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【第三幕】ソシュアル国へ旅行に行くピクルス
ショコレットとジッゲンバーグの文学
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朝食を終えたピクルスが、昨夜ラデイシュから受け取った最新式犬言語通訳装置を手に、中庭へやってきた。
ザラメが猛々しく吠えている。
――バウバウ・バウウウッ・ガルルゥζζξ!
太い首の輪に装置が取りつけられる。
「新製品の性能はいかが?」
「これが改良型の通訳装置ですね。感度は良好のようですし、あの大きなヘッドギアも不要になって、これからは肩も楽になります!」
「そう。それは良かったこと。おほほほ」
「しかしずいぶんとコンパクトになったものです。人間の編み出すテクノロジーも飾りでは済まさないワンダフル度合いですね」
新装置に満足で能弁なザラメではあるが、顔の方には不足の糸を引く。
「どうかして?」
「実は今朝も自分の餌が出てきません」
「まあ、また忘れたのね、クッペ婆や」
「はい。いい加減にして欲しいものです。自分は空腹の度合いが半端なくて、もう背と腹の区別がつかないです!」
「困ったわねえ、今日はメロウリのお家には行きませんのよ。でもショコレットのお家にだって、なにか餌があるでしょう。さあ出かけますわよ!」
「ラジャー!!」
希望の糸口を取り戻したザラメは力強く立ち上がった。
マルフィーユ公爵家に着き、ピクルスは初めての訪問でもあるので普通に呼び鈴を鳴らした。
若いメイドが出てきた。
大きなセントバーナード犬を連れた少女――それだけなら珍しくはないが、ゴスロリ風衣装を着て銃を携行しているという不釣り合いなピクルスの姿を見て、当然のことながら怪訝な模様が顔面にも口調にも生じている。
「あうう、ええっと、ど、どちら様でしょう?」
「わたくし、キュウカンバ伯爵家のピクルス大佐ですわよ! いつもながら、こちらのフラッペ少将にはお世話になっていますの。おほほほ」
「はあ……では、ご主人様にご用でしょうか?」
「いいえ。ショコレットに会いにきましてよ。それと、この犬はザラメですわ」
「ヴェッポン国自衛軍に所属しております、ザラメ軍曹です!」
話す犬を初めて見たメイドは、驚きで目をしばたたいた。
「あひゃ、そのう……それで、ご用件の向きは?」
「ええ、二つありましてよ。まずはザラメに今朝の食事が必要なことですわ。なにか餌になるようなもの、ありますかしら?」
「はあ、そうですか。しかし、こちらでは犬は飼っておりません。そのう、猫の餌で良ければ、ふんだんにありますけれど……」
「ザラメ軍曹、猫の餌ですわよ、食べますの?」
「シュアー! もうこうなったら背に腹は替えられません。頂きたいです!」
「だそうです」
「では、こちらへ」
ザラメはメイドに連れられて食堂へ向かうことにした。
この時、ショコレットが玄関にやってきた。
「朝から騒がしいと思えば、よりによってピクルス!」
「あら、おはようショコレット、お元気?」
「ええ、あなたもね」
「シュアー!!」
尋ねるまでもなく元気なピクルスだ。
Ω Ω Ω
夕食後、ピクルスは紅茶を飲みながら、午前中のことを思い返していた。
『あなたの謹慎期間中は、こうして毎日わたくしがお訪ねしますわ。それで交際を深めましょう。よろしくてショコレット?』
『不要ですわよ。私はこの五日間、文学の造詣を深めますの。ですから、あなたが傍にいると邪魔以外のなにものでもありませんわ。お帰りになって』
飾り気もなく追い返されたため、ピクルスはさぼる計画を変更して、午後からアカデミーの授業に出た。それでショコレットとの交際には、少しの進展すらなかったのだ。
「文学なんて、なんのために……」
この呟きがジッゲンバーグの耳に届いた。
「ピクルスお嬢様におかれましては、左様な疑問をお持ちでしたか。ちょうど良い折りでもありますので、文学がなんのためかについて、お話しさせて頂くことにしましょう」
(おっとと、またジッゲンの説法が始まりますわ)
幼かった頃のピクルスは、なにかしら様々な事柄について、どうしてなのかと尋ねる「どうして魔」として、真摯な第一執事からの説明には、とても熱心に耳を傾けていたものだ。
当時は質疑応答の需要供給バランスが良く保たれていたが、今では煙たい過剰供給になってしまっている。
「文学は人間のためである、ということは今さら申すまでもございません。そしてそれは人間のさらなる高みに達するべくあるのです」
(長くなりそうね。でも二十秒もしないうちに遮るのも気の毒ですし、しばらくは聞いている素振りだけでも、しておきましょう……)
ピクルスの胸の内をよそに、ジッゲンバーグは話を続けている。
「人間のさらなる高みなどと表現しますと、いささか傲慢さの臭気が漂ってきて鼻につくような嫌悪感を与えてしまう恐れもあるでしょうし、言葉を変更して、人間の幅を増すとしておきましょう」
「人間の幅を増す?」
「はい。左様にございます。そのうえ深みを持つということでもあります。幅を増すとは申しましても、多量に食べて肥満するという意味でないのは明々白々にございましょう。食べるという意味におきましては、確かに食べる行為に類するのではございますが、その目的は身体のための糧にすることでなく、心のための糧にすることなのです。木が土壌から養分を摂って幹を太くし根を深く張り、やがて大樹となるように、人間もまた文学から糧を得ることで、立派な根幹と十全な精神を編み上げるのです。お分かりでしょうか?」
「いいえ、さっぱり」
「はあ、左様にて……はあぁぁ~~」
大きく溜息をついて肩を落とすジッゲンバーグだった。そういう日常的苦悩もまた、この老人にとっては文学という編み物の一目なのである。
ザラメが猛々しく吠えている。
――バウバウ・バウウウッ・ガルルゥζζξ!
太い首の輪に装置が取りつけられる。
「新製品の性能はいかが?」
「これが改良型の通訳装置ですね。感度は良好のようですし、あの大きなヘッドギアも不要になって、これからは肩も楽になります!」
「そう。それは良かったこと。おほほほ」
「しかしずいぶんとコンパクトになったものです。人間の編み出すテクノロジーも飾りでは済まさないワンダフル度合いですね」
新装置に満足で能弁なザラメではあるが、顔の方には不足の糸を引く。
「どうかして?」
「実は今朝も自分の餌が出てきません」
「まあ、また忘れたのね、クッペ婆や」
「はい。いい加減にして欲しいものです。自分は空腹の度合いが半端なくて、もう背と腹の区別がつかないです!」
「困ったわねえ、今日はメロウリのお家には行きませんのよ。でもショコレットのお家にだって、なにか餌があるでしょう。さあ出かけますわよ!」
「ラジャー!!」
希望の糸口を取り戻したザラメは力強く立ち上がった。
マルフィーユ公爵家に着き、ピクルスは初めての訪問でもあるので普通に呼び鈴を鳴らした。
若いメイドが出てきた。
大きなセントバーナード犬を連れた少女――それだけなら珍しくはないが、ゴスロリ風衣装を着て銃を携行しているという不釣り合いなピクルスの姿を見て、当然のことながら怪訝な模様が顔面にも口調にも生じている。
「あうう、ええっと、ど、どちら様でしょう?」
「わたくし、キュウカンバ伯爵家のピクルス大佐ですわよ! いつもながら、こちらのフラッペ少将にはお世話になっていますの。おほほほ」
「はあ……では、ご主人様にご用でしょうか?」
「いいえ。ショコレットに会いにきましてよ。それと、この犬はザラメですわ」
「ヴェッポン国自衛軍に所属しております、ザラメ軍曹です!」
話す犬を初めて見たメイドは、驚きで目をしばたたいた。
「あひゃ、そのう……それで、ご用件の向きは?」
「ええ、二つありましてよ。まずはザラメに今朝の食事が必要なことですわ。なにか餌になるようなもの、ありますかしら?」
「はあ、そうですか。しかし、こちらでは犬は飼っておりません。そのう、猫の餌で良ければ、ふんだんにありますけれど……」
「ザラメ軍曹、猫の餌ですわよ、食べますの?」
「シュアー! もうこうなったら背に腹は替えられません。頂きたいです!」
「だそうです」
「では、こちらへ」
ザラメはメイドに連れられて食堂へ向かうことにした。
この時、ショコレットが玄関にやってきた。
「朝から騒がしいと思えば、よりによってピクルス!」
「あら、おはようショコレット、お元気?」
「ええ、あなたもね」
「シュアー!!」
尋ねるまでもなく元気なピクルスだ。
Ω Ω Ω
夕食後、ピクルスは紅茶を飲みながら、午前中のことを思い返していた。
『あなたの謹慎期間中は、こうして毎日わたくしがお訪ねしますわ。それで交際を深めましょう。よろしくてショコレット?』
『不要ですわよ。私はこの五日間、文学の造詣を深めますの。ですから、あなたが傍にいると邪魔以外のなにものでもありませんわ。お帰りになって』
飾り気もなく追い返されたため、ピクルスはさぼる計画を変更して、午後からアカデミーの授業に出た。それでショコレットとの交際には、少しの進展すらなかったのだ。
「文学なんて、なんのために……」
この呟きがジッゲンバーグの耳に届いた。
「ピクルスお嬢様におかれましては、左様な疑問をお持ちでしたか。ちょうど良い折りでもありますので、文学がなんのためかについて、お話しさせて頂くことにしましょう」
(おっとと、またジッゲンの説法が始まりますわ)
幼かった頃のピクルスは、なにかしら様々な事柄について、どうしてなのかと尋ねる「どうして魔」として、真摯な第一執事からの説明には、とても熱心に耳を傾けていたものだ。
当時は質疑応答の需要供給バランスが良く保たれていたが、今では煙たい過剰供給になってしまっている。
「文学は人間のためである、ということは今さら申すまでもございません。そしてそれは人間のさらなる高みに達するべくあるのです」
(長くなりそうね。でも二十秒もしないうちに遮るのも気の毒ですし、しばらくは聞いている素振りだけでも、しておきましょう……)
ピクルスの胸の内をよそに、ジッゲンバーグは話を続けている。
「人間のさらなる高みなどと表現しますと、いささか傲慢さの臭気が漂ってきて鼻につくような嫌悪感を与えてしまう恐れもあるでしょうし、言葉を変更して、人間の幅を増すとしておきましょう」
「人間の幅を増す?」
「はい。左様にございます。そのうえ深みを持つということでもあります。幅を増すとは申しましても、多量に食べて肥満するという意味でないのは明々白々にございましょう。食べるという意味におきましては、確かに食べる行為に類するのではございますが、その目的は身体のための糧にすることでなく、心のための糧にすることなのです。木が土壌から養分を摂って幹を太くし根を深く張り、やがて大樹となるように、人間もまた文学から糧を得ることで、立派な根幹と十全な精神を編み上げるのです。お分かりでしょうか?」
「いいえ、さっぱり」
「はあ、左様にて……はあぁぁ~~」
大きく溜息をついて肩を落とすジッゲンバーグだった。そういう日常的苦悩もまた、この老人にとっては文学という編み物の一目なのである。
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