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第二話 霧散霧消
5.式神?
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夕刻と言ってもまだまだ明るい季節。
たっぷり睡眠を取った俺は、便利屋の軽自動車を貸して貰うべく、便利屋にある電話の子機を手にした。
ぴ、ぴ、ぴ、ぴ……。
呼び出し音が鳴っているが、出る気配がない。
イヤな予感がして俺は店を飛び出した。
すぐ脇にある便利屋のドアを叩いて、ドアノブに手を掛ける……と、ドアには鍵が掛かっていなかった。
「雅巳……っ?」
ドアの前には、来客がいても見えないように、衝立が置いてあり、その向こう側に簡単な応接セットがある。
部屋の右側は床前面が階段状になっている。半地下の入り口からすると、フロアの左半分が応接セットがある半地下で、右半分が一階だ。ブティックかカフェなどならありそうなデザインだが、出入り口を半地下に作ってしまったせいで、普通の店舗はなかなか続かなかったらしい。
あいつらの居室はその一階側にある階段から二階に上がったところだ。
遠慮なく二階にも上がって、中をぐるりと見回す。
ふたりの姿はどこにもなかった。
鍵も掛けずに出かけるとは考えられない。
念の為にと雅巳とジョウそれぞれの携帯に電話を掛けたが、圏外なのか繋がらないし、部屋で鳴っている音も何もしない。
まさか……と訝しんでいると、応接セットの上で、何かが動いた。
人型の紙……式神か。
そこにはよくわからない、梵字のような文字と文様が描かれていた。
「貴様……こないだの霊人形か?」
式神はひょこりと起き上がり、ふらふらと揺れるだけだ。
そもそも、人型の紙まんまな状態という段階で、こないだのヤツよりも低級なんだろうか。
しばらく様子を窺うも、揺れているだけで、見ているうちに、なんだか舐められているような気分にすらなってきた。
「貴様、ここの連中になにかしたのか?」
問いかけるが、ひょこひょこしているだけで、埒があかない。
俺は式神を摘まみ上げようと手を伸ばした。
と、それまでのふわふわした動きからは想像しなかった勢いで、ソレは動いた。
一瞬、見失ったかと思った紙は、俺の伸ばした左手の甲から手首にかけて、ぺたりと張り付いたのだ。
「げっ。何しやがる……っ」
薄気味悪い。
反射的に取ろうとしたが、剥がれない。
俺は自分の店に戻って、流しで力任せに洗い流そうと擦ったが、まるで立体的な入れ墨のように皮膚と一体化して、剥がすとか、そういうモノでもなくなっていた。
……なんだこれ……。
便利屋ふたりがいなくなってる。
そこに残されたのが、このタチの悪い式神もどき?
俺は盛大にため息をついた。
どうせ行こうとしていたにしろ、いかにもな嫌がらせ的呼び出し方にむかつく。
ビルの裏手に回って駐車場を確認すると、便利屋の軽自動車は置いたままになっていた。
車の鍵のありかは知っている。
借りるぞ、と無人の事務所に声を掛けて合い鍵で施錠し、自分の店も施錠確認すると、どんより気分で車に乗り込んだ。
左手の張り付いたモノは、動きを阻害するでもなく、ただ、そこにある。
気持ち悪さから、ちょっと身体から離し気味にハンドルを握ってしまうのが、ただでさえペーパードライバー状態な俺には、運転しづらいコトこの上なかった。
以前来た時よりも研究所の駐車場には車が多いようだった。
確か前は片手くらいだった気がするが、今は両手、くらいな違いだが。
なるべく建物の近くに車を駐めると、周りの気配を窺いながらもわざとらしいほどひらひらとした足取りで、中へと足を踏み入れた。
誰かが来たと反応して出て来る前に、両手はスラックスのサイドポケットに引っかけた体の俺は、入ってすぐのフロアで呑気そうな声で呼びかけてみた。
「す~みだく~ん? いないなら、み~しまく~ん? それとも、し~きが~みく~ん? あ、なんなら英美ちゃんでもいいか~、い~ませ~んか~?」
これは絶対漢字では発音してないと思われるだろう間抜けた声音だ、と我ながら苦笑しつつ耳を澄ませていると、フロアの端にあるエレベーターが動き出した。
金属音と到着を告げるブザー音が鳴り、開いたドアから姿を現したのは御島兄、治彦だった。
前回と違い、完全なプライベートだったのか、サマーセーターとパンツというラフな出で立ちだ。
「これはこれは、便利屋さんのところの……こんな時間に、何かありましたか?」
「ちょっと困ったコトになってな。お宅のお抱え霊媒師さんだか何かなのかな、この墨田っての」
俺は右手で名刺をポケットから出して渡した。左手はスラックスのポケットのままだ。背広が掛かって手は隠れている。
治彦は名刺を見て、ああ、知ってる、と頷いた。
「確かに、ここにいたけど……つい先日、姿を消したと報告があった人だ。他からも無理無体な話を持ちかけられたとか、強引な契約をされたとか、苦情が絶えなくて何度か注意をしていてね」
「それで消えた、と?」
「そうとしか思えないですね……あなたも何か苦情案件でも?」
ああ、と、ひとつため息をついて、頷いた。
「と言うか……ここ、どういう場所なんだ? 表にはなんちゃら研究所とかあるが、あのへんてこな霊媒師とやらも雇ってたのか?」
大雑把には英美の話から推測を立てていたが、確認は取れていないし、そもそもまた絡むとも思っていなかったのもあって気にしていなかった。
だがこうなってくると話は違ってくる。
前に話をした霊人形とやらからは悪意も感じなかったが、今回のは悪意しか感じない。実害が出てしまっては放置も出来ないだろう。
便利屋ふたりが巻き込まれているのが最大の問題でもある。
治彦は、どうしようか考えているようだった。
暫しの間の後、眼鏡の真ん中をくいっと上げて、軽く首を振った。
「先日もお世話になっているし、説明しないわけにもいかないですかね……ちなみに口は堅い方で?」
「一応、守秘義務ってのは理解しているぜ。仕事柄な」
にんまり笑って答えると、治彦は、奥へ、と前に通された応接室へと案内した。
たっぷり睡眠を取った俺は、便利屋の軽自動車を貸して貰うべく、便利屋にある電話の子機を手にした。
ぴ、ぴ、ぴ、ぴ……。
呼び出し音が鳴っているが、出る気配がない。
イヤな予感がして俺は店を飛び出した。
すぐ脇にある便利屋のドアを叩いて、ドアノブに手を掛ける……と、ドアには鍵が掛かっていなかった。
「雅巳……っ?」
ドアの前には、来客がいても見えないように、衝立が置いてあり、その向こう側に簡単な応接セットがある。
部屋の右側は床前面が階段状になっている。半地下の入り口からすると、フロアの左半分が応接セットがある半地下で、右半分が一階だ。ブティックかカフェなどならありそうなデザインだが、出入り口を半地下に作ってしまったせいで、普通の店舗はなかなか続かなかったらしい。
あいつらの居室はその一階側にある階段から二階に上がったところだ。
遠慮なく二階にも上がって、中をぐるりと見回す。
ふたりの姿はどこにもなかった。
鍵も掛けずに出かけるとは考えられない。
念の為にと雅巳とジョウそれぞれの携帯に電話を掛けたが、圏外なのか繋がらないし、部屋で鳴っている音も何もしない。
まさか……と訝しんでいると、応接セットの上で、何かが動いた。
人型の紙……式神か。
そこにはよくわからない、梵字のような文字と文様が描かれていた。
「貴様……こないだの霊人形か?」
式神はひょこりと起き上がり、ふらふらと揺れるだけだ。
そもそも、人型の紙まんまな状態という段階で、こないだのヤツよりも低級なんだろうか。
しばらく様子を窺うも、揺れているだけで、見ているうちに、なんだか舐められているような気分にすらなってきた。
「貴様、ここの連中になにかしたのか?」
問いかけるが、ひょこひょこしているだけで、埒があかない。
俺は式神を摘まみ上げようと手を伸ばした。
と、それまでのふわふわした動きからは想像しなかった勢いで、ソレは動いた。
一瞬、見失ったかと思った紙は、俺の伸ばした左手の甲から手首にかけて、ぺたりと張り付いたのだ。
「げっ。何しやがる……っ」
薄気味悪い。
反射的に取ろうとしたが、剥がれない。
俺は自分の店に戻って、流しで力任せに洗い流そうと擦ったが、まるで立体的な入れ墨のように皮膚と一体化して、剥がすとか、そういうモノでもなくなっていた。
……なんだこれ……。
便利屋ふたりがいなくなってる。
そこに残されたのが、このタチの悪い式神もどき?
俺は盛大にため息をついた。
どうせ行こうとしていたにしろ、いかにもな嫌がらせ的呼び出し方にむかつく。
ビルの裏手に回って駐車場を確認すると、便利屋の軽自動車は置いたままになっていた。
車の鍵のありかは知っている。
借りるぞ、と無人の事務所に声を掛けて合い鍵で施錠し、自分の店も施錠確認すると、どんより気分で車に乗り込んだ。
左手の張り付いたモノは、動きを阻害するでもなく、ただ、そこにある。
気持ち悪さから、ちょっと身体から離し気味にハンドルを握ってしまうのが、ただでさえペーパードライバー状態な俺には、運転しづらいコトこの上なかった。
以前来た時よりも研究所の駐車場には車が多いようだった。
確か前は片手くらいだった気がするが、今は両手、くらいな違いだが。
なるべく建物の近くに車を駐めると、周りの気配を窺いながらもわざとらしいほどひらひらとした足取りで、中へと足を踏み入れた。
誰かが来たと反応して出て来る前に、両手はスラックスのサイドポケットに引っかけた体の俺は、入ってすぐのフロアで呑気そうな声で呼びかけてみた。
「す~みだく~ん? いないなら、み~しまく~ん? それとも、し~きが~みく~ん? あ、なんなら英美ちゃんでもいいか~、い~ませ~んか~?」
これは絶対漢字では発音してないと思われるだろう間抜けた声音だ、と我ながら苦笑しつつ耳を澄ませていると、フロアの端にあるエレベーターが動き出した。
金属音と到着を告げるブザー音が鳴り、開いたドアから姿を現したのは御島兄、治彦だった。
前回と違い、完全なプライベートだったのか、サマーセーターとパンツというラフな出で立ちだ。
「これはこれは、便利屋さんのところの……こんな時間に、何かありましたか?」
「ちょっと困ったコトになってな。お宅のお抱え霊媒師さんだか何かなのかな、この墨田っての」
俺は右手で名刺をポケットから出して渡した。左手はスラックスのポケットのままだ。背広が掛かって手は隠れている。
治彦は名刺を見て、ああ、知ってる、と頷いた。
「確かに、ここにいたけど……つい先日、姿を消したと報告があった人だ。他からも無理無体な話を持ちかけられたとか、強引な契約をされたとか、苦情が絶えなくて何度か注意をしていてね」
「それで消えた、と?」
「そうとしか思えないですね……あなたも何か苦情案件でも?」
ああ、と、ひとつため息をついて、頷いた。
「と言うか……ここ、どういう場所なんだ? 表にはなんちゃら研究所とかあるが、あのへんてこな霊媒師とやらも雇ってたのか?」
大雑把には英美の話から推測を立てていたが、確認は取れていないし、そもそもまた絡むとも思っていなかったのもあって気にしていなかった。
だがこうなってくると話は違ってくる。
前に話をした霊人形とやらからは悪意も感じなかったが、今回のは悪意しか感じない。実害が出てしまっては放置も出来ないだろう。
便利屋ふたりが巻き込まれているのが最大の問題でもある。
治彦は、どうしようか考えているようだった。
暫しの間の後、眼鏡の真ん中をくいっと上げて、軽く首を振った。
「先日もお世話になっているし、説明しないわけにもいかないですかね……ちなみに口は堅い方で?」
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