闇の聖女は夜輝く(魔力皆無で『聖女』認定されず命を狙われた彼女は、真の力で厄災と教団に立ち向かう)

尾久沖ちひろ

文字の大きさ
31 / 86
第Ⅱ章 暗黒に生まれし者達 ~Out of Heaven~

#30 明けない闇夜 その1

しおりを挟む
 誰もが一度は考えた、或いは誰かから問われた経験があるのではないだろうか。


「人は何のために生きるのか、分かるかしら?」


 遺伝子を残すため、種の存続のため──それらも間違いではないのだろう。
 しかし世の中には、故あって子孫を残せない者も数多く居る訳で、そうなると彼らは生きる理由を持たないことになってしまう。


「ん~、わかんない」


 もっとも、当時まだ小学校にすら入学していなかった私たち姉妹にそんなことなど分かるはずも無く、母の問いにも首を傾げるだけだった。
 答が分からなかったからではなく、どうしてそんな質問をするのかが分からずに。


「『天国』に行くためよ」


 陽光のような誇らしさと共に、母はそう口にした。


「『てんごく』って、どこにあるの? どうやっていくの?」


 双子の妹がそう尋ねると、母は満足そうににっこりと微笑んで、


「神様が連れて行ってくれるのよ。だから今日もみんなで集会に行きましょう。『天国』に行けるのは、神様の教えの通りに生きた人だけなのだから」


 同年代の子供たちが、デパートや遊園地など、心躍る場所に連れて行って貰える日曜日。
 私たち姉妹は毎週必ず、父が運転する車の後部座席に乗せられて、秘密の教会に連れて行かれた。


 カーラジオ代わりに、母から神の教えを聴かされながら。





 日本全国に信者と拠点を持ち、社会に密かな影響力を持つ新興宗教団体。


 その教団に所属していた男女の信者が、教団の斡旋によるお見合いを経て、教団主催の合同結婚式で夫婦となった。
 程無くして夫婦は、教団の影響下にある病院で出産した。


 生まれたのは、双子の姉妹。
 退院してすぐ、夫婦は娘二人を教団の施設に連れて行き、洗礼と入信の儀を執り行った。


 儀式が終わり、夫婦の依頼で、娘たちには教主から直々に名が与えられた。


 姉は輝夜カグヤ
 妹は照朝テルサ


 親を通じて信仰の影響を受けたり、本人の意思ではなく信者である親の意思によって入信させられた者たちを「宗教二世」と呼ぶが、私たち姉妹に限って言えばその言葉は適切ではない。
 何せ父母のそれぞれの両親、つまり祖父母もまた、教団の斡旋と合同結婚式で結ばれたそうだから、二世どころか三世なのだ。


 産声を上げる遥か以前から、私たちの人生には教団が影を落としていたのだ。





 日本国憲法の第二十条には『信教の自由』というものがある。


 簡単に言うと、誰がどんな宗教を信じようが、教団を立ち上げて布教や宣伝を行おうが、それは個人の自由として尊重される、というものだ。


 勿論、政治に干渉したり、法令を遵守じゅんしゅし危険な事件を起こさないことが前提ではあるが、裏を返せば、そうした線引きさえ守っていれば、教団がどんな教えを広めて信者に何をさせようが、法律で認められてしまうのだ。


 私の家は貧乏だった。


 決して父の稼ぎが少なかった訳ではなく、むしろ年収は平均を大きく上回り、本来であれば一家四人で裕福な暮らしを送れるはずだった。
 だと言うのに、住まいは格安家賃の借家、購入する自家用車は常に中古、そして食事もメニューが固定された質素なものだったため、学校の給食が一番のご馳走という生活だった。
 双子なのだからと、私たちの私物は衣類や化粧品、下着に至るまで姉妹共用だった。


 何せ財産のほとんどは、両親が教団に納めていたのだから。


「お金は元々悪魔が作った発明品であり、お金で買えるのは偽物ばかりです。『天国』へ行く資格はお金では決して買えません。有り余るお金は堕落を招くから、お金持ちは全員が悪魔の信奉者なのです」


 質素倹約こそ美徳であり、献金の額は信仰心の表れ。
 生活に必要な最低限のお金以外は全て教団で預かり、神が浄化して「聖なるお金」に変え、教団のために使われる──それが彼らの教義だった。


 両親も他の信者たちもその教えの通り、唯々諾々いいだくだくと大金を献上、これも『天国』へ行く為の功徳くどくであり試練であり修行だと、喜んで貧困生活を受け入れていた。


 しかし、教団が私たちから奪ったのはお金だけではない。


 高額献金のための節約、或いは教義に反するとして、同年代の子供たちが当たり前のように体験するはずの娯楽の一切が禁じられた。
 テレビ、ラジオ、アニメ、マンガ、ゲーム、映画、音楽、スポーツも全て駄目で、玩具もぬいぐるみの一つさえ買って貰えなかった。


 デパートや遊園地など行楽地へ連れて行って貰えたことも無く、休日は学校の宿題をするか、教団の行事や布教活動に参加するかのどちらかで、部活動をする暇など与えられなかった。
 神社仏閣、教会や寺院、雛祭りやハロウィン、クリスマスや初詣など他の宗教に関する場所に赴くことも、その行事の開催や参加も固く禁じられ、遠足や修学旅行は常に不参加。
 更に重傷を負っても輸血は禁止、教団関係者以外の者との交流も最低限、訳あって遠出したり、高額の出費をする場合は事前にその旨を教団に報告し、許可を得なければならない。


 あれも駄目、これも駄目、それも駄目。
 駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目駄目──


「じゃあ何ならいいの?」


 という私の問いに対して、母から返ってきた言葉が、


「神様や教主様が認めたものだけよ」


 だった。


 教団が認めたものだけが本物であり正義、世間に出回っているものは、悪魔が人間を誘惑し堕落させるために作った紛い物。
 よこしまな誘惑を撥ね退ける、強靭で高潔な精神を養ってこそ神のしもべであり、日々の辛さ、苦しさ、厳しさは全てそれを養うための修行。


 信仰心や修行が足りず、悪魔の誘惑に負けてしまった心弱き者は、神から見放され、審判の日に永劫の『地獄』に堕ちる。
 しかし教団の下、神への奉仕と修行を重ねた者だけは『天国』へ招待され、永遠の命と真の幸福を授かる。
 ベビーカーに乗っていた頃から子守歌のように言い聞かされ、物心付いてからも毎日繰り返し教え込まれ、教団発行の『聖書ハンドブック』も常に持ち歩くように言い付けられた。


 故に、私には何の楽しみも無かった。


 同年代の少女たちが、髪を整え、お洒落な服やアクセサリーで着飾り、流行りの音楽や芸能人について話し合い、友人たちと楽しく遊び、恋人と愛を交わし、青春を謳歌おうかしている様子を見るたびに、憧れと嫉妬で胸が苦しくなり、惨めさと虚しさで何度も涙が零れた。
 当然ながら周囲と話が合うはずも無く、心が通った相手など一人として持てなかった。


 お金は無くなっても、また稼ぐことができる。
 しかし自由は──過ぎ去った時間は、永遠に取り戻せない。


 財産を、青春を、愛を、人生を、多大な代償を払ってまで行く価値が『天国』にはあるのか、それは一体どんな所なのか。


 ある時、教団の幹部にその疑問をぶつけてみた所、彼は優しく微笑んで、


「言葉では言い表せないほど素晴らしい所なのだよ。行ってみてのお楽しみだ」


 その答から、言い広めている彼ら自身も全く分かっていないということだけは理解できた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

​『追放された底辺付与術師、実は【全自動化】のチートスキル持ちでした〜ブラックギルドを追い出されたので、辺境で商会を立ち上げたら勝手に世界規

NagiKurou
ファンタジー
​「お前のような、一日中デスクに座って何もしない無能はクビだ!」 国内最大のギルド『栄光の剣』で、底辺の付与術師として働いていたアルスは、ある日突然、強欲なギルドマスターから追放を言い渡される。 しかし、彼らは知らなかった。ギルドの武器の自動修復、物流の最適化、資金管理に至るまで、すべてアルスの固有スキル【全自動化(ワークフロー構築)】によって完璧にシステム化され、回っていたことを。 「俺がいなくなったら、あの自動化システム、全部止まるけど……まあいいか」 管理権限を解除し、辺境へと旅立ったアルス。彼は自身のスキルを使って、圧倒的な耐久力を誇る銀色の四輪型重装ゴーレムを作り出し、気ままな行商を始める。 一度構築すれば無限に富を生み出す「全自動」のチートスキルで、アルスの商会は瞬く間に世界規模へとスケールしていく! 一方、すべてを失ったギルドは、生産ラインが崩壊し、絶望のどん底へと突き落とされていくのだった……。

異世界では地味な俺が、なぜか神々に最愛されて無双してる件

fuwamofu
ファンタジー
平凡な高校生・桐生ユウは、女神の手違いで異世界に転生した。 チートもスキルも貰えず、冒険者登録すらままならない落ちこぼれ……のはずだった。 しかし周囲の異常な好感度、意味不明な強運、そして隠された神格スキルによって、ユウは「無自覚に全能」な存在へと覚醒していく。 気づけば女神も姫騎士も魔王娘も彼に夢中。誤解と崇拝が加速する中、ユウの“地味な日常”は世界を揺るがす伝説になっていく。 笑いあり、胸キュンあり、ざまぁありの最強(なのに本人だけ気づいてない)異世界ファンタジー開幕!

追放された村人、実は神の隠し子でした~無自覚に最強を振りかざすだけの簡単なお仕事です~

にゃ-さん
ファンタジー
神からの加護を受けながらも、ただの村人だと思い込んでいた青年レオン。 ある日、嫉妬した領主に濡れ衣を着せられ、村を追放される。だが、その瞬間に封印された力が目覚め始めた。 無自覚のまま最強となり、助けた少女たちに慕われ、次々と仲間が増えていく。 そんなレオンが巻き起こすのは、世界を救う壮大な物語か、それともただの日常の延長か――。 「ざまぁ」も「救世」も、全部ついで。これは、最強なのに腰の低い男の物語。

元勇者は魔力無限の闇属性使い ~世界の中心に理想郷を作り上げて無双します~

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
ファンタジー
  魔王を倒した(和解)した元勇者・ユメは、平和になった異世界を満喫していた。しかしある日、風の帝王に呼び出されるといきなり『追放』を言い渡された。絶望したユメは、魔法使い、聖女、超初心者の仲間と共に、理想郷を作ることを決意。  帝国に負けない【防衛値】を極めることにした。  信頼できる仲間と共に守備を固めていれば、どんなモンスターに襲われてもビクともしないほどに国は盤石となった。  そうしてある日、今度は魔神が復活。各地で暴れまわり、その魔の手は帝国にも襲い掛かった。すると、帝王から帝国防衛に戻れと言われた。だが、もう遅い。  すでに理想郷を築き上げたユメは、自分の国を守ることだけに全力を尽くしていく。

辺境の落ちこぼれと呼ばれた少年、実は王も龍も跪く最強でした

たまごころ
ファンタジー
村で「落ちこぼれ」と呼ばれた少年アレン。魔法も剣も使えず、追放される運命だった。 だが彼の力は、世界の理そのものに干渉する“神級スキル”だった。 自覚のないまま危機を救い、美女を助け、敵を粉砕し、気づけば各国の王も、竜すらも彼に頭を下げる。 勘違いと優しさと恐るべき力が織りなす、最強無自覚ハーレムファンタジー、ここに開幕!

最弱スキル《リサイクル》で世界を覆す ~クラス追放された俺は仲間と共に成り上がる~

KABU.
ファンタジー
平凡な高校生・篠原蓮は、クラスメイトと共に突如異世界へ召喚される。 女神から与えられた使命は「魔王討伐」。 しかし、蓮に与えられたスキルは――《リサイクル》。 戦闘にも回復にも使えない「ゴミスキル」と嘲笑され、勇者候補であるクラスメイトから追放されてしまう。 だが《リサイクル》には、誰も知らない世界の理を覆す秘密が隠されていた……。 獣人、エルフ、精霊など異種族の仲間を集め、蓮は虐げられた者たちと共に逆襲を開始する。

辺境で静かに暮らしていた俺、実は竜王の末裔だったらしく気づけば国ができていた

平木明日香
ファンタジー
はるか五億四千万年前、この星は六柱の竜王によって治められていた。火・水・風・土・闇・光――それぞれの力が均衡を保ち、世界は一つの大きな生命のように静かに巡っていた。だが星の異変をきっかけに竜の力は揺らぎ、その欠片は“魂”となって新たな生命に宿る。やがて誕生した人類は文明を築き、竜の力を利用し、ついには六大陸そのものを巨大な封印装置へと変えて竜王を眠りにつかせた。 それから幾千年。 現代では六つの大国がそれぞれ封印を管理し、かろうじて世界の均衡を保っている。しかし各地で異常な魔獣が出現し、封印の揺らぎが噂されはじめていた。 そんな世界を気ままに旅する青年がいる。名はブラック・ドラグニル。三年前からハンターとして魔獣を討伐し、その肉を味わいながら各地を渡り歩く放浪者だ。規格外の実力を持ちながら名誉や地位には興味がなく、ただ「世界のうまいものを食べ尽くす」ことを楽しみに生きている。 ある日、光の王国ルミナリア近郊で王女ユリアナが大型魔獣に襲われる事件が起きる。死を覚悟した騎士団の前に現れたブラックは、その怪物をわずか数十秒で討ち倒す。彼にとっては雑魚同然だったが、その圧倒的な強さは王国中に知れ渡る。王女は自由に生きる彼の姿に心を奪われるが、ブラックは次の目的地へ向かう計画を練るばかり。 だが彼自身はまだ知らない。 自らが竜族の末裔であり、世界を再び“統合”へ導く鍵となる存在であることを。 竜の封印が揺らぐとき、自由を愛する青年は世界の命運を左右する選択を迫られる。 これは、竜の記憶と人の魂が交錯する壮大なファンタジー叙事譚である。

最強すぎて無職になりましたが、隣国の姫が勝手に嫁入りしてきました

eringi
ファンタジー
平凡なサラリーマン・佐藤亮は、満員電車で謎の光に包まれ異世界へ転移する。神様から「世界最強の力」を授かったはずが、本人はただの無職ニートとしか思っていない。冒険者ギルドで雑用を請け負う日々。そんな亮の周囲に、冷徹な騎士姫、天才魔導士、元盗賊の少女、竜人族の戦士など個性豊かな美少女たちが自然と集まってくる。一方、彼を「ただの運のいい凡人」と侮る貴族や悪徳商人たちは次々と痛快なざまぁ展開に。亮は「俺なんて大したことないのに」と呟きながら、気づけば国を揺るがす陰謀を解決し、世界を救うことに――。無自覚最強主人公による、爽快ハーレムファンタジー開幕!

処理中です...