この学園モノの乙女ゲームは国語が学べる!?

紅灯空呼

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(エピローグ)

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 ゴールデンウィークが終わってから十日が過ぎた。
 月曜日の放課後だ。この時期は次第に暑くなってくるため、何かと気持ちが緩みがちではあるが、それでも文字部の部室には白夜・俗人・花実・僧子の四人がちゃんと揃っている。

「さあ、定期テストの一週間前となった」
「うん、そうだね」
「テストですかあ」
「テスト」

 どの生徒たちにとっても、それは避けて通れない試練なのである。

「そこでだ。今日から文字部の活動はテスト勉強に切り替える。もちろん家に帰って一人で勉強するのでも構わない」

 原則として定期テスト一週間前から終了までの間、クラブ活動は禁止されている。
 しかし例外があり、各部室でテスト勉強をするのなら、事前に申し出ることで許される場合もあるのだ。ただし、部員のテスト結果が芳しくなければ、次回は必ず却下される。

「私、ここでやります。酢雀すざく先輩と僧子さんは?」
「僕も毎日くるよ」
「私も」

 花実と僧子にとっては、高校生になって最初の定期テストだ。だから先輩たちと一緒に勉強できるのは、かなり心強い。

「花実も僧子も分からないことがあったら、私や俗人に遠慮なく尋ねるとよいぞ」
「は~い」
「はい」

 こうして、文字部員たちのテスト勉強が始まった。
 少しして、花実が漢文の書き下し文について質問した。それに対して、俗人が丁寧に説明してやっている。ありがちな語呂合わせを使っての解説だ。

「これは、ヲニト返る、と覚えたりもするんだよ。分かる?」
「は~い、分かりましたでっす。えっと、桃太郎さんと鬼さんたちは、仲良しさんになって、一緒に里へ帰りました~。めでたし!」
「あははは。花実ちゃんは平和主義者なんだね」
「花実作『新釈 桃太郎伝説』だな」
「花実さんのお話、面白いです」
「えへへ」

 俗人と白夜にしてみれば、後輩をフォローしながらの勉強には負担がある筈。それでも彼らは一切気にせず、何か質問されれば、その子が理解できるまで丁寧に説明してやっている。これが文字部の団結力だ。

        *

 定期テスト終了から三日後の放課後。

「花実ちゃん、結果どうだった?」
「私は、四十九番でした」

 この増鏡高等学校では、定期テスト結果の合計得点での順位が学年別で貼り出される。花実は、数学で学年ただ一人の百点満点、つまり単独一位になった。だが他の科目が振るわなかった。

「先輩たちは?」
「僕は十三番。それで白夜が、何と二番だよ」
「えっー、凄い! 天里てんり先輩、二番なんですかぁ~」
「あ、いやいや。それより、はどうだったのだ?」
「六番でした」

 少し恥ずかしそうに僧人が答えた。六番なら誇らしい成績だが、上位過ぎると逆に言うのが恥ずかしい場合があったりするのだ。

「ほう、なかなかの順位だな。さらなる上の狙いがいもある」
「へえ、僧人君も凄いねえ~」
「ううん。そんなことないよ」
「あるよぉ」
「ないよ」

 の目の前にいるのは僧子ではない。別の世界の複腹遷人が男根を一本失ったことで、こちらの世界の僧子は僧人に変化した。花実は、その変化に気づいていないし、この時点でもう男根エキス特権は失っている。すなわち、通常の学園モノの乙女ゲームに戻ったのである。
 しかし、花実と僧人もずいぶん「仲良しさん」になったものだ……。

「はぁ~、私だけ順位よくなかったなぁ~」

 いつも元気な花実が少ししょぼくれた。

「花実ちゃん、気にしなくてもいいよ。一学年に百五十人くらいはいるんだから、花実ちゃんだって上位だよ」

 それもそうである。ちなみに花実と同じクラスのグレゴリラというあだ名の男子は学年で最下位だった。それでも彼は明るく生きている。

「そうだぞ花実。それに順位の比べっこのために結果を聞いたのではない。現状を知るためだ」
「現状?」
「そうだ。現状を知り、嘆いて後ろ向きになるか、新たな気持ちで前向きになるか、花実はどちらだ?」
「わっ、私は……はい、私ちゃんと前向きになりまぁ~す!」

 花実に笑顔が戻った。

「うん。それでいいよ、花実ちゃん」
「よし。それでは文字部の本来の活動を再開するぞ」
「そうだね」
「はぁ~い!」
「はい」

 四人は、再び問題集『国語でビンビン点数を取る本』を使っての活動を始めた。
 そして、この日を終えた夕方。

「花実ちゃん、話があるんだ」
「何ですか?」

 部室には俗人と花実だけが残っている。緊張のためか、俗人の表情は固い。

「あ、あの僕、花実ちゃんのことが好きなんだ! 僕と付き合ってよ!!」
「へ、そんな急に、しゅ、あ、すみません私、好きな人がいるから……」
「そう……あ、いいんだよ、花実ちゃん」

 うつむいた花実を逆に俗人が励ましている。こういう状況に立った男子は、どんな気持ちになるのだろうか。

        *

 数日後。いつものように文字部の四人が集まって活動している。
 今日は問題集の最後の問題を解いた。その答え合わせを済ませてから、一緒に解説を読んだ。とうとう一冊をやり遂げたのだ。

「ふぅ~~。ついに終わりましゅた、あ、ててて……」
「あはは、そうだね。花実ちゃん、よく頑張ったね」
「えへへ」
「お兄ちゃん」
「うん。僧人も頑張ったよ」

 花実も僧人も、俗人に褒められて嬉しそうだ。

「私も頑張った積りなのだが……ふぅ」
「ん? 白夜、どうかした?」
「……いや別に。それより最後のページに〈あとがき〉があるのだが」
「それじゃあ一緒に読んでから、今日の活動を終わりにしようか?」
「そうだな」
「は~い」
「はい」

 〈あとがき〉
 こんにちは、清原辛子です。
 いかがでしたか? ちょっと変わった問題集だったと思いませんか? え、かなり変ですって? てへへ。
 この問題集に取り組んだことで、あなたはビンビン点数を取れるようになりましたか? もう少しですか?
 実は、私がこの問題集の執筆を決意したのには、もちろん明日の「めしの種」の必要もあったのですが、それと同時に未来の「文化・伝統」に対する危機感によるものもあったのです。
 その一つに、この国の「国語教育」の質の低下があります。そこで不肖ながらも、この私が立ち上がったのです。いえまあ、座って執筆したのですが。

 ――教育関係の人たち、何やってんの?
 ――景気対策? 株価? そんなのどうでもいいわよ!
 ――あとまわしよ、あとまわし! おバカッ!!

 おっと、失言、いえ暴言を吐いてしまいました。
 あ教育関係のオッサン? えっ経済界のオッサンたちも!

 ――ごめんなさ~い
 ――きゃあ、フルボッコは、やめてぇ、堪忍してぇ~
 ――いやぁ~ん、ひぃ~

 この後は、逃げに逃げ、走りに走ったのです。
 いやぁよ、もぉ。中納言も太政大臣もホントしつこいんだから。
 おかげでもう明け方だわ。

 ――まあ、お空がだんだんと白んでゆく
 ――向こうのお山がちょっと紅を差して
 ――紅紫色っぽい雲が細長く伸びてるの
 ――この情景は、実にナイスだわ!
              〔 九九八年・春 〕


「どういうことだ!」
「わをぉ、九九八年!」
「お兄ちゃん?」
「う~ん、どうしてだろうね」

 このとき部室の扉が開き、理事長の葛埼かつらぎ墳子ふんこさんが入ってきた。

「今日もみんな揃っているのね。白夜、ほらこれ」

 墳子さんが大きい封筒を差し出す。世間では角形二号と呼ぶサイズだ。

「あっ、ありがとう」

 白夜は問題集を片手に持ったまま、もう一方の手でそれを受け取り、長机の上に置いた。封筒には「常之世とこのよ大学」と書いてある。ガイドブックらしい。

「あらその問題集、懐かしいわね。まだ書店に並んでいるの?」

 墳子さんが白夜の問題集を覗き込んできた。

「あ、うん。四月に買ったのだけど……」
「そう。それで、もしかして〈あとがき〉の謎に悩んでいるの? まだまだねえ、あんたたち。ほら、貸しなさい」

 墳子さんが横から白夜の問題集を取り上げた。

「かあ、いや理事長、何か知っているの?」

 白夜の質問には答えず、墳子さんは開かれたままの問題集を持って窓際へ歩いて行った。そして、メガネを外して紙面に近づけた。老眼鏡か?

「この時間でも、まだまだ日差しが強いわね」

 ほんの数秒くらいして、墳子さんは戻ってきた。

「ご覧なさい」

              〔一九九八年・春 〕

「え!?」
「あっ!」
「わをぉ、変わってる!」
「一九九八年」
「あはははは。白夜、あんたその程度でよく文字部の部長が務まるわねえ。何が文字を愛するよ」
「…………」
「そうか、あぶり出しなんですね。あ、じゃあもしかして。ちょっといいですか」

 俗人が問題集と老眼鏡を受け取って窓際へ行き、先ほど墳子さんがやったのと同じことをした。

「ほら。思った通りだったよ」

              〔一九九八年・春曙〕

「なるほど」
「わっー、また変わってる!」
「さらにできるようになったわね、俗人君!」
「あ、いや、僕別に……」
「白夜、俗人君に部長を代わって貰えば?」
「…………」

 白夜には返す言葉がなかった。

「それと今見せたテクニックくらいは、カマキリのメスが交尾後にオスを食べるのと同程度に、平然とできなくてはダメよ。あんたの今のレベルだと、常之世大学どころか、棟大とうだい享大きょうだいすら無理ね」
(か、母さん、嫌な例え方だな……)
「オスを食べるぅ?」
「お兄ちゃん?」
「うん。カマキリのメスはそうすることもあるんだよ」
「ふうん」
「僕、こわい」
「大丈夫だよ、僧人」
「まあ、文字部の活動もいいけれど受験勉強も大事よ。あ、それからその問題集の著者名は、昔の私のペンネームなのよ」

 そう言いながら墳子さんは部室から立ち去る。
 同時に、開いていた扉がカラララー・ビシッと音を立てて閉じた。

「驚いたね。この問題集は白夜のお母さんが書いたなんて」
「私も知らなかった。不覚だ……」

 白夜はかなり苦い顔をしている。

「ところで白夜は、もしかして常之世大学受けるの?」
「……え、ああ、そうだ」
「そうなんだ。実は僕もそうしようかと思ってるんだよ」
「へぇそっかぁ。先輩たち、頑張ってください、ねっ!」
「お兄ちゃん、天里部長、しっかり」

 花実と僧人が応援している。

「それなら俗人、今から受験用のまともな問題集を探しに行かないか?」
「うん、そうだね。駅の近くの書店へ行こう」
「じゃあ僧人君、私たちはパフェ食べに行く?」
「うん、行く」

 四人は揃って部室を後にした。特に花実にとっては、まだ「好き」と伝えていないものの、僧人との初デートである。その喜びで花実の心が弾み、足取りはとても軽やかであった。

     〔完@世界B〕
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