最強の盾と最凶の矛~魔王の呪いを受けてパーティーを自主的に抜けたら最強になった~

剣太郎

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第2章 ヘーネンの街

第8話 守るべきもの

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 竜は、この地上で最強と呼ばれる種族である。その力は単体で街一つを壊滅させるほどであり、彼らが束になってかかれば人間も魔族もあっけなく滅ぶだろうと言われている。

 そうなっていないのは竜の生来争いを好まない穏やかな性格と、様々な種族が共存するこの世界の秩序を守るという本能ゆえである。

 しかし、目の前の竜には明確な人間への敵意がある。いや、敵意を持っているのは竜ではなく、彼に呪いをかけた存在だ。

「……待ってて。今、助けてあげるからね」

 ルカは覚悟を決めて空を見上げる。彼女の目には、自分の何倍もの体を持つ巨大生物と、それを覆うドス黒い負のオーラが見えていた。

(竜を倒すなんてこと、私には出来るわけが無い。でも、かけられている呪いを祓うことなら……!)

 彼女は弓を引く。放たれる矢に、ありったけの魔力を込めて。

「……お願い! 正気に戻ってっ!!!」

 光の矢が、竜を覆う負のオーラの中心へ向かってまっすぐ飛んでいく。竜は回避しようと試みるが、巨体を誇る分当たる的は大きい。矢が竜の後ろ足へと刺さると、その部分から発される光によって負のオーラが少し晴れる。

「よしっ! 当たった……」

「ヴオォーーーッ!!!」

 竜の咆哮が鳴り響く。周囲の空気が激しく振動し、もっとも近くでそれを聞くルカの鼓膜は破れそうになっていた。

(……頭がっ! 痛い……! でも……)

「……痛いのは、あなたも同じなんだよね。……本当にごめんね」

 今の咆哮は、矢が刺さったための激痛による叫び。竜がルカの矢によって経験した痛みと、ルカが竜の咆哮によって感じた痛みのどちらが大きいのかは、本人達にすら分からない。ルカは、頭が割れそうになるほどの痛みをこらえて再び弓を引く。

「あなたの痛みは私も引き受けるから……だから、ちょっとでいいから、我慢してねっ!!!」





「……今の咆哮、誰かが竜と戦ってるみたいだねぇ」

 男は空を見上げてそう語る。アレスも同じように空を見上げるが、彼は竜の足から発される光に心当たりがあった。

(……まさか、ルカが戦っているのか? 竜と!?)



「り、竜だぁー! 早く逃げろぉー!」

 街全体に響く竜の咆哮を聞いて、ヘーネンの人々はようやく避難をはじめる。我先にと街から逃げて、安全な場所へと逃げようとする人々を見て、男は歪んだ笑みを浮かべた。

「……人々の混乱か。派手だねぇ、竜を連れてきた甲斐があったってもんだよ。これなら魔王様に褒められること間違いなしだ」

「……狙いは俺だろ? ターゲットを殺せなくても褒めてくれるなんて、魔王は随分と甘いんだな」

 皮肉を言ってやったと思ったアレスだが、男の反応はアレスの想像とは全く違ったものだった。

「……ハハッ、あーなるほど。お前まだ分かってないんだな?」

「あん?」

 男の嘲笑を見て、アレスはただ単にこの男は自分の殺害を目的にしているのではないと判断する。しかし、具体的な目的はまだ図りかねていた。

「……まぁいいや。せっかくだし、俺の思うようにやってみようか」

 そう言った男の目線は、アレスではなく逃げまどう人々に向けられていた。

「……やめろぉっ!!!」

 民衆の方に向けて高速移動しようとした男を、アレスは盾で受け止める。

「……チィッ、反応自体はそこまで遅れてないってことかい」

 男はその後も何度か民衆の集まる場所を目指して高速移動を試みるが、それを全てアレスは防いで男を民衆のもとへ近寄らせない。

「……クソがっ、目的が攻撃から防御に変わるだけで、ここまで動きが見違えるかよ……!」

 アレスの冒険者人生は、9割以上が“防御”で構成されていた。つまり“攻撃”をした経験はほとんどなく、そのため今ある攻撃手段はただ殴るだけ。しかもその動きは素人のようにぎこちないものだった。

 しかし、“防御”の場合はどうか? 彼は常に仲間をどう守るかを考え続け、それを実践してきた。相手がどこに何をしようとするのか、それにどう対応すれば防御対象を守れるのか、彼は全て分かるのだ。

「……俺の盾は、何かを守るためにあるんだ。大切な仲間も、名前も知らないような人々も……街一つだって、俺は守りきってみせる!」

 男の前で仁王立ちするアレスの放つ威圧感に、男は思わず縮み上がった。自分では、この男の守りを抜くことはできないと、そう思わされた。

「……だが、お前に勝てなくとも、負けなければいいんだよ! 確かにお前の防御は凄いが、攻撃は力任せの素人だ!」

 威勢を必死に取り戻そうとする男は、力一杯空を指差した。

「俺だけじゃない、空には竜がいる! どうやらこの街全体に防護壁を張ったみたいだが、そんな大規模なものをいつまでも継続できるわけがない! お前が防護壁に割く魔力を使い果たすまで、俺がお前を足止めできれば、俺の勝ちだ!!!」

 そう、全て男の言う通りである。『街の守り手シティ・ガードナー』を継続できるのは、魔力残量的にもあと数十分ほど。かといって、その前に竜を倒そうにも、この男から目を離せば必ずや住民達に危害を加えるだろう。

(……そうだ。守るだけじゃあ勝てないんだ。だから俺は、いつもみんなに助けてもらわなきゃ、魔物とは戦えなかった)

 アレスの脳裏に、かつての仲間達が思い浮かぶ。自分が敵の攻撃を防ぎ、その隙にブレイブが、エスピナが敵を薙ぎ倒していく。

 しかし、今の彼は一人だ。どれだけ敵の攻撃を防いでも、自分の力で攻撃を当てなれば敵を倒すことはできない。

「……やってやるよ。いや、絶対にやらなくちゃいけないんだ」

 アレスは、男に向かって力一杯拳を振るう。

「俺がお前を、倒さなきゃいけないんだ!!!」

 しかし、またもやその拳は空を切る。どれだけ力があっても、彼のワンパターンで単純な動きでは中々攻撃を当てられない。

「……くっそぉっ!」

(駄目だ! ここまでやればもう俺でも分かる! 今のままじゃ、俺はこいつを倒せない!)

 アレスは男をキッと睨む。男の方はようやく余裕を取り戻したようで、ヘラヘラしながら体を揺らしている。

(そう、新しい力が必要だ! それは何だ!? 考えろ! 素人なりに頭を回せ!)

 自分はどうすれば目の前の敵を倒せるか、アレスは頭の中でシミュレーションを繰り返す。昔、自分がどうやったら仲間を守れるかという想定を繰り返したように、ひたすら様々な攻撃パターンを頭の中で試す。

「…………そうだ、遠距離の攻撃手段だ」

 アレスはようやく答えを導きだした。そう、今の彼の一番の問題は攻撃手段の少なさである。いつまでたっても男に攻撃を当てられないのは、拳を外して距離をとられた後はもう一度接近することでしか攻撃を当てられないからだ。それがワンパターンな攻撃にも繋がっている。

 だが、距離をとられた際の新たな攻撃手段を加えられればどうか? アレスの攻撃は、威力もスピードも力任せとはいえハイレベルであり、防御の時にも使う動体視力や反応速度も優れている。単純すぎる攻撃だけでもなんとかすれば、相手にとっては非常に厄介になるはずなのである。

(一番の問題は、この遠距離攻撃をぶっつけ本番でしか使えないこと……でも、今の俺には力がある! 今の俺なら絶対できるはずだ! いや、できる!!!)

 アレスは覚悟を決めると、もう一度男に向かって殴りかかる。……が、当然男はそれを呆れ顔で避ける。

「……またこれかよ、もう飽きたぜ」

 しかし、その後が違った。アレスはもう一度拳を構え、魔力を拳へと集中させる。

(今ならやれる! 昔からずっと練習してきた、俺の攻撃魔法!!!)

旋風波エア・ブラスト!!!!!」

 アレスの振るった拳は、例によって空を切る。しかし、その拳の周りから生まれた風が、渦を描きながら巨大化して男に向かって襲いかかる。その様は、まるでアレスの拳から竜巻が発生しているかのようだった。

「風がっ! どんどん広がるっ!? まずい、避けられ……」

 気づいた時には、男は遥か遠くの空へと飛ばされていた。竜巻に体をグルグルと振り回されながら。そうして空の彼方へと消えていった男を見て、アレスは自分が手に入れた力に酔いしれていた。

「……ハハ。やった、やったぜ。……どうだ見たか、みんな! 俺は一人でも敵を倒せる! 俺はこんなにも強く…………」

 次の瞬間、アレスは現実を見た。彼の攻撃の巻き添えを受けて、壊された石畳を。外壁が吹き飛ばされ、部屋の中がむき出しとなった家々を。
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