは大粒のダイヤモンド、推定五十カラット。腕輪はプラチナ……総額で金貨五万枚は下らないわね)
私の目が『¥』マークになる。
「……公爵様。素晴らしいお客様です。歩く金塊……いえ、大切なお客様(カモ)がご到着されました」
「おい、ノワル。客を『カモ』と呼ぶな。あと助けろ」
キースが私にSOSの視線を送ってくる。
私は咳払いをして、一歩前に進み出た。
「……失礼いたします。エレオノーラ様」
「あら?」
エレオノーラ王女は、キースから顔を離し、私をジロリと見た。
その瞳は、勝気な猫のように大きく、そして不躾なほど率直だった。
「誰ですの、貴女? 使用人にしては態度が大きいですわね。それに、その黒いドレス……地味ですわ」
「お初にお目にかかります。当家の事務官を務めております、ノワル・ヴァレンタインと申します」
私は完璧なカーテシーを披露した。
「事務官? ふーん……」
エレオノーラ様は私を頭のてっぺんから爪先まで値踏みし、ふん、と鼻を鳴らした。
「キース様が女性を側に置くなんて珍しいと思ったら……なるほど、色気のない事務員ですのね。これなら安心ですわ」
「安心、ですか?」
「ええ! だって、こんな『動く電卓』みたいな女、キース様の好みじゃありませんもの!」
失礼な。
誰が動く電卓ですか。
私は『高機能・多言語対応・魔導演算機能付き電卓』ですよ。スペックが違います。
「おい、エレオノーラ。言葉を慎め。こいつは俺の……」
キースが怒って言い返そうとしたが、私はそれを手で制した。
お客様を怒らせてはいけない。
財布の紐が固くなるからだ。
「おっしゃる通りです、王女殿下。私はただの事務員。公爵様とは雇用関係とお金の貸し借りがあるだけの、ドライな関係でございます」
「お金の貸し借り?」
エレオノーラ様が興味深そうに眉を上げた。
「ええ。少々事情がありまして、公爵様に五億ゴールドほどの借金があり、その返済のために働いているのです」
「ご、五億!?」
エレオノーラ様は目を丸くし、それから扇で口元を隠して笑い出した。
「おーっほっほ! なんですの、そのはした金!」
「……はした金?」
私の眉がピクリと動く。
五億を「はした金」と言い切った人間は、この国には国王陛下くらいしかいない。
「五億程度、わたくしのお小遣い三ヶ月分ですわ! そんなちっぽけな金額のために、キース様の貴重なお時間を独占しているなんて、図々しいにも程があります!」
エレオノーラ様はパチンと指を鳴らした。
控えていた従者が、恭しく革袋を差し出す。
「よろしい。わたくしが払って差し上げますわ!」
「……はい?」
「その借金、わたくしが肩代わり……いえ、一括返済して差し上げますと言っているのです!」
ズシリ。
エレオノーラ様は、中身がパンパンに詰まった革袋を、私に放り投げた。
私は反射的にキャッチする。
重い。
そして、中から聞こえる金属音は、間違いなく高純度のプラチナ貨の音だ。
「こ、これは……」
「中身はプラチナ貨千枚(約十億ゴールド)。借金を返してもお釣りがきますわ。これをあげるから、今すぐここから消えてくださる?」
エレオノーラ様は勝ち誇った顔で言い放った。
「手切れ金ですわ。キース様の隣は、わたくしにこそ相応しい場所。貴女のような地味な女は、田舎にでも引っ込んでなさい!」
時が止まった。
私は手元の革袋を見つめ、脳内で高速計算を行った。
借金残高、五億。
この袋の中身、十億。
差し引き、プラス五億の利益。
さらに、先日アレン王子から巻き上げた資産三十六億を合わせれば……総資産四十一億。
(……一生遊んで暮らせるどころか、小国の城が買える!)
私の夢見た「隠居生活」へのチケットが、今、向こうから飛び込んできたのだ。
しかも、相手は「消えろ」と言っている。
つまり、労働の義務からも解放される。
こんな好条件のM&A(合併・買収)案件、断る理由がどこにある?
「……ありがとうございます!!」
私は満面の笑み(営業スマイルMAX)を浮かべ、革袋を抱きしめた。
「商談成立です! 毎度ありがとうございます! いやぁ、レムリア王女殿下は太っ腹ですね! 素晴らしい! 最高です!」
「えっ? あ、あら……話が早くて助かりますわ」
エレオノーラ様の方が、私のあまりの即決ぶりに引いている。
「では公爵様、借金はこれで完済です! お釣りは退職金代わりにもらっておきますね!」
私はキースに向き直り、ビシッと敬礼した。
「短い間でしたが、お世話になりました! 貴方との労働の日々、プライスレスな思い出として胸にしまっておきます! それでは、さようなら!」
私は革袋を担ぎ、脱兎のごとく出口へ向かおうとした。
「……待て」
ドスッ。
私の足元に、巨大な氷の壁が出現し、退路を塞いだ。
「ひぇっ!?」
急ブレーキをかけて振り返ると、そこには――般若のような形相のキース公爵が立っていた。
部屋の温度が急激に下がり、花瓶の花が凍りつく。
「……おい、ノワル」
「は、はい」
「お前、今、俺を売ったな?」
「人聞きが悪い! 売ったのは『労働契約』です! 正当な債務の弁済です!」
「ふざけるな。俺はお前の借金を肩代わりした時、言ったはずだ。『俺を買え』とな」
キースがゆっくりと近づいてくる。
そのプレッシャーは、魔王の再来のようだ。
「つまり、俺とお前の契約は、金銭の貸借以上の『主従契約』だ。俺の許可なく、勝手に完済して逃げることは許さん」
「そんなの契約書に書いてありませんでしたよ! ブラック企業ですか!」
「俺がルールだ」
キースは私の手から、十億入りの革袋をひったくった。
「あっ! 私の十億!」
そして、それをエレオノーラ様に投げ返した。
「持ち帰れ、エレオノーラ。俺の事務官は非売品だ」
「キャッチ! ……って、キース様!?」
エレオノーラ様が革袋を受け止め、目を白黒させる。
「どうしてですの!? たかが事務員一人に、十億以上の価値があるとおっしゃいますの!?」
「ある」
キースは即答した。
「こいつの価値は金では計れん。……俺の横に立てるのは、こいつだけだ」
「なっ……!」
エレオノーラ様がショックでよろめく。
私もショックでよろめいた。
「(ううっ……私の十億が……私のスローライフが……!)」
「諦めろ、ノワル。お前は俺が死ぬまでこき使ってやる」
キースが私の首根っこを掴み、引き寄せた。
「借金は返さなくていい。その代わり、一生俺の側で働け。……これは命令だ」
耳元で囁かれたその言葉は、プロポーズのようにも聞こえたが、内容はどう考えても「終身刑の宣告」だった。
「……公爵様。それは労働基準法違反です」
「知らん」
キースは私を捕獲したまま、エレオノーラ様に向き直った。
「そういうわけだ、エレオノーラ。悪いが、お前の金で俺の心も、こいつの時間も買えん。帰ってくれ」
冷たく突き放された王女様。
普通なら、ここで泣いて帰るか、怒って帰るかだろう。
だが、彼女は違った。
「……ふ、ふふふ」
エレオノーラ様は、不気味に笑い出した。
「面白い……面白いですわ、キース様!」
彼女はバッと顔を上げ、瞳を爛々と輝かせた。
「わたくしの十億を突き返すなんて、世界広しといえどキース様くらいですわ! ますます燃えてきました!」
「……は?」
「それに、そこの地味女!」
エレオノーラ様が私を指差す。
「ノワルと言いましたわね? 貴女、わたくしの十億を受け取ろうとしましたわね?」
「ええ。喉から手が出るほど欲しかったです」
私は正直に答えた。
「正直者ですわね。……気に入りましたわ!」
「はい?」
「貴女、わたくしのライバルとして認めて差し上げます! キース様がそこまで執着する女、ただの事務員ではありませんわね!」
エレオノーラ様は高らかに宣言した。
「決めました! わたくし、この屋敷に滞在します!」
「はあ!?」
キースと私が同時に声を上げた。
「帰れと言っただろう!」
「いやです! 貴方様がこの女のどこに惚れ……いえ、評価しているのか、この目で見極めさせていただきます! そして、必ずや貴方様を振り向かせてみせますわ!」
エレオノーラ様は従者に指示を出した。
「荷物を運びなさい! 客室を一番豪華に改装して! 費用はわたくしが出します!」
「……費用は出す?」
私の耳がピクリと動いた。
「ええ、出しますとも! 滞在費、食費、改装費……言い値で払いましてよ!」
カシャーン。
私の中で、何かのスイッチが切り替わった。
私はキースの拘束をすり抜け、エレオノーラ様の前に進み出た。
そして、最高の笑顔で手を差し出した。
「――ようこそお越しくださいました、エレオノーラ様! 当グランディール公爵邸は、お客様の長期滞在を心より歓迎いたします!」
「ノワル!?」
キースが叫ぶ。
「公爵様、落ち着いてください。先ほどの十億は逃しましたが、こちらは『継続的な収益源(サブスクリプション)』です」
私は小声でキースに囁いた。
「王女殿下の滞在費をふんだくり、屋敷の改装費を負担させ、さらに彼女の『キース様への貢ぎ物』を管理すれば……莫大な利益になります。追い返すなんて、札束をドブに捨てるようなものです!」
「お前……また金か」
「転んでもただでは起きません。ライバルだろうと何だろうと、金を払う人間はすべて『神様(お客様)』です!」
私はエレオノーラ様に向かってウィンクした。
「それでは王女殿下。最高のお部屋(一番高いスイート)をご用意いたします。一泊につき金貨百枚ですが、よろしいですね?」
「安いですわね! 二百枚払いましてよ!」
「商談成立!」
こうして、嵐のような王女様との同居生活が幕を開けた。
キースは頭を抱えているが、私はホクホク顔だ。
借金完済(実質)してもなお、この屋敷に留まることになった私。
その理由は「キース公爵への忠誠」なのか、それとも「新たな金脈の発見」なのか。
……まあ、両方ということにしておこう。
「さあ、忙しくなりますよ! マーサさん、夕食は豪華に! 請求書は全部レムリア王室へ回しますから!」
私の号令に、使用人たちが「へい、姉御!」と嬉々として動き出した。
グランディール公爵邸の玄関ホール。
台風のように突っ込んできた派手な美女――隣国レムリアの王女、エレオノーラ様は、キース公爵の首にガシッと抱きついていた。
その勢いは凄まじい。
タックルを受けたキースが、一歩たたらを踏んだほどだ。
「……離せ、エレオノーラ。首が締まる」
「いやですわ! 三年ぶりですもの! 補充が必要です、キース様成分の!」
「俺は栄養ドリンクか」
キースはげんなりとした顔で、彼女を引き剥がそうとするが、王女の腕力は意外に強いらしい。
私はその光景を、一歩引いた場所から冷静に観察していた。
そして、即座に電卓を弾き始めた。
(……ドレスは最高級のシルク。首元のネックレスは大粒のダイヤモンド、推定五十カラット。腕輪はプラチナ……総額で金貨五万枚は下らないわね)
私の目が『¥』マークになる。
「……公爵様。素晴らしいお客様です。歩く金塊……いえ、大切なお客様(カモ)がご到着されました」
「おい、ノワル。客を『カモ』と呼ぶな。あと助けろ」
キースが私にSOSの視線を送ってくる。
私は咳払いをして、一歩前に進み出た。
「……失礼いたします。エレオノーラ様」
「あら?」
エレオノーラ王女は、キースから顔を離し、私をジロリと見た。
その瞳は、勝気な猫のように大きく、そして不躾なほど率直だった。
「誰ですの、貴女? 使用人にしては態度が大きいですわね。それに、その黒いドレス……地味ですわ」
「お初にお目にかかります。当家の事務官を務めております、ノワル・ヴァレンタインと申します」
私は完璧なカーテシーを披露した。
「事務官? ふーん……」
エレオノーラ様は私を頭のてっぺんから爪先まで値踏みし、ふん、と鼻を鳴らした。
「キース様が女性を側に置くなんて珍しいと思ったら……なるほど、色気のない事務員ですのね。これなら安心ですわ」
「安心、ですか?」
「ええ! だって、こんな『動く電卓』みたいな女、キース様の好みじゃありませんもの!」
失礼な。
誰が動く電卓ですか。
私は『高機能・多言語対応・魔導演算機能付き電卓』ですよ。スペックが違います。
「おい、エレオノーラ。言葉を慎め。こいつは俺の……」
キースが怒って言い返そうとしたが、私はそれを手で制した。
お客様を怒らせてはいけない。
財布の紐が固くなるからだ。
「おっしゃる通りです、王女殿下。私はただの事務員。公爵様とは雇用関係とお金の貸し借りがあるだけの、ドライな関係でございます」
「お金の貸し借り?」
エレオノーラ様が興味深そうに眉を上げた。
「ええ。少々事情がありまして、公爵様に五億ゴールドほどの借金があり、その返済のために働いているのです」
「ご、五億!?」
エレオノーラ様は目を丸くし、それから扇で口元を隠して笑い出した。
「おーっほっほ! なんですの、そのはした金!」
「……はした金?」
私の眉がピクリと動く。
五億を「はした金」と言い切った人間は、この国には国王陛下くらいしかいない。
「五億程度、わたくしのお小遣い三ヶ月分ですわ! そんなちっぽけな金額のために、キース様の貴重なお時間を独占しているなんて、図々しいにも程があります!」
エレオノーラ様はパチンと指を鳴らした。
控えていた従者が、恭しく革袋を差し出す。
「よろしい。わたくしが払って差し上げますわ!」
「……はい?」
「その借金、わたくしが肩代わり……いえ、一括返済して差し上げますと言っているのです!」
ズシリ。
エレオノーラ様は、中身がパンパンに詰まった革袋を、私に放り投げた。
私は反射的にキャッチする。
重い。
そして、中から聞こえる金属音は、間違いなく高純度のプラチナ貨の音だ。
「こ、これは……」
「中身はプラチナ貨千枚(約十億ゴールド)。借金を返してもお釣りがきますわ。これをあげるから、今すぐここから消えてくださる?」
エレオノーラ様は勝ち誇った顔で言い放った。
「手切れ金ですわ。キース様の隣は、わたくしにこそ相応しい場所。貴女のような地味な女は、田舎にでも引っ込んでなさい!」
時が止まった。
私は手元の革袋を見つめ、脳内で高速計算を行った。
借金残高、五億。
この袋の中身、十億。
差し引き、プラス五億の利益。
さらに、先日アレン王子から巻き上げた資産三十六億を合わせれば……総資産四十一億。
(……一生遊んで暮らせるどころか、小国の城が買える!)
私の夢見た「隠居生活」へのチケットが、今、向こうから飛び込んできたのだ。
しかも、相手は「消えろ」と言っている。
つまり、労働の義務からも解放される。
こんな好条件のM&A(合併・買収)案件、断る理由がどこにある?
「……ありがとうございます!!」
私は満面の笑み(営業スマイルMAX)を浮かべ、革袋を抱きしめた。
「商談成立です! 毎度ありがとうございます! いやぁ、レムリア王女殿下は太っ腹ですね! 素晴らしい! 最高です!」
「えっ? あ、あら……話が早くて助かりますわ」
エレオノーラ様の方が、私のあまりの即決ぶりに引いている。
「では公爵様、借金はこれで完済です! お釣りは退職金代わりにもらっておきますね!」
私はキースに向き直り、ビシッと敬礼した。
「短い間でしたが、お世話になりました! 貴方との労働の日々、プライスレスな思い出として胸にしまっておきます! それでは、さようなら!」
私は革袋を担ぎ、脱兎のごとく出口へ向かおうとした。
「……待て」
ドスッ。
私の足元に、巨大な氷の壁が出現し、退路を塞いだ。
「ひぇっ!?」
急ブレーキをかけて振り返ると、そこには――般若のような形相のキース公爵が立っていた。
部屋の温度が急激に下がり、花瓶の花が凍りつく。
「……おい、ノワル」
「は、はい」
「お前、今、俺を売ったな?」
「人聞きが悪い! 売ったのは『労働契約』です! 正当な債務の弁済です!」
「ふざけるな。俺はお前の借金を肩代わりした時、言ったはずだ。『俺を買え』とな」
キースがゆっくりと近づいてくる。
そのプレッシャーは、魔王の再来のようだ。
「つまり、俺とお前の契約は、金銭の貸借以上の『主従契約』だ。俺の許可なく、勝手に完済して逃げることは許さん」
「そんなの契約書に書いてありませんでしたよ! ブラック企業ですか!」
「俺がルールだ」
キースは私の手から、十億入りの革袋をひったくった。
「あっ! 私の十億!」
そして、それをエレオノーラ様に投げ返した。
「持ち帰れ、エレオノーラ。俺の事務官は非売品だ」
「キャッチ! ……って、キース様!?」
エレオノーラ様が革袋を受け止め、目を白黒させる。
「どうしてですの!? たかが事務員一人に、十億以上の価値があるとおっしゃいますの!?」
「ある」
キースは即答した。
「こいつの価値は金では計れん。……俺の横に立てるのは、こいつだけだ」
「なっ……!」
エレオノーラ様がショックでよろめく。
私もショックでよろめいた。
「(ううっ……私の十億が……私のスローライフが……!)」
「諦めろ、ノワル。お前は俺が死ぬまでこき使ってやる」
キースが私の首根っこを掴み、引き寄せた。
「借金は返さなくていい。その代わり、一生俺の側で働け。……これは命令だ」
耳元で囁かれたその言葉は、プロポーズのようにも聞こえたが、内容はどう考えても「終身刑の宣告」だった。
「……公爵様。それは労働基準法違反です」
「知らん」
キースは私を捕獲したまま、エレオノーラ様に向き直った。
「そういうわけだ、エレオノーラ。悪いが、お前の金で俺の心も、こいつの時間も買えん。帰ってくれ」
冷たく突き放された王女様。
普通なら、ここで泣いて帰るか、怒って帰るかだろう。
だが、彼女は違った。
「……ふ、ふふふ」
エレオノーラ様は、不気味に笑い出した。
「面白い……面白いですわ、キース様!」
彼女はバッと顔を上げ、瞳を爛々と輝かせた。
「わたくしの十億を突き返すなんて、世界広しといえどキース様くらいですわ! ますます燃えてきました!」
「……は?」
「それに、そこの地味女!」
エレオノーラ様が私を指差す。
「ノワルと言いましたわね? 貴女、わたくしの十億を受け取ろうとしましたわね?」
「ええ。喉から手が出るほど欲しかったです」
私は正直に答えた。
「正直者ですわね。……気に入りましたわ!」
「はい?」
「貴女、わたくしのライバルとして認めて差し上げます! キース様がそこまで執着する女、ただの事務員ではありませんわね!」
エレオノーラ様は高らかに宣言した。
「決めました! わたくし、この屋敷に滞在します!」
「はあ!?」
キースと私が同時に声を上げた。
「帰れと言っただろう!」
「いやです! 貴方様がこの女のどこに惚れ……いえ、評価しているのか、この目で見極めさせていただきます! そして、必ずや貴方様を振り向かせてみせますわ!」
エレオノーラ様は従者に指示を出した。
「荷物を運びなさい! 客室を一番豪華に改装して! 費用はわたくしが出します!」
「……費用は出す?」
私の耳がピクリと動いた。
「ええ、出しますとも! 滞在費、食費、改装費……言い値で払いましてよ!」
カシャーン。
私の中で、何かのスイッチが切り替わった。
私はキースの拘束をすり抜け、エレオノーラ様の前に進み出た。
そして、最高の笑顔で手を差し出した。
「――ようこそお越しくださいました、エレオノーラ様! 当グランディール公爵邸は、お客様の長期滞在を心より歓迎いたします!」
「ノワル!?」
キースが叫ぶ。
「公爵様、落ち着いてください。先ほどの十億は逃しましたが、こちらは『継続的な収益源(サブスクリプション)』です」
私は小声でキースに囁いた。
「王女殿下の滞在費をふんだくり、屋敷の改装費を負担させ、さらに彼女の『キース様への貢ぎ物』を管理すれば……莫大な利益になります。追い返すなんて、札束をドブに捨てるようなものです!」
「お前……また金か」
「転んでもただでは起きません。ライバルだろうと何だろうと、金を払う人間はすべて『神様(お客様)』です!」
私はエレオノーラ様に向かってウィンクした。
「それでは王女殿下。最高のお部屋(一番高いスイート)をご用意いたします。一泊につき金貨百枚ですが、よろしいですね?」
「安いですわね! 二百枚払いましてよ!」
「商談成立!」
こうして、嵐のような王女様との同居生活が幕を開けた。
キースは頭を抱えているが、私はホクホク顔だ。
借金完済(実質)してもなお、この屋敷に留まることになった私。
その理由は「キース公爵への忠誠」なのか、それとも「新たな金脈の発見」なのか。
……まあ、両方ということにしておこう。
「さあ、忙しくなりますよ! マーサさん、夕食は豪華に! 請求書は全部レムリア王室へ回しますから!」
私の号令に、使用人たちが「へい、姉御!」と嬉々として動き出した。
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