闇の翼~Dark Wing~

桐谷雪矢

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第一話 邂逅or遭遇

1.逃走者

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 ドアベルの音と共に駆け込んできたのは、二十代の一般的なOLっぽかった。
 タイトなスーツ姿で、メリハリのある化粧ではあるが人混みに紛れたら見つけにくそうな地味な雰囲気で、普段はこういう飲み屋には縁がなさそうでもあった。
 目鼻立ちは整ってはいる、でも美人とか可愛いとか取り立てて注釈を付けるほどでもないし、しいて言えば、やや脱色気味の髪を頭の上でお団子にしているのが似合っていないかも、くらいが一見しての印象だ。

 でも、目立ちはしないが機転は利いた。
 放っておけば自然に重みで閉まるドアをわざわざ引いて素早く閉じた。そのドア上部のベルに気付くと、両手を伸ばして音を止める。
 そのドアの向こうを、あまりスマートではない足音が駆け抜けるのが聞こえた。
 一応は客であるその女は、外の気配を探るように荒い呼吸を必死で殺して目を閉じている。
 つまり彼女は追われているようだった。
 その呼吸がある程度治まるのを待って、ゆっくりと声をかけた。
「いらっしゃいませ。カウンターにしますか? それともテーブル席に?」
 彼女は大きく肩を揺らすと、音を押さえていたドアベルと俺を交互に見た。
 そこで自分の行動が不審であると気付いたか、あたふたと手を下ろし、顔の前でぶんぶんと音を立てる勢いで振った。
「あああああのっ、すいませんっ、すぐ出ますから、お気になさらずっ」
「いやぁ、そんな必死な形相してるの見て、気にしないってわけには行かないでしょうが?」
 意識してラフな物言いで呑気に笑いかけると、彼女は少し困ったように微笑んで、じゃあカウンターで、と奥目のスツールに腰を下ろした。
 額や頬に張り付く髪を撫でつけて整えながら、彼女もちらちらこちらを窺っている。
 いかにもバーテンダーなお仕着せのベストと小振りの蝶ネクタイで、やや長めの髪を後ろで緩く括り、残念ながら男らしいとは言えないひょろっとした外見は、怖そうと思われずに済んだようだ。同じビルに事務所を持つ常連連中には、少し下がった目尻がタラシっぽいだの、にまにまして見える口角がむかつくだのとも言われるが、その辺りはスルーされたらしい。

「ご注文は……て、激しく動いたばかりでアルコールはやめておいた方がいい、かな?」
「……ええと、まだアルコールって時間でもないし。ホットミルク、あります?」
 遠慮がちに問われ頷くと、冷蔵庫から牛乳パックを取り出した。
「あんまりいろいろ訊かない方がいい、気もするけど、この状況で訊くなってのも難しいよなぁって思うわけ」
 パックの牛乳を手に、レンジでも気にしない?などと手抜きの提案に許可を貰いつつ、
「とりあえず、君を匿ったコトで、俺が犯人隠匿罪とやらに引っかかったりはしないよな?」
 レンジのパネルを押しながら、ちらりちらりと様子を見る。
「たぶん……大丈夫、だと。私は犯罪者じゃないから」
「私は……? じゃ、君以外が犯罪者だったりするかもなのか」
 あらら、な表情で少しばかり目を眇める。彼女は一瞬だけ、しまったと言わんばかりに視線を落として目を見開いたが、次の瞬間には何ごともなかったかのような顔をして、そういうのって揚げ足取りって言うんですよ~、と笑った。
 少し甘く味付けをしたホットミルクをはい、と目の前に差し出すように置く。彼女はそれを両手をを伸ばして手元に引き寄せそのまま包むように持ち、はふはふ湯気を吹き飛ばしている。普通なら暖かい飲み物をそうしていたら強張った表情も和らぐだろうところだが、彼女は徐々に俯き加減になり困った様子を見せた。
「でも、考えてみたら、不審者みたいな真似しちゃいましたもんね……」
 ぽつり、呟いた。
「私の名前は、御島英美みしまひでみ……もし、他で、御島と名乗る男がいたら、めんどくさいだろうから知らないフリしておいてね」
 ここでようやく気が抜けたように深い吐息をついてホットミルクを口へと運ぶ彼女の姿と裏腹に、うわぁ、めんどくさそう……と俺は宙を見上げた。
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