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賢者の弟子編
14、AIのみるもの
しおりを挟むヒューマの動きは早かったが、同時にグレゴールの動きも早かった。
彼はすぐにウェルペン市庁に赴くと、メルスースと同じ立場にある相談役たちに接触し、自分をメルスースの後継者と認めるよう迫った。
これに対し、相談役たちの行動は一貫していた。
すなわち、消極的放置である。
彼らは自分たちの立場が名目上メルスースと同格であることを理由に、グレゴールの指図を受けることを拒んだ。しかし同時に、メルスースが自らの意思でグレゴールを後継者と認める場合や、メルスースがその職務に耐えられない状況だと確認できれば、やはりグレゴールをメルスースの後継として認める用意があるとした。
「タヌキどもめ! よくも抜け抜けと!」
グレゴールはそう言って憤慨したとされるが、現実問題として彼らを敵に回してウェルペンの掌握ができるはずもなく、引き下がるしかなかった。
そうして大人しく引き下がったのには、時間が自分の味方であるからだ。
時間が経てば経つほど、自分の立場は確固たるものになる。
「――いや、それよりも中央の奴らにも鼻薬を嗅がせる必要はあるな。メルスース師は中央にも知人が多い。思わぬところから邪魔が入る可能性も否定できん」
賢者の一族は中央政府にも食い込んでいる。
政府に召し抱えられて幾世代も重ねた者たちならば、すでに官僚化しており大きな問題はない。
しかし先代や先々代の賢者の弟子だった者たちは、未だに一族の使命を第一に考えている節がある。
「ともかく、やつらの動きを封じねばならん」
これが単なる政治闘争であれば、賢者の一族の中にも傍観に回る者が現れたかもしれない。だが、グレゴールは新たな賢者として、そのすべてを手に入れようとしている。
その野心が明らかになれば、賢者の一族は黙っていないだろう。
ただ、グレゴールは賢者の一族を脅威として見ていると同時に、侮ってもいた。
「奴らはなにを臆しているのだ。なぜ、賢者の力を奪い取ろうとしない」
当代の賢者の弟子は、ろくな力も持たない見習い魔導師の少女だ。賢者の一族には彼女以上の魔導師がいくらでもいる。魔法の才だけが賢者の条件ではないとしても、あの少女から賢者の書を奪わないのはあまりにも不可解だ。
「賢者の書には、この世界の叡智が詰まっている。この世界の真理が記されている。この世界を支配する方法が書いてある。なのに何故だ!」
過去に賢者の書を奪おうとした者がいなかった訳ではない。
しかしいずれも賢者の一族と、その影響下にある人々によってその企みは防がれてきた。
グレゴールはそれら過去の事実を徹底的に調べ上げ、今日という日に備えた。メルスースの下で徹底的に己を高め、自他共に認めるメルスースの後継者となった。
そして、あの日、彼はメルスースに言ったのだ。
自分に賢者の書を受け継がせてほしい、と。
「だが、あの男は迷う素振りさえ見せず、私の望みを否定した!」
お前にはその資格がない。
メルスースはただそう言ってグレゴールの願いを拒否した。
グレゴールはなおも言った。ならば自分に足りないものを教えて欲しい、必ず手に入れてみせると。
それでも、答えは変わらなかった。それどころか、メルスースはグレゴールを憐れむことさえした。
『お前をそう育てたのは、儂の未熟さゆえ。すまなかった。すまなかったな、グレゴール』
グレゴールは師のその言葉に愕然とし、一切の言葉が出なくなった。
氾濫する巨大な感情によって呆然となり、再び意識を取り戻したときにはメルスースの姿はなかった。
「この私が、あの小娘に劣るとでもいうのか。そんな訳がない! そんなことはありえない!」
机の天板を拳で叩き、グレゴールは吼える。
「私は賢者となり、師を超える! そして私のすべてを認めさせるのだ、この世界に!!」
彼には才能があった。
魔導師としても、政治家としても、陰謀家としても。
しかし、いずれも一流には半歩届かなかった。
だが、メルスースはそれでも彼を後継者と見込んでいた。
それは彼の立場が、単純な魔法の才能だけで務まる類のものではなかったからだ。
しかし、グレゴールにはそれが理解できない。彼にとって、メルスースはすべてだった。
メルスースの弟子になるために実家から引き離された彼にとっては、メルスースの評価こそが世界の真理だった。だからこそ、彼は必死に魔法を学び、メルスースの後継者として誰もが認めるほどの魔導師となった。
政治的才覚を持ち合わせた魔導師というのは、恐ろしく少ない。賢者の弟子の中でも、三分の二は政治に不向きな者が占めていた。
その点で言えば、グレゴールは間違いなく有能だった。メルスースの才能さえ超えていたかもしれない。
しかし、彼は道を違えようとしている。
メルスースが決してそちらには進ませまいとした方向へと、彼は歩を進めている。
「誰にも邪魔はさせん。誰にも、誰にも、誰にも!!」
苛立ちまぎれに拳を叩き付けるグレゴールを、小さな球体が見詰めていた。
その有機レンズの向こうにいるAIは、グレゴールの姿を見てもなんの感想も抱かないだろう。
AIにとってこの世界の生き物は、すべて脅威となるかそうでないかでしかないからだ。
「く……っ」
しばらくグレゴールの様子を眺めた後、球体――探査用ドローンは体を転がしてその場から消えた。探索しなければならない場所は、まだまだある。こんな原生生物に構っている暇はないのだ。
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