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第2話 事情を知る
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フレデリクはにっこりとほほ笑むと、エリーネの手を取って、作法通り口づけた。軽い調子で話しかける。
「何なら僕が代わりにあのならず者を殴って来ましょうか、お嬢さん? ご婦人の名誉を守るためにね」
エリーネは迷わず首を横に振った。
「結構よ。そんなことをしたらあなただって無傷ではいられないわ」
「こういう時、立派な貴婦人なら、泣いて喜んで『ぜひお願いします』と言うものだ」
「立派でなくていいわ。……あなた、あまりいい人と付き合わなかったのね。そんなことを気楽に言うのなら、その人はあなたのことを大事にしていないんだわ」
「そうかな」
「そうよ。会ったばかりの女の言うことなんか、信用するんじゃないわよ」
フレデリクは意外そうに目を細めた。
「僕のことを心配をしてくれるんだ」
「別に。私も悪い男に引っ掛かってしまったから、あなたにもご用心って言うだけ」
「それはどうも、ご親切に」
「どういたしまして」
二人は仮面を付けたお互いの顔を見合わせた。
すぐにエリーネが口を開いて、ぶつぶつと文句を言った。
「仮面をつければ正体が分からないと思ってたのに、大臣の息子だってすぐに分かってしまうし。でも奴には私が分からず、振られたばかりなのにもう一度口説かれるなんて。ほんと腹立たしい……」
「ははは……」
フレデリクは快活に笑った。エリーネもにっこりとほほ笑んだ。
「でも、おかげさまで、これですっかり気が晴れたわ。あんな男のことなんか忘れる。あなたみたいに素敵な人がいるんだってこともわかったしね。助けてくれてありがとう」
曇りのない瞳がフレデリクを見つめる。そこには純粋な感謝の気持ちがあふれている。
何か、さわやかな風のようなものが胸を吹き抜け、フレデリクはすがすがしい気分になった。
「……悪くないな」
「どうしたの?」
「人に感謝されるのって、初めてかもしれない」
「嘘でしょう? これだけ親切なのに?」
「うーん……」
と、フレデリクは考え込んだ。
「僕は今まで恋多き男で、世間ではワルの方だったし……」
「ずいぶんと気のいい『ワル』なのね」
「今日だって急に婚約が決まったって聞かされて、それでかえって気晴らししようと思って、こんなところに遊びに来たんだ」
「あら偶然。私もよ。明日、相手が挨拶に来るの」
エリーネは何気なく言ったが、フレデリクは注意深くそれを聞いた。
エリーネは肩をすくめる。
「失恋の痛手から立ち直っていないのに、急に結婚しろなんて、ひどいじゃない?」
「でも、仮面舞踏会に来る元気はあったわけだ」
「あはは……ほんとその通り。自分では思ったほど落ち込んでなかったのかもね」
フレデリクはさりげなく言った。
「もし婚約者が、君だったら面白いな」
「そうね」
「君の名前を聞いても?」
「それはルール違反」
エリーネは即答して突っぱねた。
「じゃあ、キスするのは?」
「それもダメ。あなただって、婚約者が他の男にキスしていると思ったら、嫌でしょう?」
フレデリクは今まで付き合ってきた女たちが、他の男とキスをする姿を思い浮かべた。でも何とも思わなかった。
次に、目の前にいる彼女がそうしているところを想像した。とたん、ぶるぶると身震いがして思わずこめかみのあたりを押さえた。
「……確かに、そうかもしれない。そうか、そういう風に考えたらいいんだな」
「どうしたの?」
「何でもない。じゃあ、せめて、顔を見せてほしい……」
「それもだめ。あなただって自分の婚約者が……」
「顔を見せたくらいじゃ何も起こらないさ。それに本当に好きだったら、相手を信じる。彼女の方にも何か理由があったかもしれないし」
「心配にならない?」
「僕よりいい男はいないから大丈夫」
エリーネは言葉につまった。が、
「……なんてね」
と、フレデリクが笑ったので、彼女もつられて笑った。
「あなた、変な人ね……」
「あ、そうだ、こうしよう」
突然、フレデリクは何か思いついたように手を打った。
「明日、僕は婚約者に挨拶に行く。その時に、赤い花を二本だけ持って行くよ。もしよかったら、君は白い花を二本だけ持って待っていて。そうしたら仮面舞踏会で出会った僕たちだって分かるし、もし違ったとしても誰も傷つかない……」
「……いいわよ」
エリーネは仮面の奥のフレデリクの目を見つめた。フレデリクもエリーネを見た。
その時だった。エリーネがはっとしたように顔をおさえる。
続いてカシャン、と音がして何かが床に落ちた。エリーネの顔にあった仮面が、外れたのだ。エリーネは片手で顔を覆い、もう一方の手で仮面を拾う。留め金が壊れたようだ。
エリーネが困惑して壊れた仮面を見つめていると、とんとんと肩を叩かれた。
「よかったら、僕のを使って。僕は目を閉じていて、君の顔を見ないから」
エリーネは驚いてフレデリクを見た。彼は仮面を外し、言葉の通りに目を閉じていた。外した仮面は手に持って、それをエリーネに差し出していた。
「何なら僕が代わりにあのならず者を殴って来ましょうか、お嬢さん? ご婦人の名誉を守るためにね」
エリーネは迷わず首を横に振った。
「結構よ。そんなことをしたらあなただって無傷ではいられないわ」
「こういう時、立派な貴婦人なら、泣いて喜んで『ぜひお願いします』と言うものだ」
「立派でなくていいわ。……あなた、あまりいい人と付き合わなかったのね。そんなことを気楽に言うのなら、その人はあなたのことを大事にしていないんだわ」
「そうかな」
「そうよ。会ったばかりの女の言うことなんか、信用するんじゃないわよ」
フレデリクは意外そうに目を細めた。
「僕のことを心配をしてくれるんだ」
「別に。私も悪い男に引っ掛かってしまったから、あなたにもご用心って言うだけ」
「それはどうも、ご親切に」
「どういたしまして」
二人は仮面を付けたお互いの顔を見合わせた。
すぐにエリーネが口を開いて、ぶつぶつと文句を言った。
「仮面をつければ正体が分からないと思ってたのに、大臣の息子だってすぐに分かってしまうし。でも奴には私が分からず、振られたばかりなのにもう一度口説かれるなんて。ほんと腹立たしい……」
「ははは……」
フレデリクは快活に笑った。エリーネもにっこりとほほ笑んだ。
「でも、おかげさまで、これですっかり気が晴れたわ。あんな男のことなんか忘れる。あなたみたいに素敵な人がいるんだってこともわかったしね。助けてくれてありがとう」
曇りのない瞳がフレデリクを見つめる。そこには純粋な感謝の気持ちがあふれている。
何か、さわやかな風のようなものが胸を吹き抜け、フレデリクはすがすがしい気分になった。
「……悪くないな」
「どうしたの?」
「人に感謝されるのって、初めてかもしれない」
「嘘でしょう? これだけ親切なのに?」
「うーん……」
と、フレデリクは考え込んだ。
「僕は今まで恋多き男で、世間ではワルの方だったし……」
「ずいぶんと気のいい『ワル』なのね」
「今日だって急に婚約が決まったって聞かされて、それでかえって気晴らししようと思って、こんなところに遊びに来たんだ」
「あら偶然。私もよ。明日、相手が挨拶に来るの」
エリーネは何気なく言ったが、フレデリクは注意深くそれを聞いた。
エリーネは肩をすくめる。
「失恋の痛手から立ち直っていないのに、急に結婚しろなんて、ひどいじゃない?」
「でも、仮面舞踏会に来る元気はあったわけだ」
「あはは……ほんとその通り。自分では思ったほど落ち込んでなかったのかもね」
フレデリクはさりげなく言った。
「もし婚約者が、君だったら面白いな」
「そうね」
「君の名前を聞いても?」
「それはルール違反」
エリーネは即答して突っぱねた。
「じゃあ、キスするのは?」
「それもダメ。あなただって、婚約者が他の男にキスしていると思ったら、嫌でしょう?」
フレデリクは今まで付き合ってきた女たちが、他の男とキスをする姿を思い浮かべた。でも何とも思わなかった。
次に、目の前にいる彼女がそうしているところを想像した。とたん、ぶるぶると身震いがして思わずこめかみのあたりを押さえた。
「……確かに、そうかもしれない。そうか、そういう風に考えたらいいんだな」
「どうしたの?」
「何でもない。じゃあ、せめて、顔を見せてほしい……」
「それもだめ。あなただって自分の婚約者が……」
「顔を見せたくらいじゃ何も起こらないさ。それに本当に好きだったら、相手を信じる。彼女の方にも何か理由があったかもしれないし」
「心配にならない?」
「僕よりいい男はいないから大丈夫」
エリーネは言葉につまった。が、
「……なんてね」
と、フレデリクが笑ったので、彼女もつられて笑った。
「あなた、変な人ね……」
「あ、そうだ、こうしよう」
突然、フレデリクは何か思いついたように手を打った。
「明日、僕は婚約者に挨拶に行く。その時に、赤い花を二本だけ持って行くよ。もしよかったら、君は白い花を二本だけ持って待っていて。そうしたら仮面舞踏会で出会った僕たちだって分かるし、もし違ったとしても誰も傷つかない……」
「……いいわよ」
エリーネは仮面の奥のフレデリクの目を見つめた。フレデリクもエリーネを見た。
その時だった。エリーネがはっとしたように顔をおさえる。
続いてカシャン、と音がして何かが床に落ちた。エリーネの顔にあった仮面が、外れたのだ。エリーネは片手で顔を覆い、もう一方の手で仮面を拾う。留め金が壊れたようだ。
エリーネが困惑して壊れた仮面を見つめていると、とんとんと肩を叩かれた。
「よかったら、僕のを使って。僕は目を閉じていて、君の顔を見ないから」
エリーネは驚いてフレデリクを見た。彼は仮面を外し、言葉の通りに目を閉じていた。外した仮面は手に持って、それをエリーネに差し出していた。
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