胡蝶の夢 ~帰蝶転生記~

剣太郎

文字の大きさ
21 / 23

三人称 稲葉山城の日常

しおりを挟む
 帰蝶に別れを告げた利尚と長井は、大桑城を出て稲葉山への帰路についた。
 その途中、長井はポツリと利尚に対して呟くのであった。

「……まさか本当に帰蝶様の様子だけ見てお帰りになるとは。相変わらずお優しい方ですな」

「……叔父上も、私に不満があるのですか?」

「……いいえ、新九郎様はそのままで宜しいかと。ただ今の時世、優しいことは仇ともなることがあるので」

「……心配なさらずとも、私はそこまで呆けてはいません。叔父上が守護様の周りを調べていたことも、気づいていますよ」

 それまでずっと目線を前に向けていた長井は、利尚のこの言葉を聞いてはじめて彼と目を合わせた。
 無口で無表情故に愚鈍と思われがちなこの男は、実は父親譲りの鋭さを秘めている。この時、長井はそのことを再確認したのであった。

「……それで、調べた結果はどうだったので?」

「……やはり守護様は、大殿と手を組むつもりはなさそうですな。今はまだ大人しくしていても、いずれまたこの美濃に戦乱を招くのは明らかかと」

「……そうならば、父上は確実に守護様を除くことになるでしょうな。……帰蝶には、辛い思いをさせるかもしれませんが」

「ええ、問題はどう除かれるのか……再び美濃を追放するのか、あるいは……」

「殺すか」





 その頃、稲葉山城では……

「たああぁっ!」

「お見事にございます、新五郎様。流石……」

「いや、まだまだ満足できん! 早く内蔵助のように戦に出るためには、もっと強くならねば!」

 新五郎と内蔵助は、今日も今日とて剣や槍の稽古に励んでいる。
 新五郎は未だ6歳の幼子ではあるが、既に周りから一目置かれるほどの武勇を見せつけていた。

「しかしですなあ……新五郎様が戦に出るには後5、6
年は待たねば……」

「待てん待てん! 内蔵助は先の初陣で敵の首を取ってきたというではないか! 私はそれが羨ましくてたまらないぞ!」

「まあまあ、戦に出るのならば新五郎様にもまだやるべきことが……そうだ、玄蕃様と共に書を嗜まれてはいかが……」

「私は玄蕃兄上のようなカビ臭い人間ではない! 男たるもの、早く戦場で己が武を……」

「誰がカビ臭い人間だ。お前はもう少し兄を敬え」

 やんややんやと騒いでいた新五郎の後ろから彼を小突くのは、兄である玄蕃。
 その玄蕃の側には、握り飯を乗せた膳を両手に持つ蜜の姿があった。

「内蔵助さんや玄蕃の言う通りですよ、新五郎。文武を備えてこそ真の武士。あなたはもう少し書を読むべきです。1度書に親しんでみれば、きっと玄蕃の凄さもよく分かりますよ」

「そうだぞ、新五郎。蜜姉上の言うとお……」

「玄蕃も、もう少しお天道様の下で体を動かすべきだと思いますけどね」

 結局、新五郎だけでなく玄蕃も蜜に黙らされてしまった。
 大人びていてしっかり者の蜜には、年下のきょうだい達は誰も逆らえない。
 姉である帰蝶が嫁いでからは、今まで以上に責任感を持って幼い子供達を見守る役割をこなしているようだ。

「よし、それでは昼飯にしましょうか。今日は侍女のみんなと一緒に握り飯を作ってきましたよ」

「おお、丁度腹が減っていたところです! 遠慮なく頂きますぞ!」

「それでは私も1つ……うん、旨い。流石は蜜姉上だ」

「ありがとう。ほら、内蔵助さんも食べて下さいね」

「おお、私如きが蜜様の握り飯を……有り難く頂きましょう!」

「フフ、たくさん食べて元気をつけて下さいね」

 美味しそうに握り飯を食べる内蔵助を、笑顔で見つめる蜜。
 そんな2人の姿を、物陰から小さな2つの影が見つめている……蜜の2人の妹、貴と幸である。

「……みつおねえさまとくらのすけさま、いいかんじだね」

「そうですね! でもいーなー、わたしもあんなかっこいいひととはやくであいたいなー」

「たしかに……ああいうの、あこがれるね」

「わたしはおかねもちのとのがたがいい! おかねとか、かんいとか、とにかくえらいひとのあいてがいーなー!」

「わたしは、そういうのはいいかな……あ、でもきょうのみやこにはあこがれるかも。みやこのほうで、へいわにくらしたいなー……なんて」

「よーし、こうしちゃいられない! たかねーさま、わたしたちもいまからすてきなとのがたをさがしに……」

「そこ、2人で何をしているのかなあ?」

「……あ、みつおねえさま」

「……もう、そんな所で隠れていないで、こっちに来て一緒に食べましょう? まだ握り飯ならたくさんあるから」

「「……はい!」」

 こうして、今日も斎藤家の平和な1日は過ぎてゆく。
 帰蝶がいない寂しさにも少しずつ慣れていき、やがてそれが新しい日常となる。

 ……しかし、時は戦国時代。日常がいつまでも続くような時代ではないのだ。



「……此度の報告は以上となります、大殿様」

「……成る程。ご苦労だったな、新九郎、長井。……やれやれ、馬鹿はどこまでいっても馬鹿ということか……」

「……守護様が繋がるとすれば、やはり織田かと」

「うむ、まずはいずれ来る織田の撃退から。馬鹿の始末は、その後だ」

「……して、その始末の方法とは?」

「……さあな。奴の態度次第、か」

 美濃に再び戦乱が訪れる日は、そう遠くはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

異世界帰りの少年は現実世界で冒険者になる

家高菜
ファンタジー
ある日突然、異世界に勇者として召喚された平凡な中学生の小鳥遊優人。 召喚者は優人を含めた5人の勇者に魔王討伐を依頼してきて、優人たちは魔王討伐を引き受ける。 多くの人々の助けを借り4年の月日を経て魔王討伐を成し遂げた優人たちは、なんとか元の世界に帰還を果たした。 しかし優人が帰還した世界には元々は無かったはずのダンジョンと、ダンジョンを探索するのを生業とする冒険者という職業が存在していた。 何故かダンジョンを探索する冒険者を育成する『冒険者育成学園』に入学することになった優人は、新たな仲間と共に冒険に身を投じるのであった。

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

処理中です...