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第Ⅰ章 明暗分かれる姉妹 ~The Doppelgangers~
#11 悪魔の子
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「本当、なのですか? そのような非道を働く方には見受けられませんでしたが……」
サファース枢機卿と同じ感想を私も抱いていたが、
「信じられないようなら本人に訊いてみて下さい。同じ答が返って来るはずです」
やはりきっぱりとテルサは断言した。
確かにそれが本当ならば、テルサに比べてカグヤの容姿がみすぼらしく、雰囲気も陰鬱だった説明も付く。
「一体、カグヤ様は何故そのようなことを?」
質問したのは我が父ゼルレーク。
「彼女は『悪魔の子』なのです。昔から両親や教主様の言い付けに逆らい、規則や戒律を破ってばかりいました。両親や教主様、他の教徒の方々が何度戒めても、下らない嗜好品に興味を持ち、多くの男性と夜遊びに興じ、挙句の果てには私たちの信仰こそ間違っているなどと否定する始末でした」
「何と……」
彼女の家族が信じていた教えがどのようなものかは分からないが、話を聞く限りではサウル教と戒律面で大きな隔たりは感じられない。
他の家ならばともかく、エーゲリッヒ家やズンダルク家のような『聖なる一族』に於いては、戒律に背く行為は特に重く扱われ、場合によっては破門されて実家からも絶縁、放逐の処分が下される。
「真面目に教えに従っていた私にも、信仰を棄てるように迫り、拒否すると真冬の川に突き落とされました。あの時は本当に死ぬかと思いました……」
その時の体験を思い出したのか、テルサがぶるりと身を震わせた。
「カグヤの歪みは時と共に増していき、そして遂にあの日を迎えてしまったのです。教主様が我が家に訪れた時を見計らって三人を……包丁で刺して……血が噴き出なくなるまで、全身を滅多刺しにして……」
まるでその場に居合わせて実際に目撃していたような口振りで、テルサは涙を流し、痞えながらも語り続ける。
「大丈夫ですか?」
「ご、ごめんなさい……」
テルサが落ち着くまで数秒待つ。
「……私も、例えどんなに歪んでしまっても、カグヤを家族だと思い、正しい道に導こうと努めてきました。しかし完全に悪魔に心を売り渡し堕落していたカグヤにとって、ひたすら信仰を貫く私たちは忌々しい存在でしかなかったのです。逮捕された後も、自分は悪くない、あなたたちこそが真の悪魔、の一点張りでした」
ウルヴァルゼ帝国の国教として人々の心の拠り所となっているサウル教だが、帝国市民の中にもテロ組織『黄昏の牙』のように、サウル教は邪教だ、栄耀教会は間違っている、と批判する者が居る。
「さぞお辛かったことでしょう。心中お察しします」
涙を拭うテルサに、ラモン教皇が優しく声を掛ける。
「気分を害されたかも知れませんが、これが私たちの過去です。そして、これを聞いて頂きたかったのは、あるお願いのためです」
「お願い、ですか。我々にできることであれば何なりと」
こちらの都合で召喚したのだから、要望には可能な限り応えるのは当然のことだ。
そしてテルサは言った。
「──抹殺して下さい、カグヤを」
ずいと身を乗り出し、涙を拭った瞳に強い意志を湛えて。
「姉君を殺せ、とは……穏やかな話ではありませんな」
只ならぬ依頼に教皇が難しく唸る。
「カグヤは一見すると大人し気ですが、両親と教主様を残虐に殺したことから分かるように、神とその教えを忌み嫌う、悪魔の本性を秘めています。このまま生かしておけば、その『邪神の息吹』という厄災と同じかそれ以上の被害をもたらすに違いありません。まだ本人が状況を呑み込めていない内に、問題を起こす前に処分すべきです。それに……」
そこでテルサが一旦言葉を濁す。
「それに?」
「……これは、無慈悲に殺された両親と教主様の、私なりの仇討ちでもあるのです。私たちが暮らしていたニッポンの法律では、カグヤの罪に対して科されるのは終身刑が限界。一生檻の中ではありますが、その命は保証されてしまうのです。私に言わせれば、こんな理不尽なことはありません」
テルサの顔が不意に私に向き、眼が合った。
「そこの若い騎士さん、お名前は?」
隣のザッキスがムッとしたのが視界の端に映ったが、それはどうでもいい。
「ラウル・ブリル・エーゲリッヒと申します」
「ではラウルさん、あなたご両親はいらっしゃる?」
「そちらの団長閣下が我が父です。母は……亡くなりました。十年前に『邪神の息吹』で狂暴化した魔物に襲われて……」
母アイリーンの遺体はあまりに損傷が激しかったということで、まだ子供だった自分には見せられなかった。
しかし、あの時の怒りと悲しみ、何とも言えない感情の荒波は今でも憶えており、それは父や祖父母たちも同じだろう。
だからこそ、父のような聖騎士を目指そうという想いが一層強くなった。
母のような者を出さないために。
悲しむ者を一人でも減らすために。
「なら考えてみて。あなたのお母様を殺めたその憎き相手が、その命を奪われること無く、牢獄の奥で分厚く護られ、毎日餌を与えられ、その先何十年ものうのうと生き永らえることが保証されたとしたら、あなたはそれを受け入れられるのかしら?」
母の命を奪った魔物は父が率いた討伐隊によって既に討伐済みだが、もしもテルサの言う通りになっていたら、確かに自分も父もそんなことはあってはならない、死を以て罰すべしと主張しただろう。
「お話は分かりました。暫し考える時間を頂けますかな?」
「……ええ。ですが先程も言った通り、時間を掛けないようお願いします。私としては、できれば今日中に『決着』を付けて頂きたいのです」
すぐにその場で返事が貰えなかったことが不満だったようで、眉間に少しばかり皺が寄っていた。
サファース枢機卿と同じ感想を私も抱いていたが、
「信じられないようなら本人に訊いてみて下さい。同じ答が返って来るはずです」
やはりきっぱりとテルサは断言した。
確かにそれが本当ならば、テルサに比べてカグヤの容姿がみすぼらしく、雰囲気も陰鬱だった説明も付く。
「一体、カグヤ様は何故そのようなことを?」
質問したのは我が父ゼルレーク。
「彼女は『悪魔の子』なのです。昔から両親や教主様の言い付けに逆らい、規則や戒律を破ってばかりいました。両親や教主様、他の教徒の方々が何度戒めても、下らない嗜好品に興味を持ち、多くの男性と夜遊びに興じ、挙句の果てには私たちの信仰こそ間違っているなどと否定する始末でした」
「何と……」
彼女の家族が信じていた教えがどのようなものかは分からないが、話を聞く限りではサウル教と戒律面で大きな隔たりは感じられない。
他の家ならばともかく、エーゲリッヒ家やズンダルク家のような『聖なる一族』に於いては、戒律に背く行為は特に重く扱われ、場合によっては破門されて実家からも絶縁、放逐の処分が下される。
「真面目に教えに従っていた私にも、信仰を棄てるように迫り、拒否すると真冬の川に突き落とされました。あの時は本当に死ぬかと思いました……」
その時の体験を思い出したのか、テルサがぶるりと身を震わせた。
「カグヤの歪みは時と共に増していき、そして遂にあの日を迎えてしまったのです。教主様が我が家に訪れた時を見計らって三人を……包丁で刺して……血が噴き出なくなるまで、全身を滅多刺しにして……」
まるでその場に居合わせて実際に目撃していたような口振りで、テルサは涙を流し、痞えながらも語り続ける。
「大丈夫ですか?」
「ご、ごめんなさい……」
テルサが落ち着くまで数秒待つ。
「……私も、例えどんなに歪んでしまっても、カグヤを家族だと思い、正しい道に導こうと努めてきました。しかし完全に悪魔に心を売り渡し堕落していたカグヤにとって、ひたすら信仰を貫く私たちは忌々しい存在でしかなかったのです。逮捕された後も、自分は悪くない、あなたたちこそが真の悪魔、の一点張りでした」
ウルヴァルゼ帝国の国教として人々の心の拠り所となっているサウル教だが、帝国市民の中にもテロ組織『黄昏の牙』のように、サウル教は邪教だ、栄耀教会は間違っている、と批判する者が居る。
「さぞお辛かったことでしょう。心中お察しします」
涙を拭うテルサに、ラモン教皇が優しく声を掛ける。
「気分を害されたかも知れませんが、これが私たちの過去です。そして、これを聞いて頂きたかったのは、あるお願いのためです」
「お願い、ですか。我々にできることであれば何なりと」
こちらの都合で召喚したのだから、要望には可能な限り応えるのは当然のことだ。
そしてテルサは言った。
「──抹殺して下さい、カグヤを」
ずいと身を乗り出し、涙を拭った瞳に強い意志を湛えて。
「姉君を殺せ、とは……穏やかな話ではありませんな」
只ならぬ依頼に教皇が難しく唸る。
「カグヤは一見すると大人し気ですが、両親と教主様を残虐に殺したことから分かるように、神とその教えを忌み嫌う、悪魔の本性を秘めています。このまま生かしておけば、その『邪神の息吹』という厄災と同じかそれ以上の被害をもたらすに違いありません。まだ本人が状況を呑み込めていない内に、問題を起こす前に処分すべきです。それに……」
そこでテルサが一旦言葉を濁す。
「それに?」
「……これは、無慈悲に殺された両親と教主様の、私なりの仇討ちでもあるのです。私たちが暮らしていたニッポンの法律では、カグヤの罪に対して科されるのは終身刑が限界。一生檻の中ではありますが、その命は保証されてしまうのです。私に言わせれば、こんな理不尽なことはありません」
テルサの顔が不意に私に向き、眼が合った。
「そこの若い騎士さん、お名前は?」
隣のザッキスがムッとしたのが視界の端に映ったが、それはどうでもいい。
「ラウル・ブリル・エーゲリッヒと申します」
「ではラウルさん、あなたご両親はいらっしゃる?」
「そちらの団長閣下が我が父です。母は……亡くなりました。十年前に『邪神の息吹』で狂暴化した魔物に襲われて……」
母アイリーンの遺体はあまりに損傷が激しかったということで、まだ子供だった自分には見せられなかった。
しかし、あの時の怒りと悲しみ、何とも言えない感情の荒波は今でも憶えており、それは父や祖父母たちも同じだろう。
だからこそ、父のような聖騎士を目指そうという想いが一層強くなった。
母のような者を出さないために。
悲しむ者を一人でも減らすために。
「なら考えてみて。あなたのお母様を殺めたその憎き相手が、その命を奪われること無く、牢獄の奥で分厚く護られ、毎日餌を与えられ、その先何十年ものうのうと生き永らえることが保証されたとしたら、あなたはそれを受け入れられるのかしら?」
母の命を奪った魔物は父が率いた討伐隊によって既に討伐済みだが、もしもテルサの言う通りになっていたら、確かに自分も父もそんなことはあってはならない、死を以て罰すべしと主張しただろう。
「お話は分かりました。暫し考える時間を頂けますかな?」
「……ええ。ですが先程も言った通り、時間を掛けないようお願いします。私としては、できれば今日中に『決着』を付けて頂きたいのです」
すぐにその場で返事が貰えなかったことが不満だったようで、眉間に少しばかり皺が寄っていた。
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