61 / 86
第Ⅲ章 闇夜に輝く希望の月 ~Destiny Attracted by the Moon~
#60 天国と地獄 その7
しおりを挟む
「ディルク様が知っているということは、この話は殿下の耳にも入っているということだな」
「養子縁組や奴隷や罪人の購入はともかく、市民の誘拐は流石に領主として黙っている訳にはいきませんからね」
税を納めるべき領民が領地から出て行くということは、収入が減るということに他ならず、しかもそれが自分の与り知らぬ所で進んでいるとなれば、領主の立場に就く者なら看過できない。
「まあ、理由は他にもあるだろうよ。俺たちみたいに、このカルディス親衛隊に拾われるのは魔才持ちの孤児ばかり。なのに魔才持ちが知らぬ間に他所へ去られると、人材の確保がままならなくなるからな」
過酷な戦いに従事するが故に人の入れ替わりが激しく、新たな人材の確保は親衛隊にとって重要な課題だ。
「俺たちカルディス親衛隊は、殿下の剣であり盾であり鎧だ。武具が衰えれば殿下の身が危なくなる。この暗黒の時代、殿下は絶対に死んではならない」
カルディス王弟は、戦士としても将軍としても極めて優秀な人物だ。
ここルーンベイルとその近隣に於いて、変異魔物やアンデッドの被害が他の地域よりも格段に抑えられているのは、偏に彼のお陰と言っていい。
その彼が死ぬということは、彼によって護られてきた安全が崩壊するということ、多くの者の生命と暮らしが脅かされるということに他ならない。
「だから、今後はディルク様が自ら街を出向いて調査する予定です。僕も護衛として同行します」
「そうか。何か分かったらまた教えてくれ」
それから数日後、俺とグロームは仲間たちと共に、カルディス王弟に従って次なる戦場へ発つこととなった。
「では行って来る。ディルク、留守は任せたぞ」
「はい。行ってらっしゃいませ、父上。ご武運を」
出会った当初は、まだ世の中の事情や苦労を何も知らない、俺たちとは真逆の人生を送ってきたお坊ちゃんということで、内心見下していたディルクだが、年月を経て立派な若者へ成長した。
流石にカルディス王弟ほどの才気は無いが、親衛隊に混じって鍛錬と勉学を重ねたことで、他に恥じない素養を身に付けており、また顔付きも王族に相応しい、凛々しく堂々としたものになった。
既に名門貴族の令嬢との縁談も纏まっており、行く行くは父の後を継いで、このルーンベイルを立派に治めていくであろう期待の若君だ。
「ところで……例の件を調査するつもりなのか?」
「はい。何か問題が?」
訊き返されると、カルディス王弟は難しい顔をして、
「……この件はどうもきな臭い。お前の手には余る気がするが……」
父親として息子の身を案じる意味での忠告だったが、軽く見られたと思ったのか、ディルクは少しムッとした様子で、
「この程度の案件、父上の手を煩わせるほどのことではありません。私とて別に危険を冒す気は無く、見回りを兼ねた聞き込みのようなものです。既に市中で噂になって不安を感じている者も多く居ます。父上が戦場に出て、人々が一層心配している間だからこそ、安心させるためにも私が出向くべきでは?」
そこまで言われれば、カルディス王弟もそれ以上ノーとは言えず、
「……分かった。ならお前に任せよう。しかしくれぐれも無理はするなよ?」
「ありがとうございます」
そんな親子のやり取りを眺めながら、並んだ俺たちも密かに会話する。
「何だか、今日のディルク様はやけに食って掛かるな」
「偉大な父親を持った息子は、概して引け目を感じてしまうものだからな」
「殿下の後継者として認められる男になろうと、ディルク様も焦ってるってことか」
「気持ちは分からないでもないさ。カルディス殿下とて、いつ命を落とすか分からないんだ」
「殿下が健在で、状況が安定している内に経験と実績を得ておこうって訳か」
「或いは、戦いで忙しい殿下の負担を少しでも軽くしようという気遣いか」
確かにまだ未熟な面があるが、ディルクのことを認めていない者はこの場には居ない。
「行くぞ」
ルーンベイルの街を発った、そのしばらく後。
隣で馬を進ませるカルディス王弟を見遣ると、やや険しい表情が映った。
過酷な戦場に向かうのだから、表情が険しくなるのは当然だが、何度も共に出ている俺にはすぐにその微妙な違いが見て取れた。
「大丈夫ですか?」
俺の呼び掛けが聞こえていなかったらしく、彼から応答は無かった。
「カルディス殿下、大丈夫ですか?」
「ん? ……ああ、ダスクか。何だ?」
「そんなにディルク様のことが心配ですか?」
「別にあいつの力を疑っている訳ではない。ただ……何か、妙な胸騒ぎがするのだ」
たった今離れたばかりのルーンベイルの街を、彼が振り返る。
「雑事は忘れ、これから戦う相手に集中しなければ命を落とすと、教えてくれたのはあなたです。ビファスたちも付いていることですし、そこまで心配するほどじゃないと思いますが」
「そうかも知れないが……私の予感は悪い方にこそ当たってしまいがちだからな」
その勘が、今日まで彼を生き延びさせてきたとも言える。
そしてその不吉な未来を感じ取る勘は、残念なことに、今回も彼を裏切らなかった。
作戦を終えて帰還した俺たちを待ち受けていたのは、ディルク・ジェルド・ウルヴァルゼが何者かに襲われ、消息を絶ったというニュースだった。
「養子縁組や奴隷や罪人の購入はともかく、市民の誘拐は流石に領主として黙っている訳にはいきませんからね」
税を納めるべき領民が領地から出て行くということは、収入が減るということに他ならず、しかもそれが自分の与り知らぬ所で進んでいるとなれば、領主の立場に就く者なら看過できない。
「まあ、理由は他にもあるだろうよ。俺たちみたいに、このカルディス親衛隊に拾われるのは魔才持ちの孤児ばかり。なのに魔才持ちが知らぬ間に他所へ去られると、人材の確保がままならなくなるからな」
過酷な戦いに従事するが故に人の入れ替わりが激しく、新たな人材の確保は親衛隊にとって重要な課題だ。
「俺たちカルディス親衛隊は、殿下の剣であり盾であり鎧だ。武具が衰えれば殿下の身が危なくなる。この暗黒の時代、殿下は絶対に死んではならない」
カルディス王弟は、戦士としても将軍としても極めて優秀な人物だ。
ここルーンベイルとその近隣に於いて、変異魔物やアンデッドの被害が他の地域よりも格段に抑えられているのは、偏に彼のお陰と言っていい。
その彼が死ぬということは、彼によって護られてきた安全が崩壊するということ、多くの者の生命と暮らしが脅かされるということに他ならない。
「だから、今後はディルク様が自ら街を出向いて調査する予定です。僕も護衛として同行します」
「そうか。何か分かったらまた教えてくれ」
それから数日後、俺とグロームは仲間たちと共に、カルディス王弟に従って次なる戦場へ発つこととなった。
「では行って来る。ディルク、留守は任せたぞ」
「はい。行ってらっしゃいませ、父上。ご武運を」
出会った当初は、まだ世の中の事情や苦労を何も知らない、俺たちとは真逆の人生を送ってきたお坊ちゃんということで、内心見下していたディルクだが、年月を経て立派な若者へ成長した。
流石にカルディス王弟ほどの才気は無いが、親衛隊に混じって鍛錬と勉学を重ねたことで、他に恥じない素養を身に付けており、また顔付きも王族に相応しい、凛々しく堂々としたものになった。
既に名門貴族の令嬢との縁談も纏まっており、行く行くは父の後を継いで、このルーンベイルを立派に治めていくであろう期待の若君だ。
「ところで……例の件を調査するつもりなのか?」
「はい。何か問題が?」
訊き返されると、カルディス王弟は難しい顔をして、
「……この件はどうもきな臭い。お前の手には余る気がするが……」
父親として息子の身を案じる意味での忠告だったが、軽く見られたと思ったのか、ディルクは少しムッとした様子で、
「この程度の案件、父上の手を煩わせるほどのことではありません。私とて別に危険を冒す気は無く、見回りを兼ねた聞き込みのようなものです。既に市中で噂になって不安を感じている者も多く居ます。父上が戦場に出て、人々が一層心配している間だからこそ、安心させるためにも私が出向くべきでは?」
そこまで言われれば、カルディス王弟もそれ以上ノーとは言えず、
「……分かった。ならお前に任せよう。しかしくれぐれも無理はするなよ?」
「ありがとうございます」
そんな親子のやり取りを眺めながら、並んだ俺たちも密かに会話する。
「何だか、今日のディルク様はやけに食って掛かるな」
「偉大な父親を持った息子は、概して引け目を感じてしまうものだからな」
「殿下の後継者として認められる男になろうと、ディルク様も焦ってるってことか」
「気持ちは分からないでもないさ。カルディス殿下とて、いつ命を落とすか分からないんだ」
「殿下が健在で、状況が安定している内に経験と実績を得ておこうって訳か」
「或いは、戦いで忙しい殿下の負担を少しでも軽くしようという気遣いか」
確かにまだ未熟な面があるが、ディルクのことを認めていない者はこの場には居ない。
「行くぞ」
ルーンベイルの街を発った、そのしばらく後。
隣で馬を進ませるカルディス王弟を見遣ると、やや険しい表情が映った。
過酷な戦場に向かうのだから、表情が険しくなるのは当然だが、何度も共に出ている俺にはすぐにその微妙な違いが見て取れた。
「大丈夫ですか?」
俺の呼び掛けが聞こえていなかったらしく、彼から応答は無かった。
「カルディス殿下、大丈夫ですか?」
「ん? ……ああ、ダスクか。何だ?」
「そんなにディルク様のことが心配ですか?」
「別にあいつの力を疑っている訳ではない。ただ……何か、妙な胸騒ぎがするのだ」
たった今離れたばかりのルーンベイルの街を、彼が振り返る。
「雑事は忘れ、これから戦う相手に集中しなければ命を落とすと、教えてくれたのはあなたです。ビファスたちも付いていることですし、そこまで心配するほどじゃないと思いますが」
「そうかも知れないが……私の予感は悪い方にこそ当たってしまいがちだからな」
その勘が、今日まで彼を生き延びさせてきたとも言える。
そしてその不吉な未来を感じ取る勘は、残念なことに、今回も彼を裏切らなかった。
作戦を終えて帰還した俺たちを待ち受けていたのは、ディルク・ジェルド・ウルヴァルゼが何者かに襲われ、消息を絶ったというニュースだった。
10
あなたにおすすめの小説
『追放された底辺付与術師、実は【全自動化】のチートスキル持ちでした〜ブラックギルドを追い出されたので、辺境で商会を立ち上げたら勝手に世界規
NagiKurou
ファンタジー
「お前のような、一日中デスクに座って何もしない無能はクビだ!」
国内最大のギルド『栄光の剣』で、底辺の付与術師として働いていたアルスは、ある日突然、強欲なギルドマスターから追放を言い渡される。
しかし、彼らは知らなかった。ギルドの武器の自動修復、物流の最適化、資金管理に至るまで、すべてアルスの固有スキル【全自動化(ワークフロー構築)】によって完璧にシステム化され、回っていたことを。
「俺がいなくなったら、あの自動化システム、全部止まるけど……まあいいか」
管理権限を解除し、辺境へと旅立ったアルス。彼は自身のスキルを使って、圧倒的な耐久力を誇る銀色の四輪型重装ゴーレムを作り出し、気ままな行商を始める。
一度構築すれば無限に富を生み出す「全自動」のチートスキルで、アルスの商会は瞬く間に世界規模へとスケールしていく!
一方、すべてを失ったギルドは、生産ラインが崩壊し、絶望のどん底へと突き落とされていくのだった……。
異世界では地味な俺が、なぜか神々に最愛されて無双してる件
fuwamofu
ファンタジー
平凡な高校生・桐生ユウは、女神の手違いで異世界に転生した。
チートもスキルも貰えず、冒険者登録すらままならない落ちこぼれ……のはずだった。
しかし周囲の異常な好感度、意味不明な強運、そして隠された神格スキルによって、ユウは「無自覚に全能」な存在へと覚醒していく。
気づけば女神も姫騎士も魔王娘も彼に夢中。誤解と崇拝が加速する中、ユウの“地味な日常”は世界を揺るがす伝説になっていく。
笑いあり、胸キュンあり、ざまぁありの最強(なのに本人だけ気づいてない)異世界ファンタジー開幕!
追放された村人、実は神の隠し子でした~無自覚に最強を振りかざすだけの簡単なお仕事です~
にゃ-さん
ファンタジー
神からの加護を受けながらも、ただの村人だと思い込んでいた青年レオン。
ある日、嫉妬した領主に濡れ衣を着せられ、村を追放される。だが、その瞬間に封印された力が目覚め始めた。
無自覚のまま最強となり、助けた少女たちに慕われ、次々と仲間が増えていく。
そんなレオンが巻き起こすのは、世界を救う壮大な物語か、それともただの日常の延長か――。
「ざまぁ」も「救世」も、全部ついで。これは、最強なのに腰の低い男の物語。
元勇者は魔力無限の闇属性使い ~世界の中心に理想郷を作り上げて無双します~
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
ファンタジー
魔王を倒した(和解)した元勇者・ユメは、平和になった異世界を満喫していた。しかしある日、風の帝王に呼び出されるといきなり『追放』を言い渡された。絶望したユメは、魔法使い、聖女、超初心者の仲間と共に、理想郷を作ることを決意。
帝国に負けない【防衛値】を極めることにした。
信頼できる仲間と共に守備を固めていれば、どんなモンスターに襲われてもビクともしないほどに国は盤石となった。
そうしてある日、今度は魔神が復活。各地で暴れまわり、その魔の手は帝国にも襲い掛かった。すると、帝王から帝国防衛に戻れと言われた。だが、もう遅い。
すでに理想郷を築き上げたユメは、自分の国を守ることだけに全力を尽くしていく。
辺境の落ちこぼれと呼ばれた少年、実は王も龍も跪く最強でした
たまごころ
ファンタジー
村で「落ちこぼれ」と呼ばれた少年アレン。魔法も剣も使えず、追放される運命だった。
だが彼の力は、世界の理そのものに干渉する“神級スキル”だった。
自覚のないまま危機を救い、美女を助け、敵を粉砕し、気づけば各国の王も、竜すらも彼に頭を下げる。
勘違いと優しさと恐るべき力が織りなす、最強無自覚ハーレムファンタジー、ここに開幕!
最弱スキル《リサイクル》で世界を覆す ~クラス追放された俺は仲間と共に成り上がる~
KABU.
ファンタジー
平凡な高校生・篠原蓮は、クラスメイトと共に突如異世界へ召喚される。
女神から与えられた使命は「魔王討伐」。
しかし、蓮に与えられたスキルは――《リサイクル》。
戦闘にも回復にも使えない「ゴミスキル」と嘲笑され、勇者候補であるクラスメイトから追放されてしまう。
だが《リサイクル》には、誰も知らない世界の理を覆す秘密が隠されていた……。
獣人、エルフ、精霊など異種族の仲間を集め、蓮は虐げられた者たちと共に逆襲を開始する。
辺境で静かに暮らしていた俺、実は竜王の末裔だったらしく気づけば国ができていた
平木明日香
ファンタジー
はるか五億四千万年前、この星は六柱の竜王によって治められていた。火・水・風・土・闇・光――それぞれの力が均衡を保ち、世界は一つの大きな生命のように静かに巡っていた。だが星の異変をきっかけに竜の力は揺らぎ、その欠片は“魂”となって新たな生命に宿る。やがて誕生した人類は文明を築き、竜の力を利用し、ついには六大陸そのものを巨大な封印装置へと変えて竜王を眠りにつかせた。
それから幾千年。
現代では六つの大国がそれぞれ封印を管理し、かろうじて世界の均衡を保っている。しかし各地で異常な魔獣が出現し、封印の揺らぎが噂されはじめていた。
そんな世界を気ままに旅する青年がいる。名はブラック・ドラグニル。三年前からハンターとして魔獣を討伐し、その肉を味わいながら各地を渡り歩く放浪者だ。規格外の実力を持ちながら名誉や地位には興味がなく、ただ「世界のうまいものを食べ尽くす」ことを楽しみに生きている。
ある日、光の王国ルミナリア近郊で王女ユリアナが大型魔獣に襲われる事件が起きる。死を覚悟した騎士団の前に現れたブラックは、その怪物をわずか数十秒で討ち倒す。彼にとっては雑魚同然だったが、その圧倒的な強さは王国中に知れ渡る。王女は自由に生きる彼の姿に心を奪われるが、ブラックは次の目的地へ向かう計画を練るばかり。
だが彼自身はまだ知らない。
自らが竜族の末裔であり、世界を再び“統合”へ導く鍵となる存在であることを。
竜の封印が揺らぐとき、自由を愛する青年は世界の命運を左右する選択を迫られる。
これは、竜の記憶と人の魂が交錯する壮大なファンタジー叙事譚である。
最強すぎて無職になりましたが、隣国の姫が勝手に嫁入りしてきました
eringi
ファンタジー
平凡なサラリーマン・佐藤亮は、満員電車で謎の光に包まれ異世界へ転移する。神様から「世界最強の力」を授かったはずが、本人はただの無職ニートとしか思っていない。冒険者ギルドで雑用を請け負う日々。そんな亮の周囲に、冷徹な騎士姫、天才魔導士、元盗賊の少女、竜人族の戦士など個性豊かな美少女たちが自然と集まってくる。一方、彼を「ただの運のいい凡人」と侮る貴族や悪徳商人たちは次々と痛快なざまぁ展開に。亮は「俺なんて大したことないのに」と呟きながら、気づけば国を揺るがす陰謀を解決し、世界を救うことに――。無自覚最強主人公による、爽快ハーレムファンタジー開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる