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「……決めたわ。ミーナ、シャベルを持ってきてちょうだい。それも、一番頑丈で、土を根こそぎひっくり返せるやつを」
胃もたれから劇的な回復を遂げた翌朝。私は、公爵家の自慢である『完璧に整えられた庭園』を窓から見下ろして宣言しました。
「……お嬢様。その目は、また何か良からぬことを企んでいる目ですね。昨日の胃薬の苦さを、もうお忘れですか?」
「忘れてないわよ。でも、あれは『入れる』方の話。今日は『育てる』方の話よ」
私は、寝巻きの上から活動しやすい質素なドレス(と言っても公爵令嬢用ですが)を羽織り、庭へと飛び出しました。
目の前には、名高い庭師が心血を注いで作り上げた、左右対称の美しいバラのアーチと、一分の隙もない芝生が広がっています。
「……美しすぎるわ。機能美がなさすぎる。見て、この芝生。一粒のカロリーも生み出さないなんて、土地の無駄遣いにも程があるわ!」
「……庭園は、眺めて心を満たすためのものですから。カロリーを求めるなら、裏の農地へ行ってください」
「ダメよ、自分の一番近くに置いておきたいの! 私は、朝起きてすぐ、窓から『あぁ、今日も私の芋たちは健やかに太っているわね』と確認したいのよ!」
私は、ミーナが渋々持ってきたシャベルをひったくると、一番日当たりの良い、特等席の芝生に思い切り突き立てました。
「ああっ!? 一平米十金もする最高級の芝生が……!」
「関係ないわ! さようなら、ただの草! こんにちは、私の胃袋の親友たち!」
フンッ、と気合を入れて土を掘り起こします。
妃教育で鍛えられた(?)無駄に良い体幹と筋力が、ここで火を吹きました。
「お嬢様、所作が! 背筋を伸ばして泥を跳ね上げないでください! ……いえ、もう手遅れですね。泥だらけじゃないですか」
「いいのよ、土は汚れじゃない、母なる大地よ! ここに、あの『ホクホクの黄金色』が埋まっている未来を想像してごらんなさい!」
私が顔に泥をつけながら、一心不乱に地面を掘り返していた、その時。
「……何をしている、師匠」
低く、聞き心地の良い声が背後から聞こえました。
振り返ると、そこには今日も今日とて無駄に顔が良いオズワルド様が立っていました。
「あ、オズワルド様。見てください、開墾ですわ! ここを王都一番の芋畑にするんですの!」
オズワルド様は、大きく掘り返された穴と、泥まみれの私を、じっと無表情で見つめました。
「……芋。……あの、昨日食べた、あの黄色い悪魔の原材料か?」
「そうですわ! あれを、庭で、採れたてで焼いて食べる。……これ以上の贅沢がこの世にあるかしら?」
オズワルド様は、数秒間、黙考するように目を閉じました。
そして、ゆっくりと上着を脱ぎ、近くのバラの木に無造作に掛けました。
「……手伝おう」
「えっ?」
「……私は『氷の騎士』と呼ばれているが、実は北部の領地では、凍土を耕す作業を視察したこともある。……力仕事なら、私の方が効率が良いはずだ」
「オズワルド様、あなた公爵ですよ!? 隣国の貴賓ですよ!? そんな、白いシャツを泥だらけにして……」
「……構わん。昨日の借りを返したい。それに……『自分の手で収穫したものを食らう』。……その言葉の響きに、今、猛烈に魂が震えている」
オズワルド様は、私の手からシャベルを奪い取ると、恐ろしい速さで地面を掘り始めました。
「……ふんっ!」
ドスッ、ドスッ、と、戦場にいるかのような鋭い動きで土が舞い上がります。
「凄い……! 公爵様のシャベル捌き、もはや芸術の域ですわ!」
「……これしき、剣を振るうことに比べれば容易い。……ここか? ここに植えればいいのか?」
「はい! あ、そこはもう少し深く掘ってくださいまし!」
「……承知した」
泥まみれになりながら、楽しげに笑う私と、真剣な顔で土を掘り進める氷の公爵。
その光景は、端から見れば「美男美女のガーデニング」ではなく、「埋蔵金でも探している不審者」のそれでした。
「…………あーあ」
ミーナが、遠い目をして天を仰いでいます。
そこへ、騒ぎを聞きつけたお父様がやってきました。
「カナタ! 庭で一体何を……ッ!? ノースランド公爵!? 貴殿、何という姿を……!」
お父様は、泥を被ったオズワルド様を見て絶句しました。
しかし、オズワルド様は手を止めずに答えました。
「……フォルセティ公爵。私は今、大地の息吹を感じている。……カナタ嬢は天才だ。庭を鑑賞するだけのものから、生命を育む場に変えるとは」
「お父様! 見てください、順調ですわ! ここに芋を植えて、秋にはみんなで焼き芋パーティーをしましょう!」
「……焼き芋。……あの、皮を剥くと黄金色に輝く、あの……」
お父様の動きが止まりました。
彼は、かつて王宮の厳格なマナーの中で押し殺してきた、幼い日の記憶を呼び覚ましているようでした。
「……カナタ。あっちの噴水の横も、日当たりが良いと思わないか?」
「お父様……! わかってくださるのね!」
「……ミーナ。予備のシャベルを。……私だって、現役の公爵だ。体力ではまだ若造には負けんぞ」
「……畏まりました。もう、好きにしてください」
こうして、公爵家の庭園は、その日のうちに「芋畑」へと姿を変え始めました。
高級なバラは端に追いやられ、代わりに整然と並ぶ土の山。
泥だらけになりながら笑い合う三人を見て、使用人たちは「我が公爵家は、もうおしまいだ」と涙したそうですが……。
当の本人たちは、今までで一番、生き生きとした表情をしていました。
「……ふぅ。良い汗をかいたな、師匠」
「ええ。では、作業が終わったら、冷たい炭酸水でも飲みましょう。……もちろん、お行儀悪く、瓶から直接!」
「……最高だ」
オズワルド様が、泥のついた顔で、わずかに口角を上げました。
完璧な淑女であった私には、今のこの「汚れた幸せ」が、何よりも輝いて見えるのでした。
胃もたれから劇的な回復を遂げた翌朝。私は、公爵家の自慢である『完璧に整えられた庭園』を窓から見下ろして宣言しました。
「……お嬢様。その目は、また何か良からぬことを企んでいる目ですね。昨日の胃薬の苦さを、もうお忘れですか?」
「忘れてないわよ。でも、あれは『入れる』方の話。今日は『育てる』方の話よ」
私は、寝巻きの上から活動しやすい質素なドレス(と言っても公爵令嬢用ですが)を羽織り、庭へと飛び出しました。
目の前には、名高い庭師が心血を注いで作り上げた、左右対称の美しいバラのアーチと、一分の隙もない芝生が広がっています。
「……美しすぎるわ。機能美がなさすぎる。見て、この芝生。一粒のカロリーも生み出さないなんて、土地の無駄遣いにも程があるわ!」
「……庭園は、眺めて心を満たすためのものですから。カロリーを求めるなら、裏の農地へ行ってください」
「ダメよ、自分の一番近くに置いておきたいの! 私は、朝起きてすぐ、窓から『あぁ、今日も私の芋たちは健やかに太っているわね』と確認したいのよ!」
私は、ミーナが渋々持ってきたシャベルをひったくると、一番日当たりの良い、特等席の芝生に思い切り突き立てました。
「ああっ!? 一平米十金もする最高級の芝生が……!」
「関係ないわ! さようなら、ただの草! こんにちは、私の胃袋の親友たち!」
フンッ、と気合を入れて土を掘り起こします。
妃教育で鍛えられた(?)無駄に良い体幹と筋力が、ここで火を吹きました。
「お嬢様、所作が! 背筋を伸ばして泥を跳ね上げないでください! ……いえ、もう手遅れですね。泥だらけじゃないですか」
「いいのよ、土は汚れじゃない、母なる大地よ! ここに、あの『ホクホクの黄金色』が埋まっている未来を想像してごらんなさい!」
私が顔に泥をつけながら、一心不乱に地面を掘り返していた、その時。
「……何をしている、師匠」
低く、聞き心地の良い声が背後から聞こえました。
振り返ると、そこには今日も今日とて無駄に顔が良いオズワルド様が立っていました。
「あ、オズワルド様。見てください、開墾ですわ! ここを王都一番の芋畑にするんですの!」
オズワルド様は、大きく掘り返された穴と、泥まみれの私を、じっと無表情で見つめました。
「……芋。……あの、昨日食べた、あの黄色い悪魔の原材料か?」
「そうですわ! あれを、庭で、採れたてで焼いて食べる。……これ以上の贅沢がこの世にあるかしら?」
オズワルド様は、数秒間、黙考するように目を閉じました。
そして、ゆっくりと上着を脱ぎ、近くのバラの木に無造作に掛けました。
「……手伝おう」
「えっ?」
「……私は『氷の騎士』と呼ばれているが、実は北部の領地では、凍土を耕す作業を視察したこともある。……力仕事なら、私の方が効率が良いはずだ」
「オズワルド様、あなた公爵ですよ!? 隣国の貴賓ですよ!? そんな、白いシャツを泥だらけにして……」
「……構わん。昨日の借りを返したい。それに……『自分の手で収穫したものを食らう』。……その言葉の響きに、今、猛烈に魂が震えている」
オズワルド様は、私の手からシャベルを奪い取ると、恐ろしい速さで地面を掘り始めました。
「……ふんっ!」
ドスッ、ドスッ、と、戦場にいるかのような鋭い動きで土が舞い上がります。
「凄い……! 公爵様のシャベル捌き、もはや芸術の域ですわ!」
「……これしき、剣を振るうことに比べれば容易い。……ここか? ここに植えればいいのか?」
「はい! あ、そこはもう少し深く掘ってくださいまし!」
「……承知した」
泥まみれになりながら、楽しげに笑う私と、真剣な顔で土を掘り進める氷の公爵。
その光景は、端から見れば「美男美女のガーデニング」ではなく、「埋蔵金でも探している不審者」のそれでした。
「…………あーあ」
ミーナが、遠い目をして天を仰いでいます。
そこへ、騒ぎを聞きつけたお父様がやってきました。
「カナタ! 庭で一体何を……ッ!? ノースランド公爵!? 貴殿、何という姿を……!」
お父様は、泥を被ったオズワルド様を見て絶句しました。
しかし、オズワルド様は手を止めずに答えました。
「……フォルセティ公爵。私は今、大地の息吹を感じている。……カナタ嬢は天才だ。庭を鑑賞するだけのものから、生命を育む場に変えるとは」
「お父様! 見てください、順調ですわ! ここに芋を植えて、秋にはみんなで焼き芋パーティーをしましょう!」
「……焼き芋。……あの、皮を剥くと黄金色に輝く、あの……」
お父様の動きが止まりました。
彼は、かつて王宮の厳格なマナーの中で押し殺してきた、幼い日の記憶を呼び覚ましているようでした。
「……カナタ。あっちの噴水の横も、日当たりが良いと思わないか?」
「お父様……! わかってくださるのね!」
「……ミーナ。予備のシャベルを。……私だって、現役の公爵だ。体力ではまだ若造には負けんぞ」
「……畏まりました。もう、好きにしてください」
こうして、公爵家の庭園は、その日のうちに「芋畑」へと姿を変え始めました。
高級なバラは端に追いやられ、代わりに整然と並ぶ土の山。
泥だらけになりながら笑い合う三人を見て、使用人たちは「我が公爵家は、もうおしまいだ」と涙したそうですが……。
当の本人たちは、今までで一番、生き生きとした表情をしていました。
「……ふぅ。良い汗をかいたな、師匠」
「ええ。では、作業が終わったら、冷たい炭酸水でも飲みましょう。……もちろん、お行儀悪く、瓶から直接!」
「……最高だ」
オズワルド様が、泥のついた顔で、わずかに口角を上げました。
完璧な淑女であった私には、今のこの「汚れた幸せ」が、何よりも輝いて見えるのでした。
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