木曜日のスイッチ

seitennosei

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木曜日のスイッチ。

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団地の横を抜けて駅へ向かう。
そこはいつもは通らない道で、何でもない住宅街の路地なのに新鮮に感じた。
「職員用の門から出っちゃったけど…、遠回りだったね。ごめんね。」
「いえ全然。森本先生と話したかったし、ちょっとくらい遠回りでも私は全然嫌じゃないです。」
「ホント?良かった。」
フワフワ少女のような可愛らしい笑顔を見せる森本先生。
7歳、8歳程年上とは思えない。
だけどきっとそれは見た目の可愛さと森本先生が接しやすく気を遣ってくれているから感じられるものであって、本来の彼女はもっとしっかりとした大人の女性なのだろうとも思う。
私達は並んでゆっくりと駅に向かって歩き出す。
「カウンセラーってもっと偉そうな感じなんだと思ってました。」
「ん?」
「なんか、偉そうっていうか口煩い?っていうか…。もっと良くも悪くもアドバイスしてくる大人だと思っていたので…。」
「ああ…。」
実際に最初はその先入観から警戒していた。
どうせ初対面の私の気持ちなんて分からない癖にきっとアレが正しいとかコレをするべきだとか言ってくるんだって。
そう思い込んでいた。
「そうだよね。カウンセラーって正しいアドバイスをくれる人って思っちゃうよね。私も思ってたしね。勉強するまでは。」
「違うんですか?」
「うーん…全然違う事もないんだけど…カウンセリングにも色んな種類があるし、カウンセラーによってもやり方が違うし。だけど一番の目的は話している本人が話しながら自身の気持ちを整理する事だから。私達は未来の見える占い師でも正解を知っている神様でもないし、基本的にアドバイスなんて出来ないししないの。話聴くだけじゃどうにもならない人に病院をすすめたりとかのアドバイスをする事はあるけど、本人がまだどうしたいのかも決まってないのに『別れろー』とか『彼氏の方が正しいから別れるなー』とかそういう具体的な行動をカウンセラーの価値観で強要したりはしないよ。」
「そうなんだ…。良かったです。今日話聞いてくれたのが森本先生で。他の大人だったらもっと偉そうに説教してきたかもしれないですし。」
前を向いて歩いていた森本先生がこちらを見た。
目が合うとまたあの可愛い顔で微笑んでくれる。
「ありがとう。細谷さんみたいに良く受け止めてくれると私も嬉しい…。話聞くだけなんて誰でも出来るんだからプロなら為になるアドバイスしろなんて言われる事もあるんだよ。」
「えー?そんな!そんな人…、自分の事なのに先生に甘え過ぎですよ!そんなんだから悩んでるんですよ!」
「あはは。細谷さんは本当に真っ直ぐで優しいね。そうだね…。でもね…多分その人だって普段は優しくて色々頑張ってる人なんだよね。限界が来て辛くて沢山自分で考えて、それでもどうにもならなくて何とかしてカウンセラーに頼ったのに、話を聞くだけしかしてくれないなんてってガッカリしちゃったのかもね。だけど残念だけど、直ぐに辛いのがなくなる魔法の言葉なんてこの世界にはないからさ。やっぱり私は話を聴くしかないんだよね。」
やるせない気持ちが伝わってくる。
大人になっても無力感を感じたりどうにも出来ない事があるんだと今知った。
だけどどうにかして森本先生に伝えたい。
先生のしている事は凄い事なんだって。
「私は!」
興奮で声が大きくなってしまった。
思いの外静かな住宅街に響き少しだけ怯むも勢いを付けて続ける。
「私は、今日森本先生が居てくれて良かったと思ってます。先生が居なかったらもっと下手くそだったと思います。今まで亜樹に思っている事言った事なかった。それに今日の自分は言ったら何か気持ちが抑えられなくなってもう別れるって強くなっちゃって。亜樹からしたら突然で混乱してるのに。森本先生が居なかったら別れる別れないで今でも言い合いしてるかもしれない。だから先生が居て良かったんです本当に…。本当にありがとうございます。」
「細谷さん。こちらこそありがとうね。本当に嬉しい。なんか私の方が元気もらってるね。」
また目を合わせる。
どうにもむず痒くなって「へへ。」「はは。」と二人で照れ笑いした。
どちらともなく視線を前に戻し少しの間無言で歩く。
新しい友達との初々しい時間みたいな。
付き合いたてのカップルのざわざわ肌が泡立つみたいな。
仲を深めていきたいと思っている人とのこの心地いい気まずさが好きだ。
私は今森本先生の事をもっと知りたいと思っている。
「森本先生は彼氏いるんですか?」
質問をしてから失敗したと思った。
ミーハーでガキっぽいなって。
だけど森本先生はすんなり答えてくれる。
「ふふ、残念ながらいません。」
だから調子に乗ってしまった。
「そうですか…。じゃあ、好きな人はいますか?」
「好きな人はね…いるよ。」
「わー、好きな人いるんですね?!」
素敵な大人の女性の恋バナにテンションが上がる。
「どんな感じですか?付き合えそうですか?」
「うーん…。頑張ってみてるけど…脈はなさそう。」
森本先生に好かれて応えない男なんているんだろうか?
いるわけが無いと思う。
「えー絶対嘘!森本先生が好きって言ったら絶対相手も好きになりますって!」
「そんな事は…。」
「そんな事あります!森本先生めちゃくちゃ可愛いですもん!」
「細谷さん…。」
「私、森本先生みたいになりたいです。美人だからなのもあるけど、それだけじゃなくて。バカにしないで話聞いてくれたり。ほっとする笑顔とか。今日初めて話したのにすぐ優しいって分かったし。美人で優しいなんて最強です!」
ずいっと寄って熱弁する私に対し森本先生は少し引く体勢をしていた。
だけど笑顔で「ありがとう。」と言ってくれる。
「なんかごめんなさい。熱くなりました。」
「ううん。嬉しかったよ。」
また二人で前を向いて歩き出した。
駅まであと少し。
静かな住宅街が終わり、駅前の商店街やバスのロータリーから賑やかな音がする。
その喧騒に紛れさせるように森本先生は零した。
「私は細谷さんになりたいけどね…」
「え?」
思わず聞き返すも「ん?何も言ってないよ?」と返されてしまう。
そう返してきた時の笑顔が、何だかいつもの優しい感じとは違って酷く固くて。
悪口でもないのに隠す意味も分からなくて。
私はそれ以上追求できなかった。
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