6 / 34
第一話 邂逅or遭遇
5.能力
しおりを挟む
俺は店の内鍵を掛けた。
カウンターを片付けながら、英美に手招きする。ぎこちない動きでカウンターのスツールに座り直すと、どうしよう、と頬杖をつくようにしてその手で顔を覆った。
表情が見えないと声を掛けるタイミングが計りにくいなぁ、などと思いつつ、氷をグラスにからから詰める。
かたん。
わざと音が立つように冷たい水が入ったグラスを英美の前に置くと、その音にぴくりと肩を震わせ、そろりと手を顔から離してこちらを窺うように見上げた。
しばらく無言のままグラスの縁を唇に押し当てた恰好で、困ったような顔をしてじっと目の前の空の灰皿を見詰めていたが、こくり、水で口を湿らせると、グラスを置いて顔を上げた。
開き直ったようにも受け取れる所作だった。
「あの人たち、知り合いだったのね」
「まぁ、古い腐れ縁だ……てより、追ってたのがあいつらだったとはな。あいつらも人捜ししてるとは言ってたが、まさか、なぁ」
苦笑いで返す。
「途中で、マスターさんもグルになってるのかと疑心暗鬼になっちゃった。ねぇ……どっちつかずの中立の立場だと思ってて大丈夫、なの?」
さてどうしよう。
今度は俺がそんな顔をしているだろう。
彼女を助ける義理も義務もない、どちらかというと旧知のふたりを取るべきだ。先に聞いていれば仕事にもなっていたはずだしな。
しかし、どこかしっくりしない。話も聞かずに放置しておいたらその火の粉が次はこちらに飛んでくる、そんな予感が拭えなかった。
俺はひとつ深呼吸し、咳払いで英美の視線をこちらに向けてから、目を合わせて畳みかけるように尋ねた。
「あんたの兄さんのやってるコトって、なにかヤバいコトなのか? 研究所みたいなって、いったい何やってるわけ? 最初に訊いたよな? 異種族の存在を信じるかって。そういうコトなのか? あんたが、もしくはあんたの兄さんが?」
じ、と英美を軽く睨むくらいの勢いで問いかける。
ちりり……。
奇妙な空気が一瞬周囲を覆った。
ごくごく微量の、静かにしていなければ気付かなくてもおかしくないほどの静電気にも似た感触。
え?と周りを見回した俺の反応に、英美が目を瞠った。
「マスターさん……人間じゃあ……ない……?」
俺も思わず目を見開いて英美を凝視してしまった。
どうしてわかる……?
「人間じゃないって……ちょい待て、何を根拠にそうなるんだ?」
待て待て待て、俺が焦ってどうする、更に問い掛け直して平静を取り戻す。
はぁ、と溜め息交じりに両手で前髪を掬い上げて後ろへ流しつけつつ、ネクタイとシャツの襟元を緩めた。
いきなり直接尋ねられるコトは基本的はにない。まだそこまで実在が浸透しきっていない上に、場合によっては誹謗中傷扱いになりかねない、前にも言ったようにデリケートな問題だからだ。
英美はというと、少し引き気味でこちらを見詰めていた。
「……巻き込んじゃいけない人を巻き込んじゃった、かも……」
ふるふると小刻みに頭を振り、ごめんなさい、と呟いた。
なんだかめんどくさいコトに巻き込まれちまったんじゃあ、と俺は俺で天井を仰ぎ見る。
「あ~、もし人間じゃないとしたら、どうなんだ?」
「兄と、敵対関係になっちゃうかも……」
「異能種排斥運動とか、裏で最近派閥ができてるとか、噂はあるが……もしかして、そういうの……?」
説明に悩んでいるようだった。
案外本人も把握しきれていないのかも知れない、そんな気がした。
ただ、おろおろと視線が泳いでいる。
どんどんっ。
鍵を掛けただけで外にクローズド看板を出さなかったせいか、開かないドアを乱暴に叩く音がした。
マスタぁ~?と聞こえるのはジョウの声だ。
俺は英美にこっそり耳打ちした。
「あいつらはただの人間だ。そこは保証する。開けるか、居留守か……俺はどっちでもいいけどな。あんたが判断して鍵開けるなり、このまま諦めて帰るまで放置するなりすればいい」
丸投げした。どうするだろうと見守っていたが、英美の反応は思ったどれでもなかった。動けないのか、小さく身を竦めて自分の腕を抱いている。
居留守するか?と尋ねると、違う、と呟いた。
「あの人たちじゃない……あの人たちの声を出してるだけ……兄の直接の追っ手よ、これ」
「え……?」
俺は間抜けな声を上げた、が、また感じたちりちりとした空気。
「なぁ、この変な感触、あんたの仕業か? なにかしてるのか?」
英美の瞳にやや力が戻ってしっかり見据えて頷いた。
「私の能力みたいなモノ……能力を弾いてるらしいの。だから、何か発動させてると弾いてしまうらしいの……外の追っ手、何らかの力を使って便利屋さんの真似をしてるみたいね、だからわかる……」
俺は肩を竦めた。
さっき質問を飛ばしてた時、得意じゃないけど多少は操る系のテクニックを使っていた、だからバレたんだ。
少しずつほぐれてきた。
そういえば、便利屋はここの合い鍵も持ってはいるんだ、と思い当たった。本当に急用があれば、それで入ってくるはずだ。
「とりあえず、あんたから具体的な細かい話をしてもらうってのを条件に、一時的にでも追っ手を撒こう……それでいいかな?」
英美は大きくこくこく頷いた。
カウンターを片付けながら、英美に手招きする。ぎこちない動きでカウンターのスツールに座り直すと、どうしよう、と頬杖をつくようにしてその手で顔を覆った。
表情が見えないと声を掛けるタイミングが計りにくいなぁ、などと思いつつ、氷をグラスにからから詰める。
かたん。
わざと音が立つように冷たい水が入ったグラスを英美の前に置くと、その音にぴくりと肩を震わせ、そろりと手を顔から離してこちらを窺うように見上げた。
しばらく無言のままグラスの縁を唇に押し当てた恰好で、困ったような顔をしてじっと目の前の空の灰皿を見詰めていたが、こくり、水で口を湿らせると、グラスを置いて顔を上げた。
開き直ったようにも受け取れる所作だった。
「あの人たち、知り合いだったのね」
「まぁ、古い腐れ縁だ……てより、追ってたのがあいつらだったとはな。あいつらも人捜ししてるとは言ってたが、まさか、なぁ」
苦笑いで返す。
「途中で、マスターさんもグルになってるのかと疑心暗鬼になっちゃった。ねぇ……どっちつかずの中立の立場だと思ってて大丈夫、なの?」
さてどうしよう。
今度は俺がそんな顔をしているだろう。
彼女を助ける義理も義務もない、どちらかというと旧知のふたりを取るべきだ。先に聞いていれば仕事にもなっていたはずだしな。
しかし、どこかしっくりしない。話も聞かずに放置しておいたらその火の粉が次はこちらに飛んでくる、そんな予感が拭えなかった。
俺はひとつ深呼吸し、咳払いで英美の視線をこちらに向けてから、目を合わせて畳みかけるように尋ねた。
「あんたの兄さんのやってるコトって、なにかヤバいコトなのか? 研究所みたいなって、いったい何やってるわけ? 最初に訊いたよな? 異種族の存在を信じるかって。そういうコトなのか? あんたが、もしくはあんたの兄さんが?」
じ、と英美を軽く睨むくらいの勢いで問いかける。
ちりり……。
奇妙な空気が一瞬周囲を覆った。
ごくごく微量の、静かにしていなければ気付かなくてもおかしくないほどの静電気にも似た感触。
え?と周りを見回した俺の反応に、英美が目を瞠った。
「マスターさん……人間じゃあ……ない……?」
俺も思わず目を見開いて英美を凝視してしまった。
どうしてわかる……?
「人間じゃないって……ちょい待て、何を根拠にそうなるんだ?」
待て待て待て、俺が焦ってどうする、更に問い掛け直して平静を取り戻す。
はぁ、と溜め息交じりに両手で前髪を掬い上げて後ろへ流しつけつつ、ネクタイとシャツの襟元を緩めた。
いきなり直接尋ねられるコトは基本的はにない。まだそこまで実在が浸透しきっていない上に、場合によっては誹謗中傷扱いになりかねない、前にも言ったようにデリケートな問題だからだ。
英美はというと、少し引き気味でこちらを見詰めていた。
「……巻き込んじゃいけない人を巻き込んじゃった、かも……」
ふるふると小刻みに頭を振り、ごめんなさい、と呟いた。
なんだかめんどくさいコトに巻き込まれちまったんじゃあ、と俺は俺で天井を仰ぎ見る。
「あ~、もし人間じゃないとしたら、どうなんだ?」
「兄と、敵対関係になっちゃうかも……」
「異能種排斥運動とか、裏で最近派閥ができてるとか、噂はあるが……もしかして、そういうの……?」
説明に悩んでいるようだった。
案外本人も把握しきれていないのかも知れない、そんな気がした。
ただ、おろおろと視線が泳いでいる。
どんどんっ。
鍵を掛けただけで外にクローズド看板を出さなかったせいか、開かないドアを乱暴に叩く音がした。
マスタぁ~?と聞こえるのはジョウの声だ。
俺は英美にこっそり耳打ちした。
「あいつらはただの人間だ。そこは保証する。開けるか、居留守か……俺はどっちでもいいけどな。あんたが判断して鍵開けるなり、このまま諦めて帰るまで放置するなりすればいい」
丸投げした。どうするだろうと見守っていたが、英美の反応は思ったどれでもなかった。動けないのか、小さく身を竦めて自分の腕を抱いている。
居留守するか?と尋ねると、違う、と呟いた。
「あの人たちじゃない……あの人たちの声を出してるだけ……兄の直接の追っ手よ、これ」
「え……?」
俺は間抜けな声を上げた、が、また感じたちりちりとした空気。
「なぁ、この変な感触、あんたの仕業か? なにかしてるのか?」
英美の瞳にやや力が戻ってしっかり見据えて頷いた。
「私の能力みたいなモノ……能力を弾いてるらしいの。だから、何か発動させてると弾いてしまうらしいの……外の追っ手、何らかの力を使って便利屋さんの真似をしてるみたいね、だからわかる……」
俺は肩を竦めた。
さっき質問を飛ばしてた時、得意じゃないけど多少は操る系のテクニックを使っていた、だからバレたんだ。
少しずつほぐれてきた。
そういえば、便利屋はここの合い鍵も持ってはいるんだ、と思い当たった。本当に急用があれば、それで入ってくるはずだ。
「とりあえず、あんたから具体的な細かい話をしてもらうってのを条件に、一時的にでも追っ手を撒こう……それでいいかな?」
英美は大きくこくこく頷いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる