タルパと夜に泣く。

seitennosei

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タルパと夜に泣く。

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明るいブラウンの髪が入口から差す太陽光に透けキラキラと光っていた。
ショートボブで長さはないけれど、吹き込む風に撫でられサラサラと踊っている。
その前髪の隙間から覗く猫のような愛らしい瞳に見捕らえられ目が離せない。
黙ったまま魅入っていると、その人はぽてっと柔らかそうな唇から見た目に似つかわしくないハスキーな声を吐き出した。
「ははっ。ホント清太郎が好きそうな顔してる。」
面食らって咄嗟に発言できない私。
お構い無しにケラケラと笑っているその人の脇腹を隣に立っていた大志が肘で小突いた。
「おい。ちゃんと自己紹介しろ。」
「えー?言わなくても分かるじゃん。ねぇ?」
急に同意を求められまた黙り込んでしまうと、その人は「ふふっ」と悪戯っ子のように笑った後でやっと自己紹介をしてくれた。

「優美でぇす。清太郎の元カノでぇーす。ふふっ…」

強い衝撃。
大志から聞いてはいたので今日顔を合わせるのが誰であるかは事前に分かっていた。
ただ彼女の為人が想像と余りにもかけ離れていたので戸惑いが隠せない。
慌てて私も自己紹介をする。
「あ、あの。優美さん、初めまして。手毬です。町田手毬。」
「知ってるよー。手毬ちゃん!もーホント、ここに来たら誰と会っても手毬手毬って。」
「あ、あは。狭い所ですから…」
「それにしてもホント納得って感じ。」
「え?」
まじまじと見つめられる。
グッと近付く顔。
フワッと香る花のような香水。
気まずくて目線を下に逸らすとしなやかに伸びた手脚が視界に入った。
そして白い肌。
優美さんは至近距離から私を見つめたまま話し続ける。
「私以外の元カノ、みーんな手毬ちゃんみたいな雰囲気の子達だったなー。」
「へー。」
話に加わる大志。
ただ次の瞬間意地悪く口角を上げると得意気に優美さんを挑発する。
「まあ絶対手毬が1番可愛いけどな。」
「うわ、振られたくせに。未練がましい奴。」
「んだと、こら。」
「ダッセェ男。」
「ああ?このクソビッチが。」
「ぶふっ。」
知り合ったばかりとは思えないやり取り。
まるで旧知のような二人の掛け合いを見ていて思わず吹き出してしまった。
そんな私を見てまた「ふふっ」と笑う優美さん。
「てかさ、優美で良いよ。私の方が年下だし。」
「分かった。…優美ちゃんにする。」
「うん。」
そう二人で見詰め合っていると横から大志がまた口を挟む。
「いや、お前は手毬さんって呼べ。そして敬語も使え。ついでに俺の事も敬え。」
「うるっさ。小さい男だねホント。」
「んだと?おい、こら。お前男に小さいは絶対言っちゃいけないやつだぞ。」
「あははっ。」
今度は大声で笑い出した私を二人同時に振り返る。
それがまた可笑しくて私は更に笑った。
「てかさ。中入れてくれないの?」
「あ、ああ…。」
楽しい空気に忘れていた。
今日は清太郎を探す作戦を立てるために二人揃ってここを訪ねてくれたのだ。
ご近所さんの邪魔が入らないよう入口を閉め、私は二人を奥の和室へと促した。

まさか大志が優美ちゃんと繋がっていたなんて…。
大志曰く、清太郎と私の関係が可笑しくなったすぐ後にここで偶然優美ちゃんと知り合ったそうだ。
清太郎は私と距離を置くと決めた頃、優美ちゃんの事も拒絶するようになった。
連絡が途絶え心配になった優美ちゃんは直接清太郎を訪ねるも、「もう会わない」の一点張りで締め出されてしまう。
不運な事にそれを見ていたご近所さんにも追い打ちをかけるように「二度と来るな」と非難され、大通りまで逃げ出した所をたまたま私の店舗から出てきた大志に拾われたのが最初だったらしい。
ただそれまでもお互いの存在は何となくは把握していたと言う。
「だって会う人会う人が皆敵意丸出しでさ。『アンタもあの男も二人の邪魔するなら許さない』とか言ってくんだよ?私以外にも邪魔者が居るんだって知ってから大志の存在にはずっと興味あったんだよね。」
そうあっけらかんと笑っている優美ちゃん。
対照的に大志は苦々しい顔で言った。
「俺は昔からちょくちょく来てたし、最初は優美ほど敵視されてなかったけどさ。手毬と清太郎が可笑しくなってからはまあ色々言われたよ。『アンタもあの女も疫病神だ』って。特に清太郎が居なくなってからはもうホント酷い言われ様だよ。」
私の知らないところでそんな事が…。
ご近所さんからの仕打ちに対し私が頭を下げると、二人は同時に同じ反応を見せた。
「やめてよ!」
「やめろ!」
そして重なる声に一瞬の間をあけ今度は同時に笑い出す。
つられて私も少しだけ笑った。
「手毬ちゃんも清太郎もここの人達に愛されてんだなって思ったよ。」
「そうだな。俺らが強引なのは事実だしな。」
「そりゃさ、ずーっとここに居て、ここが大切な人達からしたらさ、手毬ちゃんと清太郎の邪魔をしてた私と大志は事実悪者なんだしね。」
「そうそう。俺も優美も一部の人間からしたら悪者になったとしてもやりたい事があったんだよ。手毬が謝る必要なんてねえんだぞ。」
目を見合わせ「なぁ?」と言い合っている二人が心底楽しそうで。
その嘘のない言葉と真っ直ぐさが眩しくて。
私は嬉しくて羨ましかった。

「ねぇ、手毬ちゃん。」
優美ちゃんからの問い掛け。
顔を上げ「はい。」と応えると随分と今更な質問が返ってきた。
「手毬ちゃんって清太郎と付き合ってはいないんだよね?」
「うん…。私がちゃんと好きって伝えなかったから…。」
後悔が声に乗る。
構ってちゃんにはなりたくないのに、まるで慰めを欲しているかのようなしょぼくれた態度をとってしまった。
優美ちゃんは「ふーん…」と相槌をすると少し間を開けてまた口を開く。
「じゃあ清太郎は?ちゃんと手毬ちゃんに好きって言った?」
「いや…。」
アナでいる時に『町田手毬が好き』だとは言われた。
そして距離を置く事になった日にも『もうこれ以上好きになりたくない』とも言われた。
だから清太郎の気持ちは知っている。
ただ、きちんとした告白は受けていない。
押し黙る私。
「ねぇ、何で手毬ちゃんだけ悪いみたいな感じになってんの?」
「…え?」
「手毬ちゃん、自分がちゃんと伝えなかったからとか、自分が清太郎を一方的に傷付けたとか思い込んでない?」
言われてみれば、私は全てを自分のせいだと思い込もうとしていたのかもしれない。
そう思わなければ自分が保てなかったのだ。
全部自分のせいだから、今独りぼっちなのは自業自得なんだって。
辛いけど受け入れないとって。
「もう大人なんだからさー。いちいち好きですって言わなくてもお互い分かんじゃん?関係をはっきりさせたいなら清太郎から言えば良かったのにさ。男らしくねぇな、ホント。中途半端に私の事も受け入れてる癖に手毬ちゃんには大志と仲良くして欲しくないとか、ダブスタのクソ野郎じゃん。二人の事情は知らないし、手毬ちゃんが全く悪くないとは言わないけどさ、何にしても今拗ねて逃げてる清太郎の方が悪くない?」
佐竹のオバサンもお互い様と言っていた。
一条くんもお互いに行き違ってと言っていた。
もしかしたら本当に私と清太郎はお互い様なのかもしれない。
アナのフリを続けていた事はどうしたって私の落ち度だけれど、それにしたって最初に勘違いをしてアナという人格を私に演じさせたのは清太郎の方だ。
あんなに喜ばれたら、あんなに町田手毬本人の悪口を聞かされたら。
私はアナではなくて町田手毬本人だなんてとても言い出せなかった。
そうだよ。
私にだって言い分があったのに、清太郎は一方的に怒って居なくなってしまった。
何だか段々と腹が立ってくる。
「てかさ、思い出したらムカついてきたんだけど!アイツ、マジでさ!私が寄り戻そーよって言ったら鼻で笑って拒否ったくせに、エッチは誘ったらほいほいするしさ!それなのにキスは絶対しないんだよ!意味分かんなくない!?『キスは本命だけ~』って言いたいんか!?」
「おい!手毬の前だぞ!」
思い出し怒りに声を荒らげる優美さんとそれを咎める大志。
町田手毬の時ではないけれど、優美さんと清太郎の間に何があったのかは聞いている。
流石に何も感じないわけではないけれど、今更優美さんの口から『エッチ』と言う単語を聞いても意外と平気だった。
それはきっと悪意で言葉を吐き出したのではなく、素直に思っている事を口にしているだけなのだと伝わってくるからなのだろう。
私は笑顔で返す。
「大丈夫だよ。大体何があったのか分かってるし。」
「ねぇ、手毬ちゃん!」
「ん?」
「絶対清太郎探し出そう!そんで二人で文句言ってやろう!」
テーブル越しに両手を伸ばし私の手を握る優美ちゃん。
何だか私も楽しくなってきた。
笑顔で頷く。
すると優美ちゃんはますます手の力を強め優しい笑顔に変えて言った。
「その後はちゃんと好きって言うんだよ。」
「え?」
返答に詰まる。
拒絶して逃げた清太郎。
無理やり見つけ出した後でそんな言葉聞いてくれるだろうか。
それに本当に見付かるのかも分からないのに…。
「絶対に大丈夫!だから言うんだよ!」
「でも…」
「拗ねて逃げてるバカモノをさ、手毬ちゃんがわざわざ探してまで好きって言ってやるってんのに、それでも清太郎がろくに聞かないような男なら清太郎なんかやめた方が良い。その場で捨てちゃえ。大志の方がまし。」
「おい!ましってお前!」
「まあ、それは冗談として。」
「冗談ってお前!」
ツッコミを入れてくる大志を完全に無視して優美ちゃんが言い切る。
「絶対大丈夫!私を信じて!」
初対面で恋敵だ。
汐さんをはじめ、周囲の評判は宜しくない。
だけど。
なぜか今目の前に居る優美ちゃんなら信じても良い気がする。
「分かった。言うよ。」
私の返事に笑顔で大きく頷く二人。
本当に見つける事が出来るのかは分からないけれど、もし会う事が叶ったのなら、その時は本当に今度こそ向き合おうと思った。
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