平凡な私が選ばれるはずがない

ハルイロ

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*ヴェイル視点 3

メルデンが食い入るように見ている紙には、「ステラ・バレリー」が、生まれつき魔力を持たない魔力欠如症者であることが書かれていた。
そして、その下には、日常的に彼女に魔力を提供している者達の名も記載されている。
魔力欠如症者は、人と同じように生活出来るよう、国に登録した提供者から定期的に魔力を貰うのだ。


それを、俺は勘違いした。
彼女は、母上のような悪女であると。

誰しも他者の魔力に深く触れれば、不快感を感じるものだ。だから、わざわざ他者の魔力を自分の体に纏わせるという酔狂なことをする者はいない。それは、どの国でも共通する認識だった。

しかし、例外もある。
濃密な体の接触があれば、意図せず、一時的にお互いの魔力が移るのだ。

だから、会う度に違う魔力を纏っていた彼女のことを、複数の愛人を囲う男遊びの激しい女と決めつけてしまった。彼女も、母上と同様、都合良く男を乗り換える女なのだと。

やはり神の用意した番とは、碌でもない呪いのような存在だったのだと、その時の俺は激しい怒りを感じていた。

それからの俺は、その苛立ちを彼女にぶつけ続けた。
早く俺の目の前から消えてほしくて。

その結果、俺の態度に触発された部下達によって、彼女は酷い中傷を受けることになる。

今でも、悲痛に歪んだ彼女の泣き顔が頭から離れない。
きっと、あの寂れた資料室でも、彼女は泣いていたのだろう。それでも、彼女は押し付けられた大量の仕事を、誰の力も借りずにやり遂げた。
あれだけの資料を、たった一人で作り上げるのは大変だっただろうに。


兄上の言う通り、俺は卑怯者だな...。

番を拒絶するなら、正々堂々と出会ってから別れを告げればよかったのだ。

俺は、初めて向き合った己の罪に、痛む胸を押さえた。



「メルデン、陛下は、俺達に正式な謝罪の機会を与えては下さらなかった。お前も、俺と共に、陛下の沙汰を待つしかない。だが、やった事の後始末は、自分ですべきだ。」

「...はい。」
メルデンは罪を認めた罪人のように、神妙な顔で頭を下げた。






俺はメルデンを連れ、騎士団棟にある情報編纂部の部室へ足を向けた。

部室に近付くと、開け放たれた扉からガヤガヤと、騒がしい声が聞こえてくる。俺は、扉前にいた騎士に、目配せしてから部室内に入った。


「何をしている?」
俺に気付いた騎士達が、一斉に壁際に寄って姿勢を正す。その中を、カイマンという名の男が、馴れ馴れしい様子で擦り寄ってきた。


「お願いです、ヴェイル殿下!この者達を止めて下さい!大切な資料が持ち出されてしまいます!ここにあるものには、我々の叡智が詰まっているというのに!どうか、我らのような選ばれた者以外の立ち入りを禁止して下さい!」
カイマンは大袈裟な身振りで、自分の主張を訴えている。


典型的な小物だな。
俺は、こんな男の言葉を信じていたのか。

俺は威圧感を込めて、カイマンを睨みつけた。


「選ばれた者か…、馬鹿馬鹿しい。お前は、他人の手柄を横取りする、ただの卑怯者だろう!」

「ち、違うのです!あれは、あの女が!ヒッ!」

彼女をあの女扱いしたカイマンに、俺の怒りが爆発する。一瞬で、怒りに支配された俺は、気付くとカイマンの胸ぐらを掴んで持ち上げていた。
ひ弱な男は、体を揺らして暴れるものの、一向に、俺の手からは逃れられない。瞳に恐怖と絶望を写したカイマンは、ひたすらに謝罪を繰り返し出した。


「や、やめ…、ゆるし、て…、殿下、おね、がい。」

「赦す?誰に謝っているんだ?俺か?それとも、ステラ・バレリーにか?」

「あや、謝りま、すから…。助け…。」

「いいや、二度と彼女には近付くな。次は殺すぞ?」

酸欠で震え出したカイマンの体を、隅で怯えている文官達の方へ放り投げる。
無様にも、防御を取れなかった文官達は、ゴミのように重なり合って動かなくなった。


この愚か者達は、罪状を詳細に記した報告書と共に、祖国へ送り返す。そして、二度と我が国の土は踏ませない。

俺は、暴れ出しそうな怒りの感情を抑え付け、壁際に控えていた騎士達に目を向けた。


「編纂部は解散だ。全て片付けろ!メルデン、お前が指揮しろ!」

キビキビと動き出した騎士達の中を抜けて、俺は奥の資料室に入った。


薄暗く空気の澱んだ部屋の奥には、小さな机が置かれている。傷だらけで、油に汚れたその机は、新人騎士が防具を磨くために武器庫に放置されていた物だった。

机に触れると、汚れが染み付いてはいるものの、随分と綺麗に磨かれているのが分かった。きっと、彼女が掃除したのだろう。
俺の胸に、更なる罪悪感が募った。


「ヴェイル団長…。」
呼ばれた声に振り向くと、俺が呼びつけた侍女長が立っていた。

「どうだった?」

「団長のおっしゃる通り、騎士団の侍女達は、バレリー様に嫌がらせをしていました。噂を鵜呑みにし、追い出そうとしていたようです。」

「そうか。その侍女達は、今どこにいる?」

「使用人用の休憩室に待機させております。」

資料室の鍵を閉め、一切の立ち入りを禁止した後、俺は謹慎中の侍女達の下へ足早に向かった。




「お前達はクビだ。さっさと荷物を纏めて王宮から出て行け。」
休憩室に入って早々、俺は怯える侍女達に解雇を言い渡した。
この女達が、彼女にした陰湿な嫌がらせに怒りが湧き、一時も同じ空間にいたくなかったのだ。


「お、お待ち下さい!私達の何がいけなかったのですか!?私達は、ただ、団長のために行動しただけです!」

「それで、俺に嘘の報告をしたと?」

「それは、だって…、わ、私達の方が…。私達は、彼女より役に立ちます!ですから…。」

「主人に嘘をつくような不忠義者は不要だ。」

「そ、そんな、酷い。」

泣き出した侍女達にうんざりした俺は、さっさと部屋から出て行こうとした。すると、一人の侍女が、俺の腕に縋り付いてきた。


「あ、愛しているのです、ヴェイル団長!何でもします。ですから、どうか、お側に置いて下さい。」

掴まれた腕が、媚びてくる女の目が、吐き気がする程気持ち悪くて、俺は勢いよく、その侍女の手を振り払った。


「侍女長!今日中に、コイツらを追い出せ!新たな人員の補充も今日中だ!」
侍女長に難題を押し付けると、俺は乱暴に扉を開いた。


動揺した自分を落ち着かせるため、俺は中庭を早足で抜ける。
今は、少しでも早く、誰もいない静かな場所に行きたかった。


その時、俺は悟ってしまったのだ。
番を認識した俺の体は、もう、彼女しか受け入れられないという事実に。







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