一睡の夢あるいは大正浪漫パンクなオメガバースでΩ化させられたαの話

狩野

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叛逆

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 主に炊事洗濯を担う、通いの女βがひとり。住み込みで身の回りの細々とした世話をする年老いた女Ωがひとり。おなじく住み込みで、庭木の手入れや家屋の修繕、あるいは頼まれた力仕事などを引き受ける、用心棒も兼ねた男βがひとり。その三人にかしずかれ、その家で宗太郎は何不自由ない生活を送った。

 不自由があるとすれば毎晩のように通ってくる篤を相手にすることだけであったが、手酷い抱かれ方をしたのは初めの晩だけで、その後の篤の行為は概ね紳士的であった。

 もっとも、同意のない性行為に、紳士的、というものがあるとすればの話だが。

 週に一度は篤に連れられて岡田の研究所へ行き、下半身に器具を入れられたり血液や脈拍をとられたりしたが、屈辱的に感じるその研究所での時間も、宗太郎にとっては苦痛ばかりではなかった。岡田と篤の会話の端々から、あるいは岡田が無造作に放り投げていた海外の文献の日本語訳などを隠れて読み漁った宗太郎は、αに戻るには、Ω化するための薬剤の投与を中止し、Ω膣への刺激をなくし、αの象徴である肉棒を育てることである、と確信した。

 そんな宗太郎が、通いの女βに手を出したのはしごく当然なことであった。宗太郎というものは大した取り柄こそないものの、こうと定めた相手を閨に連れ込む才にだけは恵まれている。それまで堅実に暮らしてきた女βが、百戦錬磨の商売Ωすら落としてきた宗太郎に迫られては、貞操観念や雇用主への義理立てなど縁日の綿菓子よりも儚く溶けた。

 ふたりの仲は、監視役も兼ねていた住み込みの婆の通報により、すぐに篤の知るところとなった。

 女βは即刻解雇されたが、宗太郎はどこ吹く風だ。宗太郎の裏切りに対し怒りに燃える篤を、あぐらをかいて爪の手入れなどしながら出迎えた。

「俺はαだ。入れる穴があったから入れただけだ。何が悪い」

 そううそぶく宗太郎をじっと見つめていた篤は、わかりました、と言って、そのまま帰った。

 女βと久しぶりにことに及んで以来、失いかけていたαとしての自信を取り戻した宗太郎は、篤の用意した三揃いの背広を着込んで街へ繰り出し、新聞記者だの芸能のスカウトだのと怪しい肩書きを名乗っては、素人の女βや女Ωをひっかけて遊ぶようになった。Ω化の検査の日に出かけようとすれば用心棒や婆から足止めを食らうので、まだ皆が警戒していない前日や前々日、あるいはそれより前に家を抜け出し、ひっかけた相手の家を泊まり歩いて、検査を免れた。
 大河内の商売を回すことで忙しい篤は宗太郎のことにばかりかまけていられないようで、篤がいつも来ていたような夜や検査の日はそうやって外で遊びまわり、商売が忙しくて家に来る余裕がない時を狙って帰宅して、着替えや食事を済ませ、時には質屋で換金できそうな家財などを持ち出した。それで得た金で首の貞操帯も合鍵を作ってはずし、さらに遊び歩く。婆や用心棒はもちろん宗太郎の外出に厳しい目を向けるようになったが、もともとαであった宗太郎がΩの婆になど力で遅れをとるわけもなく、用心棒はといえば宗太郎を傷つけることは厳禁とされているようで、宗太郎が自傷のそぶりを見せればそれ以上は手を出してこない。宗太郎が持ち出した家財は、いつの間にか似たようなものが補充されているので、それもまた持ち出して売り、さらに遊びまわった。

 にっくき篤をまんまと出し抜いてしばらくの間上機嫌で過ごした宗太郎であったが、しかしそれも長くは続かなかった。

 その頃宗太郎は、どこぞの小さな会社から内職の仕事を得て暮らしているという、女優の何某に似た女Ωの部屋に入り浸っていた。たいていの相手というのは、はじめはよくとも宗太郎が働きもせず己の部屋に入り浸るのに次第に嫌な顔をするようになるものだったが、その女だけはいくら宗太郎が入り浸っても嫌な顔ひとつしない。いつ訪ねても留守であることもなく心から歓迎してくれ、手料理をふるまい部屋はいつも清潔である。

 その部屋が、内職の下請け仕事しかしていないという割に部屋は広く、調度品も整いすぎているということに、世間知らずの宗太郎は気づかなかった。

 そしてまさにその部屋で、その女相手に宗太郎がことにおよぼうとしたその時、それは起こった。

 発情期(ヒート)である。

 目の前がくらくらするその感覚を、はじめは女Ωへのただの欲情であると思い込もうとした宗太郎であったが、体の中央のΩ膣がそうさせてはくれなかった。そこから愛液を溢れるほどに垂れ流し、ついには自分の手で慰めながら、いれて、だれかいれて、なんでもいいからいれて、と誰にともなく懇願する宗太郎を前に、その女はどこかへ電話をかけた。ほどなく女の部屋に現れたのは、篤であった。
 篤と入れ替わりに、女は外へ出て行くと、篤は部屋に鍵をかけた。そしてハンカチを鼻に当て、床の上で体を丸める宗太郎を覗き込んだ。

「フェロモンの匂いがすごいことになってますね。苦しいでしょう、宗太郎さん」
「うぅ……篤……篤……」
「なぜここに、と言いたそうな顔をしてますね。あれは僕が雇った女です。面食いの宗太郎さんが食いつくような美形で、しかも金で動く口の硬い女Ωというのを探すのには、なかなか骨が折れましたよ」
「篤ぃ…………」
「話、聞いてないな。入れて欲しいですか?」
「いや…………」
「…………っ! フェロモンがまた強くなった。こんな濃い匂い、生まれつきのΩでも嗅いだことないですよ。性欲の強さに比例するのかな……このままでは僕もノックアウトされそうです。入れて欲しいでしょう。入れますね」
「やだ……やだ……!」

 口ではそうは言ったものの、宗太郎の体は篤の肉茎を受け入れやすい角度に動き、受け入れれば悦びで跳ねた。

「篤……! きもち、気持ちいぃ……やだよぉ……やだ……」
「こんなにフェロモンを撒き散らしながら何を言っているんです。それとも、僕だけでは足りませんか」
「俺は、俺はαだ、αなんだ……!」
「こんなにいやらしいαがいるものですか。あなたはΩですよ」

 いや、いやと言いながら、宗太郎はしまいに篤の上に馬乗りになって腰を動かした。力尽きた宗太郎がついに倒れこむと、今度はその上に篤がのしかかって、ぐったりとする宗太郎を後ろから責め立てた。それまで決して触れなかった宗太郎の陰茎を握り、自身もまた宗太郎の中で果てながら、篤は血走った目で宗太郎の首の後ろに何度も噛み付いた。
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