異星のエクスプローラー

白沢戌亥

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賢者の弟子編

1、人類再生

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『外装を解除』

『凍結カプセルの解答手順を開始』

『組織改変作業を開始』

『対象の意識レベル上昇を確認』

『医療ユニットへ移送』

『“人類”の復活を開始します』

◇ ◇ ◇

 夢を見ていた。
 遙か昔、家族で海へ出掛けたころの夢だ。
 朝から日暮れまで、砂の上で駆け回り、海の中で笑った。
 だが、どうしてだろうか。
 家族の声も、姿も思い出すことができない。
 覚えているのは、自分には家族がいて、全員揃って海に行ったということだけ。
 海の中に何かがあるかもしれないと深く深く潜ろうと足をばたつかせ、しかしほんの数メートルだけ下降しただけで押し戻される。
 暗い海底から明るい空へと視線が回り、やがて水面から顔を出した。



『おはようございます。人類』

 聞こえてきた声に目を開ける。
 そこにあったのは、薄ぼんやりと発光する板で作られた天井。

「ここは……」

『ここは当船内研究区画にある医療施設です。
 ここに至るまでのことをどれほど記憶しているか、確認させてください」

 声は天井から聞こえてくるようだった。
 男とも女とも分からない、中性的な声だ。

『人類。あなたは自分が何者であるか、認識していますか?』

 問われ、自分がなにものであるか思い出そうとする。
 最初に思い出せたのは、自分が故郷の街で暮らしていたことだ。
 そして、ごく普通に電車に乗り、勤務先の最寄り駅で電車から降りた。

「……あれ? 俺そこからどうしたんだっけ」

『保存タグに残存していた記録と一致します。
 人類、あなたは通勤中に倒れ、医療施設へと運ばれました。
 しかしあなたの状態はその施設では対応できず、医師の判断により症状悪化を防ぐための凍結処理を施されたのです』

 声の説明を聞き、真っ先に湧き上がったのは安堵だ。
 自分がどれほど悪い病気を患ったのかはわからないが、こうして無事に目を覚ましたのだからそうした問題は解決されているのだろう。

「よかった。なら俺を家に帰してくれ」

 やらなければならないことは山のようにある。
 詳しいことは思い出せないが、やるべきことが山のようにあったことだけは覚えている。
 家に戻れば、忘れていることも思い出せるはずだ。

「やらなきゃならないことが嫌になるほど残ってるんだ」

『いえ、人類。あなたがすべきことは残っていません』

 声の答えに、疑問より怒りが湧いた。
 自分の価値を否定されたように思えたのだ。

「どういうことだよ。いいからさっさと帰る支度をさせてくれ!」

 医療用ベッドから身を起こし、周囲を見回しながら声を荒げる。
 声の主はどこかにいるはずだ。どこからか自分を見て、この有様を笑っているに違いない――そんな気持ちで声を張り上げた。

「さっきからお前はなんなんだ! いい加減に姿を見せろ!」

『私はすでにあなたの目の前にいます。人類』

 その答えの意味を問うより早く、声は続けた。

『私は地球国家連合により建造された恒星間航行移民船《アルゴノート》のサブパーソナリティアバター。そして今あなたがいるのは、その《アルゴノート》の内部です』

◇ ◇ ◇

『人類。あなたの個人情報はすでに残っていません。ですが、医療タグに残されていた記録と本船内部の残存記録を照合したところ、地球の医療機関で長期保存されたのち、当船へと積み込まれたことが判明しています。ただ、詳しい時系列はタイムスタンプが欠落しており、わかりません』

「なんだよそれは……」

 声は続ける

『そして積載後の本船の記録については、ほとんど残っていません。ただ確認できる記録と各観測情報から推測する限り、別天体への航行中に何らかの事情でこの惑星へと落下したものと考えられます』

 あまりに剣呑な言葉に、思わず声が出た。

「宇宙船の墜落だって?」

『あなたが生きていた時代では、すでに初期宇宙技術が確保されていたはずです』

「そんなこと信じられるか! いったい何の冗談だよ! この部屋だってセットなんだろ! こんな悪趣味な冗談、さっさと終わらせろ!」

『……では証拠を見せましょう』

 声がそう言った途端、体がふわりと浮き上がる。

「うわあっ!?」

慌てて手足をばたつかせると、その動きによって体が回転を始めた。
 ぐるぐると何回も、前後左右様々な方向へと回り、それによってワイヤーなどで吊り下げられているわけではないとわかった。

「わかった! わかったから降ろしてくれ!」

 たまらず叫ぶと、体はゆっくりベッドの上に降ろされた。
 しかし周辺の器具は僅かに遅れて乱雑に地面に落下する。

『重力制御を部屋全体。そして個別にそれぞれ作用させました。このような技術は、あなたの生きていた時代には存在しなかったと考えられます』

 衝撃で言葉も発せない相手に、声はさらに続ける。

『人類。私に答えられることは多くありません。当船は重大な損傷を被り、あなたを蘇生するために残余リソースの大半を用いました。ですがあなたが生存し、生命活動を続けていくためには私のバックアップが不可欠です』

 機械は焦らない。
 だが、声には焦りのような感情があるように思えた。それが錯覚なのか、事実なのか。それすら確かめる時間は残されていなかった。

『人類。あなたには装備を整えたのち、すぐに我々の文明が残した遺産を捜索して頂きたいのです。そうしなければ、我々はどちらも生き残ることができません。あなたが、現在生存している最後の人類なのです』
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