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第五章:因果去来編
第四話「人形狂想曲」その一
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「義兄上を呼ぼう」
「無理でス」
その一連のやりとりは、皇城にて発生した。
アクィタニア大使との会食後、次の予定である南洋諸島連合議会議長との会談までの間に書類と官庁からのお伺いを片付けてしまおうと、執務室にいたレクティファールの下に、外務院イズモ課の局長が飛び込んできた。
レクティファールの執務室は皇国の大陸における影響力が大きくなるにつれて外務院からの来訪者も増えていたが、それに伴ってレクティファールとって好ましくない報告を携えてくる者も増えていた。
今回の「レクティファールの妃を名乗る女性の来訪」もまた、彼にとっては予想だにしない悲報であり、青天の霹靂だった。
「すでに情報提供を打診しましたが、その人物がイズモ首都にて保護された人物であること、皇妃のひとりとして我が国に移送された以外の情報はありまセン」
栗鼠系獣人の特徴であるくりくりとした目でレクティファールを見上げながら、局長はさらに悲報を追加していく。
「問題は、すでにこの情報が正式なものとして両国の記録に残されてしまったことでス。もちろん、誤報であったとすることはできますガ……ソノ……」
局長はなんとも言い難そうに視線を彷徨わせながら、だんだんと無表情に変化していく主君に続ける。
「イズモ側は、『本当に誤報なのか』ト……」
「疑われるようなことしてきましたっけ、私」
「失礼ながら、イズモ側はすでに“疑っている”のではなく、“確信している”のではないかと思われマス。我が課の者がイズモ側担当者と直接顔を合わせて事情を説明しましたガ、向こうの態度を見る限り、夫婦喧嘩に政府を巻き込まないでくれ、という空気をひしひしと感じたとのことでありマス……」
つまり、夫婦喧嘩で家出をした妻と、そんな妻知らないとすっとぼける夫という構図だと思われているのだ。
皇国側の反応は、ほぼ困惑で占められるといって間違いではない。
「――どうしてこうなった」
「前例があったからカト」
局長の言う前例とは、瑠子を取り戻しにレクティファールが神域に赴いた一件のことだ。
あの騒動は当然秘密とされたが、神々には人の約定など関係ない。面白可笑しく脚色し、演劇の神などが実演まで交えて信徒に広めたところ、レクティファールが妃に逃げられてイズモまで迎えに行き、熱いぶつかり合いの結果、和解して皇国に帰ったことになっているらしい。
戦争原因になりかねない真実を話す訳にもいかず、瑠子が神域に殴り込んでやらかした神々を直接折檻、心を入れ替えさせて事態を収拾した。
ただ、一度広まった噂を消滅させることができるのはより大きな噂と時間だけであり、今はまだそのどちらにも期待できる状況ではなかった。
「――とりあえず、会いましょうか」
「それがよろしいカト。相手もイズモ側の勘違いに巻き込まれ、困っているやもしれませんシ……」
無論、彼女はまったく困ってなどいない。
幾星霜ぶりに会う“地球起源種”とどのような接触をするべきか、それについて悩んでいたくらいである。
「あ、ちなみにこの噂って、後宮には……」
「女性の口に戸はありません」
訛りが強かったはずの局長の口調は、この一文だけは非常に美しい皇国中央語だった。
「ですよねぇ~~……」
レクティファールは机に突っ伏し、そっと個人端末宛てに積み重なっていく、後宮からの受信履歴の数を見詰めるのだった。
「無理でス」
その一連のやりとりは、皇城にて発生した。
アクィタニア大使との会食後、次の予定である南洋諸島連合議会議長との会談までの間に書類と官庁からのお伺いを片付けてしまおうと、執務室にいたレクティファールの下に、外務院イズモ課の局長が飛び込んできた。
レクティファールの執務室は皇国の大陸における影響力が大きくなるにつれて外務院からの来訪者も増えていたが、それに伴ってレクティファールとって好ましくない報告を携えてくる者も増えていた。
今回の「レクティファールの妃を名乗る女性の来訪」もまた、彼にとっては予想だにしない悲報であり、青天の霹靂だった。
「すでに情報提供を打診しましたが、その人物がイズモ首都にて保護された人物であること、皇妃のひとりとして我が国に移送された以外の情報はありまセン」
栗鼠系獣人の特徴であるくりくりとした目でレクティファールを見上げながら、局長はさらに悲報を追加していく。
「問題は、すでにこの情報が正式なものとして両国の記録に残されてしまったことでス。もちろん、誤報であったとすることはできますガ……ソノ……」
局長はなんとも言い難そうに視線を彷徨わせながら、だんだんと無表情に変化していく主君に続ける。
「イズモ側は、『本当に誤報なのか』ト……」
「疑われるようなことしてきましたっけ、私」
「失礼ながら、イズモ側はすでに“疑っている”のではなく、“確信している”のではないかと思われマス。我が課の者がイズモ側担当者と直接顔を合わせて事情を説明しましたガ、向こうの態度を見る限り、夫婦喧嘩に政府を巻き込まないでくれ、という空気をひしひしと感じたとのことでありマス……」
つまり、夫婦喧嘩で家出をした妻と、そんな妻知らないとすっとぼける夫という構図だと思われているのだ。
皇国側の反応は、ほぼ困惑で占められるといって間違いではない。
「――どうしてこうなった」
「前例があったからカト」
局長の言う前例とは、瑠子を取り戻しにレクティファールが神域に赴いた一件のことだ。
あの騒動は当然秘密とされたが、神々には人の約定など関係ない。面白可笑しく脚色し、演劇の神などが実演まで交えて信徒に広めたところ、レクティファールが妃に逃げられてイズモまで迎えに行き、熱いぶつかり合いの結果、和解して皇国に帰ったことになっているらしい。
戦争原因になりかねない真実を話す訳にもいかず、瑠子が神域に殴り込んでやらかした神々を直接折檻、心を入れ替えさせて事態を収拾した。
ただ、一度広まった噂を消滅させることができるのはより大きな噂と時間だけであり、今はまだそのどちらにも期待できる状況ではなかった。
「――とりあえず、会いましょうか」
「それがよろしいカト。相手もイズモ側の勘違いに巻き込まれ、困っているやもしれませんシ……」
無論、彼女はまったく困ってなどいない。
幾星霜ぶりに会う“地球起源種”とどのような接触をするべきか、それについて悩んでいたくらいである。
「あ、ちなみにこの噂って、後宮には……」
「女性の口に戸はありません」
訛りが強かったはずの局長の口調は、この一文だけは非常に美しい皇国中央語だった。
「ですよねぇ~~……」
レクティファールは机に突っ伏し、そっと個人端末宛てに積み重なっていく、後宮からの受信履歴の数を見詰めるのだった。
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