2 / 34
第一話 邂逅or遭遇
1.逃走者
しおりを挟む
ドアベルの音と共に駆け込んできたのは、二十代の一般的なOLっぽかった。
タイトなスーツ姿で、メリハリのある化粧ではあるが人混みに紛れたら見つけにくそうな地味な雰囲気で、普段はこういう飲み屋には縁がなさそうでもあった。
目鼻立ちは整ってはいる、でも美人とか可愛いとか取り立てて注釈を付けるほどでもないし、しいて言えば、やや脱色気味の髪を頭の上でお団子にしているのが似合っていないかも、くらいが一見しての印象だ。
でも、目立ちはしないが機転は利いた。
放っておけば自然に重みで閉まるドアをわざわざ引いて素早く閉じた。そのドア上部のベルに気付くと、両手を伸ばして音を止める。
そのドアの向こうを、あまりスマートではない足音が駆け抜けるのが聞こえた。
一応は客であるその女は、外の気配を探るように荒い呼吸を必死で殺して目を閉じている。
つまり彼女は追われているようだった。
その呼吸がある程度治まるのを待って、ゆっくりと声をかけた。
「いらっしゃいませ。カウンターにしますか? それともテーブル席に?」
彼女は大きく肩を揺らすと、音を押さえていたドアベルと俺を交互に見た。
そこで自分の行動が不審であると気付いたか、あたふたと手を下ろし、顔の前でぶんぶんと音を立てる勢いで振った。
「あああああのっ、すいませんっ、すぐ出ますから、お気になさらずっ」
「いやぁ、そんな必死な形相してるの見て、気にしないってわけには行かないでしょうが?」
意識してラフな物言いで呑気に笑いかけると、彼女は少し困ったように微笑んで、じゃあカウンターで、と奥目のスツールに腰を下ろした。
額や頬に張り付く髪を撫でつけて整えながら、彼女もちらちらこちらを窺っている。
いかにもバーテンダーなお仕着せのベストと小振りの蝶ネクタイで、やや長めの髪を後ろで緩く括り、残念ながら男らしいとは言えないひょろっとした外見は、怖そうと思われずに済んだようだ。同じビルに事務所を持つ常連連中には、少し下がった目尻がタラシっぽいだの、にまにまして見える口角がむかつくだのとも言われるが、その辺りはスルーされたらしい。
「ご注文は……て、激しく動いたばかりでアルコールはやめておいた方がいい、かな?」
「……ええと、まだアルコールって時間でもないし。ホットミルク、あります?」
遠慮がちに問われ頷くと、冷蔵庫から牛乳パックを取り出した。
「あんまりいろいろ訊かない方がいい、気もするけど、この状況で訊くなってのも難しいよなぁって思うわけ」
パックの牛乳を手に、レンジでも気にしない?などと手抜きの提案に許可を貰いつつ、
「とりあえず、君を匿ったコトで、俺が犯人隠匿罪とやらに引っかかったりはしないよな?」
レンジのパネルを押しながら、ちらりちらりと様子を見る。
「たぶん……大丈夫、だと。私は犯罪者じゃないから」
「私は……? じゃ、君以外が犯罪者だったりするかもなのか」
あらら、な表情で少しばかり目を眇める。彼女は一瞬だけ、しまったと言わんばかりに視線を落として目を見開いたが、次の瞬間には何ごともなかったかのような顔をして、そういうのって揚げ足取りって言うんですよ~、と笑った。
少し甘く味付けをしたホットミルクをはい、と目の前に差し出すように置く。彼女はそれを両手をを伸ばして手元に引き寄せそのまま包むように持ち、はふはふ湯気を吹き飛ばしている。普通なら暖かい飲み物をそうしていたら強張った表情も和らぐだろうところだが、彼女は徐々に俯き加減になり困った様子を見せた。
「でも、考えてみたら、不審者みたいな真似しちゃいましたもんね……」
ぽつり、呟いた。
「私の名前は、御島英美……もし、他で、御島と名乗る男がいたら、めんどくさいだろうから知らないフリしておいてね」
ここでようやく気が抜けたように深い吐息をついてホットミルクを口へと運ぶ彼女の姿と裏腹に、うわぁ、めんどくさそう……と俺は宙を見上げた。
タイトなスーツ姿で、メリハリのある化粧ではあるが人混みに紛れたら見つけにくそうな地味な雰囲気で、普段はこういう飲み屋には縁がなさそうでもあった。
目鼻立ちは整ってはいる、でも美人とか可愛いとか取り立てて注釈を付けるほどでもないし、しいて言えば、やや脱色気味の髪を頭の上でお団子にしているのが似合っていないかも、くらいが一見しての印象だ。
でも、目立ちはしないが機転は利いた。
放っておけば自然に重みで閉まるドアをわざわざ引いて素早く閉じた。そのドア上部のベルに気付くと、両手を伸ばして音を止める。
そのドアの向こうを、あまりスマートではない足音が駆け抜けるのが聞こえた。
一応は客であるその女は、外の気配を探るように荒い呼吸を必死で殺して目を閉じている。
つまり彼女は追われているようだった。
その呼吸がある程度治まるのを待って、ゆっくりと声をかけた。
「いらっしゃいませ。カウンターにしますか? それともテーブル席に?」
彼女は大きく肩を揺らすと、音を押さえていたドアベルと俺を交互に見た。
そこで自分の行動が不審であると気付いたか、あたふたと手を下ろし、顔の前でぶんぶんと音を立てる勢いで振った。
「あああああのっ、すいませんっ、すぐ出ますから、お気になさらずっ」
「いやぁ、そんな必死な形相してるの見て、気にしないってわけには行かないでしょうが?」
意識してラフな物言いで呑気に笑いかけると、彼女は少し困ったように微笑んで、じゃあカウンターで、と奥目のスツールに腰を下ろした。
額や頬に張り付く髪を撫でつけて整えながら、彼女もちらちらこちらを窺っている。
いかにもバーテンダーなお仕着せのベストと小振りの蝶ネクタイで、やや長めの髪を後ろで緩く括り、残念ながら男らしいとは言えないひょろっとした外見は、怖そうと思われずに済んだようだ。同じビルに事務所を持つ常連連中には、少し下がった目尻がタラシっぽいだの、にまにまして見える口角がむかつくだのとも言われるが、その辺りはスルーされたらしい。
「ご注文は……て、激しく動いたばかりでアルコールはやめておいた方がいい、かな?」
「……ええと、まだアルコールって時間でもないし。ホットミルク、あります?」
遠慮がちに問われ頷くと、冷蔵庫から牛乳パックを取り出した。
「あんまりいろいろ訊かない方がいい、気もするけど、この状況で訊くなってのも難しいよなぁって思うわけ」
パックの牛乳を手に、レンジでも気にしない?などと手抜きの提案に許可を貰いつつ、
「とりあえず、君を匿ったコトで、俺が犯人隠匿罪とやらに引っかかったりはしないよな?」
レンジのパネルを押しながら、ちらりちらりと様子を見る。
「たぶん……大丈夫、だと。私は犯罪者じゃないから」
「私は……? じゃ、君以外が犯罪者だったりするかもなのか」
あらら、な表情で少しばかり目を眇める。彼女は一瞬だけ、しまったと言わんばかりに視線を落として目を見開いたが、次の瞬間には何ごともなかったかのような顔をして、そういうのって揚げ足取りって言うんですよ~、と笑った。
少し甘く味付けをしたホットミルクをはい、と目の前に差し出すように置く。彼女はそれを両手をを伸ばして手元に引き寄せそのまま包むように持ち、はふはふ湯気を吹き飛ばしている。普通なら暖かい飲み物をそうしていたら強張った表情も和らぐだろうところだが、彼女は徐々に俯き加減になり困った様子を見せた。
「でも、考えてみたら、不審者みたいな真似しちゃいましたもんね……」
ぽつり、呟いた。
「私の名前は、御島英美……もし、他で、御島と名乗る男がいたら、めんどくさいだろうから知らないフリしておいてね」
ここでようやく気が抜けたように深い吐息をついてホットミルクを口へと運ぶ彼女の姿と裏腹に、うわぁ、めんどくさそう……と俺は宙を見上げた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる