魔鬼祓いのグラディウス

紅灯空呼

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3章 魔鬼は僕が一匹残らず叩き斬る!

ブルセル村までの帰り道

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 日輪は既にずいぶん低い位置にまで降りていて、その蒼い輝きが少しずつ紫色に変わってきている。
 かなり疲れてしまった四人はほとんど会話もせずに黙々と歩き続け、ノウェル村を越えて、今はブルセル村までの一本道にさしかかる辺りだ。
 セブルは、左右を歩くミルティとプエルラからの視線を何度も感じていた。二人が時折セブルの横顔と背中のリルカとを、交互にチラリチラリと眺めたりしてくるのだ。

「ん? どうしたんだ、さっきから。リルカのこと、そんなに気になるのか?」
「べっ、別にぃ!」
「わ、わたくしも気になど、しておりませんわ」

 二人とも頬を膨らませている。

(この二人も今日は疲れて腹も減ってきて、それで機嫌悪くなってるんだな)

 しばらく黙ったまま歩いていたところ、ミルティが不意に口を開いた。

「あ、あたしがさあ、もし気絶したら……お、同じにする?」
「え?」
「わわ、わたくしも気絶して……もしその、あの……」
「は?」

 ミルティもプエルラも、それ以上を話さずに下を向いた。

「もしかして、気絶したら今のリルカみたいに、僕が背中に負ぶうかどうかを聞きたいのか?」
「うんうん、そうそう」
「ええええ、そうですわ」

 二人が勢いよく頭を上げて、セブルを両側から挟み込むような形で顔を近づけてきた。

「う~ん、いっぺんに三人というのは、さすがに無理だろうな」
「さっ、最初は誰なのよっ! あ、あたしなんでしょ?」
「い、いえいえ、わたくしですわ、きっと。そ、そうですわね?」

 まさにこの時だ。

「むぅぅ~ん、わたしだよお~」

 リルカが寝ながら会話に割り込んできたのだ。しかも、その口元から涎が少し垂れている。

「むきゅ、ホントふてぶてしい子、もう起きろっ!」
「まあぁ行儀の悪いこと。さあ早く目を覚ましなさい!」
「あーまー、そう云わずに、そっとしておいてやれよ。頑張ったせいで、リルカが一番疲れてるんだから」

 すると、ますます膨れっ面になった二人が同時に詰め寄ってくる。

「それで、気絶したら一番は誰なの!」
「そうですわ。どなたなのです!」
「うおぉ、そ、そうだな。その時になったら、まあジャンケンとかクジ引きとかで決めたらいいんじゃないか。それだったら公平だろう?」

 ミルティとプエルラは、セブルを間に挟んで睨み合う。

「よおし! ジャンケンでもクジ引きでも何だって、その時はあたし、絶対負けないんだからねっ!!」
「わたくしもですわ、どうあっても、一番だけは譲りませんことよ!」
(というか、気絶してたらジャンケンもクジ引きもできないだろうが……)

 ブルセル村に着いても、まだリルカは目を覚まさない。
 プエルラと別れた後、セブルとミルティはリルカの小屋に立ち寄った。

「あらあら、リルカ寝ちゃってるのね。ごめんなさいセブル君、わざわざ……」
「あ、そんな。帰り道の途中で、だからその」
「でもずっと背負ってくれて、大変だったでしょ?」
「あ、いえいえ、そのえっと、軽いですし……」

 リルカを寝台まで運びながら返事をするセブル。あたふたとする彼の立ち居振る舞いを、ミルティはつぶさに観察していた。

 リミエルの熱心な勧めに応じて、二人は夕食をご馳走になることになった。
 すっかり準備が整った直後、リルカが起きてきた。

「というか、あんなにぐっすり寝てたくせに、食事が始まるとなったら急に目を覚ますって、どうなんだそれ?」
「えへへへ。わたし、お腹がとっても空いてるんだよお」

 そう云いながら、一番沢山食べるリルカである。

(しっかしこれで、どうしてあんなに軽いんだ?)

 食事が済み、セブルとミルティは早々に帰ることにした。今日は何かと疲れてしまったし、明日からまた一週間、学問所での修練の日々となる。
 二人が岩山の頂上に登り着いた時、セブルの知らない風貌のかなり変わった人が立っていた。

(あれ、隣の小屋に住んでる人かな?)

 カントゥから聞いた話によると、隣人は悟りを開くために十二年間、この岩山にこもっているという聖哲ソヒストだそうだ。
 薄汚れた衣を身に纏い、髪も髭も伸び放題の格好をしていて、セブルは内心、できれば近づきたくないと思った。

「わっ、やなやつが……」

 ミルティの方は、あからさまに嫌そうな表情と発言をしている。

「おやミルティ、男と二人きりでランデブーか。へっへっへっ、雌猿にもようやく盛りがきたな。それで、その際の心得はもう知っているのか? 何なら教えてやろうか?」
「う・る・さ・い。ヅラトルト‐ハロス! ハロス、ハロス、ハ・ロ・スぅ~」
禿ハロスではない、私の名は、ヅラトルト‐ストラだ。一体どれだけ教えてやれば憶えるのだ。この糞キンダーめが!」
「うっわ、む・か・つ・くぅ!」
(うは、子供の喧嘩だ……あいや童心か? それともこれが聖哲ソヒストの奥義?)

 目の前で繰り広げられる稚拙な口論の光景を、セブルは呆れ顔で黙って見ているしかなかった。

「こんなの相手にしない方がいいよ、セブル。それじゃあ、お休みね!」

 それだけ云って、ミルティはさっさと自分の小屋に入った。

「ズウボ」
「は?」
「ボウズ」
(すぐ云い直すのなら、最初からボウズでいいだろ)

「それじゃあ、お休みね!」

 ミルティの口調を真似た奇妙な隣人も、自分の小屋へと入って行く。

(はあ?)

 こうして、セブルと聖哲ヅラトルト‐ストラの初対面の会話は、最初から最後まで意味不明のまま終わった。
 岩山の頂上に一人取り残されたセブル。まるで今日の疲れを全て忘れさせて貰えたかのような、さも不思議な錯覚に陥っている。
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