傾く方へ

傾く方へ。

行動を共にする。

休憩室に入ると遠くに木内稔が座っているのが見えた。
私は昨日のメッセージを思い出して面倒に思う。
絡まれたくない。
今夜だってバックれるつもりだ。
見付からない様に離れて座ろう。
室内を見渡すとかなり混み合っていて、空いている席は喫煙室のガラスの真ん前だけだった。
壱哉いるのかな…。
チラッと確認すると前回同様、身体を密着させている壱哉と凛さんがいた。
｢はー。｣
思わず溜め息が漏れる。
この前程の胸の苦しさは感じない。
だけど、イライラと納得のいかなさに思考が支配され、ソワソワと身体を揺すりたい衝動に駆られる程度には動揺した。
今回は当てつけでも何でもなく、純粋に空いている席が見付けられなくてガラス前の席に着く。
椅子を引いて座る瞬間、視界の端っこに壱哉が気まずそうにこちらを見ているのが映った。
この前まで平気で私を無視して凛さんとの世界に浸っていた癖に…。
私と上手く別れられず、今夜の凛さんとの逢瀬にほんの少しの影が刺してどうにも居心地が悪いのだろう。
ざまあみろとしか思えない。
心の中で悪態を吐きながら、コンビニで買ってきたお握りにかぶりついていると、唐突に木内稔が現れた。
｢うゎっ…。｣
めんどくさい気持ちが声に出てしまった。
いつの間にか空席になっていた向かいの席に座りながら｢ちょっとは隠してよ。｣と笑っている。
不快感を顕にしていてもめげずに話し掛けてくる図太さに、この人のメンタルが強いのか弱いのかが測り兼ねた。
｢今日、バックレるつもりでいるでしょ？｣
｢…。｣
｢はは、やっぱな。…俺しつこいから。絶対に逃がさないよ？｣
ニッコリと微笑んで私の目を見てきた。
そしてふんわりと香る体臭。
鼻腔に届いた瞬間胸が鳴った。
この人の事は全然好きじゃないけれど、匂いは良いんだよな。
ずっと嗅いでいたいとまで思って、慌ててそれを打ち消した。
｢昨日壱哉に別れたいって言われました。まだ正式に別れてないですけど、私は尾行してまで壱哉の行動を把握する様な立場じゃなくなったので。尾行は1人でやって下さい。｣
｢ふーん…。君はそれで良いの？｣
｢良いも何も…。｣
その瞬間、木内稔は身を乗り出し私にグッと顔を近付けた。
｢今、岡田君こっち見てるよ？まだ君を気にしてるんじゃない？｣
｢え？｣
振り返ろうとした私の頭に手を添え、木内稔は制止してきた。
｢向こうからは俺たちが何をしてる様に見えてるのかな？凛子との会話に集中出来ない感じでチラチラ君を見てるよ？｣
コイツの言う事なんて信用出来ない。
本当に壱哉が今私を気にかけているかなんて分からないのに、そう囁かれて心の奥に仄かな期待が芽生えた。
｢凛子と岡田君は人として合わないよ…。その内絶対に彼は君に戻って来るよ？だからさ、今日何処に２人が行くのか見届けない？｣
見届ける？
一瞬乗ってしまいそうになったが、それをして何になるのか…。
寧ろ他の女と会う所なんて見たくないけれど…。
｢木内さん…。色々理由付けて私を巻き込もうとしていますけど、本当は一人が寂しいだけなんじゃないですか？今日凛さんが浮気するって分かってて、その時間一人で過ごすのが嫌なんでしょう？｣
怒って消えてくれれば良い。
そう思って、出来るだけ意地悪な雰囲気を出して得意げに指摘してやったのに。
｢そうだけど？普通に。｣
木内稔はケロッと認めた。
｢俺、メンタル強くないし。今日一人で居るの普通に無理でしょ。俺さ。凛子と付き合ってから女の子は全部切っちゃったし、同性の友達には彼女尾行してるヤバい所見せたくないしさ。同志である君が適任なんだよね。｣
勝手に適任にされても困る。
だけど、何となく。
初めて木内稔と話した時に孤独感が薄れた事を思い出した。
同士は問題解決に至らなくても居てくれるだけで心強い気持ちは分かる。
それに今日、私も一人で過ごす事に大きな不安を持っているのも事実。
絶対に眠れないだろう。
今２人は何処で何をしているのだろう？
そう思いながら悶々と一人で居られるのだろうか。
｢はー、分かりました。２２時に従業員口ですね。｣
私は今夜、木内さんと行動を共にする事に決めた。