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第1章 別れと出会い
第5話 目的
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エルフの森は、エルフの先祖達が作ったものである。自分達で木を植え、育て、何100年も何1000年もかけて少しずつ森を広げていった。
エルフは、そんな先祖の作った森に住むことで先祖のしたことを称え、その森の恵みで自分達の身の回りのものを全て賄うことで、先祖達の魂が自分達を守ってくれると信じていた。
「……エルフは、墓を作らない。死者の魂は森の木々に、肉体は森の土に……森そのものになる。森そのものが、ご先祖様のお墓でもあるんですよ」
「家も、道具も、墓も、先祖が魂込めて作った森でできてるのか。確かに、森が自分達の誇りって言うのも分かるな」
ルカの話を聞いたアレスは森を見て微笑むと、地面に置いていた荷物を肩にかける。
「……本当に、もう行っちゃうんですか? みんな、もうアレスさんのことは認めてくれてるんだよ?」
「……ああ。気持ちは嬉しいけど、俺には帰らなきゃいけない場所があるんだ。ここのみんなの好意に甘えているわけにはいかないよ」
アレスは村のみんなの引き留める声を振り払い、今度こそこの村を去る準備をしていた。エルフ達が自分のことを受け入れてくれたのは嬉しく思っていたが、それでも自分には目指すべき場所、会わなくてはいけない仲間がいるのだ。
(俺は、呪いを自分の力に変えたんだ! 早くみんなのところに戻って、みんなを守らなきゃ……!)
一刻も早く、またみんなと会いたい。今のアレスの頭の中は、かつての仲間達の顔でいっぱいだった。そんな使命に逸るアレスの顔を見ているうちに、ルカは寂しい気持ちになりながらも、その顔は自然と微笑んでいた。
(……ああ、そうか。この人には、成すべき事があるんだ。こんなところにいつまでもとどまっていられないような、大切な事が……私達に、この人を引き留めることは出来ない。出来るのは、それじゃなくて……)
アレスの決意が固いことを知ると、ルカも一つの選択をすることになる。それは、基本的に他種族との交流を拒む普通のエルフにとっては、ありえないような選択だった。
「……私も、アレスさんに着いていっていいかな?」
「……なんだって?」
アレスが驚くのも無理はない。普通のエルフは自分が生まれ育った森を一生出ることはないまま、数百年にもわたる生涯を終える。稀に狩りや交易で外界に出る男ならともかく、女のエルフであればなおも異常な決断であった。
「……いいのか? 俺が目指すのは、ここから遥か遠い場所にある王都だ。女の子には厳しい道のりになるだろうし、下手したら一生、この村には帰れないかもしれない」
アレスの話を聞いたルカは、彼がそう言うことを分かっていたかのような顔で話をはじめる。
「……両親には、既に話をしました。どうしてもと言うなら止めはしないと、そう言われました」
「…………」
「私はてっきり反対されると思っていたんですが、思いの外すんなり許可してくれて……逆に寂しくなったんですよね。もう村に帰れないかもって不安も、当然頭をよぎりました」
「……それでも君は、広い外の世界を見ることを望むのか?」
「……はい。寂しさはもちろんありますが、それ以上のものが私を突き動かすんです。外の世界を知りたいっていう夢や、探求心が。寂しさを押さえつけて私の心を動かしてくるんです」
自らの決意を語るルカの目には、一点の曇りもない。彼女は自分の決断によって得られるものも、失うものも、全てを理解した上で外の世界に行くことを選んだと、そう判断したアレスはルカに笑いかけた。
「……分かったよ。君の決意を、無駄にするわけにはいかないな」
「……じゃあ!」
「ああ、一緒に行こう。王都までは長い長い道のりになる。一人ぐらい話し相手も欲しかったしな」
「ふふっ、そのくらいならいくらでもこなしますよ!」
こうして、ルカはアレスとともに生まれ育った村を出て、広い世界で見識を広げるための旅に出ることになった。その目的は、単純に自分の好奇心を満たすため。この世界と他の種族のことを知り、エルフの将来のためになる知識を得るため。そして……
「……個人的に、あなたに興味があるんですよね……」
「ん? 何か言ったか?」
「い、いいえ? なんでも?」
「……なんで疑問系なんだ?」
二人は森を出て、王都に向かうために次の目的地を目指す。エルフ達は一人もルカの見送りには来なかったが、それは森で一生を過ごすというエルフの文化を自分が軽んじたため、そして、少しでも名残惜しさを減らそうとする両親なりの思いやりだと、ルカはそう判断した。
(みんなの伝統を重んじる姿勢は尊重するよ。でも、私はそれだけじゃ満足できないんだ。エルフ独自の伝統や文化は大事だけど、それに拘るあまり時代から取り残されちゃいけない。……私は、伝統を守りつつ他種族の良いところも取り入れた、新しいエルフになって帰ってくるから……)
「みんなぁっ!!! 期待して待ってろよぉっ!!!」
ルカは故郷の森に向かって大声で叫ぶ。……が、慣れない大声を出したせいで少し喉を痛めてしまった。
「ゲホッ、ゲホッ!」
「なにやってるんだよ……大丈夫か?」
「は、はい。だいじょぶ……あ、そうだ。王都に向かうって言ってましたけど、どうやって向かうんですか?」
そのルカの質問に答えるために、アレスは立ち止まって地図を広げる。
「王都はここで、現在地はここだ。はっきり言って、歩いて王都まで向かうのは現実的じゃない。だから、列車を使う」
「列車!? 列車って、あの凄いスピードで人を乗せて運ぶって噂の、あの文明の利器!?」
ルカは列車という単語に露骨にテンションを上げる。もともと人間をはじめとした他種族ならではのものに強い興味を持っていたルカにとって、列車という人間社会の最先端を行く乗り物は憧れそのものだったのだ。
「ただ、列車は一般の方も使う以上、こんな魔窟が近くにあるような危険な地域には走っていない。ここからの最寄り駅は……このヤン・オーウェン駅だ」
アレスが指を指した駅は、現在地から南の方角、山岳地帯を挟んだ先にあった。
「……最寄り駅でここですか? この間にあるアピース山脈って、かなり険しかった気がするんですけど……」
「……まぁ、そのことについてはその時に考えよう。まずはここから一番近い街、このヘーネンという場所に向かおう」
こうして片手に地図を持ったまま、アレスは歩きはじめたのである。その後ろをついていくルカは、小声でボソッと呟いた。
「……とりあえず、私の故郷がよほど田舎にあることはわかりましたよ。……村を出なきゃ、こんなことも分からなかったんだよね……」
二人は街へ向けて進み続ける。しかし、その後ろから不穏な影がついてきていることに、二人はまだ気づくよしもなかった。
エルフは、そんな先祖の作った森に住むことで先祖のしたことを称え、その森の恵みで自分達の身の回りのものを全て賄うことで、先祖達の魂が自分達を守ってくれると信じていた。
「……エルフは、墓を作らない。死者の魂は森の木々に、肉体は森の土に……森そのものになる。森そのものが、ご先祖様のお墓でもあるんですよ」
「家も、道具も、墓も、先祖が魂込めて作った森でできてるのか。確かに、森が自分達の誇りって言うのも分かるな」
ルカの話を聞いたアレスは森を見て微笑むと、地面に置いていた荷物を肩にかける。
「……本当に、もう行っちゃうんですか? みんな、もうアレスさんのことは認めてくれてるんだよ?」
「……ああ。気持ちは嬉しいけど、俺には帰らなきゃいけない場所があるんだ。ここのみんなの好意に甘えているわけにはいかないよ」
アレスは村のみんなの引き留める声を振り払い、今度こそこの村を去る準備をしていた。エルフ達が自分のことを受け入れてくれたのは嬉しく思っていたが、それでも自分には目指すべき場所、会わなくてはいけない仲間がいるのだ。
(俺は、呪いを自分の力に変えたんだ! 早くみんなのところに戻って、みんなを守らなきゃ……!)
一刻も早く、またみんなと会いたい。今のアレスの頭の中は、かつての仲間達の顔でいっぱいだった。そんな使命に逸るアレスの顔を見ているうちに、ルカは寂しい気持ちになりながらも、その顔は自然と微笑んでいた。
(……ああ、そうか。この人には、成すべき事があるんだ。こんなところにいつまでもとどまっていられないような、大切な事が……私達に、この人を引き留めることは出来ない。出来るのは、それじゃなくて……)
アレスの決意が固いことを知ると、ルカも一つの選択をすることになる。それは、基本的に他種族との交流を拒む普通のエルフにとっては、ありえないような選択だった。
「……私も、アレスさんに着いていっていいかな?」
「……なんだって?」
アレスが驚くのも無理はない。普通のエルフは自分が生まれ育った森を一生出ることはないまま、数百年にもわたる生涯を終える。稀に狩りや交易で外界に出る男ならともかく、女のエルフであればなおも異常な決断であった。
「……いいのか? 俺が目指すのは、ここから遥か遠い場所にある王都だ。女の子には厳しい道のりになるだろうし、下手したら一生、この村には帰れないかもしれない」
アレスの話を聞いたルカは、彼がそう言うことを分かっていたかのような顔で話をはじめる。
「……両親には、既に話をしました。どうしてもと言うなら止めはしないと、そう言われました」
「…………」
「私はてっきり反対されると思っていたんですが、思いの外すんなり許可してくれて……逆に寂しくなったんですよね。もう村に帰れないかもって不安も、当然頭をよぎりました」
「……それでも君は、広い外の世界を見ることを望むのか?」
「……はい。寂しさはもちろんありますが、それ以上のものが私を突き動かすんです。外の世界を知りたいっていう夢や、探求心が。寂しさを押さえつけて私の心を動かしてくるんです」
自らの決意を語るルカの目には、一点の曇りもない。彼女は自分の決断によって得られるものも、失うものも、全てを理解した上で外の世界に行くことを選んだと、そう判断したアレスはルカに笑いかけた。
「……分かったよ。君の決意を、無駄にするわけにはいかないな」
「……じゃあ!」
「ああ、一緒に行こう。王都までは長い長い道のりになる。一人ぐらい話し相手も欲しかったしな」
「ふふっ、そのくらいならいくらでもこなしますよ!」
こうして、ルカはアレスとともに生まれ育った村を出て、広い世界で見識を広げるための旅に出ることになった。その目的は、単純に自分の好奇心を満たすため。この世界と他の種族のことを知り、エルフの将来のためになる知識を得るため。そして……
「……個人的に、あなたに興味があるんですよね……」
「ん? 何か言ったか?」
「い、いいえ? なんでも?」
「……なんで疑問系なんだ?」
二人は森を出て、王都に向かうために次の目的地を目指す。エルフ達は一人もルカの見送りには来なかったが、それは森で一生を過ごすというエルフの文化を自分が軽んじたため、そして、少しでも名残惜しさを減らそうとする両親なりの思いやりだと、ルカはそう判断した。
(みんなの伝統を重んじる姿勢は尊重するよ。でも、私はそれだけじゃ満足できないんだ。エルフ独自の伝統や文化は大事だけど、それに拘るあまり時代から取り残されちゃいけない。……私は、伝統を守りつつ他種族の良いところも取り入れた、新しいエルフになって帰ってくるから……)
「みんなぁっ!!! 期待して待ってろよぉっ!!!」
ルカは故郷の森に向かって大声で叫ぶ。……が、慣れない大声を出したせいで少し喉を痛めてしまった。
「ゲホッ、ゲホッ!」
「なにやってるんだよ……大丈夫か?」
「は、はい。だいじょぶ……あ、そうだ。王都に向かうって言ってましたけど、どうやって向かうんですか?」
そのルカの質問に答えるために、アレスは立ち止まって地図を広げる。
「王都はここで、現在地はここだ。はっきり言って、歩いて王都まで向かうのは現実的じゃない。だから、列車を使う」
「列車!? 列車って、あの凄いスピードで人を乗せて運ぶって噂の、あの文明の利器!?」
ルカは列車という単語に露骨にテンションを上げる。もともと人間をはじめとした他種族ならではのものに強い興味を持っていたルカにとって、列車という人間社会の最先端を行く乗り物は憧れそのものだったのだ。
「ただ、列車は一般の方も使う以上、こんな魔窟が近くにあるような危険な地域には走っていない。ここからの最寄り駅は……このヤン・オーウェン駅だ」
アレスが指を指した駅は、現在地から南の方角、山岳地帯を挟んだ先にあった。
「……最寄り駅でここですか? この間にあるアピース山脈って、かなり険しかった気がするんですけど……」
「……まぁ、そのことについてはその時に考えよう。まずはここから一番近い街、このヘーネンという場所に向かおう」
こうして片手に地図を持ったまま、アレスは歩きはじめたのである。その後ろをついていくルカは、小声でボソッと呟いた。
「……とりあえず、私の故郷がよほど田舎にあることはわかりましたよ。……村を出なきゃ、こんなことも分からなかったんだよね……」
二人は街へ向けて進み続ける。しかし、その後ろから不穏な影がついてきていることに、二人はまだ気づくよしもなかった。
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