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賢者の弟子編
6、ヒトの業
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停滞は一瞬だった。
均衡はあっさりと破られ、ふたりはその体で逆巻く風を唸らせ、動き出す。
「しッ」
アイリアの呼気と同時に、彼女の切っ先がヒューマの大剣の腹を滑る。
耳障りな金属音と走る火花。
ヒューマは剣の角度をずらしてアイリアの剣の軌道をずらし、跳ね上げる。
「はッ」
更なるアイリアの踏み込み。石畳が悲鳴を上げ、罅が広がる。
剣先は優美な円運動を描いて再度メイアに向かうが、ヒューマが逆手で繰り出した剣の柄頭がそれを弾き飛ばした。
「!!」
「!!」
一合、二合、三合、繰り返される金属と火花の応酬。
メイアはその場で尻餅を付き、呆然とその光景を眺めるしかなかった。
「アイリア、どうして……」
「立て! 下がれ!」
ヒューマがそう叫んでも、メイアは動かない。
友人が自分に剣を向けたことが信じられず、今の状況を理解できないのだ。
「彼女を捕らえろ」
「はっ」
アイリアの命令に、背後に控えていた兵士たちが動き出した。
ヒューマがそれをさせまいと腰から抜いた短剣を兵士たちに向かって投げ放つ。
だが、それは兵士たちに届く前に光の壁にぶつかり、地面に落ちた。
『防御魔法を確認』
「くそっ」
相手は魔物ではなく、戦闘慣れした兵士だ。
こちらの手はある程度予測しているということなのだろう。
ヒューマは体こそ戦闘用の機能を持っているが、その中身は素人に過ぎない。
体に蓄積された情報で技能は発揮できても、経験に裏打ちされ、築き上げられた戦術は理解できないのだ。
『撤退を推奨します。これ以上の戦闘は意味がありません』
アルゴノートの言葉は事実を端的に表していた。
ヒューマにアイリアと戦う理由は本来存在しない。
ここで彼らと争うことで今後の行動に大きな制限が加わることも分かりきっていた。
(そんなことは分かってる!!)
だが、決心がつかない。
ここにメイアを置いていったところで、誰に責められる訳でもないだろう。
(そうだろうとも――――俺自身以外にはな!!)
ヒューマは地面に大剣を突き刺すと、それを中心にして衝撃波を発生させる。
石畳がめくれ上がり、礫のように兵士とアイリアを襲う。
「!!」
アイリアは剣を振るって自分に飛んでくる礫を叩き落としていたが、動きは止まった。
ヒューマはその隙にメイアを抱えると、アイリアから大きく距離を取った。
それによって、僅かに周囲を観察する猶予が生まれる。ヒューマは視線を周囲へと向け、自分たちの置かれた状況について、情報を集めた。
(なんだ?)
そして、違和感に気付く。
周囲の市民も、兵士たちでさえ、どこか困惑した表情を浮かべているのだ。
(アルゴノート、周囲の会話を集めろ)
『了解』
聴覚センサーと分析機能が集音モードへと切り替わる。
すると、人々の声が直接脳に飛び込んできた。
「アイリア様はどうされたんだ? あれはメイア様だろう?」
「あんなに仲が良かったのに、一体どうして……」
「あのお優しいアイリア様が、ご友人に剣を向けるなどありえない。なにかの間違いじゃないのか?」
市民たちにとって、アイリアという人物がどれほど好ましい存在なのか、部外者であるヒューマにも理解できるほど、その声は深い戸惑いに充ち満ちていた。
それ以上に混乱しているのは、アイリアの配下の兵士たちだ。
「は、班長、本当にいいんですか? 隊長があんなことするわけありません!」
「そんなことはわかっている! だが、当の隊長がそう命じた以上、俺たちは従わざるをえない」
「やっぱりなにかあったんですよ! グレゴール卿のところにいってから、隊長の様子は明らかにおかしいです!」
「黙れ! どこで誰が聞いているか分からないんだぞ! 滅多なことをいうな!」
ヒューマは脇に抱えたままのメイアに目を向け、呆然としたままアイリアを見詰めるその様子に自分の抱いた違和感への確信を深めた。
少なくとも、現状はこの街の人々にとって当然のものというわけではないらしい。そしてそれは、メイアがこれまでの道中で延々とヒューマに聞かせ続けた、『アイリア』という少女の人物像が間違っていないことの傍証でもある。
では、目の前にいる『アイリア』は何者なのか。
答えは分からない。だが、分かることはひとつある。
(どうやら、逃げても厄介事はついて回りそうだぞ)
そう、自分たちが置かれた状況が、非常に厄介であることだ。
それだけは、強く確信できる。
(前提条件から考え直す必要がある。すでに俺たちは、何らかの陰謀の真っ只中だ)
『――確かに、ことの真相が分からないままここを離れては、対応を誤る可能性があります。ですが、余計な戦闘は極力さけてください、人類』
(人類っていうな)
ほとんどお決まりになったやりとりでアルゴノートとの会話を終えると、再びアイリアがこちらに挑みかかろうと身を屈めるのが見えた。
ヒューマはセンサー類を戦闘モードに切り替えると、その攻撃を受けるために腰を落とした。
だが、アイリアが再度の攻撃に移るよりも早く、広場が騒然とする。
「グレゴールだ」
「グレゴール卿がきたぞ」
人々の口から聞こえてきたその名に、アイリアが視線を背後の人だかりへと向ける。
ヒューマは警戒を緩めることはせず、その様子を見守る。
「アイリア! なにを勝手な真似をしている!」
荒々しい足音と現れた金髪の美丈夫は、背後に煌びやかな鎧を纏った兵士を従えてアイリアに詰め寄る。
そしてそのままの勢いで拳を振り抜き、手の甲でアイリアの頬を張った。
「!!」
市民と、アイリアの部下たちに緊張が走る。
否、それは緊張ではなく怒りだった。
「お前に命じたのは、メイア嬢の保護だ! なぜ、このような自体になっている!」
「は、申し訳ありません」
「くっ」
人形のようにかくりと頭を下げるアイリアに、グレゴールは吐き捨てるように小さく呟いた。
「――術式の拘束を強めすぎたか。判断力まで低下するとは」
その呟きが聞こえたのは、おそらくアイリア本人と指向性の聴覚センサーを差し向けていたヒューマだけだっただろう。
なにか情報を得られればとセンサーを振り向けていたのだが、手に入ったのはあまりにもきな臭い手がかりだった。
(人の形をしていれば、どこにでも謀略はあるものなんだな)
ヒューマは感動に近い感情を覚えていた。
この世界で、地球を故郷としているのは自分たったひとりだ。
しかし、故郷から遠く離れたこの場所であっても、人の営みは存在した。それが陰謀と呼ばれるような、忌避されるようなものであったとしても、ヒューマとしては懐かしさを抱かずにはいられない。
「もう一度命じる。メイア嬢を保護せよ」
「はい」
アイリアはゆらゆらと力の抜けた動きで立ち上がると、再びこちらに剣を向けてくる。
先ほどまでグレゴールに敵愾心を横溢させた視線を向けていたアイリアの部下たちも、こちらを囲むように半円を描いて近付いてくる。
「おい」
「…………」
メイアの反応はない。
ヒューマは溜息を吐き、頭を振った。
そして、地面に深々と大剣を突き立てる。
「っ!?」
発生した衝撃波に人々の動きが一瞬止まり、静寂が広場を支配した。
その静寂の中で、ヒューマは口を開いた。
「丁重な扱いを望む」
人々の困惑の眼差しを受けたヒューマの顔は、彼が再生されてからもっとも得意気だった。
均衡はあっさりと破られ、ふたりはその体で逆巻く風を唸らせ、動き出す。
「しッ」
アイリアの呼気と同時に、彼女の切っ先がヒューマの大剣の腹を滑る。
耳障りな金属音と走る火花。
ヒューマは剣の角度をずらしてアイリアの剣の軌道をずらし、跳ね上げる。
「はッ」
更なるアイリアの踏み込み。石畳が悲鳴を上げ、罅が広がる。
剣先は優美な円運動を描いて再度メイアに向かうが、ヒューマが逆手で繰り出した剣の柄頭がそれを弾き飛ばした。
「!!」
「!!」
一合、二合、三合、繰り返される金属と火花の応酬。
メイアはその場で尻餅を付き、呆然とその光景を眺めるしかなかった。
「アイリア、どうして……」
「立て! 下がれ!」
ヒューマがそう叫んでも、メイアは動かない。
友人が自分に剣を向けたことが信じられず、今の状況を理解できないのだ。
「彼女を捕らえろ」
「はっ」
アイリアの命令に、背後に控えていた兵士たちが動き出した。
ヒューマがそれをさせまいと腰から抜いた短剣を兵士たちに向かって投げ放つ。
だが、それは兵士たちに届く前に光の壁にぶつかり、地面に落ちた。
『防御魔法を確認』
「くそっ」
相手は魔物ではなく、戦闘慣れした兵士だ。
こちらの手はある程度予測しているということなのだろう。
ヒューマは体こそ戦闘用の機能を持っているが、その中身は素人に過ぎない。
体に蓄積された情報で技能は発揮できても、経験に裏打ちされ、築き上げられた戦術は理解できないのだ。
『撤退を推奨します。これ以上の戦闘は意味がありません』
アルゴノートの言葉は事実を端的に表していた。
ヒューマにアイリアと戦う理由は本来存在しない。
ここで彼らと争うことで今後の行動に大きな制限が加わることも分かりきっていた。
(そんなことは分かってる!!)
だが、決心がつかない。
ここにメイアを置いていったところで、誰に責められる訳でもないだろう。
(そうだろうとも――――俺自身以外にはな!!)
ヒューマは地面に大剣を突き刺すと、それを中心にして衝撃波を発生させる。
石畳がめくれ上がり、礫のように兵士とアイリアを襲う。
「!!」
アイリアは剣を振るって自分に飛んでくる礫を叩き落としていたが、動きは止まった。
ヒューマはその隙にメイアを抱えると、アイリアから大きく距離を取った。
それによって、僅かに周囲を観察する猶予が生まれる。ヒューマは視線を周囲へと向け、自分たちの置かれた状況について、情報を集めた。
(なんだ?)
そして、違和感に気付く。
周囲の市民も、兵士たちでさえ、どこか困惑した表情を浮かべているのだ。
(アルゴノート、周囲の会話を集めろ)
『了解』
聴覚センサーと分析機能が集音モードへと切り替わる。
すると、人々の声が直接脳に飛び込んできた。
「アイリア様はどうされたんだ? あれはメイア様だろう?」
「あんなに仲が良かったのに、一体どうして……」
「あのお優しいアイリア様が、ご友人に剣を向けるなどありえない。なにかの間違いじゃないのか?」
市民たちにとって、アイリアという人物がどれほど好ましい存在なのか、部外者であるヒューマにも理解できるほど、その声は深い戸惑いに充ち満ちていた。
それ以上に混乱しているのは、アイリアの配下の兵士たちだ。
「は、班長、本当にいいんですか? 隊長があんなことするわけありません!」
「そんなことはわかっている! だが、当の隊長がそう命じた以上、俺たちは従わざるをえない」
「やっぱりなにかあったんですよ! グレゴール卿のところにいってから、隊長の様子は明らかにおかしいです!」
「黙れ! どこで誰が聞いているか分からないんだぞ! 滅多なことをいうな!」
ヒューマは脇に抱えたままのメイアに目を向け、呆然としたままアイリアを見詰めるその様子に自分の抱いた違和感への確信を深めた。
少なくとも、現状はこの街の人々にとって当然のものというわけではないらしい。そしてそれは、メイアがこれまでの道中で延々とヒューマに聞かせ続けた、『アイリア』という少女の人物像が間違っていないことの傍証でもある。
では、目の前にいる『アイリア』は何者なのか。
答えは分からない。だが、分かることはひとつある。
(どうやら、逃げても厄介事はついて回りそうだぞ)
そう、自分たちが置かれた状況が、非常に厄介であることだ。
それだけは、強く確信できる。
(前提条件から考え直す必要がある。すでに俺たちは、何らかの陰謀の真っ只中だ)
『――確かに、ことの真相が分からないままここを離れては、対応を誤る可能性があります。ですが、余計な戦闘は極力さけてください、人類』
(人類っていうな)
ほとんどお決まりになったやりとりでアルゴノートとの会話を終えると、再びアイリアがこちらに挑みかかろうと身を屈めるのが見えた。
ヒューマはセンサー類を戦闘モードに切り替えると、その攻撃を受けるために腰を落とした。
だが、アイリアが再度の攻撃に移るよりも早く、広場が騒然とする。
「グレゴールだ」
「グレゴール卿がきたぞ」
人々の口から聞こえてきたその名に、アイリアが視線を背後の人だかりへと向ける。
ヒューマは警戒を緩めることはせず、その様子を見守る。
「アイリア! なにを勝手な真似をしている!」
荒々しい足音と現れた金髪の美丈夫は、背後に煌びやかな鎧を纏った兵士を従えてアイリアに詰め寄る。
そしてそのままの勢いで拳を振り抜き、手の甲でアイリアの頬を張った。
「!!」
市民と、アイリアの部下たちに緊張が走る。
否、それは緊張ではなく怒りだった。
「お前に命じたのは、メイア嬢の保護だ! なぜ、このような自体になっている!」
「は、申し訳ありません」
「くっ」
人形のようにかくりと頭を下げるアイリアに、グレゴールは吐き捨てるように小さく呟いた。
「――術式の拘束を強めすぎたか。判断力まで低下するとは」
その呟きが聞こえたのは、おそらくアイリア本人と指向性の聴覚センサーを差し向けていたヒューマだけだっただろう。
なにか情報を得られればとセンサーを振り向けていたのだが、手に入ったのはあまりにもきな臭い手がかりだった。
(人の形をしていれば、どこにでも謀略はあるものなんだな)
ヒューマは感動に近い感情を覚えていた。
この世界で、地球を故郷としているのは自分たったひとりだ。
しかし、故郷から遠く離れたこの場所であっても、人の営みは存在した。それが陰謀と呼ばれるような、忌避されるようなものであったとしても、ヒューマとしては懐かしさを抱かずにはいられない。
「もう一度命じる。メイア嬢を保護せよ」
「はい」
アイリアはゆらゆらと力の抜けた動きで立ち上がると、再びこちらに剣を向けてくる。
先ほどまでグレゴールに敵愾心を横溢させた視線を向けていたアイリアの部下たちも、こちらを囲むように半円を描いて近付いてくる。
「おい」
「…………」
メイアの反応はない。
ヒューマは溜息を吐き、頭を振った。
そして、地面に深々と大剣を突き立てる。
「っ!?」
発生した衝撃波に人々の動きが一瞬止まり、静寂が広場を支配した。
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