胡蝶の夢 ~帰蝶転生記~

剣太郎

文字の大きさ
9 / 23

戦の予感

しおりを挟む
「……どうかしましたか? 帰蝶?」

「……へ? どうかって……」

「……随分と長く、十兵衛殿を見つめていらしたので」

「な、何かウチの十兵衛が気に障ることをしてしまいましたか? 何分こいつは無愛想なもので……」

「……い、いえ。なんでもありませんよ? ……ただ、他の人とは違った雰囲気を持っているなと思って……」

「……へぇ、それは……フフ。もしかしたら、記憶を失っても十兵衛殿への特別扱いは変わらないのかもしれませんね」

「……特別扱いって……?」

 小見さんは私と光秀を交互に見ながら楽しそうに笑っている。
 その姿を見て、私は今までずっと『美しい』と思っていた小見さんをはじめて『可愛い』と感じていた。

「……十兵衛殿は、あなたの従兄だということで幼い頃から付き合いがありました。その十兵衛殿をあなたは大層気に入っていたようで、大きくなってからも主従ではなく1人の友のように接していたのですよ?」

「……それが、特別扱い?」

「ええ。昨年十兵衛殿が所帯を持たれた時なんて、あなたは凄くいじけていたんですよ?」

「いじけてたって……それってつまり……」

「フフ……これ以上は、十兵衛殿の前ではよしておきましょうか」

 なんてこった、帰蝶はこの光秀のことが好きだったのか? 随分とドラマみたいな話だけど、『うつけ』って呼ばれる人間は光秀に惹かれるものだと考えれば……

 私は再び光秀の眼を見る。……うん、やっぱり光秀からは道三と近い感じがする。
 道三も光秀も、私達常人とは違う世界に生きる人間。そして恐らくは、道三に認められ、光秀に惹かれた帰蝶も彼らと同類だ。

 ふと、不安に思えてきた。斎藤道三の娘で織田信長の妻、更に明智光秀の従妹という時点で、帰蝶という女が普通の人間じゃないことは分かりきってるんだ。

 そんな女に、果たして私は成りきれるのか?
 もしかしたら、私の行動のせいで歴史が変わってしまうこともあるのでは?
 ああ、やっぱりこれは悪夢だ。お願いだから、早く覚めて……

「……大丈夫ですか? 帰蝶様……」

「……みつ、ひでさ……」

「……昔のように十兵衛とお呼び下さい。たとえどれだけ時が経とうとも、妻や子供を得ようとも、私はいつまでもあなたにこの身を捧げます。……あなたは覚えていないかもしれませんが、そう約束したので」

 ……光秀の眼が、変わった。野望の炎は消え、澄んだ瞳が私をじっと見つめている。
 そしてその眼を見た時、私の心の奥底に眠っていた帰蝶の記憶が脳内に奔流してくる。
 何で今更帰蝶の記憶が私の中に入ってくるんだ?
 それだけ、帰蝶は光秀に対して強い思いを抱いていたの?
 よく分からないまま、私は遂に帰蝶の記憶の中の光秀を見つけだした。



『誓いましょう。私は生涯、あなたにこの身を捧げ続けると』



 帰蝶の記憶の中の光秀は、純粋な笑顔を彼女に向けていた。

「……ありがとう。み……いや、十兵衛」

「……よかった。顔色が元に戻りましたね」

 目の前で微笑む光秀は、紛れもなく帰蝶の記憶の光秀と同じだ。
 彼女の見る光秀は、優しくて、頭が良くて……確かに、あれは憧れのお兄ちゃんって感じだ。好きになっちゃうのも分かるよ。

 でもさ、1つだけ引っかかるところがあったんだ。
 野心の欠片も見えなかった光秀の眼が、一瞬狼のようになった瞬間が。



『……十兵衛なら、きっと天下にも手が届く。お前の才覚があれば、いつか天下を取ってこの下らない戦乱の世を……』



 『天下』。この言葉を聞いた時、光秀の眼の色が変わったんだ。もしかして、光秀の野望に火を着けたのは帰蝶なんじゃ……

「殿ッ! 若ッ! 至急お耳に入れたき儀がありますッ!!!」

 その時、明智家の家臣らしき人が襖の向こうから光安と光秀を呼ぶ声が聞こえた。

 光安さんは小見さんに断りを入れてから席を立つと、襖を開けて家臣の人から話を聞く。

「……なんだ伝五よ。急ぎの話か?」

「……尾張の織田と、越前の朝倉がこちらに向かって進軍を始めたとの由。山城守様は、至急兵を稲葉山に集めよと申されました」

「……なんと!」

 ……戦だ。遂に戦が始まるんだ。私は、いよいよ今を戦国時代たらしめる出来事を体験することになるんだ。

「……叔父上、私は伝五と共に明智に戻り兵を募ってきます。叔父上は、今いる手勢と共に先に大殿の下へ!」

「うむ。そちらは頼むぞ、十兵衛、伝五!」

「「はっ!!!」」

「……では、私もこれにて失礼致します」

「ええ。御武運を」

 慌ただしくなってきた……これが戦か。光安さんも、光秀も、小見さんも、皆戦の顔に変わっている。
 何をすればいいか分かっていないのは、この場では私だけだ。

「……帰蝶、私達は部屋に戻りましょう」

「……はい」

 とにかく、小見さんの言う通りに行動しよう。
 私が何の役にも立たない無力な存在だということは、唯一分かっているから……
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...